決死の伝言
◇
息を殺す。
身を潜める。
……まだ距離はある。だがそうせずにはいられない。
“隠し通路”は既に存在を見破られてしまった。
私の迷宮に突如として現れた、黒い礼服に身を包んだ男が指揮を執る四人組によって。
人形の要領で作り上げた、私が行使する魔力の波長か予め決めておいた解号のみに反応する隠し扉にして防御壁。
それが今破られた。正確に言うと砕かれた。
……目立たない程度に防御魔術を掛けておいた私の隠し扉を、全身鎧の大男が大槌を振って吹き飛ばした。遠慮なくやるものだから衝撃で洞窟が崩れるんじゃないかと思った。
あの人達は何処から来た?
サジ君からこの世界にも“吸血鬼狩り”の組織があることは聞いている。だけどもこの迷宮に吸血鬼がいるという情報は外に漏れていない筈。
しかし彼らは迷宮の隅々を照らし、すべての階層を何度も何度も行き来してはその都度手持ちの地図らしきものに細かく筆を走らせていた。
回復の泉や実った食べ物を目的にしていた今までの冒険者たちとは違う、明らかにそれらとは違う何かに当たりをつけて探し求めている動き。
そうして彼らの真意を測りかねている内に、彼らに隠し扉を暴かれてしまい、そして手荒く破られてしまった。
今彼らは、私が念の為に迷路のように作りこんでおいた通路を隅々まで探索している頃だろう。
迷路の中には、踏んだ者を強制的に迷宮の外へ弾き出す魔術陣なども一応仕込んでいるが……期待はできない。この一行は今までの冒険者達とは一線を画す。この世界において初めて遭遇する手練れ達で構成された一味だ。
今思えばこうなる前に隙を見て一旦外へ退避すればよかった。魔力を十分蓄えられ循環させらている今なら迷宮を多少空けても問題なかっただろうし、日が落ちている今なら外に出られた。
……いや、それも危うかったか。黒い礼服の男が率いるあの徒党は冒険慣れしていて腕も立つ様子だった。蝙蝠に化けて通り過ぎようとしても、霧と同化して紛れようとしても見破られる可能性があまりに高い。どちらにしろ手詰まりだったか。
安物の槍や剣なら容易く弾き返すだろう重厚な全身鎧に身を包んだ戦士。
奇妙な文字が記された透明な硝子にしか見えない大楯を背中に背負い、その手には黒い短筒を握りしめる異様な冒険者。
赤く染まった羽を穂先に巻き付けた槍を掲げる引き締まった肢体の二足蜥蜴。
そうした明らかに荒事に長けたことが察せる集団に軽装の人間と襤褸切れのような衣服を纏った小さなコボルトを取り囲ませて、にこやかに話しかけていた黒い礼服の男。
二つの集団は見合い話し合っていたが、暫くして中年の人間がコボルトの少年の手を引いて出て行った──かき集め背嚢に詰め込んだ迷宮の恵みを全て置いたまま。
ただ、奇妙なことに二人が立ち去るのを見送ると四人組はそれを懐にしまうでもなく、火を放って燃やしてしまった。
どういった取引の末にそうなったかは分からない。土人形で遠方から姿は確認していたが、言葉を拾える距離までは詰められなかった。
ただ、あの二人が自身の安全と収穫物を天秤にかけた結果の行動であることは間違いない。
今も隠し通路を闊歩している四人組は盗賊の類なのか?……にしては先程の行動の意味が分からないし、彼らの装備は充実し過ぎている。
盗賊は大抵今日明日の食べ物にも困って成り行きでなるものだが、そんな雰囲気がない。
目当ては何なんだ?どうにか探りたい。それだけでも分かればこの状況でも多少は光が見えてくるかもしれない。……吸血鬼が光を求めるなという話は一先ず置いておくとして。
≪……ったか?……らしいの……≫
≪いえ……まだ……少なくともこの先に関係するものがあることは間違いなさそうですが≫
自分の尖った耳が反射的にピクリと揺れる。だが違う。耳に届いた声ではない。“念話”の要領で頭の中に直接響く声。
居場所がバレない様に迷宮の壁と一体化させて潜行させていた土人形が一行の近くまで辿り着いたらしい。突貫工事で作り上げた甲斐があった。
≪そりゃあ分かってる。そうでなきゃこんな隠し通路なんぞ作らんだろう……ちょっと待て。入口の見張りから連絡がきた≫
≪了解です……おい止まれ。おーい!先行くな!聞こえてるのか!?≫
≪でかい声出すな。ごついヘルメットの所為で聞こえにくいんだろもっと近寄って止めろ……はい。こちら黒田。どうした?≫
眼を閉じて脳内を反響する声に集中する。聞き漏らしてはならない。探らなければ。
≪……はぁ。聞こえてるのか聞こえてないのか。あの……鎧の異世界人喋らないから分からないんだよな……黒田さん?もう終わりですか?≫
≪ああ、ただの定期連絡だった。今のところ部外者は誰も入ってきてない。出て行かせたあのオッサンと犬少年が最後だ≫
≪……大分納得いってない感じでしたけど、大丈夫でしょうか。最初は見逃してやっても良かったんじゃ?今日集めた分だけでも買い取るとか≫
≪駄目だ駄目。お前も元々警察だったんなら分かるだろ?規律ってのは例外を作ると駄目なんだよ。現ナマで払える入場料を持ち合わせて無い以上あれらは探索者の物じゃない。このダンジョンを管理する牛尾組……もとい探索者組合の物だ。そうだろ?≫
「……迷宮を……管理?」
この人たちは探索者組合と名乗った。サジ君から聞いたことのある名前。以前所属していたという組合。この地域一帯の支配者。
それがこの迷宮を管理すると言っている。
《まぁ、ああいうことを何度もやっちまうと経営に響くことも事実だ。とっとと“コア”見つけてケリつけるぞ》
《はい……ここ行き止まりか。表と比べてさっきから複雑だな……引き返し……いや待て。何かいます。動いてる。壁の中、いや壁そのものか。おい──》
まずい。
素早く土人形との接続を切る──ほぼ同時に足元が軽く揺れる。
迷宮と一体化させた土人形が壁ごと叩き割られたらしい。下手人は先程と同じで、あの鎧の大男がまた大槌を振るったのだろう。
……目的が分かった。彼らが何を探し求めているのかも。
彼らは私を探している。吸血鬼としての私ではなく、迷宮の核としての私を。
今はまだ迷路を探し回っているが、この私室まで辿り着くのは時間の問題。
二階層に置いている石人形も既に無力化された。自動修復も間に合わない。
……この迷宮の核が吸血鬼だと知ったら彼らは私をどうするだろうか?吸血鬼狩りに引き渡すのか、それとも──
いや、今心配すべきはそこじゃない。
再び目を閉じる。意識を集中する。
頼む。届く範囲にいてくれ。
身体の内に眠る魔の力をたたき起こす。小さな小さな魔力の粒が全身を駆け巡り、脳に叩き込まれるのが分かる。
疲労感が体を襲う。
汗が噴き出す。
──頼む──いた!!魂を捉えた!
≪サジ君……聞こえているかい。サジ君≫
吸血鬼特有の特殊技能“念話”……サジ君に試すのは初めてだ。
瞼の裏に浮かぶサジ君の魂の灯が揺らめく。
離れた場所にいるが言葉は届いているらしい。──良かった。助かった。
≪迷宮から連絡している……今まずいことになっているんだ≫
早く伝えなければ。
≪迷宮が乗っ取られた。だから──今帰ってきてはいけない。分かるね?≫
被害は最小限に留めなくては。




