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処刑まであと7日。悪役令嬢はもう何もしません  作者: すなな


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1- 処刑まであと7日

悪役令嬢が何もしなかったら国が傾いた話。


挿絵(By みてみん)




「君がいなくても、この国は何も変わらない」


よく晴れた朝だった。

王都の中央広場には大勢の人が集まり、誰もが処刑台を見上げている。

その中央に、セレナ・アルヴェールは立っていた。

両手には枷が嵌められ、長い銀髪は乱れている。

目の前にいるのは、十三年間婚約者だった男。

王太子アルベルト・エルグランだ。

セレナはぼんやりと彼を見た。

ずいぶん簡単に言うものだ。

かつて王太子の婚約者としてこの広場を通れば、人々は道を空けて頭を下げた。


今は違う。


観衆から聞こえてくるのは、ひそひそと交わされる声だった。

罪状は、男爵令嬢リリア・エヴァンス殺害未遂。

王太子アルベルトの寵愛を受けるリリアに嫉妬し、夜会で毒を盛った。

それが今では、王都中が知る話になっている。

もちろん、セレナに身に覚えはない。

この七日間、何度否定したか分からなかった。


最初のうちは、必死だった。

調べ直してほしい。

自分ではない。

どうか信じてほしい。

けれど、何を言っても返ってくるのは同じだった。

証拠がある。

昨日あたりから、もう数えるのもやめた。


「最後に、言い残すことは」


アルベルトが尋ねる。

セレナは少しだけ目を伏せた。

今さら何を言えというのだろう。

無実だと言えば、また同じ顔をされる。

泣いて許しを乞う気にもなれない。


七日間で、すっかり疲れてしまった。


もう、どうでもいい。


アルベルトも。

王家も。

この国も。


勝手にすればいい。


そう思ったら、ふと一つだけ言いたいことが浮かんだ。

セレナは顔を上げた。


「明日、この国からパンが消えますわ」


アルベルトが眉をひそめる。


「……何?」


セレナは答えなかった。

ただ、口元をゆっくりと持ち上げる。

その笑みの意味をアルベルトが知るより先に、




刃が落ちた。












「お嬢様?」


声が聞こえた。

セレナは目を開けた。


白い天井。

薄いカーテン。

隙間から差し込む、朝の光。


見慣れているはずのものばかりなのに、しばらく何一つ分からなかった。


「……え?」


侍女が心配そうに顔を覗き込んでいる。


「どうかなさいましたか?」


セレナは勢いよく身体を起こした。

息を吸う。

吸える。

震える手を首へやった。

指先が肌に触れる。

何度も確かめた。

傷はない。

血もない。

ちゃんと、つながっている。

両手にも枷はなく、身につけているのはいつもの寝間着だった。


「今日は何日?」

「はい?」

「今日の日付を教えて」


侍女が戸惑った顔をする。


「王暦二百十八年、六月十四日でございます」


セレナは息を呑んだ。


六月十四日。

自分が処刑されたのは、六月二十一日。


七日前だ。


「お嬢様?」

「少し、一人にして」

「ですが、お顔が――」

「大丈夫。お願い」


侍女は心配そうにしながらも、一礼して部屋を出ていった。

扉が閉まる。

静かになった。


セレナはしばらく寝台の上から動けなかった。


六月十四日。


もう一度、頭の中で日付を繰り返す。

それからようやくベッドを降り、鏡の前へ向かった。

銀色の髪。

見慣れた青い瞳。

首もある。

頬に触れてみる。

温かかった。

夢だったのだろうか。


そう思おうとした。


けれど。


石造りの階段を上ったときの、靴底の感触。

背中に浴びた無数の視線。

観衆のざわめき。

最後に見上げた空の色。


そして、アルベルトの声。


何もかもが鮮明すぎた。

剣が振り下ろされる瞬間、身体を強張らせた感覚まで残っている。

セレナは首から手を離した

考えても分からない。

分からないことを考え続けても仕方がない。

そう思ったところで、視界の端に机が入った。


書類が積まれている。

王家の予算案。

貴族会議の議事録。

隣国への親書。

いつもと同じ朝だった。

セレナは机へ向かった。

椅子を引く。

一番上にあった議事録を脇へ寄せ、その下の予算案を開く。

昨日、確認の途中だったものだ。

三枚目まで目を通したところで、手が止まった。


「…………」


ゆっくり顔を上げる。

たった今、自分は何をしていたのだろう。

七日後に処刑されると分かったばかりなのに。

いつものように机へ座って。

いつものように、昨日の仕事の続きを始めていた。

セレナは予算案を閉じた。

その横に、一通の書状がある。

北部穀物協会から届いたものだった。

北部は、この国でも有数の穀倉地帯だ。

収穫の時期が近づくと、各地から集まった見込みが協会を通じて王都へ届く。

その書状も、毎年この時期に送られてくるものだった。


今年の収穫見込みについて、一度相談したい。


いつもと同じ内容。

前の人生なら、届いたその日に返事を書いていた。

セレナは書状を開いた。

数字へ目を走らせる。

去年と比べて――

そこで、紙を伏せた。

見れば考えてしまう。

どれだけ王都へ回せるのか。

備蓄は。

財務局への連絡は。

父にも話しておいた方がいい。

いつもの順番で、次にすべきことが浮かんでくる。

セレナは便箋を取り出した。

ペンを取る。

ハロルドへの書き出しまで、もう頭に浮かんでいた。

その瞬間。

声が蘇った。


『君がいなくても、この国は何も変わらない』


指先が止まる。

処刑台の上で聞いた、アルベルトの声だった。

セレナはペンを握ったまま動かなかった。

七日後、自分は死ぬ。

その国のために。

今日も昨日の続きをしようとしている。


「……私、何をしているのかしら」


小さく声が漏れた。

セレナはペンを置いた。

乾いた音がした。

北部穀物協会からの書状を見つめる。

返事を書かなければいい。

何かを妨害する必要はない。

収穫量をごまかす必要もない。

誰かを困らせたいわけでもなかった。


ただ。


今年は、自分がやらない。

北部の穀物をどう配分するのか。

国全体で足りなければ、どう補うのか。

それを考える者は、王宮にちゃんといる。

セレナは王太子の婚約者ではあっても、財務官ではない。

今まで手伝っていただけだ。

ならば、今年くらい任せてもいいはずだった。

そう決めた。

決めた、はずなのに。

数秒もしないうちに、机の上の書状が気になった。

返事がなければ、ハロルドは困るのではないか。

財務局には、もう最新の数字が届いているだろうか。

北部から王都へ回す量は――


セレナは両手で頬を挟んだ。


「やめましょう」


誰もいない部屋で、自分に言い聞かせる。

また仕事をしている。

自分がやらなくても、この国は何も変わらないらしい。

ならば一度くらい、本当に任せてみればいい。

セレナは椅子の背にもたれた。

窓の外から、鳥の声が聞こえる。

こんな時間に聞いたことがあっただろうか。

朝はいつも、今日中に片づけることを考えていた。

昼には次の予定があった。

夜になれば、翌日の書類を読んだ。

王太子妃になれば、少しは落ち着くだろう。

そのうち時間ができる。

ずっと、そう思っていた。


庭の花が見頃だと侍女に聞いた日も。


街に新しい菓子店ができたと聞いた日も。


朝、どうしても寝台から出たくなかった日も。


また今度。

婚姻してから。

落ち着いてから。

そうやって先へ送った。


処刑台へ上がる日まで、その「今度」は一度も来なかった。


セレナは窓の外を見た。

朝の光が、庭の木々の上に落ちている。


七日。

たった七日しかない。


けれど。


今度は、その七日を王家のために使うつもりはなかった。

セレナは机の上の書状を閉じた。

返事は書かない。

今日は、何もしない。

少なくとも。


そう決めた最初の朝だった。




はじめまして。

「悪ぱん」1話目読んでいただきありがとうございます。

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