(10)同じ体験を共有した唯一無二の親友へ
翌朝、そのまますっかり寝入ってしまっていた俺と滝川は、所々破損している昇降口やプールの状態を確認しに来たらしい教員たちに見つかり、起こされた。
もちろんその際、玄関のガラス扉やプールの門扉など設備がいくつも破損している理由や、なぜこんなところでほとんど素っ裸の状態で男女二人、寝ていたのかの事情聴取を教員たちから受けた。
しかしもちろん、ミズチとの遭遇やその後の大冒険のことを正直に話したところで信じてもらえるはずもない。
なので、俺たちは、二人で何とか雨の中、帰宅しようとしたところを鉄パイプのような凶器を持った暴漢に襲われ追いかけられ、学校まで逃げ戻り、プールの備品倉庫で身を寄せてレーンロープの中に潜って隠れていたと、そういうことにしたのだ。
それでも、なぜ服を途中の道中に脱ぎ捨てていったのか、なぜ消毒剤を持ち出したのか、なぜプールの水が抜かれているのかなど、合理的な説明がしにくい部分は多くあり、教員たちもかなり懐疑的な、不審そうな視線を最後まで俺たちに向けていた。
だがしかし、俺が救急搬送が必要そうな状態であったことや、それにもう一つ、滝川にとってショッキングな事情が教員の口から説明されたこともあって、それらの件は結果的に有耶無耶になった。
というのも、俺たちがミズチと遭遇し、逃げ惑っていた頃より少し前……滝川を迎えに学校に向かっていた滝川のお母さんは、俺たちがミズチと遭遇した橋よりも少し上流の別の橋で、そこを車で渡る際、突発的な鉄砲水に巻き込まれ、車ごと川に流され……亡くなってしまっていたそうなのだ。
俺が教員が呼んだ救急車に乗せられている間、少し離れたところでそのことを滝川は別の教員から伝えられたらしい。
救急車のハッチが閉まる直前、滝川がその場で膝から崩れ落ちるところを、俺は見てしまったのだが、どうやらそれは、後に聞かされた情報を整理するに、ちょうどその時、母親の死を伝えられてのことだったらしいのだ。
そして、その時の、崩れ落ち、絶望するように慟哭していた滝川リュウコの姿こそが、俺が最後に見た彼女の姿となってしまったのだった……。
俺は左前腕部骨折の大怪我のため、そのまま入院し、退院して学校に復帰したのはその二週間は後のことだった。
やらかしたことがやらかしたことだけに、心配をかけた両親からは当然こってりとお説教を喰らって絞られたし、それは俺としても無理ないことだと納得していたのだが……説教の後、滝川はどうしているのか、何か聞いていないのかと訊ねても、その質問にだけは両親ともに気まずい顔をするのみで何も答えてくれなかった……。
まさか、滝川の身にそんなことが起こっているとは思っていなかった俺は、あれだけの体験を二人でしておきながら、一度も入院中見舞いに来てくれなかったことを薄情にも思った。
だがしかし、やはり最後に見た彼女の尋常ではない様子の姿が気になり、当時も俺なりに心配していたのだ。
だから退院後、級友や教員に、どうしてか登校していない滝川のことを訊ねて回ったのだが……その時、滝川のお母さんが亡くなったことを、俺は初めて聞かされたのだった。
しかも彼女本人は、俺が入院している間に、父親方の親戚に引き取られることが決まったらしく、俺への挨拶もなしに、当時住んでいた町を去って行ってしまったのだという……。
だが、どうやらそれは、危険な台風の暴風雨の中、自分を迎えに車を運転して向かっていた母親が不運な事故で亡くなったというのに、当の娘本人は、学校の施設を破壊した挙句、同級生の男子と一晩中、裸で過ごしていたと……どうやらそんな断片的な事実が、俺たちの本当の事情を知らない周囲に曲解されてしまって、とんでもない醜聞として広まってしまったために、俺への連絡も挨拶もなしに引っ越すことを余儀なくされてしまったから、らしい……。
だから俺は、あの日以来、彼女に会えていない。
会えぬまま、23年の月日が経ち、当時14歳だった俺は、今、37歳の中年になってしまったのだった……。
正直、彼女のその後の消息を調べてみようかと思ったことは何度もあった。
だがその時の、台風による豪雨の翌朝、不法侵入したプール倉庫で半裸で一緒にいるところを見つかったという俺と彼女の醜聞は、誰が漏らしたのかはわからないが、いつの間にか当時の学校中に広まってしまっていて……しかも、そればかりではなく、その日の放課後、図書室でも抱き合っているところを見た人がいるとの噂まで出回ってしまっていたらしいのだ。
……人の口に戸は立てられぬとは、忌々しいがよく言ったものだ。
そのため結局、思っていた以上に醜聞の広がってしまった俺は、地元の公務員だった両親に多大な迷惑をかけることになり、結局、高校は遠方の親戚の家に下宿させてもらいながら通うことになってしまい、滝川と同じく、そのまま地元を離れることになってしまったのだった。
そういった事情もあって、当時のクラスメイトや中学の教員の伝手を頼って、彼女の行方を探るなどということは、とてもできなかった……。
しかし、子供であった当時の俺にはできるはずもなかったが、大人になった今なら、最悪、探偵を使うなどして追いかけることもできただろう。
だが、それも結局、この歳になるまで踏み出せないでいた……。
なぜなら、それは……もし、彼女がすでに亡くなっているなどという報告を聞いてしまったらと思うと……それも、水難事故で亡くなってしまったなどという報告を、もし聞かされてしまうようなことがあったら……と、俺はそれを心から恐ろしく感じてしまって、探偵を使うことを躊躇い続け、今日まで至ってしまったのだ。
しかし、今回、この投稿文を……如何にもネット投稿の実話怪談のように取りまとめ、こうして投稿することにしたのは、君の消息の追跡を探偵に依頼する覚悟が、ついに俺の中でついたからだった……。
───
──
─
……あれから、23年の月日がすでに経った。
もしかしたら、君は……俺と同じく37歳の大人になった君ならば、どこか自然科学関係の大学か研究機関で、水難事故や災害対策の研究者などとして働いているのかもしれない……。
いや、それかもしかしたら、誰か、君を支えてくれるような良い男性と出会って、結婚をしているかもしれないよな……。
もっといえば、もしかしたら、君はそのまま家庭に入って、子供を一人か二人くらいは産んで、子育てに励むお母さんになっているのかもしれないな……。
俺の方は恥ずかしながら、相変わらず、冴えない地味眼鏡くんの見た目だからさ。運よく付き合えた女性は過去に何人かいたが……結局、今も未婚の独り身のまま、この歳になっちまったよ。まぁ、もしこの文章を君が読むことがあったのなら、笑ってくれ。あの頃のように、ニヒルな笑顔で、な。
読書家の君がこんな真偽不明なネット投稿の駄文を偶然読むことは、きっとありえないだろうが……もし、探偵の調査で君の消息がわかって、俺が上記のように想像した通りに、今を幸せに生きてくれていたなら、俺はこの文章のURLだけでも君に宛てて送らせてもらうだろうから、どうか変な手紙が届いたと捨ててしまわず、一応、読んでくれたら嬉しく思う。
実を言えば、俺はあの日、君と体験したあのミズチという化け物との死闘との思い出を、ずっと心の奥の深いところに、大切な記憶として抱え続けている……。
でも、だからこそ、他の誰とも共有できず、他の誰とも共感しあえないんだ……。
きっと、現実の体験として打ち明けたとしても、他人には到底、理解もしてもらえないだろう、あの日の記憶……。
俺と君とだけがした理不尽で不思議な体験の記憶として、あの日のことは俺の心に刺さったまま……抜いて捨てることもできない棘として、それでも大切に、俺は持ち続けているんだ……。
共に恐怖を味わって、痛みを味わって、絶望を味わった……。
そしてあの事件が終わった後も、お互いに消えぬ苦しみを味わったと思う。
だけれど、それでも……俺は、俺の中の、君との……大切な友達である君との思い出が……消えないし、消せないんだ。
……できたら……できることなら、君ともう一度、会いたい。
これはあと2、30年は先の仮定の話になるだろうが、老人になった俺の一生がついに終わり、永遠の眠りにつく、その前に……その直前に一度きりでも構わないから、もしよければ、君にもう一度だけでも、会いたいんだ。
あの危機を一緒に乗り越えた大切な友達である君と、あの日のことを思い出し、語り合って、
「怖かったし、痛い思いをしたし、辛い思いもしたけれど、それでも確かに、俺たちの青春時代の思い出の一つだったよな」
と……できることなら、君とそう言って、一緒に笑いあってから、人生を終えたい。
そうできたなら、俺はそれでも十分だから……もしも今、君が、俺とは関係なく幸せに生きているのなら、それでだけでも十分なんだ……。
でも、もし……もしも、それ以上を望む、俺の身勝手な願いを、許してくれるのなら……
あの日、思わず君を抱きしめてしまったことを、嬉しかったと許してくれた時みたいに、君が許してくれるのなら……
俺はもう一度、君に再会して、そして、それからは、君にずっとそばにいてほしい……と、そう思っているよ。
それじゃあ、またな。親友。
いい返事を期待しつつ、爺さんになって死ぬその日まで、のんびり待ってるから
……せめて、いつまでも、幸せに生きていてくれ。
PS もちろん、今回出した個人名の部分は、あの日の出来事にちなんだ仮名にしての投稿だから安心してくれ。まぁ、名前以外の部分は、ほぼ赤裸々に事実だからな。もし、ネットに俺たちの体験を流したことに文句があるようなら、あの日みたいに「大馬鹿者っ!」と罵倒付きで殴るのも、一回だけなら、会いに来た暁には許してやるよ。友達のよしみでな。……それじゃあ、今度こそ改めて、またいつか。一目会えることを願っている。
──理知的だが飄々とした皮肉屋で、そして意外にも泣き虫だった……大切で、愛おしい、俺の親友へ──
(終)
2025/07/13 初稿完結
以上になります。
お読みいただきありがとうございました。
今回、夏ホラー2025企画に参加するにあたって、去年の2024に参加したものの、完結させられなかったという苦い失敗が三國にはございました。
そこを反省し、今回は完結まで執筆した上でストックを投稿するという方式をとらせていただきました。
また作品的にも、従来的な恐怖体験談のみで終わるのではなく、青春時代の一夏の思い出の回顧という形をとることで、どこか切なく、普遍的に人の心に残るようなホラー作品というを方向性を目指してみました。
作者個人的には、読み終わったらエンドロール代わりに『ス〇ンド・バイ・ミー』を聴いてほしい系ホラーという感じです。
うまく読者の皆様にも、作品に込めたホラー作品特有の恐怖由来のドキドキ感や、本作のラストへ向けての青春時代の残光のような切なさが伝わっていたなら、嬉しく思います。
これからも作品執筆に精進していきますので、ぜひ応援よろしくお願いします。
またお会いできることを願っております。
本作を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
作者・三國蟹 2025/07/16 あとがき




