敵情視察 その2
「……よし。情報通りだ」
画面を覗き見る第三者がいないことは確認済みだが、念の為に素早く画面を戻す。
自分の死。それが電子的な記録に残されていることに驚きはない。むしろそうなっていなくては困る。
これは“ミノタウロス野郎”の唯一の功績だな。
件の圧力鍋爆弾魔であり、自分を文字通り千尋の谷に突き落としてくれた一味でもあるあの男。
だが、自分が殺したはずの物漁りと再び対面し恐怖に心が折られたあの男が言うには、俺を突き落とす前に懐からお目当ての魔石だけでなく探索者IDカードも抜き取っていたのだという。
“鬼月 佐治”という探索者の死を組合に届け出る為に。
『そうしないと……こいつは行方不明っていう扱いになっちまうから……』
へたりこみながらそう言っていたが、要するに万が一にでも自分が甚振り殺した物漁りを誰も探さないようにしたかったということだ。
死んで土に還るなり化け物の腹に収まるなりした人間なら探しようがないからな。
良く言えば慎重、悪く言えば臆病な考え。どうせなら人を殺しかける前にその一歩引いた冷静さを発揮して欲しかったものだ。後の祭りにも程がある。
兎に角、思惑通りに探索者組合は哀れな探索者の訃報を受け入れたようだ。確か死亡した探索者の記録保持は一か月程度であった筈。もう間もなく自分という探索者がいた痕跡すら消え失せるだろう。
もうそれはそれで構わない。というより今となってはそうしてもらわないと困る。
ダンジョンを管理する側、ましてや人類社会から“敵”として見なされている吸血鬼の仲間になったとあればもう日の当たる場所に出るべきではない。もし万が一自分が生きていることが明らかになれば、芋蔓式にセラさんの存在が明るみに出る。
その先に待っているのは、絶望。
悪魔祓いの連中に連れていかれた吸血鬼がどうなっているか、事の顛末は聞きかじったことがある。
“運が良ければ”死を迎えられる。そういう扱いを受けるらしい。
自分のような奴にあれだけ良くしてくれる人にそんな運命を背負わせるのは死んでもごめんだ。
そんな訳で、探索者であった自分にはもう心配をしてくれる人も身元を改めようとする人もいないが、念の為に現代社会に残してきた足跡はでき得る限り抹消しておかねばならない。
そう考えれば、遺体も報告者の身元も碌に確認せず、伝えられた内容だけを鵜吞みにして情報を書き換えた探索者組合の杜撰な対応も逆に有難い。
本来なら一応遺体の回収も組合の責務ではあるはずだが、金も身寄りもないままくたばった探索者の相手にしたくないのだろう。
実入りがないから。
……貯めこんでた魔石を上納して、LEVELを上げておけばこのあたりの対応も変わってきていたのだろうか。今更どうでもいいことだが。
「……さて……」
とりあえず真っ先に確認しておきたかったものは見れた。次は──その自分が貯め込んでいた魔石がどこに保管されているか。それを探らなければならない。
そこに形見のペンダントも保管されていると見ていい。あれにも魔石が嵌め込まれている。鑑定には出したことはないが、あの輝く魔石は中々の上物であることには間違いない。破棄されることはない筈。
……まぁそもそも此処にある筈という根拠はあの牛頭……元“牛緒組の構成員”だったあの男の証言しかないのだが。
◇
『“指示役”は、探索者組合の人間。もっと言うと探索者組合を取り仕切ってる牛緒組の奴だ』
『オレらが盗った魔石は……今は牛緒組の本部に保管されてると思う』
◇
か細い光だ。
あの襲撃犯がどうにか無事に帰りたくて適当に架空の人物をでっち上げた可能性だってある。
件の“指示役”の外見的な特徴についても聞き出したがどうにも信じ難い。
目は瞳が細く見えるか見えないかという程度しか開いていない、所謂糸目。
雪山に巣くう狐の体毛のような銀色の頭髪。
体は枯れ木が衣服を纏っているのかと思う程の長身瘦躯。
口調には関西の訛りが感じられるとのこと……
いるか?こんなお手本のように怪しすぎる人間?
いたとして人間か?狐が化けてないか?
……しかし、もう、この牛緒組本部に盗まれたものがあると仮定して動くしかない。他に手掛かりは無い。どうしようもない。
「……すみませーん。そこの……“包帯”の人ぉ」
気の抜けた女性の声が右奥から聞こえる。受付の方からだ。
「なんかぁ、分かんない感じですかぁ?それタッチパネルなんでまず最初に画面触ってもらわないと動きませんよぉ」
バシバシと主張する睫毛に金色の頭髪が目立つ──セラさんの髪と比べると不自然さが目立つ色合いなので恐らく染めている──平成初期あたりのギャルといった風体の受付嬢が此方を不審そうに眺めている。
「ああ、そうでしたか。すみません」
素早く画面を触り、適当に探索者向けに寄せられた求人情報をジロジロと眺める。横目で受付嬢の様子を探りながら。
顔に巻き付けた包帯のおかげで目線は多少分かりにくい筈だ。
……受付嬢は頬杖をついて、引き続き此方へ訝し気な目線を寄こしている。
まぁ顔面包帯でグルグル巻きの成人男性はさぞ怪しかろう。
しかしまぁ、一応、探索者なら魔術や魔物の襲撃でこうした格好になる可能性はそれなりにある。実際に眼にしたこともある。だからこの格好を選んだ。
友人や仲間はいなかったにしろ、誰かしらに顔くらいは覚えられている可能性は十分にあったからな。
……セラさんから仮面を借りる手もあったが、それだと不審さから警備員に外すように求められると言い訳が立ちにくい。
しかし包帯なら、まぁ、何とか屁理屈を捏ねられる、というのが決め手だった。
だが怪しいことには変わりない。
こんな風体の人間が人探しの為に情報を集めるのには苦労するだろう。おまけに今は身分を証明するものも一切無い。ましてや……例の怪しさの擬人化が本当に存在するなら、相手は一帯を牛耳る暴力団組員の一人だ。
そう簡単に情報は手に入らない──
「すんませ~ん、ベリーちゃんちょっとええ~?」
「……はーい。今行きますー」
カウンターの奥から聞こえてくる男の声。それに受付嬢は気だるげに返事を返す。由来がよく分からない渾名だな。
とりあえず俺から注意が逸れるのは有難い。
「あ、ええよええよそこにおって~」
背の高い男の影が堆く積もった書類の向こうからぬるりと現れる。
「いや~黒田サンから“モノ”持ってくんのはええけど、これどこから持ってきたんやちゃんと綺麗なブツやろなってしつこぉ小言もらってな?いやオレも悪かったねんけど記録作ってなかったから」
そう言うと困ったように首を振り、短く切り揃えられた銀髪を僅かに揺らす。
「悪いんやけど、今から探索者からLEVEL上げン為に魔石預かったっちゅう記録作っといてくれんかな?これその探索者のID」
「……いいんですかぁー?後からそんなことしちゃって」
黒いスーツを身に纏ったその瘦躯は、海外の都市伝説【スレンダーマン】を思わせ、その眼はちゃんと前が見えているのか問い質したくなる位細い。
目は瞳が細く見えるか見えないかという程度しか開いていない、所謂糸目。
こいつじゃないか?
「ええねんええねん皆やっとるってこんくらい」
こいつだよな?
マジで?
こんなことある?




