王子の護衛魔獣(前)
web版本編後の、結婚二年目の日常。コミカライズ2巻で描いてもらった翼狼の幼体の仲間が登場しています。
(書籍2巻に登場する幼体たちですが、あっという間に成長してしまったので、こちらで小さい頃の話を独立させて書きました)
辺境地区には魔獣が多数生息する。
元々は異界の生物で、動物たちとは明らかに異なる性質を持つ。
例えば、銀色の目。
どんな種であろうと、魔獣は例外なく銀色の目をしている。これは異界が銀色の空気に満ちているからと言われている。
人間にとっては、魔獣は恐ろしい存在だ。
だが辺境地区に住む人間たちは、魔獣を恐れつつ、利用することを覚えた。
飛行系の魔獣は騎獣とすれば最高の移動手段となる。
強い魔獣を友とすることができれば、辺境地区で暮らすのにこれほど心強い味方はいない。
そういう意味で、王妃から命を狙われ続けるトゥライビス王子にどんな護衛魔獣をつけるかは重要な課題となっていた。
だが……。
ついに護衛魔獣が来たと聞いていたブライトル家の騎士たちは、困惑したように「それら」を見ていた。
彼らは無言を守っているが、思いは共通している。
部下たちの困惑を代表して、グレムが咳払いをしてから進み出た。
「……失礼ながら、その魔獣たちが殿下の護衛魔獣なのでしょうか」
「そうだよ、と言いたいが、厳密には違うかもしれないね。今はまだとても幼いから」
トゥライビス王子は微笑むと、しゃがんで「それら」に手を伸ばした。
「おいで」
そう呼びかけると、木陰から騎士たちをじっと見ていた幼い魔獣たちは、ぴょんと飛び上がるように王子の元へと走ってきた。
まだ柔らかい毛に覆われた魔獣は二頭。
どちらもまだ小さく、大人の両手のひらに乗ってしまいそうだ。真っ黒な全身に金色の毛がキラキラと混じっていて、背中には形ばかりの小さな翼がある。
この小さな魔獣たちは、翼狼の幼体だ。
翼狼の中でも「黒金種」と呼ばれる珍しい種で、成体は最も忠実な護衛魔獣として知られている。
ただし、トゥライビス王子に撫でられて嬉しそうに尾を振っている姿は、護衛魔獣と呼ぶには幼すぎる。無邪気な様子はほとんど子犬にしか見えない。
もっと言えば……何の役にも立ちそうもない。
ブライトル家が細心の注意を払いながら探していたのは、もっと即戦力になる成体の魔獣だ。この幼体たちは押し付けられただけ。正確には「護衛魔獣」と呼ぶべきではないだろう。
もちろん、成長すれば圧倒的に強くなる大型の魔獣になるのだが、今は無力な愛玩動物のようだ。あまりにもかわいらしい人懐っこさに、何かあれば騎士たちはうっかり守ろうとしてしまうかもしれない。
早くも目尻を下げ始めた部下たちは見ていないふりをして、グレムはもう一度咳払いをした。
「……我々は、どのように接するべきでしょうか」
「たっぷりかわいがっていいそうだよ。そうだよね、クレイド君?」
トゥライビスはそばにいる青年を見上げる。
魔獣に詳しいブライトル分家に生まれたクレイドは、トゥライビスと同じようにしゃがむと、すぐにじゃれかかってきた幼体たちをぐしゃぐしゃと撫でまわした。
「うちで翼狼を育てた経験はないんですが、大きくなる魔獣は、小さいうちに可愛がっておくと人間が大好きになるんですよ。翼狼は群れを作る魔獣なんで、殿下以外の人間も遊び相手とか仲間として認識すると思います。護衛用なら人間の中での生活に慣れさせておくのはいいことですし……まあ、こいつらはこの通りかわいいんで、難しく考えずに構ってやってください!」
クレイドがそう語っている間も、翼狼の幼体たちはころころの転がりまわりながら、交互に撫でられている。
小さな尻尾と翼はパタパタと忙しく動いていて、厳しい顔を保っていたベテラン騎士まで、思わず表情を緩めてしまう。
そんな中、ただ一人表情を変えていないグレムは、ちらっと部下たちをみてから頷いた。
「だいたい了解した。しかし、護衛魔獣というものは特別な訓練をしていると思っていたが、そうでもないのだな」
「訓練が必要な魔獣はいますけどね。こいつらは忠誠心の強い翼狼だし、殿下に懐くだけで十分じゃないかな。とは言え、人間社会の秩序は覚えてもらわなければいけないので、できるだけ普段の様子も見せてあげるといいんじゃないかな」
「そうか。……聞いた通りだ。空き時間は積極的に触れ合うことを許可する」
グレムは部下たちに向き直って、上官として告げる。騎士たちは慌てて表情と姿勢を正して敬礼をした。




