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第14話 それぞれの怒り

グリフォスたちは、既に名古屋市内に進入していた。

街の中からは、今も新たな黒煙が次々と立ち上っている。

街に近づくにつれて、土埃や煙で視界は悪くなり、焦げたような匂いが鼻を突いた。

下では市民たちが、我先にと都市部から離れようとしていた。

緊急車両のサイレンが絶え間なく響くが、彼らにはどうすることもできないだろう。

都市部には…都市部だった場所には、円盤状の物体が不気味な動きを繰り返しながら浮いている。

その上空には謎の空間が広がり、全てを飲み込まんとしている。


背後から、耳を塞ぎたくなるような轟音が響いた。

戦闘機のエンジン音だ。

すぐに4機のF-15戦闘機が、峰人たちを一瞬で追い抜かした。



「ナイト1よりヘイムダル、目標を肉眼で確認。これより交戦する」

『ヘイムダル了解。交戦を許可する。』


F-15戦闘機は都市の中心部へと接近し、ミサイルの射程範囲に入ると物体に照準を合わせる。


「ナイト1…FOX2!!」


F-15戦闘機2機が物体に向け赤外線誘導ミサイルを発射する。

それはターゲットめがけて一直線に突進した。

しかし重力圏に入った途端、突如として蛇行を始め、そのまま浮き上がったビルに直撃して爆発してしまう。


「ナイト1よりヘイムダル!目標に命中せず!繰り返す、目標に命中せず!」


このまま重力圏に侵入すると危険と判断し、4機は左へ旋回する。


『ナイト隊!アンノウン急速接近!ブレイク!』


次の瞬間、後方を飛んでいた2機が、凄まじい衝撃と熱に包まれて一瞬で爆散した。

炎の中から現れたのは、5体のドラゴンであった。

ドラゴン達は討ち取った獲物には一切の興味を示さず、残った2機に狙いを定める。


「ナイト2とナイト4がやられた!これより回避行動に移る!」


2機は振り切ろうとするが、ドラゴンの追従はあまりに正確だった。

戦闘機が加速するよりも早く、ドラゴンの爪が機体の表面を引き裂く。


「こちらナイト3!やられた!脱出する!!」


だがパイロットが脱出するよりも先に、ドラゴンの鋭い牙がコックピットを襲った。


「くそっ!ナイト3が落ちた!」


残った戦闘機に、ドラゴン達が一斉に炎の塊を放つ。

戦闘機は、それを回避するために右に急旋回をした。


しかし、それが命取りとなってしまった。

戦闘機が入ったのは、物体の重力圏であった。操縦桿を左右に倒しても、全く反応がない。まるで見えない手に弄ばれているかのようだった。


「ナイト1、操縦不能!操縦不能!」


戦闘機は完全に上空の重力に摘まれてしまい、そのまま浮いていた瓦礫に衝突した。












東京 防衛省


「全機撃墜だと!!?」


会議室内に、林統合幕僚長の驚愕の声が響いた。

ここでは陸海空のトップが集結し、国家を揺るがすこの事態に対して対応に当たっている。

林はつい先ほど、伊川首相の指示で航空自衛隊に破壊措置を命じたばかりだった。

それが、こんなにも簡単に…。

林は敵の脅威を改めて認識する。


この会議室には林と、陸海空3名の幕僚長が勢揃いしていた。

防衛大臣は国家安全保障会議に出席中のため不在であるが、官邸とは常時情報を共有しているため問題はない。


「統幕長、攻撃を続行しましょう。我の全力を投入する用意はあります!」


渡辺航空幕僚長は、力強く林に進言した。

林は目を細め、右手で自身の無精髭を触る。彼が悩む時の癖だ。

確かに、ここで攻撃を中断するわけにはいかない。

だが有効打を打てなければ、かえって被害を拡大させるだけだ。


「ミサイル護衛艦が愛知県沖で待機しています。艦対空ミサイルはいつでも使用可能です」


今度は花井海上幕僚長が発言する。


「まずはあの重力異常を何とかしなければ。我々の兵器はあれに阻まれています」


柳瀬陸上幕僚長も続いて意見を述べた。

柳瀬の言う通り、問題はあの重力異常だ。

しかし、あれが物体から発生している以上、現時点で打つ手はない。

林は再び頭を抱えた。









「想像してたより酷い状況だな」

街を見下ろすグリフォスが呟いた。

今も異次元の穴は拡大を続け、人や車、建物が次々と持ち上げられていく。

市民は何が起こっているか分からないまま、ただ恐怖しているのだろう。


「あの浮いてるデカブツは何なんだ?」


峰人が街の中心に浮遊する物体を指差す。

その物体からレーザーのような光が上空に放たれており、そこから同心円状に穴が広がっていた。


「あれは次元転移装置だな。本来は異世界転移の際に使われるものだ。普通のはあそこまで大きくないが…」

「次元転移装置?それが何でこんなことになってる?」

「あれは危険な装置でな。エネルギーの分量を間違えれば次元の狭間に繋がってしまい、一帯に破壊をもたらしてしまう。まあギデオン軍は"間違えた"わけではないようだが」


即ちあれは、最初からギデオン軍が大量破壊のためにこの世界に持ち込んだ、或いは作ったということだろう。


「…止める方法は?」

「簡単だ。あの装置をぶっ壊せばいい」

「どうやって?」

「俺の炎ならやれる」


横を飛んでいるメフィアとセーネもまた、破滅的な光景に息をのんでいた。


「ギデオン軍の目的は何なんでしょうか?」

「奴らはの狙いは破滅ではなく支配よ。だからおそらく…」

「人類文明の崩壊…」

「そういうことでしょうね」


刹那、風邪を切る音とともに、1体のドラゴンがこちらに向かって突っ込んできた。

ギデオン軍だ。

その目は敵意に満ちており、大きな口には炎を纏わせている。


「敵だ!グリフォ…」


そう言いかけた時には、セイバーとエアルが迎え撃っていた。

エアルが竜剣を敵に向かって投げる。

その鋭い刃は、相手のドラゴンの目を正確に捉えた。

思いがけず片目の視界を失ったドラゴンは、混乱して纏わせた炎を消滅させる。

その隙に上に移動したセイバーが、ドラゴンの顔を鷲掴みにした。

そして火球を、ドラゴンの首の根元へと届けた。

首を失った胴は地上へと真っ逆さまに落ちていく。

残った首はセイバーの手の中にあったが、それもすぐに投げ捨てられた。


「わお…中々にグロいな」


峰人が苦々しい表情を浮かべながら呟いた。




街の中心へ向かうドラゴン達と別れ、ヘリ4機は右へ旋回した。

命令に従い、避難誘導に協力するためだ。

下を見ると、未だ多くの人々で道という道はごった返していた。

渋滞により車が乗り捨てられたことで、幹線道路は完全に麻痺している。

無線からは常に様々な報告が入っているが、明るいものは何一つなかった。


「畜生!避難が全然済んでないじゃないか!」


眼下の光景を見た石丸が唇を噛み締めた。

間に合わなければ、下にいる全員が死ぬことになる。


ヘリは街の外れ、野並町にある高校のグラウンドに着陸した。

周囲には、警察や自衛隊の車両が多数停車している。

八重山が地上に降り立つと、無線で怒鳴り合っている警官の姿が目に入った。

八重山が近づいていくと、警官は八重山に振り返った。


「状況はどうなってる!?」


八重山が警官に大声で質問をした。

そこら中から爆音や悲鳴が響いており、大声でなければ何も伝わらなかった。


「なるべく市民を遠くに逃がしてるが…重力異常が20分以内に到達する!退避が間に合わない!!」


後ろを見れば、果てしない闇を纏ったような不気味な黒いものが、今もじわじわと空を侵食していた。


「地下に避難させるのは!?」

「地下も安全とは言えない!それは最後の手段だ!!」


八重山は好転しない状況と、自身の無力さに苛立ち、拳を握りしめた。









グリフォスは彼方に浮く装置に、正確に狙いを定めていた。

僅かに開いた口から、灼熱の炎を滲ませる。

装置の周囲には依然無数の瓦礫が踊り狂っていたが、グリフォスにとっては何の障害でもない。

炎の威力が限界まで上がり、それが火球となり口から発射された。

浮かぶ瓦礫を驚くほど器用にかわし、火球は加速しながら装置へまっすぐに進んでいく。


「いいぞ行け!!」


峰人もその火球に意識を集中していた。


ーーーいける!


峰人はそう確信した。

火球は全ての瓦礫を避け、ついに装置から放たれる光の柱の間近に到達する。

火球が巨大な炎となり、それが装置全体を包み込む。

遠くから見ても、火球が直撃したのがよく分かった。


「やったか!?」


峰人の確信は既に喜びへと変わっていた。


だが、いつまで経っても光の柱が消える気配はない。

異次元の穴も依然拡大を続けている。

装置を覆う黒煙が消え始めると、峰人の顔から瞬く間に笑顔が失われた。


「グリフォスめ…大人しく消えていればいいものを」


黒煙の中から現れたのは、ゾルダーだった。

ゾルダーは自らの体を盾にし、装置を守っていた。

グリフォスの火球を正面から受けているはずだが、その体表に傷は見えない。


「チッ…あのクソ野郎!」


グリフォスが苛立ちのこもった声で言った。

反対にゾルダーは不気味な笑みを浮かべている。

ゾルダーはノヴァを伴って、物凄いスピードで狩るべき3体のドラゴンの方へ飛んだ。

上空に発生する重力も、ものともしない。

ゾルダーとノヴァが、グリフォス達の目の前に現れる。


「…どうしたグリフォス?久々の再会だ。喜ばないのか?」


ゾルダーの声は挑発的だった。

顔には相変わらず薄ら寒い笑みを浮かべている。


「マグマ漬けになったお前を嘲笑ってやれなくて残念だったよ。あれはお似合いだったのに、勿体無い」


グリフォスは一切怖気づくことなく、それどころか挑発を返した。

ゾルダーはグリフォスに騎乗する竜騎士に目を向ける。


「そのガキはお前の新しい竜騎士か?運が悪かったな、小僧」

「全くだ。お前さえ消えてくれれば平和に過ごせるんだけどな、ゾルダー」

「それは出来ない相談だと解っているはずだ」

「心配はご無用。俺はお前を地獄へ送る竜騎士、旭峰人だ。覚えておけ」

「死にゆく者の名に興味は無い」


今度は、緑のドラゴンがゾルダーの前に躍り出た。


「ゾルダー、貴方は大きな罪を犯しました。その報いは受けて貰います!」


セーネの声からは、燃え上がるような怒りが感じられた。

彼女が騎乗しているメフィアからも、同等かそれ以上の怒りが注がれている。


「俺の家族は全員ギデオン軍によって殺された。妹との最後の約束を果たすため、ここで貴様を討つ!!」


今度はエアルが声を響かせた。

胸の中には皆それぞれの想いが宿っている。そしてそれは、ギデオン軍への強い敵意によって結ばれていた。


「雑魚どもよ…膝を抱えて怯えていればいいものを」


ゾルダーの声は、哀れみに近かった。

だがその本性は、弱者への嘲りでしかない。


「恐れおののきながら、骨も残さずこの世から消えるがいい!!」


ゾルダーはその巨大な口に紫色の炎を宿らせる。

次の瞬間、大きく開け放たれた口から濁流の如き勢いで炎が発射された。

3体は翼を羽ばたかせてそれをかわす。

目標を失った炎は、そのまま地上へと直接注がれる。

そこにあったはずの数軒の建物は、一瞬にして骨組みすら残さずに灰と化してしまった。

ゾルダーの炎の威力は、並のドラゴンのそれを遥かに凌いでいる。


「いいか峰人!前に話した通り、竜騎士といえど再生が終わる前に死ねばそれまでだ!あれをまともに食らったら終わりだと思え!」

「んなこと見りゃ分かるよ!頼むから目の前の敵に集中してくれ!お前だって"竜の輝き"ごと消し飛ばされるぞ!!」


ゾルダーはグリスォスのみに狙いを定めていた。

70年前の不覚は、ゾルダーにとっては昨日のことだ。恨みの炎は、火山に封印された時のまま燃え盛っている。


メフィアとセイバーは、グリフォスの援護に回ろうとした。

だが、彼らの前に10体を超えるギデオン軍が立ち塞がる。

中央に構えるのは、ギデオン軍の副官ノヴァだ。

ノヴァは見覚えのある黄色いドラゴンに語りかけた。


「私の力は思い知ったはずだ。下らん誇りは捨て、我が軍の一員となれ」

「馬鹿にしやがって!僕がホイホイとお前について行く奴に見えるか!?」


ノヴァはその答えに、満足そうな笑みを浮かべた。


「いいや?断るのを期待していたんだ」


そう言い放つと、あの電撃をメフィアとセイバーに向け発射した。

岩国基地を壊滅させ、セイバーを死の淵に追いやった技だ。

メフィアとセイバーはギリギリ数メートルのところでそれをかわすが、今度は他のギデオン軍が襲いかかってくる。


「くそっ!こそれじゃあ装置の破壊どころじゃないぞ!」


ギデオン軍と戦うには、彼らはあまりに無勢すぎた。










八重山たちは迫り来る脅威の中、懸命に避難誘導を行なっていた。

だが正直のところ、避難が間に合うとは思えない。

ここにいる全員を救う唯一の方法は、あの物体を破壊して重力異常を止めることだ。

しかし、それが不可能なことは明らかであった。

物体に接近することすら叶わない上に、ギデオン軍が強固な防衛線を敷いている。

グリフォスたちが懸命に戦っているが、いつまで持つかわからない。


ふと、八重山は例の物体の方に目をやった。

相変わらず、重力異常は拡大を続けている。しかしその奥、物体の真下には、まだ建物が元のまま残っていた。


あそこからなら、物体を狙えるというのに…。


目に見えるが、決して届くことのない希望に、八重山は改めて歯がゆさを覚えた。


「八重山一尉!もうダメです!市民を地下に避難させましょう!」


八重山はその報告に、はっと顔を上げる。


ーーーー地下?そうだ。地下ならまだ安全だ。


「石丸、この下に地下鉄が通ってるな?」

「え…?確か桜通り線が通ってますが…」

「深さは?」

「20mを超えてたと思います」


八重山は少し口元を緩めた。


「名古屋駅まで続いてるか?」

「ええ…続いてますが。それが何なんです?」


それは絶望の中に現れた、一筋の光だった。

届かないと思っていた希望に、手が届いたようだ。ギデオン軍は人間を無力で存在価値のない生物だと考えているのだろう。

だがそれは大きな間違いだ。


「石丸…英雄になる時だ」


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