親と子の関係
親と子の関係
息子は精神が幼いわけではない。情緒が年齢に追い付いていないところがあっただけだ。
そう思えたのは私自身が病気になったからだろうか。
息子の事に一杯になってしまい、心に余裕もなく身体にも影響が出て一人で立つこともできなくなってしまった。心の病は自分にもどうすることもできず、息子の最低限の世話しかできなかった。
そんな時、息子は幼いなりに考え私を支えようとしてくれているようだった。
食欲のない私を気遣いご飯を勧めてくれる。急に落ちた体重に満足に歩けなくなった私の背を非力ながら支えてくれる。五歳の息子に労られ、当時は自分の不甲斐なさに歯噛みしたものだった。
しかし、今思うとあれも息子の情緒の発達には役に立っていたのかもしれない。思いやりというものを自然に身につけてくれたように思う。
私の住んでいる地域は近年戸建て住宅が増えていて、専業主婦の方も多い。それ故か子供達も気性の穏やかな子や、思いやりのある行動が自然に取れる子が多かった。
喧嘩をしてもイジメをクラスで受けることはほとんどなかった。それよりも、出来ない息子に注意をしてくれたり、解らないことを教えてくれたり、甲斐甲斐しく面倒を見てくれる子もいた。優しい子の多さに安堵し、私達が恵まれている現状に感謝した。
私は子供の障害を全く隠さなかった。逆に迷惑をかけるかもしれないと出来る限りの理解を求めた。穏やかな優しい子供の親御さんはやはり優しかった。安易な表面だけの同情をせず、子供達にも普通の対応をさせてくれていた。
差別を受けないことが、子供の成長に大いに関係していたと私は思う。
もちろん通級学級の生徒である以上区別はされていたが 、差別をされないことで息子は心の自由を得ることができていたと思う。
そして『みんなに優しくしてもらえていることに感謝しなさい』と言い聞かせていたことも周囲との円滑なお付き合いの役に立ったのだろう。みんなに迷惑もかけていただろう。しかし、円満な家庭で愛されて育った子供には心の余裕があり、不出来な息子のことを気にかけてくれる余地があった。環境に恵まれていることに盛大に感謝したい。
未だにご近所の方々には気にかけてもらえている。そして息子の成長を見守ってもらえている。
環境が子供の成長に大いに関係してくることは、障害のあるなしに関わらず明白なことだと思う。
極端な例はわりとニュースにも事件として流れているのでご存じのことだろう。




