新人研修プログラム その3
◇
「……なんというか……ここ、変わった迷宮ですね。ありがたいですけど」
自分がしょっているアバラヤさんからもらったカバンには、道中で採ったリンゴやオレンジ、アケビやキノコなどがみっしり詰まっている。大収穫だ。
実った色とりどりの果物を見た時は罠じゃないかと思った。近づいたら人面樹木が根っこを出して襲ってくるんじゃないかと思っていたけれど、慣れた手つきで果物を回収するアバラヤさんを見てその可能性がないことに気づいた。
「オレも最初は警戒してたけど、罠も何にも無いんだよな。毒もないし組合も買い取ってくれるから持ち帰ろう……安いけど」
現地民のアバラヤさんも最初は不思議だったみたい。ボクもこんな冒険者に都合のいい迷宮があるなんて知らなかった。しばらくはごはんに困らなさそうでとてもうれしい。それどころかお金もかせげる。
親切な人にも会えて最近はとても運がいい。
「なぁ、果物はオレもよく採るから良いけど、キノコは……やめた方がよくないか?買取もやってないぞそんなのは」
「え?なんででしょうか……これ、ちょっとおなか痛くなるけど食べられるやつですよ」
「腹壊すのに食うなよ!?」
何言ってるんだろう。痛くなるといっても寝たら治るくらいのやつなのに。
お腹が減って眠れなくなるよりずっとマシなのに。
「メシにするなら果物採っただろ……そっち食いなさいよ」
「でもそっちは買い取ってもらえるんでしょう?ならお金にならないキノコを自分の分に回した方が──」
「──ずぁぁ!わかったよ!もう!」
急に怒り出したアバラヤさんは、ずんずんと迷宮の奥へ、薄暗い方に進む。
……口答えしたのかよくなかったかな。つれていってもらってる身なのにやってしまった。
でも怒ってる割にはげんこつが飛んでこないな。アバラヤさんは変わった人だ。
そんなことを考えている内にアバラヤさんの大きな足はずんずんと地面をふみしめて──急にぴたりと止まる。
「……今日の探索が終わったら飯屋連れてってやるから!それ捨てなさい!」
「え?え?いいん、ですか?」
「いいからもう!捨てなさいそれ!おごるから!」
「は、はい」
ちょっともったいないなとは思ったけれど、見返りがとても大きいので背負ったカバンを目の前に下ろして手を突っ込む。
そして“いくつか”収穫したキノコを取り出して、アバラヤさんが見えるところに放り出す。
「……色々あんだろうけど、あんまりそういうもの食べるんじゃないよ」
「はい!ごちそうになります!」
「…………」
カバンの底にこっそり隠しておいた分のキノコは家で干そう。……次の次のごはんのことを考えられる余裕ができるなんて。こんなぜいたくができるなんてありがたいな。
それにしてもアバラヤさんは本当に変わってて優しい人だなぁ。この世界の人はみんなこうなのかな?こっちの冒険者組合の人には住むところまで用意してもらえたし。『あんな衛生も糞もないところに子供押し込めるとか正気じゃない』なんてアバラヤさんは言ってたけど屋根と壁があるんだから十分過ぎるくらいなのに。
そういえばお店のご飯が食べられるなんていつぶりだろう?前の世界で商隊のお手伝いをちょっとだけしてた時期に酔っぱらったご主人に連れて行ってもらったきりかな。残念ながら長居はできなかったけど──
「……とりあえず、もうしばらく探索したら帰るぞ。荷物も増えてきたし」
「え、奥まで行かないんですか?三階層まであるんですよね?」
今ぼくたちがいるのは一階層の奥。雰囲気的には二階層に入る手前当たり、とさっきアバラヤさんが言っていた。
「そうだけど今は奥まで潜るメリットがない」
「めりっと?」
「あー……得がないってことだ。回復の泉にも今は用が無いしな。ケガも無いし……オレの四十肩にも効くんだったら話は別だったけどな。入ってみて分かったけど老化関連には効果ないんだよな……漬かっても関節の痛みが取れなかった時の絶望感ったらなかったぜ」
ぶっちゃけ前情報でそんな感じのことは聞かされてたんだけども試さずにはいられなかったんだよなぁ……とアバラヤさんがうらめしそうにつぶやく。
本当にザンネンだったみたいだ。ボクももう少し長生きできたらこの気持ちが分かるんだろうか。
「でもたしか、回復の泉の水も買い取りやってませんでしたか?“さんぷる”に使う人がいるって」
「ああ、製薬会社のヤツな。隣りの市の」
アバラヤさんは石を拾って、ぼんやり光るコケが生えた迷宮の岩壁を引っ搔いて目印を作る。これで何個目だったかな。
迷宮というものはおおまかな作りは変わらないけど、通路や小部屋の位置がリュウドウテキ?に変化することはよくある。だから難度の低い迷宮でも無事に帰るためには念には念を入れるべき、というのが理由らしい。
『まぁダンジョンの再構築や組み換えに巻き込まれて普通に消えたりするから気休めだけどな』とも言っていたけれど。
「あれな。もう引き取りやってない。なんか研究そのものが中止になったらしい」
中止?何をやってるのかは知らないけどせっかくお金を出してまで何かしてたのにやめちゃったってこと?
「張り紙には“再現性がない”とか“その他諸都合により中止”しか書いてなかったけど……何となくどっかから圧力が掛かったんじゃないかとオレはみてるね」
ちょっと声を弾ませながらアバラヤさんは話し始める。
「回復の泉だが……似たようなものは吐叶市以外のダンジョンにもそこそこあるんだよな。実際には行ってないけどネットで見た。そういうのもどこかしらが自分達で再現してやろうと色々してるんだけども、どれも失敗してる。未だに成功例は無い……ちょっと不自然だと思わないか?」
「え?そう……ですね?」
「だろ?だからオレはそういうものが作られたら困る団体から何かしらの力が働いてるとみてるね。そう簡単にケガやらなんやらを治されたら困る連中……医療関係で利益を独占したい奴らとかな」
「そう、ですね──?」
ぴくん、と自分の耳が無意識の内に動く。
今聞こえているのはアバラヤさんの楽しげな声。
──そして、背後から聞こえてくる“誰か”の足音。
「入口の方角から誰かきます。魔物じゃありません。人です」
アバラヤさんのゆるんだ顔が、一気に引き締まる。
「……別の探索者か?人数は分かるか?」
眼を閉じて、聞こえてくる足音に耳をすませる。
「その、四人以上はいます。なんだかガチャガチャって音も聞こえるので、鎧を着てる人もいます。もうかなり近いです……さっきまで全然足音なんて聞こえなかったのに」
「鎧?異世界産の防具か……」
嫌な予感がする。隠れた方がいいような気がする。でもこの辺りに自分はともかく体の大きなアバラヤさんが隠れられるような岩陰や木陰は……
「──待て。下手に隠れるな。堂々としてろ」
「え……」
「隠れてももう今更だ。異世界の武具を持ってるような手練れなら十中八九もうこっちに気づいてる。多分足音もこっちに近づいてからわざと立ててる。オレ達が気づくようにな。変に怪しまれるようなことはしない方がいい。相手の目的が分からないからもちろん警戒は怠るな──」
「──そんな警戒だなんて。そう構えられる必要はございませんよ。肋屋様」
暗がりからの不意の声掛けに思わず体が跳ねる。
もうそばにいる。
具足を付けた二本の足だけが、ぼんやりした光コケの明かりを反射して薄暗がりの中に浮かび上がっている。
「………誰だ。オレの知り合いか?そう暗いとこにいたんじゃ顔が分からん。こっちまできてくれよ」
「ああ、これは失礼致しました──おい、下がれ。俺が前に出る」
ガシャ、ガシャと具足が後ろに下がり月のない夜みたいな暗がりに消えて──代わりに、ピカピカの革の靴をはいた足があらわれる。
「新人研修プログラムへのご参加、誠に有難うございます。肋屋様」
ぬるりと薄闇からでてきたのは、黒い礼服の男。
「私、吐叶市探索者組合経理部長の、黒田と申します。──以後お見知りおきを」




