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あと1話で現代に戻ります。
あと1エピソード書きたいことがありましたが、それは後日別のとこで書きます。
よろしくお願いいたします。
"リリィがここにいるってことは、もしかして…"とマルクは母に連れられて奥の寝室に入って行く裸の女を見つめた。女はマルクの目線に気付くとその艶めかしい唇に人差し指を当てた。その動作の一つ一つに目が行き、時間が止まったように感じた。ずっと彼女を見ていられそうだと、マルクは思った。マルクが彼女に見ていると突然手に強烈な痛みが走った。
「マルク!私はさっき"これ以上鼻の下を伸ばしたら"って言ったわよ!?それは貴方は!?しかも、寄りにも寄って私の…!!!」
リリィは最後までは言わなかった。だがマルクはリリィの言葉だけで充分に彼女が誰なのか分かった。
「痛い!痛いよ、リリィ!見惚れてない!見てたけど見惚れてないから!」
嘘である。マルクは彼女に見惚れていた。何故なら美しかったから。マルクだけではない、ノーラも見惚れていた。その艶女にはそれだけ人を魅了する何かがあった。リリィはそれを見抜いていた。
「嘘つき!貴方みたいな目をした人をなんて言うかリリィ知ってるんだから!骨抜きって言うのよ!貴方は私の下僕よ!他の人なんて見ることなんて許さないんだから!」
リリィの言葉は他の人が聞けばどう考えても、自分以外の女に見惚れた彼氏への嫉妬の言葉だった。今日初めて出会った二人の間に勿論そんな感情はなかった。二人がそんなやりとりをしていると扉の閉じた寝室から箪笥を乱暴に開ける音が聞こえた。そして暫く無音が続いた。"はぁ"とため息をつきながらマリアが部屋から出てきた。何だかドッと疲れている。その後に続いて灰色のコルセを身に着けた艶女が現れた。白髪なのに歳を感じさせず、陶器のように肌が白く、全てを見通したのような銀の瞳をしていた。そして何より服を着ているのに艶やかさが一切隠れていなかった。むしろ何故か先ほどより婀娜やかだった。よく見ると前側の紐締めがはち切れんばかりの胸と攻めよ守れよの攻防戦を繰り広げていた。マリアが彼女に椅子に座るように勧める。女は勧められるまま腰掛けた。リリィはその隣に寝そべった。
「それで?貴方は誰なのかしら?どうして裸で私たちの家の前に立ってたのかしら?それに私たちに何の用?」
マリアは矢継ぎ早に質問する。それに対してノイルから回答があった。
「マリア、落ち着け。俺が答えよう。」
マリアは"どうして貴方が答えるの?"とノイルにとある疑いの目を向ける。
「彼女は森に住む守護狼、その長だ。そうだろ?」
ノイルは女に問いかける。その言葉にマリアは驚きの顔を女に向ける。女はノイルの発言に口角を上げる。
「うむ、子供を賢く育てることが出来る親はやはり愚かではなかったな。そうだろ?小さいマルク。」
女はマルクにゆっくり目線だけを送った。
「ならば、小さいマルクの父よ。私がここに何をしに来たか分かるな?」
ウォルマトは視線をノイルに戻し、冷たく問いかける。"回答によっては家族を殺す"、そう大狼がそう言っていたことをマルクは思い出す。
「この子が持っていた神木の実のことだろう?」
ノイルはマルクに目線を向けて答えた。マリアとノーラはその言葉に驚きを隠せないようだった。神木の実と言ったら村では森からの持ち出しを固く禁じられている神聖な物だ。その禁を自分の家族が破ったと言っているのだ。
「やはり愚かではないな、人間よ。今日、日が出てから間も無くして、とても濃厚な神木の実の匂いが森の外から入って来た。我ら森の守護者はその匂いの出所を確認するため、森に住む者どもを移動させそれを待ち構えていた。するとどうだ?森の狩人どもが森を歩いているではないか。お前たちの誰かが古の約定を破ったのかと思ったよ。」
「ダルクからは"森に約定に名を記していないマルクが入って来たからその様子を見に来た。そのついでに若い狩人で遊んだ"と聞いていたが、やはり違ったか。それが本当なら、俺たちが入ったときすでに獲物たちが自分の縄張りから移動していることに説明できない。」
「マルクの美味しそうな匂いに釣られたのは事実だ。それが本命では無かったが…」
ウォルマトはマルクを見て舌舐めずりをする。それを見たマリアは顔を青くしてマルクとノーラを自分の側に引き寄せた。
「さて、マルクはこの神木の実はこの家の裏にある木から採った物だと言っていた。それが本当か見せてもらおう。」
大狼が机の上にマルクの腰袋を置いた。それを見てリリィは机に手を置いて袋を机の縁から覗き込む。尻尾は激しく左右に振られていた。マルクはその様子を見て"まだ返してもらえてないんだ"とリリィを哀れんだ。
「いいだろう、着いてこい。ただし俺の家族に手を出してみろ、お前を殺すぞ。」
「はっ!随分生意気なことを言うじゃないか、たかが人間が。それをどうするかは問題の木を見てお前の話を聞いてからだ。」
ノイルが艶女に凄んだが、女はそれを気にも留めず受け流した。ノイルは女を家の裏に案内した。そこにはマリアの背丈ほどの若木があった。
「驚いたね。本当に神木の若木があるなんて。よくも人間がここまで神木を育てたもんだ。我らの母ですら神木の世話には手こずったと聞いたのに。」
ウォルマトは若木がそこにある事実、そして実をつけるほど育っている事実に驚いた。
「じゃぁ、次はこの木をどうやって手に入れたのか教えてもらおうか。」
ウォルマトが神木を見たままノイルに問いかけた。その言葉でピリピリとした空気が辺りを漂った。ノイルはそれに対して焦りもなく答える。
ノイルとマリアがまだ結ばれる前、ノイルはプロポーズをするためマリアへの特別な贈り物を探していた。神のように美しいマリアにはそれ相応の贈り物が必要だと考えていた。しかしそのような物をノイルに用意することなぞ非常に困難だった。
ノイルが贈り物に悩みながら猟に出たとき、ふと神木を見上げた。そしてノイルはマリアに相応しい贈り物を思いついた。神木の実だ。その光り輝く神聖な実はマリアへの特別な贈り物に相応しいと考えた。だが、神木の実の持ち出しはおろか実を採ることすら、古の約定で禁じられた行為だった。だがノイルはどうしても実が欲しかった。それ以外にマリアへの贈り物は考えられなかった。ノイルは考えた。ならば許可をもらおうと。誰も文句を言えない相手に許可を得ればいいんだと。その日からノイルは毎日、神木の前の祠に祈りを捧げた。雨が降ろうと風が吹こうと、雪が降ろうと吹雪が吹こうと毎日毎日。仕事やデートに影響がないようまだ日の出る前に祠の前に祈りを捧げるのがノイルの日課になっていた。
そんな日々を送りだして約1年がたったころ、ノイルの前に神が現れた。その姿をはっきりと見たわけではなかったが、そこに未だかつて感じたこともないほどの大きな存在がいることだけははっきりと分かった。ノイルはその存在に早口で説明した。その存在が消えてしまう前に何とかして実を得るために一生懸命説明した。どれだけマリアを愛しているか。どれだけ彼女に特別な贈り物をしたいか。どれだけ彼女に神木の実が相応しいか。ノイルは熱く語った。すると目の前に一つの実が落ちてきた。光り輝く神木の実だった。それを手に取ると頭の中に言葉が響いた。
"貴方の愛に、貴方の熱意に応えて実を一つの与えましょう。大切に育ててください。愛を持って育ててください。貴方の子供のように。貴方の愛する者のように。そうすればこの実は芽生えるでしょう。ただし他の者には秘密に…"
そう言って神は消えていった。ノイルはその実を持ってマリアにはプロポーズした。そして二人は婚姻式のその夜、その実を二人で建てた家の裏に植えた。そして二人はその実を丁寧に世話をした。愛を持って、大切に、自分たちの子供のように、そして自分たちの愛の証として。
ノイルの話を聞き終わって、マルクとノーラは自分の父親が神に会ったことがあることに驚いた。マリアはプロポーズのときに贈られた木の実がそんな風に手に入れた物だと知って頭を抱えていた。そしてウォルマトは苦笑いをしていた。リリィは母親が持つ小袋の中身に夢中で話半分しか聞いていなかった。
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