十二話
十三時になったら、フードコートで待ち合わせ。悦美の言葉を思い出して、俺たちはフードコートへ向かった。すでに雄大たちはそろって俺たちを待っていた。
雄大は悦美が買ったものと思しき荷物を両脇に抱え、ぐったりしていた。どうやらこいつは俺とは違い、ずっとこいつらに付きあわされていたようだ。
紫央が「お待たせ」と声をかけると、凛香が立ち上がって駆け寄ってきた。
「おねえちゃん! 待ってたんだよ。あれ? その服どうしたの?」
首をかしげて問いかけてくる妹に、俺はパッと顔を背ける。言い訳なんてなにも考えていなかった。だがそろいもそろって新しい服を着ていたら、そりゃ不思議に思うだろう。
紫央がひきつったような笑みを浮かべながらいった。
「あー……。噴水のそばにいったら濡れちゃって」
俺は答えず、荷物を挟んで雄大の隣に腰掛けた。女子は女子で固まり、なにやら話し込んでいるから放っておこう。
「すげえ量だな」
「だろ」
雄大はいつになく疲れたような声を発した。
「なんで女の子って、買い物となるとこんなにエネルギーを発揮できるんだ? 理解できねえ。悦ちゃんなんて、クレジットカードで支払ってたんだぜ?」
「そりゃすごい」
「おまえの妹がつくづく可愛らしく見えてきたわ。俺が悦ちゃんの荷物を全部持たされてんの見て、「雄大さん大丈夫?」なんて声かけてきてくれてさ」
優しさが染みるぜ、なんて雄大はいう。
その雄大曰はく心優しい俺の妹が、突如として叫んだ。
「えーっ、お兄ちゃんが!?」
ん? 俺がなんだ?
「ウソだ、ウソ! 絶対ない! お兄ちゃんに限ってそれはない。あのバカがつくぐらい鈍感で不器用でヘタレな兄貴に限って、それだけはない!!」
なんだかよくわからないが、貶されていることだけは伝わってきたぞ。
「おい凛香。俺がなんだってんだよ?」
すると凛香が、幼い顔で牙をむきだすようにして怒鳴ってきた。
「うっさいバカ兄貴! 私はまだおねえちゃんを渡すつもりはないんだからねっ」
「はあ?」
なんのこっちゃい。
わけがわからずいると、紫央が妹の肩をつかんであわてたようにいった。
「凛香ちゃん、違うから。悦美の勘違いだってば」
結局、なぜ俺がいきなり妹にバカにされコケにされたのかはわからないままだった。
その後はそれぞれ昼食を買い、また同じテーブルに着いた。俺は妹の分まで飯を買わされるはめになり、財布がだいぶ軽くなっていた。今日は予定外の出費が多すぎる……。
ハンバーガーの最後の一口を放り込み、一緒に買ったコーラで飲みくだした。すると雄大が待ってましたとばかりに俺を引っ張り立たせた。
「陽向、そこの駄菓子屋いこうぜ」
「は? 駄菓子?」
「なんか懐かしいもんありそうじゃん! ほら早くしろって」
相変わらずガキくさい雄大の行動に呆れるが、確かにその店構えは、小さい頃を思い出してわくわくさせる。仕方ねえなぁ、なんていいつつも、俺は雄大と一緒にその店に入った。女子たちはゆったり食後のおしゃべりタイムに浸るらしい。
店に入るなり、雄大は深く息を吐いた。
「あーっ、ようやく悦ちゃんから解放された」
「よくいうよ。なにげに楽しそうにしてるくせに」
「そりゃね、悦ちゃんはガキの頃からの知り合いだから、妹みたいに可愛がっちゃいるけど」
傍から見ると、おまえの方が弟みたいだけどな。
「おまえの方はどうだったんだよ?」
「なにが?」
「わかってるくせに。紫央ちゃんとのショッピングデート、せっかく二人きりにしてやったんだから、進展がなかったとはいわせないぜ」
……その通りですといったら、こいつはどんな反応を示すだろうか。いや、でもまったくなかったわけじゃない。なにせ今日俺は、はじめて紫央に面と向かって「可愛い」といったんだからな。それも二回も。
俺は目の前にあったラムネ菓子を見ながらいった。
「別におまえに逐一報告する義務なんてないだろ」
「悪い陽向。俺英語はわからん」
「英語どころかカタカナすら出してねえよ」
雄大はかごを手に取り、チョコバーを二本入れた。
「紫央ちゃんだって、まったく脈がないわけじゃないんだろ? 思いきって告ってみりゃいいのに」
「そりゃまあ……」
できるものならさっさとやっている。なかなかタイミングというものがつかめないだけで。ヘタレっていうな。
「紫央ちゃんは結構可愛いしさ、ほっといたらほかのやつに持ってかれちまうぞ。スタイルもいいし性格も明るいし、実家もお金持ちだし」
紫央が可愛いことなとなんてとっくに知ってる。俺なんかよりもよっぽどモテて、何度か告白だってされていることも気づいてた。でも紫央は、それを受けたことは一度もない。
だから余計に怖かった。俺がもし彼女にフラれたら、もう二度とこんな風に会えることはないんじゃないかって。ただの友だちでもいられなくなったら。顔すらも見ることができなくなったら。そう思うと、怖くてたまらなかった。
雄大は俺を臆病だと笑うかもしれない。俺だって、紫央を好きになる前だったら、こんなやつがいたらバカみたいだと思うだろう。好きならさっさと好きだっていっちまえばいいって。だけど自分が誰かを好きになって、はじめて終わりが来ることを恐れた。彼女と会えなくなるのを想像するのが、とてつもなく怖かった。
雄大は次に手に取ったフーセンガムをかごに入れ、ふと真剣な目を俺に向けてきた。
「当たって砕けろっていうだろ。いくらおまえのヤンキー顔でも、見慣れりゃそう怖くないぜ」
「そらどうも」
余計に落ち込ませてくれてありがとさん。
雄大がまたかごにスナック菓子を詰めながら、なにげない口ぶりでいった。
「おまえといる時の紫央ちゃん、一番楽しそうだよ」
「へ?」
「いや、最近は俺らも一緒によくいるけど、やっぱ陽向の隣にいる時が一番笑ってるし、幸せそうだなって。俺と悦ちゃんだけじゃ、あんな笑顔は引き出せないし。おまえの妹ちゃんといる時も楽しそうだったけど、紫央ちゃんは陽向のそばにいる時が一番イキイキしてるんだよ」
だから自信持てって。そういいながら、雄大は俺の背中をバンと叩いた。
そこへなぜか凛香が店の中に入ってきた。ちゃっかりかごを持ってやがる。
「あっ、お兄ちゃんたち本当にまだいた。紫央おねえちゃんたち待ってるよ」
「わかってるよ」
俺は凛香の手から目をそらさなかった。
「時に妹よ。おまえのその手にあるものは一体なんだ?」
「これ? えへへー、麦チョコと、カリカリ梅。懐かしいから食べたくなっちゃった」
「金ないんだろ!?」
「可愛い妹に買って、お兄ちゃま」
こんな時ばっかり可愛い妹になるなよ。しかもお兄「ちゃま」ってなんだ、お兄「ちゃま」って。
俺と凛香が互いに一歩も譲らないでいると、雄大が間に割り込んできた。
「あ、あーっ! 俺もこれガキの頃好きだったよ、妹ちゃん。このカリッとした食感がたまんねえんだよな」
いいながら雄大は、凛香のかごにあった梅とチョコを、自分のかごの中に入れた。
「俺が買うから、半分もらってもいいかな?」
凛香が目を輝かせた。
「わぁっ、雄大さん優しいー!」
「そ、そう?」
照れながらも、雄大はまんざらでもなさそうだった。それが余計に面白くない。
「雄大。あんまりこいつを調子に乗らせるなよ」
「俺がそうしたいからやっただけだよ」
二人は顔を見合わせて「ね」なんてバカみたいにいいあっている。
結局、まさか他人の雄大に金を払わすなんてできず、俺が凛香の分も支払うこととなった。二人が駄菓子の袋を抱えてほくほくしているのと反対に、予想外の出費に頭が痛くなってくる。
もとのテーブル席に戻ると、紫央と悦美がなにやらむっつりした表情をしていた。だが俺たちが戻ったことに気づくと、二人ともなにごともなかったかのように笑顔を浮かべた。
雄大はなにも気づかなかった様子で、駄菓子の入った袋を振り回すようにしながら叫んだ。
「悦ちゃん、お待ちどー」
それに悦美があきれたように返す。
「振るな雄大。周りに迷惑」
ごもっともな言葉に、雄大もすぐ袋をおろした。
悦美は立ち上がると、ちらっと紫央に視線を向けた。
「見るとこないなら帰る? 電車の時間とかもあるから、帰るなら早く決めないと」
少し時間は早いが紫央の表情は少し疲れていて、そうした方がいいかとも思った。
だが凛香が思い出したかのように手を挙げた。
「紫央おねえちゃん、来る時クレープ屋いきたいっていってたよ。まだいってないんでしょ?」
「それじゃあ今からいく? 食後のデザートに」
うげ、忘れてた。ちらりと紫央を見ると、自分でも半分忘れてたのか目を丸くさせている。だけど口元にはわずかに笑みが浮かんでいた。
「うん、私も食べたい」
だよな。
甘いものは得意じゃないが、紫央が食べたいっていうのなら付きあう。甘くないおかずみたいなクレープもあるって聞いたことあるし。
荷物を持って、悦美と雄大を先頭にしてフードコートを出た。そこでまた漫才みたいな会話が繰り広げられている。
「んじゃいこうか。クレープ屋ってどっちだっけ」
「フードコート出て左」
「こっちか」
「バカ、そっちは右」
全員が完全にそっちに気を取られている間、俺は紫央の隣に並んだ。だれもこちらを見ていないことを確認し、さりげなく手を握る。紫央は少し驚いたように指をぴくっとさせた。
少し緩んだ指を、互いに交互に絡めるようにして握った。いつもとは違う握り方。よくテレビドラマなんかでやってる、恋人同士の手の握り方だ。嫌がるかと思ったが、紫央は驚いただけで抵抗はせず、されるがままになっている。
雄大のいった通り、少しなら自信を持ってもいいんだろうか。好意を持たれているかはわからないが、少なくとも嫌われちゃいない。もともとこの顔つきのせいで、好かれることの方がめったにない俺だ。それだけで十分じゃねえか。
そう考えると、さっきよりも気分が軽くなった。
疲れているせいか、紫央はいつもよりゆっくりとした足取りだった。前を歩いていた雄大たちの姿はもう見えない。だけどその方が、俺としては気兼ねせずにいられる。もしかしたら、またあいつらが気をつかったのかもしれない。
ずっと黙ったまま歩くのもつまらないだろうと、俺は口を開いた。
「今日、楽しかったか?」
突然だったからか、返ってきた紫央の声は少しうわずっていた。
「う、うん。楽しかったよ」
その一言にとりあえず俺は安心した。
「俺もさ、最初はその、色々あったけど、楽しかった」
「そっか」
「久々に遊んだし、凛香も楽しそうだったし」
違う。俺は別にこんな話がしたいわけじゃないんだ。もっと大事なことをいわなきゃいけないはずなのに、どうしてもそれが言葉にならない。もどかしさにしどろもどろになる。
たった一言伝えるだけなのに、どうしてこんなにも臆病になるんだろう。雄大の言葉で、微々だが自信と勇気を持てたと思ったのに。
無理やり意味もない会話を繋げていると、さすがに紫央も違和感に気づいたのか、不思議そうに問いかけてきた。
「陽向くん、なにかいいたいこと、あるの?」
自然と足が止まる。紫央も気づいて立ち止まった。半歩前から俺を振り向き、小首をかしげている。
その様が愛らしくて、なにか熱い衝動が込み上げてきた。やっぱり俺は、彼女のことが好きだ。たとえ可能性が万が一にもなくても、彼女に想いを伝えたい。彼女を、俺のものにしたい。
俺をじっと見つめる丸い目が、なにかに気づいたかのように大きく見開かれる。そこに浮かぶ色は、動揺か、喜びか、それとも悲しみか。
どこか悲痛な面持ちながら、紫央の瞳は俺をとらえて離さない。懇願するように俺の言葉を待っている。
口を開いたときに出た声は、あれだけおびえていたとは思えないほどしっかりしたものだった。
「紫央のことが好きなんだ」
告げたのはそれだけだった。
ついにいえたと、俺は充足感に息をつく。だが、次の瞬間、紫央は――
「ごめん、なさい」
するりと、繋がれていた手がほどけた。さっきまであんなに温かかった手から、急速に熱が逃げていく。ちらりと見えた紫央の顔は、苦痛に歪んでいるようだった。
だがそれを確認できたのも一瞬で、紫央は背を向けて走り出した。
「紫央!?」
驚いて彼女の名を呼ぶも、紫央は足を止めるどころか加速した。人通りの多い中を、紫央はどうにか縫うようにしていく。俺も急いであとを追ったが、彼女みたいに小柄ではない分、人混みをかき分けるのに苦労した。
俺がいなけりゃしょっちゅう転んであざをつくっていた紫央が、今はなりふり構わず俺から逃げていく。それはもう必死だった。振り返ることもなく、速度を緩めることもせず、無我夢中で駆けていく。体力はある方だが、紫央はそれ以上にすばしっこかった。
俺が彼女を追って人混みを抜けた時、そこはもうショッピングモールの出口だった。紫央はどこかとあたりを見回すも、姿が見えない。
呆然とする俺の前を、バスが一台通り過ぎた。最寄駅への直通バスだ。なにげなくそれを見送って、俺はハッとした。
行き道と同じ最後尾の座席に、こちらを見つめる紫央の姿があった。たった一瞬だけだったが、間違いなく目が合った。紫央の目が俺をとらえた瞬間、切なそうに細められたのがわかった。
バスを追いかけるなんてことはできなかった。いや、できたのかもしれないけど、足が動かなかった。
俺はフラれたんだ。しかも、告白した瞬間に逃げられた。俺が気づいてなかっただけで、それほど嫌われていたっていうことなんだろうか。好かれていたというのは、俺の恥ずかしい勘違いだったんだろうか。
数十分前に俺が考えていた予想は当たった。この次の日から、俺と紫央は登下校に会うこともなくなり、紫央からのメールや電話も途絶え、数日もしないうちに他人同士に戻ってしまった。




