最悪の現実
明日斗は男をじっと見つめていると、〈瞬間記憶〉が発動。
面影が似た男の情報が、脳裏に浮かび上がった。
(こいつ、卯月カインか!)
卯月カインは四大ギルドの一つ、至誠ギルドの大幹部だ。
高レベルハンターの一人だが、彼の活動には不明な点が多い。
得意な武器もわからなければ、彼の戦歴も明かされていない。
ただ、彼が尋常ではなく強いことだけは、肌に刺さる威圧感から理解出来る。
相手の出方がわからず身構えていると、卯月が笑うように言った。
「ぼうっとしていて、いいんですかぁ?」
「……は?」
「ああ、気づいてすらいないんですねぇ。そいつの腕を見てくださいー」
「何?」
言われて、明日斗は銀山の袖をまくり上げた。
するとすぐに、右腕に生えた小さな木が目にとまった。
腕深く入り込んだ根を見て、明日斗の顔がこわばった。
「寄生樹……」
寄生樹は、生命体に根を生やす宿り木の一種だ。
この木に寄生されると、宿主の生命が尽きるまで成長する。
元々地球には存在しないが、ゲートを通じて異世界から持ち込まれた。
種を持っているだけでも罪に問われるほどの、危険な植物である。
慌てた明日斗は、銀山から引き抜こうと木を握りしめる。
「それは悪手ですよぉ。その職員に寄生樹が根付いてから相当時間が経ってますぅ。既に体中には小さな根が行き届いてるはずですぅ。寄生樹は、木が抜かれると危険を感じて根の至る所から発芽します。そうなれば、人間が血肉に変わるのは一瞬。もし寄生樹が赤く咲き誇る姿を見たければ――」
「黙れ」
明日斗は暴発しそうになる怒りをぐっと堪える。
いまここで暴れても、銀山から寄生樹を排除出来るわけではない。
なにか手立てがないか、必死に記憶を模索する。
その時だった。
銀山の目がうっすらと開いた。
「まこと!?」
「……あ、明日斗、じゃないか。どう、したんだい、そんなに、悲しそうな、顔をして。また、いじめられた、のかい?」
「そんなわけないだろ。今助けてやるからな」
「ああ、ありがとう。いま、とても、良い気分だよ」
「……は?」
「だって、きっとボクは一人で、死ぬって、思ってたからさ」
ひゅうひゅうと、喉の奥から擦過音が聞こえる。
唇が紫色に変色していて、呼吸をするのも辛そうだ。
その瞳から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。
「明日斗が、来てくれて、良かったよ。君に、看取られて、死ぬって……こんなに、素敵な気分に、なれるんだね……」
「……馬鹿を言うな。今、俺が助けてやる」
「あ、りが、とう。明日斗。強く……なるん……だよ。ボク、みたいに……」
――蹂躙されないために。
その言葉を最後に、銀山の体からすっと力が抜けた。
同時に、寄生樹の葉先から小さく赤い花が開いた。
ぶるぶると怒りに体が震える。
明日斗はゆっくりと銀山の体を降ろし、手のひらで瞼を閉じた。
「……どうして、まことにこんなことをした!?」
「邪魔だったんですよぉ。その職員は、ハンター協会の中でちょろちょろと情報を嗅ぎ回ってましたからね。
中での諜報活動がやりにくくなったので、消すことにしましたぁ。ああでも、あなたがスカウトを断りさえしなければ、見逃されていたかもしれませんねぇ」
「はっ? 何を馬鹿なことを……」
「今や、あなたの出現はハンター界を大きく揺るがしましたぁ。我がギルドに入って頂ければ、問題はありませんでした。しかし、断られた。それでも、他の大ギルドに加入するのでしたら、問題なかったんですけどねぇ」
「どういうことだ?」
「もしあなたが別のギルドに入れば、今ある三大ギルドの地位が大きく揺らいでしまう。いまあるギルドの権力が弱まるかもしれない。それでは困るんですよぉ。
特権とは、持っている者が少ないからこそ価値が生まれますぅ。その特権を失わないために、あなたにはハンターの舞台から早々に退場して頂くことにしたんですぅ」
「それに、まことがなんの関係があるんだ?」
「わかりませんかぁ? 銀山まことは、あなたをおびき寄せる餌になったんですよ」
「――ッ!」
「あなたが従順ならば、消されずに泳がされていたでしょうねぇ。かわいそうに」
「ふざけやがってッ!!」
耐えきれず、明日斗はインベントリから草薙の剣を取り出し、卯月に斬りかかる。
その直前、真横から何者かが割り込んだ。
――キィィィン!!
激しい金属音とともに、火花が散った。
横から割り込んだのは、館川だった。
「どけ、館川!!」
「ハンター法第二条三項――ハンターは己の武力を一般市民に向けてはならない」
館川の体が僅かに輝く。
彼のスキルの兆候だ。
――まずい。
気づくと同時にバックステップ。
しかし、彼を攻撃した以上、スキルの効果からは逃れられない。
「ただし、ハンターに対しては自衛時にのみ武力を振るうことを許可する――」
「――っ」
「〈完全反射〉」
次の瞬間、明日斗の体が吹き飛んだ。
前後左右、ぐるぐると回転し、落下。
さらに地面を滑り、鉄骨に激突してやっと停止した。




