ダンジョン探索部、爆誕す 10
8階層は静かな場所であった。
上層の神殿とも、中層の洞窟とも異なる、まさに魔物が支配する迷宮といった雰囲気の場所であった。壁の装飾や燭台はどこかおどろおどろしく、上の方の神殿のようなシンプルさや清廉な雰囲気はない。時代的にはかなり古いであろう。我が前世のときの文化の匂いを感じる。ついでに言うと、神殿っぽい綺麗さがあんまりない。金持ちの貴族とか人間かぶれの魔物が作った感じがする。
「恐らくここは、神代の頃の魔物たちの拠点だったんだろう。それを解体して神殿にしようと作り変えていたが、途中で終わってしまった。そんなところだろうな」
ブレイズくんが地面や壁を見ながら言った。
「つまり他と違って太古の昔の宝物があるかもしれないが、罠や魔物もいるかもしれない……と、言ってる傍から来たな」
ブレイズくんの視線の先には、甲冑を来た何者かが……いや、違う、甲冑そのものが歩いてきた。
「あれは……ゴーレムかのう?」
ゴーレムとは魔導生物とも呼ばれており、悪霊とも生物とも言えぬ摩訶不思議な魔物である。
古びた鎧や人形に動作命令を刻みつけたものであり、古代の人間は『ろぼっと』とか呼んで、メイドにしたり護衛にしたり自由に使っておったようだ。
作り出されたものにしては案外強い。シンプルに腕力があってタフであるし、さらには呼吸もせぬし体温もないため気配がつかみにくい。相手をするのが面倒である。
「ぐごごごご……」
うめき声を上げながらこちらに躙り寄ってくる。
さきほどのアーマードビートルとは違って、動きは妙にぎこちない。まるでへたっぴな人形劇のようだ。だがそれでも油断ならぬ相手ではある。
「ごごご!」
「妙な動きをするから読みにくいのう……! ていっ!」
ぎこちない動きではあるが純粋なパワーがあり、そして防御力も高い。
「わぉん!」
「でかした! そこじゃ!」
ミカヅキが足首に噛みつき、我が槍の一撃を入れる。
そこにブレイズくんとトリアナイトちゃんが火球や石礫を放つ魔法を浴びせかける。
鎧のゴーレムは流石に抵抗しきれず、ボロボロになって膝を突いて倒れた。
「よくできました。連携も上手くなってきましたね!」
「うむ!」
シャーロットちゃんが満面の笑みで褒め称えてくれる。
実際、ブレイズくんやトリアナイトちゃんと協力して進むのが楽しくなってきたように感じる。
だが……今までに感じていなかった懸念もある。
「シャーロットちゃんは大丈夫かの? さっきの戦いで怪我などせんかったか?」
「大丈夫ですよ。回復魔法も使えますし……意外と強いんです」
「そこはまったく疑問の余地はないのじゃ」
我は先ほどの戦闘を思い出していた。
シャーロットちゃんの一撃はどうにも鮮やかすぎる。
確かに鍛えていることには違いないが、シャーロットちゃんの体から繰り出せる威力であろうか。
「ふーむ……」
「どうしたのソルちゃん? 考え事?」
「いや……なんでもない。それよりも永劫の金剛石を見つけねばな」
悩みを振り切って目的を思い出す。
考えることは色々あるが、今もっとも大事なのは宝物を見つけることだ。
「……ねえ、シャーロットちゃん、ブレイズくん。ちょっと隊列を変えない? 固まってると逆に身動き取れないし」
「確かに、ここはちょっと狭いからな……」
トリアナイトちゃんの言葉は一理ある。
ここは上の階層よりも狭く、人間二人くらいならなんとか横に並ぶことができても三人だと肩がぶつかる。というか槍や剣を振るうならば一人が限度じゃ。縦横無尽に動けるのはミカヅキくらいのものである。
「ソルちゃんが先頭、わたしがソルちゃんの援護。真ん中にミカヅキちゃんがいて異変があったらすぐ動いてもらう」
「その後ろにブレイズ、最後尾が私……という一直線なら安全ですね」
「わふ」
隊列を組み替えて再出発となった。
確かに合理的ではあるが、それは本音ではあるまい。
「で……どうしたのじゃ、トリアナイトちゃん」
トリアナイトちゃんが我の肩を触ったところで、あえて予備動作もせずに念話の魔法を放った。体の一部が接していれば声を出さずに会話ができる、というわけだ。
「ないしょ話」
「それはわかるが」
「ミカヅキちゃんと念で会話してるでしょ? あれ、念話してるなって雰囲気出ちゃうからバレるんだよ。だからミカヅキちゃんを挟んでよく見えないようにしたの」
「それはよいが触り方がセクハラっぽいのじゃ」
「えー、そんなことないよぉ」
トリアナイトちゃんからくすくす笑う気配が感じられる。
まったくこやつはもう。
「で、本題はなんじゃ?」
「……なんで学園長はここの探索を許してくれたのかなぁって」
トリアナイトちゃんが、珍しく真面目な口調で疑問を発した。
「それはここが、攻略されきっていないからであろ?」
「違うよぉ。もし本当にそうだったら大人たちを付けるよ。ディルック先生とかユフィ―先生とか」
それは確かにその通りだ。
あの二人は強い上に、なんというか若輩を率いるセンスがある。
「……シャーロットちゃんの強さを見越していたのかもしれんな。相当な使い手の匂いがする」
「ブレイズくんも妙に強いしね。多分まだ本気じゃないよ」
「しかしそこは我らも同じであろう。おぬしも人間体を作って動いてるわけで、本体に比べたら半分の強さにもなるまい」
「わたしは出し惜しみしてるんじゃなくて本気を出せないの。ソルちゃんも似たようなものでしょ」
トリアナイトちゃんの言いたいことは明白だ。
ブレイズくん、そしてシャーロットちゃんは、何か秘密がある。
「……でも、シャーロットちゃんのことを疑いたくはないのじゃ」
「別にシャーロットちゃんが悪い人だって言ってるわけじゃないよ。でも、学園長にこっそり何か頼まれてるっていうのはあるんじゃないかな。そのくらいなら罪のない範囲のことじゃん」
「まあ、それはそうじゃが」
何か秘密の目的がある。
それはいかにもありそうに思えた。
「……そも、永劫の金剛石があるとして、それはなぜじゃろうな?」
「大地属性の宝石としてはかなり高ランクだからねぇ。単に高級だから保管してるとかってこともありえるだろうし、あるいは……封印?」
「さっきの話か」
「例えば風とか空気の魔物を封印するなら、大地属性の宝石はうってつけだよ」
「…………むぅ」
ちょっと嫌な予感がする。
風の化身は古い知り合いにおるが、少々性格に難があるやつであった。
傍迷惑に思った者があやつを封印していてもおかしくはない。
「あ、なんか心あたりありそう」
「い、いや、そんなことも……あると言えばあるが……」
「なんか厄介な感じの子なの?」
ちょっとうろ覚えなので自信がないが、「厄介な子」と言われたことが鍵となって徐々に思い出していく。
そう、あやつは……厄介な娘であった。
「エアリアル、という名を聞いたことはあるか?」
太陽の化身、邪竜ソルフレア。
月の化身、悪狼ミカヅキ。
そしてもう一柱。
「ごめん、よく知らない」
「風の化身にして恋に生きる乙女、エアリアル。我と並び立つ強大な大自然の化身である」
「なんかめちゃめちゃ可愛い名前だけど」
「何千歳、何万歳になっても誰かに恋する心を忘れることのない永遠の乙女。甘えん坊のくせに甘やかし癖があって困ったものじゃった」
「それがどうして封印されるの?」
「ここに封印されておると決まったわけではない。今もどこかで魔物や人間に扮して家庭を築いている可能性の方が高かろう」
「いいからそのエアリアルのこと教えてよぅ」
「……風の化身であり、大気属性の精霊を統べる女王でもある。空気のある場所ならどこにでも現れるやつでな。まさに風のように神出鬼没で……風のように気分屋であった。惚れるときは一瞬で惚れるし、愛の告白をされるとコロっとなびく。いい加減落ち着けと叱ったものであった」
「うーん……迷惑そうだけど、封印されるほどなの?」
トリアナイトちゃんが首をひねった。
だが、それは封印に値するものであると自信を持って言える。
「……前世の我は強力すぎたゆえに、できる限り魔物に肩入れしすぎることは控えた。もしやりすぎれば我に頼りきりになって魔物が弱くなってしまうからじゃ。強さを維持するために色んな仕組みをアーガイラムと共に語り合ったものじゃ……ダンスバトルとか」
「そこはすごく気になるんだけど」
「翻って、前世の我ほどの力を持つ存在が、誰か一人に惚れこんで味方したらどうなると思う?」
我の言葉に、トリアナイトちゃんがごくりと唾を飲み込んだ。
「もしかして、なんかヤバいこと起きたの?」
「何度かのう。ただそれも何百年かに一度のことであった。イチャイチャしてラブラブちゅっちゅしておればあやつは満足しておったし。そして夫となった者も肉欲に溺れて野心を忘れた。時折、風の化身を抱いてなお野心を忘れぬものがいて、人も魔物も大いに振り回された」
「なんかそれは……倒すとか倒さないとかじゃなくて封印したくなるやつだね……」
「とはいえあやつも大自然の化身で、とらえどころのなさや逃げ足の速さは我とて勝てぬ。こんなところに封印されることはなかろうよ」
「なんかそんなこと言われると出そうで怖いんだけど」
「大丈夫大丈夫。こんなジメジメしたところはあやつの趣味ではない。ほれ、また気味の悪いゴーレムが出てきた。やるぞ」
「わぉーん!」
ミカヅキが警戒を促すように吠える。
またしても妙な動きをするゴーレムとの戦闘が始まった。




