探し求めて その1
◇
《取り上げた 荷物 燃やす 必要 ありますか?》
「……あ?」
壁の中で蠢いていたゴーレムを叩き壊させて、しばらく蟻の巣みてぇに複雑な迷路をさまよっていた。ところどころに魔術陣で構成された罠があって、引っ掛かりこそしないが手間が掛かり苛立っていると、耳に入ってきたのは調子っ外れな機械音声。
振り返ると、そこに立っていたのは未開の地の部族が持ってそうな槍を掲げたリザードマン。
《荷物 食べ物 燃やす 何故? 無駄》
周囲がぬめりとした鱗で覆われた口から蛇の呼吸音によく似た声が漏れ出る。
その度に、蛇腹状の喉に巻きついた“翻訳機”が反応し単語ごとに人間サマの言葉に置き換えて返す。
……確か声帯の構造上人間と同じ発声が出来ないとかで、本人が他所の企業から取り寄せていたやつだ。
結構な額の代物なのは、俺も取り寄せるのに一役買ったからよく知っている。
あれは円滑なコミュニケーションの手段であると同時に、アイツがその“結構な額”を稼ぎ出せる優秀な探索者であることの身分証明でもある。理屈としては金持ちのロレックスみたいなものだ。
「まぁ無駄は無駄だな。でも持ち帰るわけにもいかねぇからな」
≪何故? 何故?≫
男性型の野太い声で翻訳機が疑問を投げかける。
発声はできないが何でか聞き取りはできるんだよなコイツ。手間が省けて助かるが。
「俺があのオッサンの荷物を取り上げたのはスジを通させるためだ。分かるか?スジ」
≪筋 肉 ですか?≫
「違う。いうなら……タテマエだ。タテマエ」
≪建前≫
「そう。管理する側の俺と、さっきの管理される側のオッサンとの間にあるもんだ」
わざわざ説明してやる義理はない。だが説明してやらない理由もない。変に気分を損なわせるような対応をする必要はない。
「俺は……牛尾組はここを縄張りにする。管理者は俺。初めての管理ダンジョンとして都合がい~いんだよ。でダンジョンの中である程度の安全だのを保障してやる代わりにショバ代、もとい入場料も取る。そう決まった。そう決まった日に折り悪くあのオッサンと犬少年がいたが、例外は作らない」
「で、あいつらはその入場料を支払えなかった。だから取り上げた。これがあいつらのブツを置いてかせたスジだ。分かるな?俺たちのモンにする為じゃないわけだ……もし、俺達がさっきのブツを丸々自分のモンにしちまうと、取り上げた理由が単に金目の物をパクりたかっただけになる。それはスジが通らないってわけよ」
≪そう ですか?≫
首を──リザードマンは首と胴体の境目がなんか曖昧で分かりにくいが多分首を──傾げて言葉を返す。
イマイチ理解し切ってやがらねぇな。せっかく話してやったってのに。まぁいいや。半分暇潰しに喋ったんだし。
まぁもっとも場合によっちゃ……例えば荷物の中に高価な魔石とか混ざってたら、スジは一旦横に置いといて持って帰ってたかもしれねぇし。
今回は中身の価値とスジを照らし合わせれば、スジの方を優先すべきだなってなっただけだ。……こっちはわざわざ口に出さないけどな。
「……黒田さん。どうですか?あの……“生命感知”でしたか。何かしら引っ掛かりませんか?」
[POLICE]という文字シールがでかでかと張り付いた透明な防護盾を背負った、元警察官の男は多少うんざりした様子でこっちに尋ねてくる。
「駄目だな。ちょくちょくやってるけどどれもこれも弱弱しい反応しかねぇ。方向的にも表のスライムに反応してるんだろうな」
「今探してるコアとやらには反応しないんですか」
口調の端々から苛立ちが見える。重たいもん背負ってうろついてるおかげで疲れが溜まってきてんだろうな。
この明智という男は、吐叶市の新しい支配者にいち早く迎合した元警察官の一人。警察が所有していた装備や官舎をスムーズに牛尾組の管轄下におけたのはこいつの働きが大きい……んだが、そういった前歴のおかげで組の方からは腹の底から信頼されているとは言い難い。
個人的には組に対しての貢献は十分だと思う。そう断言できるほど古巣への泥の掛けっぷりは見事だった。ちょっと引くくらい。
このダンジョンに同行してるのもコイツ自身の希望だ。
俺が攻略の為に“私兵”を呼び戻して、更に念を入れて“LEVEL:5”の探索者として登録されているリザードマンを傭兵という形で雇おうしていると向こうから声を掛けてきた。
肩身のちと狭い中、比較的楽に功績を立てられる上に甘い蜜を吸えそうな話を逃したくは無かったんだろうな。全く、昔からそういう嗅覚が鋭い奴だよ。
「ダンジョンコアの種類によるな。例えばでけぇ木の中にできたダンジョンとか……ダンジョンの主人自体がコアのダンジョンだったら反応するし、人工の魔力炉みたいなものが中心になって構築されたダンジョンだったら反応しない。俺が習得した生命感知は文字通り生きてる生物にしか反応しねぇからな」
「はぁ……ん?じゃあもしかしてゾンビとかも分からなかったりしますか?」
「そうだな。不死族とか……ゴーレムも探知はできねぇ。さっきも壁の中にいるの分かってなかっただろ?」
「じゃあそのアンデットの魔法使いとかがコアになってるということはないんですか?このダンジョンはそいつが作ったとか」
「無い。言い切れるね。じゃあなんであの“回復の泉”なんてもんがあるんだ?あれは聖水みたいなもんで不死族に対して特効のシロモンだぞ?なんで自分の城に自分だけを殺しかねないモノ置くんだよ」
「ああ、それはそうですね」
しかし、方々から異世界の魔術書を取り寄せて読み漁って習得したこの魔術だが、割と対象外も多い。便利は便利だからやれるようになって後悔は無いけど。
「ともかく、この洞窟ん中にいるゴーレムの多さを見るに今回のはコアは後者だろうよ。放棄されたゴーレムの工場がダンジョンになったってところか。多分」
「詳しいですね黒田さん」
「まぁな。これでも牛尾組随一の魔術師で特にゴーレムには造詣が──おい、止まれ」
合図と共に、異世界の鎧を着こませたボディガードがぴたりと止まり、続いて明智の脚が止まる。
先頭近くを歩いていた槍持ちのリザードマンは……一足先に察したのか、既に後衛のこちら側へ戻ってきている。
≪行き止まり 罠 地面 あります≫




