第5話 胸のわずかな暖かさ
なんなんだろう、この人。
初めて話した時、そう思った。
まず、いきなり雪に頭から埋まっている姿を目撃し、
思わず声をかけるべきか、助けるべきか迷ってしまった。
そして、ベッドに寝かせ、意外と普通の少年(?)なのかと思えば、
私を目視せず挨拶してきた。
自分を目視せずに気取られたのは、
自分の一族以外では彼が初めてだった。
それに、あまりにも食べる量が少なかった。
私の半分未満だ。
実は、朝食まで戴くのは悪いと、
遠慮していたのかもしれないけれど…。
その上、貧弱で、私がおぶって走っただけで吐き気がするみたいだし、
私の早歩きに、走ってようやく追いつけるかどうか。
挙げ句の果てに、そんなに頭が良いように見えない。
先ほど入った喫茶店で、金が足りないことに後から気付き、
一杯でもかなり高額なレモンティーを、
お茶に誘われた私が二杯分支払うことになった。
財布の中を見てから決めればいいし、
他のメニューにすれば良いのに…。
今まで自分の関わってきた人間に比べてあまりにも異質な存在。
恐らく、危険な人物ではない。
自分の身体も、頭も、そう判断している。
人を見る目には自負がある。
外したことは、ない。
なのに、それだけでは推し量れない、底の知れなさを感じる。
一言で言えば、変な人。
接している限り、悪意は感じない。
むしろ…少し、安心してしまう。
何故安心してしまうのかはわからない。
あの妙な物言いなのか、それとも彼の雰囲気なのか、
はたまた別の何かか。
けれど、その安心感も罠なのかもしれない。
いつ、牙を向いてもおかしくない。
小柄で、筋肉もあまりついていないように見えるから、
襲撃されても対処できる。
けど、明らかにそれだけじゃない何かを秘めている気がする。
だからこそ、今まで出会ったどんな奴よりも気が抜けない。
でも、もし、彼の言う通り、
あの雪山で何かが起きているなら…止めなきゃ。
だって、あそこは私の家だから。
「シノ、今日は狩りに行こうか」
「お父さん、いいの?やったー!」
まだ、みんなが居た時から、私が生まれる前から、そこは私たち一族の地。
「あっあそこに」
「あっ鹿だ!!」
私は、私達は、あの地を守り続ける。
「シーっ」
「あっごめんなさい…」
土地の神を信仰しているというわけではない。
「大丈夫、気づかれてないからさ。次から気をつけような」
「うん!」
ただ、先祖代々、そうされてきたから。
それだけの理由だ。
「お父さん凄い!いつか私もお父さんみたいな凄い狩人になりたい!」
「あぁ、シノならなれるさ。きっと」
…それだけじゃない…あの土地は…
「お父さん!お母さん!みんな!どこ!?」
みんなの…家族の…私の…
「何だお前…まさかお前がみんなを…!!」
「…」
……ノ……シ…ノ!…シノ!…シノ!!
「シノ!!大丈夫!?」
「!!…う、うん…大丈夫…ちょっと考え事してて…」
「ふぅ…安心したよ、急に黙り込んじゃったからさ〜」
昔のことを思い出すのに夢中になってしまっていたらしい。
「明日の初依頼楽しみだなぁ!ワクワク」
「そう…」
「まあシノもゆっくり休んでね!朝僕を背負って運んで疲れたんじゃないかな?」
「いや、そんなに…。けど、ありがとう」
「うん!じゃあおやすみ!明日はよろしくね!」
「うん…おやすみ…」
部屋に戻り、ドアをゆっくりと閉める。
あんなに誰かと話したのはいつ振りだろう…。
今日起きたことを思い出す。
ほんのり、胸が暖かいような気がした。
寝る前に、弓や矢筒、ブーツなどの装備に
破損箇所が見当たらないか点検する。
点検しながら、明日のルートを考え、
れてがこちらに危害を加えてくる可能性を考慮する。
弓に傷はなく、弦の耐久度も問題ない。
矢筒、矢、ブーツ、手袋、上着…一つ一つ念入りにチェックする。
点検が終わり、ベッドに横たわると、ふっと一息漏れた。
天井を見上げ、深く息を吸う。
夜も遅くなり、外からは何も音がしない。
何の気配もない。
だが、心なしか自身の鼓動が速くなっていることに気づいた。
緊張ではない、焦燥でもない。
…高揚?
自分でもわからない。
久しく誰かといることを、自分は嬉しいと、楽しいと感じているのか…。
わからない。
けど、考えるべきことは多い。
こんなそうでもそうじゃなくても良い問題に悩んでいる場合じゃない。
何はともあれ、今整理できそうにはない。
だからこそ、明日に回すことにする。
明日は、異変とはどのようなものか、そもそも本当に起こっているのか、
そして…れてが信用、信頼できるのか確かめるための調査でもある。
今日、できることはもうない。
点検し、完璧とは言えないが計画も練った。
完璧に近づけようと、これ以上寝ずにいると明日に支障が出る。
後は寝て、明日に備えよう。
そう考え、目を閉じる。
…しばらく目を閉じていると、今日、れてと話したことが思い出された。
暖かいのよりも寒い方が好き。
けど、暖かいのも、悪くない…。
まだ少し、レモンティーの香りが、かすかに鼻に残っていた。
ここまでご愛読ありがとうございました!
また来週、お楽しみに!




