第80話 魔法神アドミニストレータ
魔法災害隊東京本庁舎、司令室。
「良かった。響華さん、アマテラスを無事に倒せたみたいだね」
モニターを見つめていた長官が疲れた様子で椅子にもたれる。
「ですが、あの魔力反応は一体……」
呟く木下副長官に、長官が冗談めかして言う。
「響華さんの真の力、みたいなやつじゃない?」
「そう、なのでしょうか……」
木下副長官はどこか腑に落ちないといった表情を浮かべ、再びモニターに視線を移した。
響華たちは本庁舎へと戻るため、警視庁の横を歩いていた。
「これでこの世界は元に戻るのかな?」
問いかける響華に、遥が答える。
「神界と融合させたのはアマテラスだし、そのうち戻るんじゃない?」
「でも、今のところ何の変化もありませんよね……?」
不安そうな顔をする雪乃。
「心配なのは分かるけど、やれることはやったわ。しばらく様子を見ましょう?」
芽生が声をかけると、雪乃は小さく頷いた。
「そういえば藤島、お前はどうやってアマテラスを倒したんだ?」
碧がふと疑問を口にする。
「確かに、それすごく気になります! 藤島隊員、どんな魔法を使ったんですか?」
「きっと、私には使えないような、そういう魔法っ、ですよね……」
結城隊員と川辺隊員も興味津々な様子だ。
響華は「えっと……」と少考してから、恥ずかしそうにはにかんだ。
「実は途中から、よく覚えてないんだよね……」
「はぁ?」「えっ?」
全員が声を上げ、響華の顔を見る。
「響華っち、覚えてないなんて嘘が通用すると思う? ゆーきゃんもかわべぇも気になってるんだから、ちゃんと教えてあげなよ」
遥が言うと、響華は戸惑った表情を浮かべる。
「え〜っと……。本当に記憶が曖昧なんだけど……」
「まさかあなた、また魔力暴走を起こしたんじゃないでしょうね?」
芽生が真剣な顔で問いかける。響華は慌ててかぶりを振ってそれを否定する。
「違う違う。そういうのじゃなくって、何て言うか……」
するとその時、雪乃が口を開いた。
「もしかして、誰かに代わってもらったんじゃないですか?」
「代わって……?」
首を傾げる響華。
「はい。次元結界でマリナに襲われた時、桜木さんが藤島さんの体を使って戦いましたよね? それと同じようなことを、藤島さんはやったんじゃないですか?」
雪乃の言葉を聞いて、碧が呟く。
「なるほど、それなら記憶が無い理由も納得だが……。その場合、代わった相手は誰だ?」
「代わった相手……」
響華は考えを巡らせる。
(アマテラスの高圧放水を受けて、地面に体を打ち付けて。そうだ、その後……!)
ハッとした表情を見せる響華。
「藤島隊員、どうしたんですか?」
「何かっ、思い出しましたか……?」
心配そうに顔を覗き込む結城隊員と川辺隊員。
響華はみんなの顔を見て言う。
「アマテラスを倒したのは、私だけど私じゃなかったんだ」
「……?」
発言の意味が分からず、顔を見合わせる六人。
「思い出したこと、とりあえず話すね」
響華はその時の記憶を話し始めた。
響華はアマテラスの放った高圧放水魔法を正面から受け、地面に倒れ込んだ。
「ぐあぁっ……!」
そこへアマテラスが近づいてきて、話しかける。
「もう終わりカ?」
「ま、まだ、終わりじゃない……!」
響華は何とか起き上がろうと試みたが、思うように体が動かない。
「ならば、魔法目録一条、魔法弾」
「うあっ……」
アマテラスに魔法弾を投げつけられ、響華は地面を転がる。
(私、もうダメだ……。ごめんね……)
響華は心の中でみんなに謝りながら、ゆっくりと目を閉じた。
「響華ちゃん、しっかりして! 死んじゃダメだよ!」
(あれ、私の声……? 変な夢でも、見てるのかな……)
「ねえ、目を覚ましてよ!」
体を揺さぶられ、響華が目を開く。
「良かった、大丈夫?」
すると、目の前にいる自分と同じ姿をした何者かが話しかけてきた。
「あれ? 私、どうなっちゃったの……?」
響華は手を動かしてみたり、足元に視線を落としたりして自分の体を確かめる。ちゃんと体がある。安心したその時、ふと違和感を感じた。周りを見回すと、そこは真っ暗な空間で、自分の体はその空間にふわふわと浮かんでいたのだ。
「うわぁ、落ちる!」
パニックになって手足をジタバタさせる響華に、もう一人の響華が手を差し伸べた。
「そんな慌てなくても、落ちないから大丈夫」
響華はしばらく顔を見つめてから、その手を掴んだ。
「あの、あなたは……?」
響華が問いかけると、もう一人の響華は優しく微笑んで答える。
「私の名前はエミュレータ。魔法神の一人だよ」
「魔法神、エミュレータ……」
その答えを聞いて、響華はもう一度エミュレータの姿を眺める。見た目は完全に自分と同じで、声もよく似ている。
不思議そうに見つめていると、エミュレータが突然頭を下げた。
「ごめん。実は私ね、ずっと響華ちゃんの中にいたんだけど、記憶喪失になってたんだ。本当は最初から私が手助けしてあげるつもりだったのに、一人で頑張らせちゃったね。私さえしっかりしてれば、響華ちゃんは魔力暴走なんて起こさなかったのに……。ドジっ子属性の魔法神でごめんね」
エミュレータの言葉に、響華は首を横に振る。
「ううん、気にしないで。抜けてるのは私も一緒だから」
響華が微笑みかけると、エミュレータは首を傾げて返す。
「私と融合してるんだもん。性格は一緒に決まってるよ」
「えっ、そうなの!?」
驚く響華に、エミュレータは「あはは」と笑った。
直後、エミュレータが焦った表情を見せる。
「そうだ、アマテラス! 私はそのために響華ちゃんと融合したの」
響華も自分がピンチであったことを思い出し、声を上げる。
「どうしよう! 早くしないと、私殺されちゃう!」
エミュレータと響華が上を見上げると、アマテラスの声が聞こえてきた。
「……これで、終ワリだ!」
エミュレータは思い切り空間を蹴り、上へと跳び上がる。
「待ってて響華ちゃん、私が何とかするから!」
真っ暗な空間からエミュレータが消滅する。
「そっか。私の魔力が強いのは、エミュレータのおかげだったんだ……」
響華はぽつりと呟き、静かに上を見上げていた。
響華が話し終えると、碧がゆっくりと口を開いた。
「つまり、お前は……」
続けて芽生が言う。
「魔法神ってことなの……?」
響華はこくりと頷く。
「うん、そうだったみたい」
「でも、魔法神が記憶喪失なんてことあるんですかね?」
首を傾げる雪乃。
「魔法神の力は人間の力を超えてるから調整しなきゃいけないんだけど、それが足りなかったんだって」
すぐに答える響華に、遥が聞く。
「もしかして響華っち、エミュレータの思考とか記憶が分かるの?」
響華は少し考えてから首を縦に振る。
「私の魂はエミュレータの魂と融合してるから、お互いの記憶が一つのメモリーに入ってるらしいよ」
「それっ、ちょっと怖くないですか……?」
自分が誰かの記憶と同期していたらと想像して、恐怖を感じた様子の川辺隊員。
「やっぱり藤島隊員は神様だったんですね! 素晴らしいです!」
しかしその横で、結城隊員は目を輝かせている。川辺隊員は呆れた表情を浮かべ、大きなため息をついた。
響華たちが桜田門交差点を右に曲がると、霧の中にうっすらと本庁舎が見えた。
「全員で戻ってこられて、本当に良かったね」
響華が言う。
「ああ、しっかりと長官に報告しなければな」
「特に響華の件についてね」
碧と芽生が返すと、響華は「長官、信じてくれるかな……?」と呟き、はにかんだ。
その時、遥が足を止めた。
「ストップ!」
響華たちは驚いて一斉に立ち止まる。
「どうしたんですか、滝川さん?」
雪乃が顔を覗き込む。遥は真っ直ぐ前を向いたまま答える。
「嫌な予感がする……」
響華たちが前方を見つめていると、空から黒い何かが降りてくるのが目に入った。人影にも見えるそれは、ゆっくりと道路に着地する。
「あれ、何ですか……?」
「滝川先輩っ、逃げた方が……」
結城隊員と川辺隊員はそれをじっと見ながら小声で言う。
その黒い人影は、徐々にこちらに近づいてくる。
「あなたは、アドミニストレータ……!」
響華が声を上げた。その瞬間、黒に近い紫色をした瞳が七人を睨みつけた。




