第78話 魔獣アマテラス
巨大魔獣三体と無数の小さな魔獣を倒し終えた響華たちはエントランスで椅子に座って休んでいた。その時、碧のスマホが鳴った。
「はい、新海ですが?」
碧が電話に出る。すると、長官が慌てた様子で話し始めた。
『もしもし碧さん? たった今、国会議事堂の近くで強い魔力反応が検知されたの。もしかしたらアマテラスかもしれない。急いで向かってくれるかな?』
少し驚いた表情を見せた碧だったが、すぐに返答する。
「分かりました。直ちに急行します」
碧は電話を切り、響華たちに告げる。
「アマテラスが姿を現したかもしれない。お前たち、もう行けるか?」
響華、芽生、遥、雪乃と結城隊員、川辺隊員は顔を見合わせ、こくりと頷いた。
「グアァァァ!」
外からは再び魔獣の呻き声が聞こえる。椅子から立ち上がると、全員の表情が一気に引き締まった。
「グワァァ!」
「グルルルル……!」
「グギィ……」
自動ドアが開いた瞬間、大量の魔獣がこちらを睨みつけた。
碧と雪乃が一歩前に出て、魔法を唱える。
「魔法目録八条二項、物質変換、弓矢」
「魔法目録八条二項、物質変換、狙撃銃」
碧の目の前に弓矢、雪乃の目の前に狙撃銃がそれぞれ形成される。二人はそれを手に取り、すぐさま攻撃を放つ。
「グギィィ……」
「グギャァ……」
碧の矢と雪乃の弾丸が魔獣の躯体を貫き、あっという間に消滅していく。
魔獣の群れの中に隙間が出来ると、響華たちは一斉にそこを目掛けて駆け出した。
「魔法目録八条二項、物質変換、打刀」
「魔法目録一条、魔法弾!」
芽生と遥が近寄ってくる魔獣を払う。
「何とかここまで来られたね……」
全力疾走を続けた響華が、息を切らしながら呟く。
響華たちは国会前の交差点まで辿り着いた。しかし、国会議事堂まではまだ距離がある。その上、どんどんと魔獣が集まってきていて、先に進むのも簡単ではなさそうだ。
「これ以上消耗してしまっては、アマテラスと戦うのは無理だ。どうする、桜木?」
碧が芽生に問いかける。
「響華だけでも国会に送り届ける? だとしても、四人で道を切り開くのもかなり難しいわね……」
芽生が困った表情を浮かべていると、結城隊員が話しかけてきた。
「藤島隊員は世界を救う存在です。そしてその道は、私が作り出します!」
「結城さん……。あなた、本当に大丈夫? もうほとんど力は残っていないでしょう?」
心配そうに聞く芽生に、結城隊員は力強くかぶりを振った。
「いいえ、まだ行けます! ここで私が諦めて、藤島隊員が先へ進めないのは嫌なので」
その言葉に、芽生はため息をついて微笑みかける。
「分かったわ。危なくなったら逃げるのよ?」
「はい!」
結城隊員は大きく首を縦に振り、やる気に満ちた顔を見せた。
響華を囲むように、先頭に結城隊員、右に雪乃と芽生、左に遥、後ろに碧と川辺隊員を配置して、国会議事堂の方へと走る。
「魔法目録五条、電磁誘導!」
結城隊員の電撃で、魔獣が麻痺状態に陥る。
その隙に、響華が急いで魔獣の間を駆け抜ける。
「魔法目録一条、魔法弾!」
「やぁっ!」
『バン!』
遥と芽生、雪乃も魔法弾や刀、銃で攻撃を続け、響華の邪魔をする魔獣を無力化させる。
「駄目だ、私はもう限界だ……」
碧が弓を下ろし、力なくその場に膝をつく。
「ありがとね、碧ちゃん」
響華は一瞬振り向いて感謝の言葉をかけた。
「ああ、この世界は頼んだぞ。藤島」
碧がかすれ声で言うと、響華は小さく頷いた。
「魔法目録二十七条、火炎放射っ!」
「グアァァ!」
後ろから襲ってくる魔獣を川辺隊員が焼き尽くす。
「かわべぇ、結構やるじゃん」
遥が川辺隊員に向かって親指を立てる。
「かわべぇ……?」
川辺隊員は一瞬戸惑った表情を見せたが、ニコッと笑う遥の顔を見てこう返した。
「さっき、滝川先輩が、背中を預けてくれたので。私も、藤島先輩の背中を、守らないとっ……!」
「そっか、それじゃあ後ろは任せたよ。かわべぇ」
遥が言うと、川辺隊員はこくりと首を縦に振った。
国会正門前交差点。
「行って、響華っち!」
遥が叫び声をあげる。たった信号一つの距離の間で、結城隊員、芽生、川辺隊員、雪乃の順に次々に脱落していき、ここまで来られたのは響華と遥の二人だけだった。おかげでほとんどの魔獣を倒すことが出来たが、遥もすでに体力の限界を迎えていた。
「遥ちゃんはゆっくり休んでて。じゃあ、行ってくるね」
響華は優しく告げ、国会議事堂の敷地内に足を踏み入れた。
「アマテラス、本当にいるのかな……」
視界が白くぼやける中、慎重に歩みを進める響華。国会議事堂の三角屋根の影がようやく見えたところで、突然どこかから視線を感じた。
響華がハッとして周りを見回すと、参議院側の屋根の上から人が飛び降りてきた。その人がこちらを睨みつける。その目は禍々しいほどに赤く光っている。
「アマテラス……!」
響華が身構える。
一歩一歩近づくアマテラスは、お互いに表情が視認出来る位置まで来たところで、ぴたりと立ち止まった。
「今日ハお前しかおらぬのか?」
「うん、そうだよ」
アマテラスの問いに、少し笑顔を見せながら答える響華。
「ほう、随分と余裕なようダナ」
「そっちこそ、力が有り余ってるみたいだね」
「藤島響華、お前一人デわらわを倒セルか?」
「そんなの、やってみなきゃ分からないよ」
緊迫感溢れる挑発合戦が続く。
「では、決着ヲつけるぞ」
「この世界を、アマテラスの好きにはさせない!」
アマテラスと響華が同時に魔法を唱える。
「魔法目録五条、電磁誘導」
「魔法目録二条、魔法光線!」
アマテラスの電撃と響華の光線が激しく衝突し、『ドカーン!』と大きな音が響く。
「まともに攻めても無理だよね……。魔法目録七条、物体干渉!」
続けざまに響華が魔法を唱え、右手を停まっていた乗用車に向ける。
「これでも、くらえ!」
乗用車が空中に浮き上がると、投げ飛ばすような仕草をして、それをアマテラス目掛けて思い切り落とした。
しかし、アマテラスはそれをひらりと躱してすぐに反撃する。
「魔法目録二十八条、高圧放水」
アマテラスが両手を引き、勢いよく突き出す。その瞬間、水が凄まじいスピードで噴射された。
「魔法目録三条、魔法防壁……!」
響華は慌てて防壁の展開を試みたが、わずかに水が先に到達した。
「ぐあぁっ……!」
地面に体を打ち付け、呻き声をあげる響華。
そこへアマテラスがゆっくりと歩み寄り、話しかける。
「もう終わりカ?」
「ま、まだ、終わりじゃない……!」
響華は必死に体を動かし、起き上がろうとする。
「ならば、魔法目録一条、魔法弾」
「うあっ……」
アマテラスに魔法弾を投げつけられ、響華は地面を転がる。
「藤島響華、お前はイレギュラーな存在ダ。だが、ここまで弱イのなら、その理由など知ル必要もない。魔法目録八条二項、物質変換、打刀」
アマテラスは不敵な笑みを浮かべ、目の前に形成された刀を手に取った。
「…………」
響華は目を閉じたまま、動く気配がない。
「これで終ワリだ!」
アマテラスが刀を響華の腹部に突き刺しにかかる。
その時、響華の体が青い光を放ち始めた。アマテラスは驚いて思わず動きを止める。
「な、何ダ……! この力、まさか、有り得ナイ……!」
響華がゆっくりと立ち上がり、目を開いた。その瞳は青く光っていて、そこからはとてつもない魔力が感じられた。
「その力、藤島響華デハ無いな? だとしタラ、一体お前は何者ダ……!」
後ずさりし、刀を地面に落とすアマテラス。
響華はアマテラスの顔を見つめ、口を開いた。
「そんなの、知る必要ないんでしょ?」




