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凱旋と陰謀 6




 肩の宮殿。


 それは巨人国の中枢だ。


 アーガイラムの子らの中でもより秀でた者が出席を許される巨人会議が行われて、内政、外交、そして防衛について語られる。


 建国当初はただの宴会であった。車座になって酒を飲み、魔物たちの在り方を語り合う和気藹々としたもので、ときには殴り合うこともあったが肩肘の張ったものではなかった。


 だが、ソルフレアがこの世から消え去って『人の時代』が訪れ、そうした気風のままでいることは難しくなった。暗黒領域を隔てる結界が狭まり、巨人は巨人らしくあることが難しくなり、そして他の魔物も同様に環境に合わせて生き方を変えていった。


 そんな巨人国に、新たな変革のときが迫られていた。


 アーガイラムの寿命が、終わりに近づきつつある。


「無念でなりませんよ、親父殿」


 直訴の巨人と謳われた頃は遠い昔になり、車座になって未来を語り合った同胞も片手で数えられる程しかいない。子供らはすべて、獣の時代を終わらせた『終焉戦』が終わった後の、『人の時代』に生まれた者だけだ。


 暗黒領域は百万匹以上の魔物を擁してあまりある領土を持つが、巨人にとっては決して広いとは言えない。


 数千年を掛けて山そのものにまで大きくなる巨人が大地の魔力を食らって大きくなればただそれだけで領土は逼迫していく。だからアーガイラムは率先して人間体となって暮らしていた。


 本来は他の魔物や人間と話をするため一時的に不便な肉体に意識を詰め込めるだけの便宜上のものに過ぎなかったが、やがて、人間体で暮らすことが当たり前となった。領土の減少、その他様々な利益のためにアーガイラムは「人の姿であるべし」と規定するしかなかった。


 それでもなお巨人族は強かった。大いなる肉体がもたらす大いなる力は、人間体になっても失われることはなかった。むしろ純粋な力や魔力を凝縮することで、本体の姿でいるときよりも強くなれる者さえいた。一部の巨人にとっては強烈な不平不満をもたらしつつも、やがて巨人は本体で過ごす生活を忘れ去りつつある。


 これも新たなる時代のためには仕方ないのかもしれない。人の世界に合わせて人の姿を取ることこそが『人の時代』なのだと。


「親父殿の無念はわたくしが引き継ぎましょう。ゆえに、安らかに眠りたまえ」


 子供たちが反旗を翻したことに恨みはない。

 トパズを筆頭に、武器を携えて大勢の巨人たちが敵意を向けている。

 いや、むしろ、そうしてほしかったとさえ思う。


「無念? 俺がジジイになったことか?」


「この暗黒領域の在り方。依然として結界を拡張することは敵わず、魔物は闘争のない世界を受け入れて惰弱になり弱体化している。どれも親父殿が考えていたことは失敗に終わるでしょう……」


「そりゃ仕方がねえ。時代の流れだ」


「ですがもっとも無念なのは水晶病です」


「そうだな……。もう少し対策らしい対策ができると思ってた」


「人間は水晶病が巨人にとって致命的な病であることに気付いた。ゆえに千年前から永劫の金剛石に高値を付けて、暗黒領域から持ち去ることを奨励してきた。……いや、人間は強欲なものです。そんな意図をせずとも、宝石の美しさだけを求めて今のようになっていたかもしれませんね」


「実際、綺麗なもんだぜ。お前たちにも見せてやりたかったし……」


「行方不明になった弟や妹に与えたかった」


 トパズの言葉に、アーガイラムが押し黙った。


「水晶病に罹ったのはあなただけではありません。オパルもですね」


「ああ」


「あなたの本体、大いなる銀嶺が水晶病に罹り、それに触れた者にも感染してしまった。だからこれ以上蔓延しないよう……殺した」


「その通りだ」


 アーガイラムの言葉に、巨人たちは動揺を隠せなかった。

 だが、一人だけは例外であった。


「床に伏した弟や妹に止めを刺すのは構いません。私とて理解できる。ですが……」


 トパズが静かに、だが深く怒りをぶつける。


「家族とした者まで喰らう必要はなかったはずです。そこまでして生き長らえたいのですかアーガイラム!」


 巨人は、他の複雑怪奇な生命体とは異なる。

 山、鉱石といった自然の化身だ。


 強力な魔力と長い寿命を持つが、一方で短命の種族のようにつがいを作って産み育てることはできず、種族を増やす手段は限られる。また自他の境も少しばかり曖昧だ。呪いや精神支配、生命力や魔力を奪う魔法などに弱い面がある。


 この場において意味するものは、より大きな巨人族は小さい巨人族の力を奪うことができる……ということだ。


「ああ、生きていたいさ。何百年、何千年だってな」


 豪放磊落と謳われたアーガイラムの顔が、にたりと歪んだ。

 そこには命がけで訴えた在りし日の彼の姿はない。


「俺たちは神様じゃない。魔物だ。戦い、奪い合うことは魔物の本懐。俺が若い頃は巨人同士で決闘して喰らいあうことも珍しくはなかったぜ」


「それは敵対する巨人同士で決闘をしたときの話です。一族同士で喰らうのはどんな理由があろうと死刑。この掟を定めたのはあなたでしょう」


「トパズ、お前は真面目すぎだ。コランダムを見習え。あいつ本気で俺を殺す気だったぞ」


「ええ、愚かな弟でした」


「だから喰ったのか?」


「こうでもしなければあなたには勝てませんので。コランダム。アルマン。インディゴ。ジェード。武闘派の幹部は皆、私が食べました。病に臥せった私の配下も、私にその身を差し出してくれました。あなたを倒した上で、掟破りの罪を償いましょう」


「杓子定規なやつだなぁお前は」


「親子ながら……合いませんでしたね」


 トパズが自嘲気味に笑う。


「……最後に一つ尋ねる。ここは俺の体。俺が食った連中を隠すことは造作もねえ。なのにどうやって気付いた?」


「……答える必要はありません」


「魔術的なサーチじゃあるまい。占星術か……大自然の化身の力……。いや、異能者の力を借りたな? 遠見や千里眼を持ってるならできる。そのあたりだろう」


「……流石は、腐っても王ですね」


「異能者どもとつるむはやめておけ。あいつらは魔物を倒すための人間の突然変異みたいなもんで、俺たちとは相容れねえよ」


「そうかもしれませんね。ですが、それはすべてあなたを殺した後の話。あなたが心配する必要はなにもありません」


 トパズが冷淡に言い放つ。

 その純粋な殺意の目に、アーガイラムは喜んだ。


「……巨人は生まれながらにして強い。だから強くなりてえって願望が薄い。最強とかなんだとか言われてるが、それは他の魔物が戦いにくくなって成長しなくなったからだ。世の中がひっくり返ったら最強の座なんてすぐ奪われちまう」


「そんなことは許されません。いえ、私が許さない」


「それでいい。全力で掛かってこい」


 トパズの体が赤く輝く。

 アーガイラムもまた人間体に本体の力を宿す。

 他の巨人たちも本体の力をその身に宿し、色とりどりの綺羅びやかな石の輝きを放つ。


 こうして、巨人たちの黄昏が始まった。







 そこは地獄絵図であった。


 鉱石をその身に宿した巨人たちが全力を振り絞り、殴り合い、斬り付け合い、そして喰らい合っている。

 美麗な大理石の円卓であったと思しきものは無惨に砕かれ、土埃とともに破片が宙に待っている。

 多くの巨人たちは刀折れ矢尽き、倒れ伏している。


 あまりにも濃密な決闘の空気に当てられて背中に武者震いが走るが、その当事者が古き友、アーガイラムであることを思えば喜ぶことはできなかった。トリアナイトちゃんも言葉を発することさえできず、ごくりと唾を飲み込んだ。


「……遅かったか」


 岩石の鎧をまとった大男が、黄色に輝く鉱石の体の美女の前に膝を屈している。

 鎧はところどころほころび、欠けている。

 その欠けた面頬から見えるのはアーガイラムの顔であった。


「よう。珍しい組み合わせだな」


「……随分と色男になったではないか」


「娘がな、おめかししてくれたのさ」


 アーガイラムが何事もなかったかのように手を挙げ、ようこそと我らを歓迎する。


 一方で黄金色の女は、つまらなそうに一瞥したただけでアーガイラムに向き直った。

 黄金色に輝く剣を振り上げ、止めの一撃を刺そうと構えた。


「邪魔です。どきなさいトリアナイト」


「やだ」


「親父殿は大罪人です。子供を喰らって生き長らえようとした。それでも退きませんか」


「やだ。トパズ姉さんこそ退いてよ」


 トパズと呼ばれた女に、凄まじい苛立ちが募っていくのが見てわかる。


「トリアナイト、弟と言えど一歩でも動けば斬り捨て……いや、親父殿ごと喰らってやるぞ!」


 トパズが凄まじい殺気を飛ばす。

 だがトリアナイトちゃんは睨み返しながら、微動だにせず立ちはだかっている。


 やがてトパズはため息をつきながら呪文を唱え始めた。


「……世界とは大地なり。万物の祖は星なり。大地は天より降り注ぐ流星を食らい、大いなる星となった。大いなる大地よ、流星よ、我ら石の化身たる巨人に新たな力を与えたまえ……【星喰い】」


「まずい……これは、巨人の共食いか……!」


 恐れていたことが現実になった。

 アーガイラムが子供らを食ったというのは事実であろう。

 そして恐らくトパズもまた同族を食っている。

 行方不明になった巨人族は、この二人のどちらかに食われた。


「そうか……」


 次なる王を決しようとしたのだろう。

 悲壮で無残な有様に、そして傷ついた友の姿に、涙が出そうになる。


「そうはさせないよ!」


 そのとき、トリアナイトちゃんが懐から宝石を取り出した。

 永劫の金剛石だ。


「なっ……」


 これまで冷静であったトパズの表情が驚愕に包まれる。

 だが、それ以上に驚いたのはアーガイラムであった。


「ばっ、馬鹿野郎! そんなもん俺に使うな……!」


「いかん! 【星喰い】を仕掛けているときに使っては……! 魔力が過剰供給されてどうなるかわからぬぞ!」


「だってこのままじゃ親父殿が……!」


「……いや、もう遅い……すまねえ」


 永劫の金剛石が光輝き、そして、砕け散った。

 溢れる魔力がアーガイラムの身に宿る。

 半端に砕かれた岩石の鎧が砂と消える。


 弱ったのではない。修復された肉体が強すぎて鎧が意味をなさなくなった。


「二体の巨人を取り込んだ……だけではないぞ。なんじゃこれは……?」


 どこからともなく風が吹き込む。

 大自然の化身の力を、どこからともなく感じる。

 大いなる力が宝石を通じてアーガイラムに流れ込み、そしてアーガイラムを通して本体……すなわち山全体に流れ込む。大地が活性化し、その恩恵を受ける者にまで流れ込み、山そのものが鳴動し始めた。


 その鳴動、力の波動は、ある一点に向かって収束している。


 ここにいる人間体のアーガイラムだ。


 いくら永劫の金剛石と言えどここまでの力はない。星喰いの魔法が暴走する程度の話であればもっと小規模なはずだ。想像を超える何かが起きている。


「なにっ……力が……逆流して……抗いきれぬ……」


「トパズ! 踏みとどまれ、こっちに来るな……! トリアナイトもだ!」


「何を今更……! 喰らいたければ喰らえばよいでしょう……くそっ……!」


 トパズが圧力に屈し、アーガイラムの肉体へと吸い込まれていく。

 アーガイラムの体とトパズが衝突した瞬間、莫大な魔力が生まれてさらなる引力となってトリアナイトを引き込もうとする。倒れていた巨人も同様にどんどん吸い込まれ、ますます引力が強まっていく。


「こっちじゃ……! 捕まれ……!」


 反射的に手を伸ばした。

 トリアナイトちゃんも同様に我の手を掴もうとするが、凄まじい力の渦へと飲み込まれ、トパズたちと同様にアーガイラムと一つとなった。


「トリアナイトちゃん! おい! 返事をせぬか!」


『これは……このままでは本体が動き出しちまうぞ! 一旦逃げろ!』


 ミカヅキが我の首根っこを咥えて走り出す。


「待て、ここを離れるわけには……! トリアナイトちゃん! おい、聞こえるのか!」


『それどころじゃねえ! 瓦礫に巻き込まれて死ぬぞ!』


「くそっ……!」


 そして、すべてを塗りつぶす轟音が鳴り響いた。




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