1-13
過去篇、これで終わります。
マルクの周りの環境がどうなっているのか、またこの世界はどんな世界なのか大まかでも分かっていただけたでしょうか。
ノイルの話は話をちゃんと聞いている者にとって驚くしかない事実だった。古き時代と異なり、今は神がめっきりと姿を現さなくなってしまった。神に会うなど高位の神官でも一生に一度あるかないかだ。それこそ勇者や聖女のように特別に愛された者でようやく2,3回会えるだろうという珍しさだ。それを目の前の男は高々一年祠に通い、祈り続けた程度で出会ってしまったのだ。しかも出会うだけなら未だしも、神にとっても特別な神木の実を要求して、それに与えられるなんてどれだけ幸運なことか。皆驚きと呆れで物が言えなかった。
「あの木がここにあるのはそれが理由だ。断じて約定に背いたわけではない。」
「なるほど…我が母の仕業だったか。どうやって我らに気付かれず神木の実を森から持ち出したのかと思えば…それならば説明もつく。」
「俺が嘘をついているという可能性を考えないのか?」
「我らに嘘が通じるとでも?それも森の守護者の長であるこの私が嘘の匂いに気付かないとでも?」
ウォルマトはノイルの言葉に大笑いする。笑いに笑った大狼は急に真顔になってノイルを見つめる。
「いいかい、人間?お前たちが愚かにも嘘を付くことが出来るのは数多くの神から受け取っている祝福の中にある物が含まれているからだ。そのある物とは言葉を司る神の一柱、それも偽りに特化した不愉快で忌々しい神から与えられた祝福だ。だからお前たちが嘘を付くとその神の匂いがするのさ。私はそいつの匂いが嫌いでね。だからこそどんなに上手く嘘をついても、どんな小さい嘘でもその匂いを見逃さない。分かったかい?」
艶女とその神との間に何があったのだろうか。マルクは女の変化に疑問を思い浮かべた。
「さて疑いも晴れたことだ。マルク、これを返そう。」
ウォルマトは手に持っていた小袋をマルクに渡そうとする。それを見てリリィは"約束が違う"と騒ぎ出した。ギャースカ騒ぐ娘を艶女が色気たっぷりと踏みつけた。小狼はなすすべもなく、手足を前後に伸ばし床に押さえつけられる。リリィを見ると涙目になってマルクを見ていた。
「ウォルマト様、これはリリィにあげたものです。返すならリリィに。」
マルクは余りにも食い意地の張った哀れな子羊に恵みを与えることにした。子羊はまた涙目になっていた、今回は嬉し泣きである。
「小さく、そして賢いマルクや。リリィを甘やかすとろくなことにならないよ?」
"なら自分でお渡し"とウォルマトはマルクに腰袋を渡した。リリィは母親に解放され、ダダダッと小走りでマルクの前に腰を落とした。
「良くやったわ、マルク!さすが私の下僕ね!さぁ、それを寄越しなさい!」
リリィがマルクに命令すると、リリィがいきなり飛び跳ねた。ウォルマトが娘の美しい純白の尻尾を思いっきり踏みつけていた。リリィは痛みに大泣きした。だがマルクは見ていた、リリィの目線が一時も腰袋から離れなかったことを。
(さすが狼、狙った獲物は逃さないだね。)
「リリィ、マルクを友人と思うなら礼節を欠くな。この馬鹿者が。」
大狼は娘を一喝する。
「マルク、すまないね。この子ったら住処に帰ったときはマルク、マルクと煩かったんだが。まぁ、よっぽど魔法使いの話しが出来る友人が出来たことが嬉しかったんだろう。私の一族は魔法使いどころか、その手の話にも興味がなくてね。私やリリィ以外は人間の文化にすら興味を持つものが居ないんだよ。」
「僕は気にして居ないので。僕も魔法使いの話で盛り上がれる友人が出来て嬉しいです。」
ウォルマトはマルクの言葉に微笑んだ。リリィも少し嬉しそうにしている。目線は相変わらずブレないが。マルクは袋に入った木の実を一つ取り、我慢して今にも涎が垂れそうな小狼に見せた。リリィは美しい純白が灰色になるまで尻尾を振り、床を掃除していた。マルクは手に持つ木の実をリリィに食べさせた。リリィは声にならない声を上げる。
「リリィ、本当に木の実が好きなんだね?狼なのに変なの。」
「別に木の実が好きなわけじゃないわ。ただの木の実を食べるんだったら狼らしく獲物を狩って肉を食べるわ。ただこの神木の実は別なのよ。マルクは私たちが何を糧に生きているか分かる?」
マルクはリリィの問いに"知らない"と答える。だが少年は知らないなりに考えてみた。リリィたちは狼の姿をしているが狼ではないと言っていたの思い出す。そして続けて神と同じ身を持つとも言っていた。ならばリリィたちはその時点で普通の狼と同じ食事はしないだろう。ならば何を食べるのか。マルクは考えたが思いつかなかった。
「考えたけど分からないや。リリィたちは普通の狼と違うから狼みたいな食事はしないんだろうけど。」
マルクのギブアップ宣言にノイルが答えを教える。
「守護狼はな、神の力を体に取り込むことで生きているんだ。」
リリィは"自分がマルクに教えてあげようとしていたのに"と悔しがった。
「マルク、お前はもう神の力を受けた物を見たことがあるはずだ。」
マルクは微かに光った干し肉を思い出す。
「神の祝福…」
「そうだ、あれも神の力の一つだと言われている。そういう力の宿った物を食べて力を体に取り込むことで、こいつらは生きているんだ。」
リリィは"ここから説明するのは私!"と言わんばかりに語り出した。
「いい、マルク?神木の木は私たちの母が丹精込めて育てた樹よ。神の近くで育ち、神に愛されながら実を付けるの。神の祝福みたいな人間を経由して劣化した力じゃないわ。神から直接与えられた、混じりっ気のない純粋な神の力よ。そうね、あなたたち人間風に言うなら味が濃いの。それも特別に濃厚なの。」
食べ物を必要としない森の狼たちは年に一度、村の人間たちが奉納祭と称してどんちゃん騒ぎをする宴の際に
"それを食べると、体の調子が良くなるどころか怪我だって治るのよ"とリリィは鼻を高くした。リリィは自分のことではないことを何故こうも人のことのように自慢出来るのか、マルクには少し不思議に思った。マルクはその不思議な女の子にもう一つ木の実をあげた。
「ならウォルマト様もこの木の実が好きなんですか?」
「そうだね、リリィのように抑えが効かないほどではないが好物だよ。」
マルクは"ならお一つどうぞ"と艶女に木の実を渡す。ウォルマトはそれを受け取ると"ありがとう"と口に含んだ。この女はどうしてこんなにも肉欲的なのだろうか。マルクは女に近付き過ぎた。猥らがましい女の匂いが鼻をつついた。マルクはウォルマトに吸い寄せられた。
「うむ、やはり神木の実だな。口に入れた瞬間に体に力が染み渡る。」
ウォルマトの体が纏う光が強くなったような気がする。だがマルクはそんなことはどうでも良かった。ただ自分を包むその腕が、その胸が、その匂いが思考を停止させる。ウォルマトは胸の中で脱力しているマルクを優しく見る。
「小さいマルク、お前は随分と神の力との親和性が高いのだな。私のこんなに弱い力にですら意識が朦朧とさせるなんて。」
「マルク!貴女、マルクに何をしたの!?」
マリアがウォルマトの胸で微睡む我が子を奪い取る。マルクはまるで赤子のように母の腕の中でスヤスヤと眠り出した。
「落ち着きな。少し私が持つ力に充てられただけだよ。この姿だと少しだけ力が漏れるんだ。実を食べて力が少し強く溢れたところにこの子が私に近付き過ぎたんだ。すぐに目を覚ますよ。しかし問題が一つ出来たね。」
ウォルマトはマルクが持っていた袋から最後の木の実を取り出し、我が子へ与えた。リリィは大喜びでそれを口に含んだ。するとリリィは尻尾をピンと立ててバタッと倒れた。
「いや、訂正しよう。問題は2つだ。」
次回から現代に戻ります。
ついにマルクの運命が動き出します。
誤字脱字や読みにくい等あれば教えてください。
よろしくお願いします。
またブックマーク等もお願いします。




