一蓮托生 その1
「ほら。これがお前さんのだろ?まずは返しとくぜ」
チャラリ、と黒田と名乗った男の手から細いチェーンが垂れ下がり音を立てる。
その先には、見覚えしかない魔石の嵌め込まれたペンダント。
「……あぁ、ありが……」
いやお礼言うべきなのか?
事前に手に入れていた情報と、コイツをセラさんのダンジョンから逃がしてやる直前に聞いた話。それに拠れば、このペンダントが取られたのは大元を辿ればこの黒田というのが所属している牛尾組の所為だ。
牛尾組の経理を担っているという黒田は上納金として魔石を組合員から受け取っており、その成果を人事評価に反映させていたらしい。そうして受け取っていたものの中に俺の両親が残してくれたペンダントがあったという訳だ。
“牛尾組の幹部というのを信じるなら、逃がす価値はあると思う。金庫に少し手を突っ込む位は可能なんじゃないか?君の大切なものを安全に取り戻せる”と、初めに提案してくれたのはセラさんで、その話に黒田は勢いよく食いついた。何でも話しに出した“俺の大切なもの”に具体的な心当たりがあったらしい。だからこんなに早く持ってこれたのだろう。
兎も角、色々確かめるのにも都合がよかったのでそのセラさんのアイディアに乗っからせてもらった。そうして今に至る。
「…………いや、まぁ……ありがとう」
黒い革手袋の指に掛けられたチェーンを引き抜き、一応礼を述べる。
俺の言葉を受け取った牛尾組の金庫番は仰々しく一礼。少女漫画に出てくる執事の様に大袈裟に。
……このやり取りは、ただ俺が失くしたもの取り返すだけを目的にしたものじゃない。
黒田という侵入者が誠意を示す為の儀式。コイツが本当に牛尾組の幹部であることの証明。俺達に対する恭順の姿勢。それを示す為の取引。そういう意図も含んでいる。
「これでちょっとは信用してもらえたかな?」
「……お前が本当に“金庫番”だっていうのは、信じる」
そうでなければこうも円滑に組織に納められた物品を持ち出すことはできないだろう。
「いいねぇ。実りある取引に欠かせない信用をオレはほぼ元手ゼロで手に入れたわけだ」
「……今ので減ったぞ。信用」
一々言葉繰りが癇に障る奴だ。まぁ、しかし品のある言葉遣いをヤクザに期待する方がおかしいか。
「でも、良かった。本当に取り戻せて良かった。良かったねサジ君」
俺の手の平に収まったペンダントに、吸血鬼のダンジョンマスターはまるで揺り篭に揺られる赤子を見つめるような、慈悲深く愛情を感じさせる眼を向ける。
「これは君の思い出の品なんだろう?思い出は、過去は良くも悪くもその人を形作る根幹だ。それを思い起こさせてくれるものは……途轍もなく大切なものだ。その思い出が心を暖めてくれるものなら尚更ね。もう、目を背けることなく失くさないようにしないとね」
「……はい。ありがとうございます」
さっきの歯切れの悪いお礼とは全く異なる、心からの畏敬と感謝の気持ちが沸き上がり言葉を紡ぐ。
一字一句違わずその通りだ。大切にしまっておこう。
「よさげなこと言ってるとこ悪いんだけどよぉ~本題入っていい?」
せっかく心を暖めていたところ、若干気だるそうな不躾な声に水を差される。
「イチャイチャタイムは結構だけどよ。牛尾組に眼をつけられてるの忘れんなよ。それどうにかしねぇと、もう思い出とやらも作れなくなっちまうぜ」
「…………それは、確かにな」
癇に障る口調だが……言っていることは正しい。
「尋ねたいんだけど、工作は上手くいったのかい?冒険者組合への報告は──」
「それは大丈夫ですぜ姐さん。ちょびっとごたついたけど今んとこ問題無し。経理部長のオレ直々に管理するってことで話は付けた」
両手の親指を自分の顔に向け、黒田はビシリとウィンク。決め顔を作る。よく見たらちょっと鼻毛が出ている。面倒くさいし別にそうする義理もないので指摘はしない。
「まぁ牛尾組のシノギになるから近場に詰め所作って入場料なんかは絶対に取らないといけねぇけど……その辺に配置する人間もオレの息が掛かった奴だけで構成する。無用な詮索はさせないぜ」
「……お金取るのかい?」
探索者組合が管理するダンジョン。その恵みを得ようと探索を試みる際、組合から入場料を取られるのは別に珍しい話でもない。
ダンジョンの管理費用、具体的にはダンジョン内から魔物が出てこないようにする為の警備に割く人件費、必要に応じてダンジョン内で往生した探索者達を救助する組合お抱えの部隊に関わる費用。ダンジョン内に掛けられた橋なんかの設備費。組織が管理するとなれば幾らでも金は入用になる。
しかし──
「お前は名目だけで、維持管理は変わらず此方がするんだよな?体裁上金を取らないといけないのは理解するが、極端な金額を付けられると客足が遠のく──」
「いやいや、モチのロンそれも分かってるとも。兄貴分達に怪しまれない程度の額に抑えとくさぁ。それにその金でこのダンジョンのアクセスも良くする計画立ててんだ。探索者の数が極端に減ったりはしねぇよ。理屈は教えてもらってねぇけど探索者がいなくなるもの困んだろ?」
「……随分と根回しがいいというか、商才があるんだね?」
「お褒め頂き光栄ですぜ姐さん」
……経理部長だとか金庫番だとかいうだけあってその辺りは得意らしい。
「しかし、当面は凌げるとしても……いつかは綻びる」
黒田の顔から胡散臭いにやつきが消える。
セラさんが生唾を飲み込む音が耳に入る。
「そう。策を講じたとはいえ、うっすい氷の上を歩いてるのは変わりねぇんだ」
どすん、と黒田が私室内に置いている木組みの椅子の上に腰掛ける。あれは……確かコイツを縛り付けるのに使った椅子だ。割と座り心地が気に入っていたのだろうか。
「オレも幹部とはいえ、上の人間はまだまだいる。そいつらから視察させろだのアガリを確認させろだの……管理をこっちに任せろだの言われたら従うしかねぇ。今んとこはな」
そうなれば、全てを包み隠すことは不可能だ。
セラさんの存在が明るみに出てしまう。吸血鬼という、人類が天敵とみなした種族がいることがバレてしまう。その後にこのダンジョンに押し寄せてくる賞金や大義を目当てにした脅威に、それに翻弄されるセラさんの運命に関しては……想像したくもない。
「そうなったらどうなっちまうのかは……顔見りゃ想像できてるみたいだな?」
「サジ君……」
深紅の瞳が心配そうに自分の顔を除いている。
いかん。気を遣わせている。




