2.勇者と姫の知られざる物語
「陛下、ご無事ですか!」
鉄の鎧を着た兵士が二人、扉を押し開けて貴賓室に入ってきた。
「おお、あれは我が国を脅かす邪竜を討つために用意した武器じゃ」
「どうやら、陛下がまたフリー頭症候群に感染したようですね」
兵士の一人がため息をつき、国王の前まで歩いていった。
「失礼します」
国王の髭をかき分け、その中から丸々とした白い虫をつまみ出す。
二本の指で潰すと、虫はあっという間に緑色の液体へと変わった。
「魔王の使い魔の虫は駆除しました。あとは再起動すればOKです」
兵士はそのまま国王の服で手を拭き、続けてこめかみを押さえた。
「あの邪竜……」
国王が言い終える前に、両目がゆっくりと閉じた。
眠りに落ちたように見えたが、次の瞬間、かっと目を見開く。
「復ッ活ッ 国王復活ッッ」
国王は頭を振り、伸びをした。
全身の関節が、ぱきぱきと小気味よい音を立てる。
「世話をかけたのう、我が忠実なる兵士たちよ」
二人に笑いかけた。
「さて、天使様はどちらに?」
「天使様?」
兵士は兜をかき、部屋の反対側を指さした。
「天使様は見かけてません。ただ、あっちの隅の椅子に、白黒の謎の生き物が座ってまして。周りに『燃えたよ…まっ白に…燃えつきた…まっ白な灰に…』って文字が浮いてるんです」
……
闘技場では、金属の長剣と岩がぶつかる音が、まだ絶え間なく響いていた。
貴賓室では、一枚の硬貨が宙で回転しながら落ちてくる。
白い手がその硬貨のそばに現れ、指先から青い電撃が迸った。
すさまじい電撃が、目も眩むような光を放ち――まっすぐ、リリスの手にした灰白色の光輪へと飛び込んだ。
電撃が流れ込むにつれ、光輪は少しずつ輝きを取り戻していく。
リリスは疲れきった顔で、光輪を元に戻そうと必死になっていた。
「天使様、先ほど、勇者と姫の話を聞きたいとおっしゃいましたな?」
背後から、老いた男の声がした。
リリスは国王に背を向けたまま、光輪を頭の上に戻す。
振り返ったときには、もう神々しく穏やかな微笑みを浮かべていた。
「ええ。神の光が真実を照らしますように。どうか、お話をお聞かせください。あのお二人は、いずれもただ者ではございませんから」
「うむうむ」
国王はうなずき、腹のあたりから服の中へ手を入れて、ごそごそやり始めた。
(まさか!)
リリスの頭の後ろで、一筋の光が閃いたように見えた。
「貴賓室で勝手に光魔法を使うな」
先ほどの兵士が、もう一人の兵士を厳しく注意していた。
一方、リリスは何もかも見通したような顔をした。
「神よ、私に知恵をお授けください。もしや、そこから何か魔法道具を取り出されるのでしょうか?」
「ん?いや、腹がちょっと痒くてな」
「なるほど」
国王は慌てて続けた。
「どうか、灰色にならんでくだされ!」
言い終えるや否や、国王の足元に直径十数メートルの青い魔法陣が、突如として広がった。
続いて、胴のあたりには緑、頭上には深紅の、同じく巨大な魔法陣が浮かび上がる。
足元の青と合わせて、三層をなしていた。
三つの魔法陣は一気に上昇し、それからゆっくりと降りて、国王の周囲に浮かんだ。
次の瞬間、三つの陣が同時にまばゆい光を放つ。
三本の光の柱が天へと立ち昇り、建物を貫いて空を突き刺した!
(これは……神と直接交信する神聖魔法。しかも、人間に扱える最高位の魔法だ!)
リリスの身体に、少しずつ色が戻っていく。
(こんな規模の超位魔法で、いったい何をするつもり?)
三本の光の柱がゆっくりと傾き、遥か上空で交わった。
やがて、恐ろしいほど太い一本の光の柱へと融合し、天を貫く。
十数秒後、光の向きが突如反転した!
空へと昇っていた光が、遥かな天から轟音とともに降り注ぎ、神が自ら投じた巨大な剣のように、国王の姿を一瞬で呑み込んだ!
リリスは思わず目を細めた。
光の柱が薄れ、国王の姿が再び現れる。
両目は純白の光を放ち、その全身から七色の粒子が絶え間なくこぼれていた。
粒子は宙を流れ、細かな光の尾を引いている。
無数の光の中に立つその姿は、天から降りた神が、ついにこの世でその真の姿を現したかのようだった。
「では、真実というものを見せてやろう……」
国王はリリスに微笑みかけた。
(さっきの老人とは、まるで雰囲気が違う。これはまるで……)
リリスは、ごくりと唾を呑んだ。
国王が貴賓室の壁に向き直ると、その両目から二筋の光が射出された。
「この番組は、ご覧のスポンサーの提供でお送りします。」
聞き覚えのない女の声が貴賓室に響き、壁に映像が映し出された。
(プロジェクターじゃねえか!!!)
リリスは叫びそうになるのを、必死にこらえた。
(あんだけ大げさにやって、プロジェクターになるだけかよ!)
大きくため息をつき、壁の映像へと目を向ける。
真っ黒な竜が、小さな山の傍らに倒れていた。
冒険者たちが邪竜を囲み、山頂に向かってしきりに手を振り、歓声を上げている。
「本当に邪竜を倒したぞ!勇者様、強すぎる!」
山頂では、半裸のユウ・シャが、聖剣に何やら語りかけていた。
筋肉に浮かぶ汗が、陽光を受けてきらきらと輝いている。
正確には、刀身の下半分がまだ山にがっちりと刺さったままの聖剣だ。
聖剣(山)
(こういうときは、クソジジイにもらったこれの出番だ)
リリスは直方体のケースを取り出すと、その中から二つの丸いものを抜き取り、両耳に入れた。
「神器・万物集音器、起動!」
耳に入れたものを手で押さえ、「接続しました」という声が聞こえると、ようやく手を下ろした。
「聖剣よ、どうしてまだ俺を認めない?邪竜はもう倒したぞ」
「ふん!だ、誰があんたなんか認めるもんですか!」
万物集音器の働きで、聖剣には顔が生えたように見えた。
その顔は真っ赤なのに、口ではまだ意地を張っている。
「毎日あたしに優しくして、傷一つつけないように大事にして、いつも……いつも、ぎゅっと握ってくれるだけじゃない!そんなの、全然大したことじゃないんだから!」
聖剣はこっそりユウ・シャを見やり、次第に声を小さくした。
「それに……筋肉もあんなに大きくて、ラインもきれいで……」
鍔が、金色のツインテールになったように見える。
「と、とにかく!これくらいであたしに認めてもらえると思わないで!あんたみたいな勇者、絶対認めないんだから!バカ!」
一方、聖剣の下の小山には、uglyの顔が生えていた。
「頼むから、認めてやってくれ……」
その哀願に合わせて、山から石が次々に転がり落ちていく。
「俺の体はボロボロだ。」
リリスは深く息を吸い、心の中で大声を上げた。
(おい!ツンデレはもう流行ってないんだよ!あのかわいそうな山を助けてやれ!)
「ありがとう、勇者!あなたの冒険は終わりました。」
映像の中から、女の声がした。
高い塔に囚われていた姫の声だ。
鉄格子の向こうに見える幼い顔には、まだあの大きな傷痕がなかった。
突然、映像が暗くなり、そのまま消えた。
国王は両手を膝について、荒く息をついている。
(やっぱり、超位魔法は長く維持できないか。続きは気になるけど、ここは我慢するしかない)
国王はゆっくりと身を起こし、兵士を一人、手招きした。
「あれを持ってこい」
兵士は右手で拳を作り、左胸に打ち当てて敬礼すると、すぐに貴賓室を出ていった。
ほどなく、兵士は金属製の直方体を持って戻ってきた。
前面にはガラスのレンズがはめ込まれ、本体には「8」と書かれたラベルが貼られている。
「陛下、魔法道具をお持ちしました。これで陛下の記憶の続きを再生できます」
(おい!プロジェクターがあるなら、最初から持ってこいよ!どんだけ国王を過労死させたいんだよ!)
リリスは心の中で吠えた。
「失礼しました。お待たせしてしまいましたな」
国王は額の汗を拭い、リリスにそう言った。
続いて、魔法道具の表面に小さな魔法陣が浮かび上がる。
「やはり、魔法道具を使ったほうが楽じゃな」
(わかってるじゃねえか!)
映像が再び明るくなった。
姫は両手で、窓に縦横に張り巡らされた鉄格子をつかんでいた。
その一本一本が、彼女の腕よりも太い。
「ユウ・シャ、覚えてる?私たち、同じ学校に通ってたんだよ。
剣術の授業で、いつも二番だった私は、一番のあなたにずっと憧れてた。
いつの間にか、あなたのことを特別に思うようになってたの。
ここから助け出してくれたら、もうただの友達じゃいたくない!」
「この泥棒猫が!このあたしは負けヒロインなんかじゃない!」
聖剣の顔が、凶悪に歪んだ。
ユウ・シャはうつむき、低く笑い始めた。
「ほう?俺と友達でいたくないのか?
なら、俺の敵になるつもりだな!」
ユウ・シャは、オーガのような表情を浮かべた。
「同級生のよしみで俺を油断させ、不意打ちを狙うか。純度が低い。」
「必要か?純度。」
姫は微笑んだ。
だが、両手には次第に血管が浮き上がり、目の前の鉄格子が曲がり始めていた。
金属が裂ける耳障りな音が、立て続けに響いた。
姫は片足を窓枠にかけ、鉄格子を窓枠ごと引き剥がして、地面へ放り投げた。
轟音とともに、姫と鉄格子が同時に地面へと落ちた。
「真正面から、あんたを叩き潰す!元ナンバー1!」
そう言いながら、姫は塔を引き抜き、ユウ・シャめがけて正面から振り下ろした。
すさまじい風圧が、ユウ・シャの髪を後ろへとなびかせる。
それでも、彼は笑っていた。
「来い!最後の希望まで、粉々に砕いてやる!」
そして、手にした聖剣(山)を掲げた。
「やめてぇ!!!」
「誰か、助けてぇ!!!」
小山と塔が、同時に悲鳴を上げた。
「ほうほう、元気いっぱいだな」
「元気いっぱいっていうか、もう常識を超えてるんじゃ……」
冒険者の一人は、すでに笑顔が固まっていた。
先ほど声をかけてきた相手へと顔を向ける。
「じゃ……邪竜だぁ!」
「何を大騒ぎしてるんだ?」
邪竜は不満げに舌打ちした。
「娘を家に連れて帰っただけなのに、いきなり大勢で押しかけてきて、問答無用で喧嘩を売ってきやがって。文句を言いたいのは、こっちのほうだろ!」
(娘?)
リリスは少しずつ、国王のほうへ頭を向けた。
その動きは、長いあいだ油を差していない玩具のようにぎこちなかった。
「神よ、どうか私の無礼をお許しください。ということは、あの邪竜は、もしや陛下の……」
国王は笑いながら髭を撫でた。
「そういえば、あのときはずいぶん激しく言い争ったのう。竜ちゃんも怒りっぽくて、何も言わずに実家へ帰ってしまったんじゃ」
……
遠く離れた魔王城。
「くそっ!急いで防御魔法の準備をしろ!」
王座に座った魔王は、絶えず汗を拭いながら、眼下の魔族たちに命令を飛ばしていた。
「あの老いぼれ、絶対に俺の使い魔に気づいたんだ!攻めてくるぞ!でなけりゃ、あんな馬鹿でかい超位魔法を使うわけがない!
19回目の封印は嫌だぁ!」




