52大元は清めの塩
それからは、怒涛の展開だったと、愛理の母親は苦笑した。愛理たち三人が眠っているだけで、外傷もなく危害を加えられていないということがわかった計胡は、すぐに三人を車に運ぼうとした。
「手伝いますよ」
「た、田辺先生。あ、あのお電話ありがとうございました。先生のおかげで、娘たちを迎えに来ることができました」
「いえいえ、礼には及びません。今回の事件に関しては、我々の不手際から起きてしまったようなものですから」
「もしそうだとしても、先ほど電話をかけてくれたおかげで、私は娘たちが無事だと確認できたのです。だから、感謝しています」
田辺と百乃木が計胡に気付いて声をかけてきた。二人を見ると、あちこちに泥がついていた。何かひと騒動あったのだろうか。聞きたい気持ちを抑え、計胡はお礼を述べるだけにとどめた。
「今後のことなのですが、ああ、先に三人を車に運んでしまった方がいいでしょう。その後、あなたに話しておきたいことがあります」
三人は、それぞれが一人ずつ子供を抱えて、計胡の車の中に三人を座らせた。ぐっすり眠っていることを確認すると、計胡は車のドアを閉めて二人に向き直る。二人の話を聞く姿勢を見せた。
「朱鷺さんも見たと思いますが、あそこに転がっている遺体は、殺し合いをした末に生まれたものです。もとは、最近世間をにぎわせている連続児童不審死事件を起こした犯人と、愛理さんたちを襲った不審者です」
遺体や殺し合いという物騒な言葉を口にする百乃木に、愛理はなんとか冷静でいようと思ったが、百乃木の言葉に感情が爆発してしまった。
「この男が愛理たちを学校で襲った不審者ですか!どうして彼と愛理たちが一緒に居るのです!それに、もう一人は」
遺体になってしまった元人間を見やる。片方は子供の命を奪った、残酷な凶悪犯、もう片方は、愛理たちの学校に侵入して、愛理たちに危害を加えた不審者。どちらも計胡にとって、死刑に値するほどのことをした人間だった。
しかし、叫んでから少し落ち着きを取り戻した計胡は、ぼそりとつぶやく。
「とはいえ、死刑にしたいくらい恨んではいますが、実際に死んでしまうと、後味が悪いですね」
話している途中で、計胡は公園が妙に静かだということに気付いた。公園の真ん中に血まみれの遺体があるのに、どうして人が集まっていないのか。警察や救急車を呼ぶなどの対処をした人がいないのはなぜなのか。周りを見渡すが、田辺や百乃木の他に人はいなかった。すぐ近くに白亜や黒曜もいたが、彼らは人ではないので、カウントしないことにした。
『やっと気づいたのか。遅いねえ。でも、この状況で違和感を覚えただけましか』
『今後のことはどうなったの?』
いつの間にか、近くに二人の少年がいた。田辺達が話す今後が気になったらしい。
「では、話していきましょう。今回の事件の後始末についてですが……」
「ということで、犯人は最上とかいう、百乃木さんの会社から独立した時間売買会社の取締役ということになったそうよ。時間売買の利益をもっと増やすために、未成年に対しての商売をしようとして、失敗。やりすぎて子供を殺してしまったということにしてしまった。というのが、表向きの世間に向けての報道」
愛理は母親の話を聞きながら、時間売買の今後について考えていた。
「もう一人の男は、愛理も見覚えがあると思うけど、不審者の男。彼は脱獄して、最上と出会って、最上のサポートを任されることになった。どういう経緯で二人が出会ったのかは、適当にねつ造されてるわ。最終的に二人の間に意見の対立が生まれ、それが殺し合いにまで発展した」
『ここまで作るのに結構苦労したんだよ』
「もとはと言えば、白亜のせいだよね。白亜が私の叔母さんに目をつけなければこんなことにはならなかった」
白亜の登場に愛理はもう、すっかり慣れてしまい、姿を見せても驚くことはなかった。自分で話していて改めて、白亜のせいで今回の事件は起きてしまった。そもそも、最上だって、自分一人ではこんな大それたことはしなかっただろう。
『元をたどれば切りがないけど、一番の大元は、僕たちを生んだ人間のせいでもあるんだよね。僕が生まれ、僕が君の叔母に目をつけて、それから計胡に今日をもって、そして愛理、君だ』
「それで、白亜はこれからどうするの?」
『オレのことも、少しは気にかけて欲しいところだね』
白亜と同じ人外の存在である、黒曜が姿を現した。黒曜は白亜たちの会話を聞いていたようだ。それを踏まえて自分のこれからを語り始める。
『全部白亜のせいにするのは、さすがに言いすぎだろ。そうだなあ、白亜に選ばれるための条件を持っていたお前らに責任があるのかもな』
「責任?」
『そうそう、オレは別に依り代なんてなくても平気だが、白亜は違う。白亜が自由に動き回れるのは、こいつのおかげだ』
黒曜の手には、愛理がいつも母親に持たされているあれがあった。手元になくなっていることに気付いた愛理は、黒曜に返してとせがむが、笑って、宙に投げて遊んでいる。
『これがあるから、白亜はお前らに近づいた。そう、これがお前らと白亜をつないだんだ。まさに清めの塩の縁、だな』
まさか、風水で良かれと思ってやったことが、ここまでの大事を引き起こすとは。計胡は頭を抱えていたが、愛理は母親に感謝していた。白亜に出会って、時間売買の実態を知ることができた。時間を欲しい人はたくさん居ることに気付かされた。
「これから、時間売買はどうなるのかな。百乃木さんの会社とかどうなるのかな。なくなるとか」
『大いにあり得るよ。何しろ、時間売買会社の取締役が今回の事件の犯人になっているからね。世間も時間売買に慎重にならざるを得ないよ。でも、当たり前のことだよね。だって、時間っていう、目に見えないものを移動させる力なんて、まるで神のような力を人間は手にしたんだ。代償なしに使えるわけないだろ』
「それで、白亜たちはこれからどうするの?」
二人の少年は今後のことを話すと言いながら、結局話してくれてはいない。
『そうだね。僕たちは』
『オレも白亜と同じ意見だ』
聞かされた言葉に、愛理は大きく頷いた。




