カインの策略
結希明日斗を呼び出した卯月カインは、東京都内のとある建設現場で待機していた。
カインは至誠ギルドマスター氷室の右腕として働いている。
主な仕事は、邪魔者の排除だ。
至誠ギルドにとって障害となるハンターを、何度も葬ってきた。
無論、無闇に他のギルドへ喧嘩を売るような真似はしない。
カインが動くのは、至誠ギルドの邪魔をするハンターか、才能溢れる無所属ハンターを消すときだけだ。
これが、至誠ギルドが裏で行っている権力維持作戦だった。
権力は良い。これさえあればお金や仕事が勝手に集まってくるし、発言力も絶大だ。
もっとも重要なものは、チャンスだ。
権力の有無によって、チャンスの多寡が変わる。
今の地位についてからというもの、至誠ギルドには様々な企業から、良い話が転がり込むようになっていた。
例えばレアアイテムがオークションで売却されるときは、まずギルドに話が来る。他人と競わずに、お金を積むだけでレアアイテムが手に入るのだ。
黙っていても、自然と力が集まってくる。
この地位は、なんとしても手放すわけにはいかない。
そんな中、猛烈な勢いで成長しているハンターが現われた。
結希明日斗だ。
放置すれば、必ず現在のバランスを崩す存在になる。
(出来ればギルドに引き入れたかったんですけどねえ)
ギルドマスターが直々に赴いたにも拘わらず、勧誘に失敗した。
至誠ギルドだけではない。他の大ギルドも、中小ギルドも、結希の勧誘に失敗している。
あれだけの才能と力を持ちながら、フリーのハンターとして活動を続けるらしい。
こうなると、カインにお鉢が回ってくるのは自然な成り行きだった。
足下に転がっている銀山には、既に寄生樹を植え付けている。
これは現在、治療法が確立されていない、寄生されれば必ず死ぬ植物だ。
(これを知った結希が、どんな表情をするか楽しみですねえ)
待つこと、十数分。
やっと、くだんの人物が目の前に現われた。
(強いですね……)
それが、カインの第一印象だった。
第二次アウトブレイクで覚醒とは思えない。
歴戦のハンター並の威圧感がある。
(下手をすれば、マスターに匹敵するのでは?)
ゴクリ。
あまりの緊張に、カインが生唾を飲み込んだ。
それを微塵も表に出さぬよう、表情を消して結希を眺める。
「……来ましたねぇ」
「銀山を返せ」
「いいでしょう。お返しいたしますぅ」
カインは片手で銀山を持ち上げ、放り投げる。
それを難なく受け取った結希が、銀山の腕に素早く注射を打った。
シリンジの中には、橙色の液体が入っていた。
(あれは、なんですか?)
目をこらすが、色だけでは何が入っているかなどわかりようもない。
きっと、治療薬の一種だろう。カインはそう結論づける。
「気づいていますかぁ? その職員、寄生樹に侵食されていることに」
「……」
「おっと、抜くのは悪手ですよぉ。寄生樹は、木が抜かれると危険を感じて根の至る所から発芽しますからねぇ」
「……そうだな」
結希の表情には、微塵の動揺が浮かんでいない。
ふと、どこかから〝甘い香り〟が漂ってきた。
(この匂い、どこかで嗅いだことがあるような……)
記憶を探るも、思い出せない。
一瞬、睡眠薬の類いかとも思い呼吸を止める。
だが眠気が来るどころか、徐々に目が覚める感覚がある。
どうやらこの匂いは、睡眠薬のようなものではなさそうだ。
(……なにかが、変ですねえ)
ここへきて、カインは違和感を覚えた。
だが、全く根拠がない。
きっと気のせいだろうと、すぐに違和感を打ち消した。
自分の作戦は完璧だ。
もし一つ失敗したからといって、二重三重に対策を立てている。
失敗するはずがないのだ。
「どうして、まことに寄生樹なんて植え付けたんだ」
「邪魔だったからですねぇ。その職員は、ハンター協会の中でちょろちょろと情報を嗅ぎ回ってました。諜報活動がやりにくくなったので、ついでに消すことにしたんですよぉ」
「わけがわからない。初めからきちんと説明しろ!」
「今や、あなたの出現はハンター界を大きく揺るがしましたぁ。我がギルドに入って頂ければ、問題はありませんでした。しかし、断られた。それでも、他の大ギルドに加入するのでしたら、問題なかったんですけどねぇ。
特権とは、持っている者が少ないからこそ価値が生まれますぅ。その特権を失わないために、あなたにはハンターの舞台から早々に退場して頂くことにしたのですぅ。
――銀山まことは、あなたをおびき寄せるための餌になっていただきましたぁ」
「……誰の命令だ」
「もちろん、我がギルドマスター氷室青也ですよぉ。彼の指示がなければ、わたしは動きませんー」
「なるほど、な」
結希が腕を組んでうんうんと頷く。
その姿に、カインはいよいよ違和感を無視出来なくなってきた。
(おかしい。一体、何故ここまで落ち着いていられるんですか?)
古くからの知り合いが寄生樹に侵食されているというのに、表情が微塵も変化しない。
それだけではない。自分の命が狙われているというのに、落ち着き払っているのも妙だ。
(てっきり、憤って暴力に訴えると思ったんですけどねえ)
自分の作戦の一つが失敗した。
だがカインは慌てない。
まだ手は残されている。
(周りに仲間の気配はない。武力で制圧するわけでもなさそうですね)
気分を落ち着けるために、一度深呼吸をする。
その時だった。結希がおもむろに口を開いた。




