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きみが見つめる世界は  作者: usa
すれ違い
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15/20

十五話




 俺が着替えて支度をしている間、雄大にはリビングで待ってもらうことにした。これ以上妹と同じ部屋に、二人きりでいさせるわけにはいかない。重ねていうが、あいつはまだ十二歳なんだ。リビングであれば、キッチンにいる母さんの目もあるし、そう簡単に手出しできないだろう。

 俺がリビングに戻ると、雄大は凛香と並んでソファに腰掛けて、テレビを見ていた。さすがに親の前でキスなんてしてないだろうが、指同士を絡めて手をつなぎあったりなんぞしてやがる。俺は背後から近づいて、スリッパで思いきりロリコン野郎の頭を殴った。スパンっ、となかなかいい音が鳴った。


「いってぇ!」

「あーっ、お兄ちゃん!」


 頭を押さえて悶絶する雄大を、凛香がかばうように肩を抱いた。


「いきなりなにすんのよ。雄大くん可哀想じゃない!」

「離れろ凛香。俺はまだ認めてないからな」

「なにそれ、意味わかんない。お父さんじゃあるまいし、ウザいキモい!」


 かみつくような妹と火花を散らしあっていると、雄大がまだ頭を片手でさすりながら割って入ってきた。


「ま、まあまあ! 陽向、支度できたんならいこうか。吉池にさっきメール送ったら、暇だから楽しみだってよ」

「誰のせいで兄妹ゲンカしてると思ってんだよ」

「……すんません」


 だが確かに、これ以上こいつらといい争っていても仕方がないのも事実だ。それに釈然としないが、凛香と雄大が付きあっているというのも嘘じゃないらしい。凛香の前であまりボカボカこいつを殴るのもよくないだろう。


 ちっと舌打ちをしてから、俺は雄大と連れ立って家を出た。凛香は雄大と寂しそうな目線を交わして手を振った。一瞬、雄大を今ここで蹴り飛ばそうか本気で悩んだ。


 吉池が入院しているというのは中央病院だった。古い病院だが規模はなかなか大きく、評判もいい。そこへいくには、俺たちが通う学校の最寄り駅までいき、そこから無料送迎バスに乗らなきゃいけない。なにが悲しゅうて放課後、野郎と二人で出かけなきゃいけないんだろう。しかも相手は、ついさっきまで人の妹を誑かさんとしていたやつだ。


 電車から降りて病院へ向かう送迎バスに二人で乗り込み、俺たちは気まずい時間を過ごした。バスには爺さんが一人と、イヤホンをしたおばさんしか乗っていない。直通だから、運転手のアナウンスの声もない。車内はものすごく静かだ。

 さっきまでなにから問い質してやろうかと考えていたが、いざとなるとなにも聞けない。雄大も緊張しているのか、さっきから手をぐっと握りしめている。


「なあ」

「はいっ、なんでしょうお兄様!?」

「その呼び方やめろ、鳥肌が立つ」

「……うん、俺も自分でいってて思った」


 雄大はいつもの調子を取り戻そうとするかのように、無理やり笑った。


「吉池と話するの久しぶりだよな。クラス変わってから全然会ってねえし」

「ああ」

「覚えてるか? 体育の授業でサッカーやった時、おまえがパスしたボールが吉池の頭直撃してさ。ゴリ先がてっきりおまえが吉池をわざと狙ったんだと思って、おまえを生徒指導室に放り込んでたよな」

「ああ」

「で、でもあの時本当は、吉池のやつ女子の水泳の授業をガン見してたんだぜ。なのにゴリ先のやつ、それを知らなくってさ」

「ああ」

「そんで俺と吉池とで、ゴリ先説得しにいったんだけど、あいつ俺らが陽向に脅されてるんだと思い込んでて」

「ああ」

「そんで……って、もうダメだ! こんな会話やってらんねえよ」


 突然叫ぶと、雄大は自らの手で髪をぐしゃぐしゃっとさせた。


「おまえもなんで「ああ」しかいわないわけ!? さっきまで鬼みてえな顔してたくせに」

「うるせえなぁ」

「そんな気の抜けた返事ばっかされてちゃ、こっちもどうしようか余計迷っちゃうじゃん! 頼むから普通にしてくれよぉ」


 最終的には涙目になって懇願する始末。妹よ、本当におまえはこいつのどこが以下略。


「わかった、普通にしてやる。そのかわり今度のサッカーの授業中、後頭部に気をつけろ」

「まさかの攻撃宣言!?」


 それくらいで済むだけありがたく思え。ふんと鼻を鳴らして高圧的ににらむと、雄大はなにもいい返せない様子で肩を落とした。


「んで、いつからだよ」

「え?」

「とぼけんな。いつからおまえら付きあってたんだよ。会ったのはこの前がはじめてだったろ」


 雄大は「あー……」と声を漏らし、わずかに耳を紅潮させた。


「その翌日から、かな」

「なんで急に」

「はじめて会った時、連絡先は交換してたんだよ。あん時はまあ、大事な親友の可愛い妹、くらいにしか思ってなかったよ、もちろん。でも、悦ちゃんに振り回される俺を気づかってくれてて、優しくていい子だなーって。そんで次の日、俺からメールしたんだよ。今度は二人で会えたらいいなって。そうしたら凛香ちゃんから「じゃあ付きあってくれる?」って返事が来て……」


 デレデレと緩み切った顔で語りながら、雄大は頭をかいた。


「正直、俺も中学生と付き合うってどうなの? とは思ったよ。でも凛香ちゃん可愛いし、こんな俺のこと素直に好きだっていってくれるし、それがすごいいじらしくて……。とにかく、俺が全面的に悪いんだよ。俺が凛香ちゃんのことをあきらめらんなくて、おまえに申し訳ないことをしたと思ってる。だけど、彼女のことは怒らないでやってくれ」


 最後に雄大は、俺に向かって真剣に頭を下げてきた。

 バカだバカだとは思っていたけど、ここまでバカなやつだとは思っていなかった。俺はため息をついた。


「雄大。おまえ、なんか一つ勘違いしてんだろ」

「へ?」

「俺はな、別におまえがバカだから凛香と付き合うのが許せないわけじゃない。もちろん凛香の年齢のこともあるけど、一番はやっぱり黙ってたからだ。最初から堂々といってくれてりゃ、また少し違った態度を俺もとれたと思う」

「……いったその瞬間、俺の顔面を崩壊させるとか?」

「かもしれない」


 雄大はごくりと唾をのんだ。俺のこぶしが自分の顔にめり込むのを想像したのかもしれない。


「でも俺は別に、特別妹と仲良くもなけりゃ、シスコンってわけでもない。そりゃ血の繋がった妹だから、憎いってことは間違ってもない。ただ俺は、あいつが本気で好きになったやつと、真っ当に結ばれてほしいとは思ってるよ。交際を黙ってなきゃいけないようなやつとは、付きあってほしくない」

「……ごめん」

「いや、それはもういい。おまえがきちんと俺たち家族に話をしてくれりゃ、俺だってなんもいうことはないよ」


 俺の言葉に、雄大は目を瞠った。


「本当に?」

「まあ本音をいうなら、もうちょっと頭のいいやつを選んでほしかったけどな」

「やっぱりおまえは俺の親友だよ!」


 雄大は叫ぶと、俺の肩を抱きよせて、バシバシと背中を叩いた。


「絶対認めねえっていわれたらどうしようかと思った。あーホッとした」

「あいつが高校卒業するまでにキス以上のことしたら、やっぱ張り倒すけどな」

「えっ」

「え、じゃねえよ。当たり前だろうが」

「いや陽向さん、俺も一応健全な男子高生なんですが」

「知るか」


 そんな会話をしていると、いつの間にか病院のすぐ近くまで来ていた。入り口のすぐ目の前にバスは横づけをした。

 ほかの乗客二人が降りてから、俺たちも外に出た。


 見舞いに来たというのに、ここへ来て俺たちは、なにも持たずに来たことを思い出した。さすがに手ぶらでいくのも失礼だろうと、院内の売店にいき、雄大が吉池が好きなアイスを買っておいた。俺は食い物ではなく漫画雑誌を二冊。

 次に案内所へいって、面会の受付に名前を書く。事務の人から面会者用のパスを受け取り、それを首からさげて、吉池が入院しているという病室へ向かった。


 エレベーターで三階までのぼり、二人でこっちかあっちかといいながら、廊下を進んだ。突き当りのところにあった病室が、吉池がいるところらしい。

 扉は解放されていたため、少し迷ったものの、俺たちはそのまま中に入った。四人部屋らしい。雄大が小声で声をかける。


「おーい、吉池ー」


 すると、左手の奥側のベッドのカーテンが揺れた。それに気づいて目をむけると、隙間から吉池が顔をのぞかせた。もともと青白くてひょろりとしたやつだったが、病気のせいか余計に痩せたように見える。


「おー、雄大、陽向。マジで来てくれたか」


 吉池は弱々しく笑いながら、カーテンをさっきよりも大きく開けた。


「いやぁ、先週からすげえ腹が痛くって。なんかヘンだなって思ってたら盲腸だって。笑えるよな」

「おまえ動き回って大丈夫なの?」


 少しよろよろした足取りが頼りなく、俺は心配になっていった。


「なんか今にもぶっ倒れそうなんだけど」

「平気だって、これくらい。昨日手術したばっかだから、ちょっと体力がまだ戻ってなくてさ。でも少し動かないと、もっと弱っちまうだろ」


 雄大が売店で買ってきたアイスの袋を持ち上げた。


「これ食えるか? おまえの好きなガリッコくんメロンソーダ味」

「食える! つうか食う! 今日はまだおかゆしか食ってなくってさ」


 固形じゃないから問題ないだろ、と自分で勝手に解釈し、吉池は喜々としてガリッコくんの袋を開けようとした。俺はその手首をパシッと手刀で打って阻止した。


「手術したばっかの人間が自己判断するのはやめろよ。待ってろ、ナースステーションで看護師に聞いてくっから」

「えー、俺は今食いたいんだよ陽向ぁ」

「我慢しろ。ほんの五分ぐらいだろ」


 そういい包め、俺はブーブー文句をいう吉池と、それをなだめる雄大をおいて病室を出た。

 ナースステーションはさっき前を通ったため、すぐに場所がわかった。そこにいた看護師の一人に、思い切って声をかける。


「あのう、すみません」


 忙しそうに動き回っていたその看護師は、手を止めないまま目だけを俺に向けた。


「はい、どうかされました?」


 俺は吉池の名前と、ここへ来た理由を話すと、彼女はわずかに眉を寄せた。


「うーん、詳しくは担当医に聞いてみないと。でも昨日オペで開腹してますから、今日は出される食事以外は避けていただきたいですね」

「あー、やっぱり」

「おなかは空かれるでしょうけど、明日になったらもう少し形のある食事になるからって、ご本人に伝えといてください」


 そういうと、看護師はバタバタと立ち去っていった。そんなに忙しかったのか、悪いことをした。見ればナースステーションにいる看護師は皆忙しなく動き回っていて、声をかけられたのが奇跡とも思えた。本当はアイスを入れられる冷凍庫があるかも聞いてみたかったが、これ以上は迷惑だろうと立ち去ることにした。

 病室に戻ろうと踵を返す。次の瞬間、俺は驚くべきものを目にした。


 さっきまでジャージ姿だった悦美が制服が歩いていた。しかも一人ではない。

 うしろに俺の母さんと同年代の女性がいた。そして悦美の隣には、紫央の姿があった。


 俺が呆然と見ていると、視線に気づいたのだろうか。紫央が立ち止まってゆっくりこちらを振り向いた。そのもとから大きな目がさらに見開かれるのを見て、息が止まる感覚さえもした。


 目が合って数秒間、俺たちは互いに立ち尽くしていた。さすがにそばにいた悦美ともう一人の女性も気づいて、俺の方を見た。悦美は驚いたようにハッと息をのんでいた。

 唯一この状況を不思議そうに見ているのは、紫央のうしろにいた女の人だけだ。面影から察するに、紫央の母親かもしれない。目元がよく似ていた。


 紫央は口をわずかにはくはくと動かしていたが、言葉が出ない様子だった。視線が泳ぎ、たじろいであとずさっている。

 俺は一歩前に出た。


「紫央」


 呼びかけると、紫央はビクッと肩を震わせた。すでに俺の方を見てもいない。

 いつからそんなに嫌われていたのだろう。わからない。知るのが怖い。だけどそれを聞かなくては俺は、きっといつまでもこのことを引きずるような気がする。


 紫央は相変わらず俺を見ない。紫央の母親がなんとなく不穏な空気を悟ったのか、俺に声をかけてきた。


「娘のお友だちかしら? 悪いけど、これから検査で……」

「お母さん!」


 自分の母親がしゃべりはじめた途端、紫央が怒鳴った。静かな病院の廊下で、それはよく響いた。さっきまで忙しなく仕事をしていた看護師ですら、数人が手を止めてこちらを振り向いた。

 紫央のお母さんは一体、なにをいいかけたんだろう。途中で遮られたため、あまりよく聞き取れなかった。


 俺は挨拶をすべく、紫央のお母さんに向き直った。


「あの、はじめまして……。村瀬陽向です」


 紫央のお母さんは、わずかに目を見開いた。


「陽向……さん? あなたが?」

「はい」


 なにをそんなに驚くのだろう。訝しんでいると、紫央がお母さんの腕を引っ張った。


「お母さん、いこう。早くしないと」

「わかってるわよ。あ、陽向くん、またあとでゆっくり……」

「いいから!」


 らしくもなくまた大声をあげて、紫央は母親を引きずるようにして去っていった。最後まで俺を頑なに見ようともせず、声をかけてくることもなかった。まるで俺のことなんて、なにも知らないかのように。


 その場に残ったのは、バカみたいに突っ立っている俺と、悦美だけだった。悦美は気まずげにうつむいている。その手に紙袋が握られているのを見て、俺はたずねた。


「おまえら、一体ここでなにやってんの?」

「それはこっちのセリフ。陽向くんこそなんでいるのよ」

「俺は友だちの見舞いで……」


 悦美はため息をついた。


「私はただ、父親に会いに来ただけよ」

「父親?」

「医者なの。この病院に勤めてる。今日は当直医だから、着替えを届けに来たのよ」


 初耳だった。彼女も紫央同様、裕福な家庭のお嬢様であることは予想していた。だがそれならなおさら、彼女と紫央が一緒だった理由がわからない。


「紫央はなんで……」


 いいかけた俺にかぶせるようにして、悦美がいった。


「陽向くん、コーヒー一杯付きあって」







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