9男の会社
待ち合わせの場所は、男と最初に出会った公園だった。公園で待っているとだけ告げられた愛理は放課後、すぐに公園に向かっていた。
「あ、あれ。まだいないのかな。急いだから、まだ時間まで十分くらいあるけど……」
公園の時計を見ると、急がなくても、待ち合わせ時間までにはまだ余裕があった。春だとは言え、学校から公園まで全速力に近いスピードで走ってきたので、結構な汗をかいている。ランドセルも背負ったままだったので、いったん家に帰ってからの方がよかったか。愛理はいったん家に帰ろうか迷っていた。しかし、今から家に帰ったら、待ち合わせの時間に間に合わない。愛理は、なんとなく目に着いたブランコに乗って時間をつぶそうと考えた。
「すいませんね。遅くなってしまって。これでも急いだつもりなのですが」
ブランコに乗る直前で、突然背後から声をかけられた。はっと振り向くと、そこには男が立っていた。気配はなかったし、物音一つしなかった。愛理は、男と約束をしたことを今になって、大丈夫だったのかと心配になった。しかし、すでに引き返すことができない。
「では、公園では誰が聞いているのかもわかりませんし、私とあなたの組み合わせは最悪だ。ランドセルを背負った帰宅途中の小学生と、その小学生と一緒に居る謎の男。ということで、移動しましょう」
「わかりました」
愛理は男に言われるがまま、男の後についていく。今回も男は車でここまで来たようだ。車に乗り込んだ男は、愛理にも車に乗るよう促した。車に乗り込む際に一瞬、足がすくんで動かなくなりかけたが、何とか気力を振り絞り、愛理は車に乗りこんだ。
車の運転席にはすでに別の男が座っていた。運転は彼が行うらしい。
「いつもの場所まで」
「かしこまりました」
男の指示に返事をし、運転手らしき人は車を発進させた。愛理たちを乗せた車は静かに公園を後にした。
車は駅前のビルの前で停車した。男は運転手の耳もとで何かささやき、車を降りた。愛理も慌てて車から降り、運転手に会釈した。男がビルの中に入っていくので後に続く。ビルの中にはいくつか会社が入っているようで、入り口には、各フロアに入っている会社の名前が記された看板があった。ビルは十階建てで、男はエレベーターに乗りこんだ。当然愛理もエレベーターに乗り込む。
最上階となる十階のボタンを押し、エレベーターは上昇していく。エレベーターが止まるまでの間、男は一言も言葉を発しなかった。愛理も何を話したらいいのかわからなかったので、無言を貫いていた。途中で乗り込む人間はいなかった。
エレベータが最上階にたどりつくと、男は一度愛理の方に振り向いた。
「ここは私が勤めている会社になります。名刺で見たと思いますが、私の職業は時間師です。そして、私の勤めている会社は時間売買を生業としています。聞きたいことがあるのでしょう?いまから、会社に案内しますので、そこでゆっくりとお話を伺いましょう」
にっこりと笑顔で微笑まれたが、愛理は逆に緊張してしまった。男は笑ってはいたが、目が笑っておらず、射貫くような視線を愛理に向けていた。まるで、愛理を試しているかのようなまなざしだった。
愛理は頷くだけで精いっぱいだった。男は返事を期待していなかったようで、愛理の頷きに満足して、歩き出した。