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夜明けの明星⑤

 時刻としては午前八時十分を少しだけ過ぎた頃、昨日も行った食堂車である十号車へと行き、自分は朝食を採った。

 

 まだこの時間帯の食堂車は空いていた。美味しそうな食欲を促す食べ物の匂いが鼻腔を突き、シェフが持ってきたメニュー表を眺め注文をしようかというときにはもう浮き足立っていた気持ちは落ち着いていた。注文した料理をシェフが自分のテーブルに持ってくると、自分はこの列車内(アイリッシュ)での生活をしはじめてから初めてのまともな食事を楽しんだ。ステーキとライスは口の中で互いを抱き合う。


 まともなシェフが駐在している事もそうだし、自分と同じように食事を楽しんでいる各々の乗客達もそうだが、やはりこの列車内(アイリッシュ)には〝何でも揃っている〟のだろう。まだ端から端までその全てを確認してはいないからなんとも言えないが、普通の感情として一般論として思うのは〝確実に、列車の物理的な容量を超えた機能が用意されてる〟ということだ。確実に空間領域が可笑しい。バグっている、まるで魔法でもかけられているみたいに。空間が膨張しているのだろうか。


「やぁ、こんにちは。ここに座ってもよろしいですか?」


 突然かけられた言葉に、自分は口の中へとステーキを運ぶ手が止まった。


「貴方が飲んでいるそのジュースは一体なんなんですか?」


 自分は無視して、ステーキをライスにバウンドさせてから口に運ぶ。そしてそれを今男が言った赤いジュースで流し込む。

 自分は男に顔を合わせなかった。正確に言えば、目の前のステーキとライス、そして赤いジュースから目を離さなかった。男は自分の返答も聞かずにテーブルを挟んで目の前の椅子に座ってしまった。こうなっては、無視することもできない。


「ただのアセロラジュースですよ」


 男を初めてハッキリ捉えながら言った。男の見た目は、正直言って怪しかった。ハゲ散らかした頭にスーツ姿、胸元の高さにまで上げたそのバッグ、一番はその人相だ。人相を見たらもう完璧にそうだろう。男は他ならぬこの列車内(アイリッシュ)に存在するビジネスマンだった。

 列車内(ここ)にはこんな人種まで存在するのかと普通に感心した。気持ち悪いくらいまでのその打算的な顔、まるでネズミが擬人化してしまったみたい顔だ。頑張って前歯で食事をこなすハムスターは可愛いものだが、この男はそうじゃない。前歯が乾き切って腐敗する前に、その出しっぱなしになっている前歯をとにかくしまってほしいものだ。


「いやはや、そうですか……私はですね、ずっと貴方様をお待ちしておりました」


「そうですか」


 冷ややかな目線を半分男に向けながら、半分はステーキの方に目線を向けて自分は淡々と答えた。恐らく年齢は四十代ほど。にしては老けすぎているが、人種が違うからなんとも言えない。何人かまでは分からないが、少なくとも外国人であることは確かだった。


「申し遅れました、わたくし、ロディ・リッチメインと申します。私は貴方様に重要な要件がございまして目の前に現れさせてもらった所存です。貴方様は特異的な〝夢〟を見た、そうじゃありませんか。べ、べべ別に貴方様のて、てて敵などでわたくしございません」


 そんな不審な挙動見せると余計怪しいわ!


「ただ、貴方様が見たと思われる特異的な〝夢〟について、解き明かしてほしいのです」


「お前何者なんだ?」


「おっと、私は貴方様を含めたどなたにも舐められる筋合いはまったくない。自分で言うのもなんですけどねぇ……わたくし、貴方様が思っているほど無知じゃありませんし馬鹿じゃありません、それに、怪しい者でもないですよ。ここは協力的な態度を示す場面ではないのですかねぇ? ……それとも、取り戻したくないのですか? ご自身の〝記憶〟を」


 なるほど、そう来たか。確かに全く事情を知らない普通の乗客ではなさそうだな。そう考えれば確かに、今の自分は協力的な態度を示すしかない場面かもしれない。


「貴方は本当に何者なんだ?」


「私が何者なのかどうかは全く関係が無い」


 男はこれまでの弱々しい弱者のような姿は演技だったのか、語気強く威圧するような口調でそう言った。

 お前には選択肢などないのだ、大人しく従っとけ。そう言われているみたいだった。まぁ確かに、今の自分には選択肢はなかった。ならば、選択は一つ。


「それで、特異的な夢を解き明かすってどういうことですか?」


 男はニヤッと笑った。


「私はね、特異体質者を研究している組織の人間、なのですよ。まぁ正確に言えば、一番最初の特異体質者がちと変人でしてね。まぁ荒っぽい荒っぽい、触れるもの全て傷つけるんじゃないかというほど乱暴な人間だったんですね。その一番最初の特異体質者をとある人体実験の被験者として使っていたんですねぇ。人体実験というのは苦痛が伴うものですから、まぁ……その一番最初の特異体質者もさぞ苦しんだんでしょうねぇ、研究者に対する憎悪が膨らんだのでしょうねぇ、本人のその暴力性と、とある人体実験の成果物が上手く結合した結果、どうなったと思います?」


「……どうなったんですか?」


「この列車内(アイリッシュ)が出来上がったんです。勿論色々とそれまでにも本当に色々な事がありましたよ。貴方様には一つ依頼があるのです。その、とある人体実験によって生まれた成果物との結合を果たした〝初代特異体質者〟を、貴方様の手で殺してほしいんです」


 途中まで真面目に聞いていた自分が馬鹿だった。俺は殺し屋じゃないし、なにより誰かを殺したい欲望を抱えているわけでもない。殺すだなんて俺の人生に縁のないことだ。


「ですが、それを果たすまでに貴方様にはやらなければならないことがある。それはまず〝記憶を取り戻すこと〟です。記憶を取り戻さない限り、貴方様の持つ特異体質者としての特異性は真に発揮されることはないでしょう。特異体質者には各々特殊な〝能力〟が備わっています。貴方様にどんな能力が備わっているのか分からないですが、まずはそれを発現させる為にも、記憶を取り戻していただく必要があるのです。そして最終的には、初代特異体質者を殺していただきたい」


 殺す――その言葉の重みがこんなにも感じられる日が来ようとは、想像もしていなかった。その初代特異体質者とやらがどんな人間なのかは分からない。だから今の自分としては特段興味も深い感情も抱いていない。だけど何故か感じる。その初代特異体質者とやらを追いかければ、自分の記憶を取り戻せる可能性があるのではないかと。ただのふとした直感だったが、記憶を取り戻す為には何かきっかけを見つけ出さなければならない自分にとっては、この依頼は内容はともかくきっかけであることには変わらない。


 別に私怨があるわけでもないし、自分は善良な人間だと思うから、殺しはしない。だがその初代特異体質者やらを知っていけばいくほど、多分恐らく自分は自分としてのアイデンティティや記憶を取り戻していくことにもなるのだという直感は、思考を巡らせれば巡らせるほど強まっていった。


「記憶を取り戻すためにはまずどうすれば?」


「交渉成立ということでよろしいですね? ではこちらを貴方様に差し上げましょう。こちらは貴方様の活路を見いだしてくれること間違いありませんよ」


 クックックッ、と、魔女の様な笑いにも満たない笑い声を出しながら、男は一つの機械を渡してきた。


「ノートパソコン?」


「それは、貴方様をどこか人類が思慮できない知覚できない場所に連れて行ってくれることでしょう」

 



 自室に戻ると、胡乃葉はまた頭から毛布を被りながら本を読んでいた。扉を優しく開けたつもりではあるが、閉めるときの音に気づいたのか、胡乃葉は頭から被っていた毛布を外して本を読むのも辞めて、自分が手に持っていたノートパソコンに食いついてきた。


「売店じゃノートパソコンは売っていないはずなんだけど」


「貰ったんだ、変な人に」


「そうなんだ、変なの」


 苦笑いを浮かべながら、そうなんだよ、と軽く呟きながらノートパソコンを自分のベッドに置いて、改めて自分は売店に行って、飲み物などを買った。

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