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凱旋と陰謀 4




 トリアナイトちゃんが案内したのは、山のふもとの森にある、小さな祠であった。

 祠の石には、太陽の意匠が彫り込まれている。


 ……つまり、我を祀る祠ではないか。ユールの絆学園で祈られてるときくらい気まずい。


「我に祈りを捧げる場所が緊急ルートというのは何かこそばゆいの……」


「今更じゃん。それよりここのこと、秘密にしておいてね」


 トリアナイトちゃんがそう言いながら祠の石を動かした。


 何か決まった手順があるようで、右に動かしたり左に回したりしていると、祠のすぐ近くの何の変哲もない原っぱの地面がごごごごと動き、人が二、三人通れそうな穴が開いた。


「なるほど、視覚的にも物理的にも同時に誤魔化して封じておったのじゃな」


「この洞窟を通れば親父殿のところまで直行できるよ」


 トリアナイトちゃんの案内に従って洞窟の中を駆けていく。


 無貌の女神神殿とは違って人工物の気配はまったくなく、まさに天然の洞窟といった雰囲気だ。燭台を置く場所もなく、どこか湿り気のある不規則な石の上を歩いていく。


「……ここがアーガイラムの中か」


「うん。でも親父殿も本体を動かさない……っていうより動けないから、本当にただの山の中の洞窟だけどね」


「動けない?」


「親父殿は大きくなりすぎたから……」


 トリアナイトちゃんが言うには、アーガイラムの本体となる山には様々な動植物や精霊が生息している。中には一方的にアーガイラムの恵みを奪う者もいれば一方的に与える者もいるが、ほとんどは何かしらの恵みをもらうかわりに何かを与えてくれる者だ。


 大いなる自然の循環の一つとなってしまっており、本体は動くことはその循環から外れて一つの生物に戻ることを意味する。そうなればアーガイラムは自身の行動によって崩壊する。


「それもそうじゃの……難儀なことだ」


「親父殿だけの問題じゃないんだ。巨人が成長し続けると岩石や山の比率が増えて暗黒領域が狭くなっちゃうから、『本体の成長は封印して、できるだけ人間体で生活しよう』って法を親父殿が敷いたんだ」


「なんだかんだ言って人間の身体は便利じゃからのう」


「まあ人間体を鍛えて魔力とか腕力を小さい体に集中した方が強いタイプの巨人もけっこういるし、そもそも当たり判定小さいしね。そのおかげで巨人国は暗黒領域に最強になったところもあるよ」


 魔物というのは個々の肉体が強く、そして差異が大きい。

 いい事ずくめのようで、戦争のような集団戦法には不向きだ。タイマンならともかく数千、数万という単位で動かすとなると話は別になる。


「規則正しく命令通りに動く人間はめちゃめちゃ強い。人間に倣って組織化した巨人国もまた強い……というわけじゃな」


「うん……そういうことなんだけど……」


 トリアナイトちゃんは、ふと我に質問を投げかけた。


「やっぱり……窮屈なんじゃないかなぁ。ソルちゃんはどう?」


「我は一度死んだ上で生まれ変わったから、さほど違和感はないぞ。おぬしこそどうなのじゃ?」


「わたしは全然小さいし可愛いもん。人間体を動かしてる方が快適だし、本体の力をこっちの体に宿す方がぶっちゃけ強いんだよね」


「おぬしも自由じゃのう」


「でも他のみんなはそんなことないみたいで、自由に本体で生活したいって人が多いんだ」


「それはそうじゃろう」


「自分の体を思うように動かせないことも、きっと辛いんじゃないかなぁ……コランダム兄さんあたりは自由に本体を使えてた世代の生まれだし、今の親父殿の流儀に不満を持つのもわかるんだ」


「おぬしは優しいやつじゃの。家族がギスっておるのに労っておる」


「そういうところはもっとホメて。あと可愛いって言って」


 こういうところがなければもっと素直に褒めてやるのだが、なんかムカつくのでスルーして我は話を続けた。


「……確かに、自分の肉体を駆動させる喜びというものはあろう。我とてそうであった」


 好きに寝て起き、月や風、海や星と戯れ、ただただその瞬間を生きることは楽しかった。

 だがそれは、あるがままに、我が心のままに生きていたと言えるであろうか。


「我は思うのだ。与えられた肉体を漫然と使うことには限界がある」


「どういうこと?」


「体であれ、強さであれ、自分の意志でどう使うかを決定せねば面白いものではない。己の決めた制約や誓いがあってこそ自由になれるのではなかろうか」


「うーん……そういうもんなの?」


「わからぬか?」


「わたし、そんなふうに力を持て余すほど強くもないし」


「……いずれわかるときが来るであろう。力とは楽しきものだが、力に突き動かされて動くのは」


「よくないこと?」


「いや、つまらんことだ」


 我の言葉に、トリアナイトちゃんが疑問符を浮かべて首をひねる。


「強さを突き詰めれば、何が良くて何が悪いか、物事がどうあるべきかを決める側となるのだ。おぬしの親父殿が国を作ったように」


「……物事がどうあるべきかを、決める側」


「だからおぬしが本当に面白いものは何か、何を夢見て何をしたかったか、強さだけではない何かを捨てるではないぞ」


「……うん」


「まあ人間の通う学園に潜り込んでるくらい図太いのじゃからいらぬ心配ではあるが」


「それはソルちゃんに言われたくないなぁ……あれ?」


「ん? どうした?」


 洞窟の中の坂道を進んでいると、ふとトリアナイトちゃんが足を止めて周囲をキョロキョロと見回し始めた。


「おかしい」


「おかしい? 特に何もないように見えるが」


「特になにもないからおかしいんだよ。ここは親父殿の眷属が守っているはずなんだ……」


 周囲を見回すが、特に何も無い……というか薄暗くてわからぬ。


「灯りを付けるか。【星光(スターライト)】」


 シャーロットちゃんの使ってた魔法を真似て、周囲を魔法の光で照らした。


 やはり何も無い……いや、ある。

 砕かれた岩石だ。

 風景に溶け込んでいてまったくわからなかった。


「ウゴ……ウゴゴゴ……」


「うわあああ岩が喋ったああああ!?」


「あっ、ポチ! 源之助!」


「ウゴゴゴ!」


 なんか人間の頭くらいのサイズの岩が寄り集まってうごうご言っておる。

 何事かと思ったが、これは恐らく破壊された岩の魔物だ。

 ジュエルゴーレムと同じく、人為的に岩石に核となる動作命令や模造の魂を吹き込んだのだろう。


「これは……巨人の眷属か。てかなんじゃそのネーミングセンス」


「ここを守ってた岩石の妖精。ここの護衛担当が勝手に名前をつけるからバラバラで……って、それどころじゃないよ!」


 トリアナイトちゃんが慌てて転がった岩を拾い集めて、岩石の妖精の頭のところにくっつけた。

 少しずつ岩石が積み上がって、人間の体のような形になっていく。


「ウゴ、ウゴゴゴゴゴ……」


「コランダム兄さんが制止を振り切って無理やり入っていった……?」


 岩石の妖精の言葉をトリアナイトちゃんが翻訳する。

 その拙い言葉がどうしてこんな複雑な意味に化けるのか気になるが、今はそれどころではない。


「よもや、アーガイラムを殺して簒奪する気ではあるまいな……?」


「そんなまさか……」


 トリアナイトちゃんが慄くが、だがそれを信じざるをえないのはわかっているようだった。


『何が起きたかはわからねえが、急いだ方がよさそうだな』


「う、うん! ごめんねみんな、後で直してあげるから……!」


 岩石の妖精は、気にするなと手を降る。

 我らはミカヅキの背中に乗って駆けあがろうとするが、更なる問題が立ちはだかった。

 誰かの人影がある。


「よもや刺客か……?」


「あれは……」


 筋骨隆々の偉丈夫が岩を背もたれのようにして座っている。

 こんなところで休憩するとも思えぬが、もしかしたらアーガイラムが殺される前に何とかなったのやもしれぬ。


 ……と、思ったが、ここで我らはようやく勘違いに気付いた。


「兄さん? コランダム兄さん!? ちょ、ちょっと……どうしたの……!?」


 コランダムと呼ばれた男は驚愕の表情のまま固まっており、そして心臓に穴が開いていた。

 もう流血しきっているのか体は白く、そして冷たい。周囲の血痕は少ないが完全に乾ききっている。恐らくそれなりの時間は経っているであろう。


「これは……完全に事切れておるな……」


「そ、そんな……」


 トリアナイトちゃんがわなわなと震える。


「いや、しかし、人間体は本体とは別であろう? 復活の芽はないのか?」


「心臓に穴が空いてたら無理だよ。他の部位なら何とかなったかもしれないけれど……。巨人族の人間体の心臓には本体と魔術的につながっている結晶があるんだ。これを壊されたら本体側の魂に直接ダメージが行って……蘇ることはできなくなるんだ」


 つまり、こやつは完全に死んでいる。

 薄暗い洞窟の中で、たった一人で。


 トリアナイトちゃんの小さな嗚咽だけが響く。


「仲が良かったのか」


「ううん。コランダム兄さん、いじめっ子だし、威勢のいいこと言って暴れるし、綺麗なものとか可愛いものとか馬鹿にするし、嫌いだった。こんなところにいるってことは良からぬことを企んでいたんだろうし、自業自得だよ。もしかしたらわたしたちの方がコランダム兄さんを倒してたかもしれないし」


「それでも悲しいのだな」


 我はそう言いながら、トリアナイトちゃんの背中を撫でた。


「ごめん、わからない」


「よいのだ。涙の答えなどわからぬものよ」


「魔物は愚にもつかぬ者も、木で鼻を括ったような輩もいる。明日のことなど考えもせず殴り合い噛み付き合う者もいるし、我を罵倒する者もおった。それでもなお、同胞の死は悲しかった。なぜかはわからぬし、わからんでも良かった」


 しばらくして、トリアナイトちゃんは裾で涙をぬぐって立ち上がった。


「ありがとソルちゃん。それよりも先を急ご……」


「無理じゃ。完全に崩れておる」


「えっ?」


 【星光(スターライト)】を使って奥の方を照らす。

 そこは岩石が崩れて塞がっていて、完全な行き止まりとなっていた。


『奥の方からわずかに空気が流れ込んでるが、逆に言えば不安定ってこった。魔法で穴をあけると一気に崩れる可能性があるぞ』


「そんなバカな……」


 トリアナイトちゃんが信じられないと言った顔で驚愕する。


「……いや、おかしくはないか? ここはアーガイラムの体の中じゃ。アーガイラムが自在に動かすほどの自由度はないであろうが、このような異常事態に気付かぬとも考えにくい。特に、アーガイラムのいる中枢に繋がっている避難経路は重要であろう。誰かがケンカする程度では気付かずとも、穴が詰まった感覚はわかる……と思うのだが……」


 居心地の悪い、妙な空気が漂う。

 死と陰謀の匂いだ。


 一体ここで何が起きて、誰が何を画策したのか。


「……ひとまず引き返そう。コランダム兄さんも弔ってあげたいし」


「そうじゃな」


『仕方ねえな……俺の背に乗せろ。お前らは歩け』


 二人で遺体を持ち上げ、ミカヅキの背に乗せる。

 こうして我らは、喉に何かが突き刺さったような違和感を抱えたまま洞窟を後にした。




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