22 学院3
「それじゃさっきのは私と一緒にお茶会をしたくて皆が騒いでたっていうの?」
貴婦人コースの講義が終わり次に受ける経理コースの教室へ向かうために廊下を歩きながらエミリオが微笑ましそうに頷いた。
さっきの授業前の騒動は廊下まで響いていたらしく、まぁ確かにあれじゃ聞こえるでしょうけど。すぐ隣の護衛が待機する場所にもまる聞こえだったようで、何故かご機嫌のエミリオが全く解せない私に教えてくれた。
「姫様はご自覚が無いようですが学院では人気がありますから。しかも滅多に夜会の類にはお出でになりませんし、お茶会も開きませんから親しくなりたくともなかなか機会がないと言われています」
確かに私はお茶会は開かないけど夜会へ行かないのは私だけのせいじゃない。アーネストが行くと決めたものにしか行かないせいだ。
例えば王である父上主催のものとか、母上やアーネストの自領であるグランフェルトの領主主催とか。要するに身内のものにしか行かないのだ。まぁ社交が面倒だと思っている私はそれで助かってるけど。
学院へ通い始める十三歳頃から社交界デビューなるものがあるが全く興味をひかない。年に数回のパーティだけで充分だ。
「何だかそんな話を聞いてると私には友人がいないみたいに聞こえるけどそんな事ないよね?」
「姫様のご友人は騎士コースの方に偏っておりますからね」
おうっ、そう言われればそうか。私って騎士コース中心生活だから自然と友人も男性が多い。
経理コースの教室へ入ると窓際に座っている見慣れたくせっ毛の男が振り返った。
「お、リアーナ、こっち座れよ」
その声に一瞬他の数人の生徒がビクッとした。
「ナザリオ、騎士コースの方はいいの?」
この男は騎士コースで一緒の下位貴族の友人で気のおけない奴だ。
本来なら下位の者と王女じゃ友人関係は難しいようだが一緒に訓練を続けて助け合っていれば段々と親しくなる。
それに名前だって厳しい訓練中はいちいち敬称なんてつけていられない。失敗したりされたりの中で仲間になっていったのだ。
「流石にこっちが不味くなってきてな」
頭をかきながらナザリオは仕方がないという顔をした。彼は騎士にしては体格は小さく魔術も使えない。剣術はそこそこだが力で押し切られると敵わない事が多い、要するに私と同じで騎士団向きではないのだ。
私より半年先に騎士コースに入っていた同い年のナザリオだが最初は全く口を聞いてくれなかった。彼にしてみれば下位貴族の自分が王女と話すなど畏れ多いとか、近づいてもし怪我でもさせたら罰せられるとか思っていたようだ。
だけど同じ班で訓練し、泥まみれになりながら身体を鍛えたり、他の新人と同じ様に片付けをしたり掃除をしたりするうちに少しずつ打ち解けていった。最初に組んだ班の仲間でまだコースに残ってて騎士団へ入る許可が出ていないのはナザリオと私だけだ。
私にはもうどれだけ鍛えたところで許可は降りないがナザリオには鍛える時間がもう無かった。
彼の家は裕福とは言えずここへも試験を受けて何とか合格し無償で通っている。父親が他界し病気がちな母親と二人暮らしで何とか家計をやり繰りしているらしい。学院へ入り何らかの技術やツテを使っていいところへ就職したいと頑張っている最中だ。
本人の希望は騎士団へ入ることだったがどうやら難しそうなので今は念の為取っていた経理コースを修め城勤めを狙っているようだ。
並んで座るとお互いに第一志望が叶わない不運をため息で吐き出した。
「辛気臭いわね」
「今お前もため息ついたろ。いい加減頭を切り替えなきゃな、現実がこっちだ」
資料を手にパラパラとめくっているが頭に入っているとは思えない。
「私はここに来て何が現実か分からなくなってきたよ」
話すことは出来ないが騎士団が駄目だとか、オロギラスを倒さなきゃいけないとか、呪いを解かなきゃいけないとか、経理の講義を受けなきゃいけないとか……
「なんかさっきフランソワーズ先生だったっけ?すんげーキレイな先生が女生徒達にかなり詰め寄られて困ってたぜ。リアーナ殿下がどうとかこうとか」
そうだ、お茶会の補習もあった。先生に後で謝っといたほうがいいな。
「何だか補習で開かれるお茶会で色々あるみたいで」
「聞いたよ、席の争奪戦があったらしいな」
ナザリオが他人事だと思って面白そうな顔をしてやがる。ムカついて文句を言ってやろうとしているとそこへ一人の男子生徒が声をかけてきた。
「突然のご挨拶をお許し下さい。はじめまして私はネイサンと申します」
慇懃な物腰で身に着けている物を見ても上位貴族だとひと目でわかった。
「これはご丁寧にご挨拶頂きありがとうございます。王女リアーナです」
さっきまでの砕けた態度とは違いしっかりと座り直し王族仕様で挨拶を返すと側にいたナザリオがギョッとした。私が王女として振る舞うのを見慣れないからだろう。訓練中にはそんな態度取る必要がないし、そもそもしたくない。
ネイサンと名乗った生徒は涼しげに微笑むとチラリとナザリオを見た。
「リアーナ殿下、恐れ入りますが殿下は勿論ご存知の事と思われますが貴族社会において上位の者の振る舞いによって下位の指針が決まるものです」
ネイサンは私より幾つか年上なのか、丁寧に諭すような口ぶりだ。何だか嫌な感じがする。
「それで?」
「殿下が親しくなるべき御学友は選ばれた方であるべきです」
教室の中がシンと静まり返り全員が私達を見ているようだった。
「そうですか」
私の答えにネイサンは満足気に頷き、またチラリとナザリオを見た。ナザリオが静かに立ち上がり机の上の資料をサッとまとめると黙って私の横を通り机を移動しようとした。
私は彼の腕を掴むと逃すまいと引き寄せた。
「どこに行くのよ、話はまだ済んでない」
「いや、あ……いえ、私は殿下のお傍には相応しくないと思いますので」
誰だこれ。ナザリオは今まで私にこんな口を聞いたことはない。
「馬鹿なこと言ってないで早く座って。それからネイサン様」
「ネイサンとお呼び下さい」
ネイサンは少し困った様な顔をしていた。子供には言ってもわからないかなぁって感じが見て取れる。
「ではネイサン、あなたには階級を越えて親しくなった友人はいないようですね」
「それは……親しくなるにはどこかしら共通点が必要かと思われますので。同じ様な環境で育った者同士が友人関係を築くのにふさわしいと誰もが思っているでしょう」
少し苦笑いを浮かべ自分には下位の者と馴れ合う場などないと言いたげだ。
「それはとても残念ですね。私はあなたと親しく出来るかと思ったのですが無理なようですね。私は王族ですからあなたとは環境が違いますものね」
ネイサンはハッとし顔を引きつらせた。
「そ、それは……」
「私と親しくなる方は階級や環境を気にしない貴重な方なのですね。教えて下さってありがとうございます。
もしあなたがそういう事を気にされず私のような者でも親しくしたいと思って頂いた時にはまたお声がけ下さい。いつでもお待ちしておりますわ」
呆気にとられた様子のネイサンが呆然としていると、時間になったのか教室のドアが開き経理コースのジャクソン先生が入ってきた。
「関係の無いものは早く出ていって下さい」
ジャクソンは私の方を見ると次にネイサン目をやり退出を促した。
なんだ、ネイサンは経理コース取ってないのか。
生徒達がそれぞれ席につく中、ナザリオを隣に座らせ前に向き直った。
「いいのかよ?」
こそっと誰にも聞こえないようにナザリオが囁く。
「私ってただでさえ友人が少ないのに邪魔されてたまるか。それよりナザリオ、さっきはよくも逃げようとしたわね」
「それはお前が恥かいちゃいけないと思って。王位を目指すんだろ?」
不本意ながら……普通の人に戻る為にとは言えないけど。
「そんな事で私から逃げられると思うなよ」
私はナザリオの横っ腹にドスッと拳を入れた。
「痛い!!」
すました顔の私とナザリオが後でジャクソンにしっかり怒られた事は言うまでもなく。




