19、カムトック山へ−6
勿論、仲間として仲良くなっても構わない。
ただ、派閥の問題もあるし、何より攻略対象にヒロインまでいる。出来ればあまり関わり合いにはなりたくないのだ。
本来 アルベルは寂しがりで親しい人間に対する依存度が高い。カスタングなどは4歳位までしか一緒にいなかったのに未だに会えばべったりだ。
この間も街に出掛けてケーキを食べさせ合いっこして、恋人のようだったと、ウルバスに言われた。店の外だとカスタングの父性が爆発して、膝の上に乗せて食べさせようとする。それにアルベルも喜んで応える…。それを見た同僚の近衛騎士はカスタングが浮気をしていると思ったほど。奥さんにはそんな事はしないらしい、普通の夫婦関係。
ウルバスはため息をつきながら
「おい、お前がアルベルを甘やかしたい気持ちは分かる、だがそんな姿を見せられると俺たちまでそうしなくちゃいけない気になるからやめろー!」
「カスタングって自分の子供ができた時もあんなんなるんかな?」
「あーーー、アルベル限定じゃないのか?」
「自分でも抑えられない、小さい時に離れたからこそ、会えると甘やかしたくなる」
末期だった。
だからアルベルは人と親密な関係を築くことに不安はない。
だけど、ここは乙女ゲームの中だと思うと警戒心は拭えないのだ。
アルベルが同年代にそんな素っ気ない態度にウルバスたちも違和感はあったが、何も言わないでくれていた。
皆んな必死に足を動かした。目的にために、止まってしまったら動けない気がして、只管足を動かした。自分に出来ることは自分の足で歩く事だけだから。黙々と地面と前だけを見て歩いた。『疲れた! もう嫌!!』心の中では何度も何度も吐き捨てた。だけどやるしか無いと分かっていた。だからぐっと飲み込んで足を動かした。
「ああ、美しい」
誰かが呟いた。その声に顔を上げると朝日が登り始め眩しい光があっという間に闇を飲み込んでいく。目が眩む。ああ、浄化されていくようだ。
「うっく、うっく ふぅぅぅ」
ローアンの泣き声に釣られて皆から啜り泣く声がする。
それをポカンとアルベルは見ている。
『みんな感動屋さんだなぁ〜』
アルベルは何度となく日の出を見ていたので、『朝日は綺麗だな』と思っているくらいだった。でも他のみんなはこの朝日を見られるのも今生きているから、そう思うと有難くて嬉しくて、叫び出したい衝動に駆られ必死に我慢すると涙となって出てきてしまっていた。抑えようとすればするほど込み上がってくる。落ち着いた頃にはすっかり明るくなっていた。
最後のチェックポイントにやって来た。
達成感から涙が再び溢れた。
ローアンは咽び泣いた。
みんなが涙腺の崩壊。
明るくなってから見るとアルベルは獣の血で服はどす黒く滲んでいた。
あの時の事は夢ではないとまざまざと知らしめる。何も言わないが、誰よりも働いていたのはアルベルだと知っている。アルベルがいなかったらとっくにリタイアしていたとも理解している。申し訳なさと感謝でいっぱいだった。
それから皆で水で乾杯した。
「ここまでよく頑張ったよね!お疲れ様、あともう一息だ、頑張ろう!!」
「「「「「はい!」」」」」
「クレアさん、まだチョコレートをお持ちですか?」
「はい! 持ってます!持ってますわ!!」
「最後のおやつにそれを頂いてもいいですか?」
「勿論ですわ!」
「ソフィアさんの怪我はどうですか?」
「アルベルちゃんの薬が効いて今は痛く無いわ!」
「あと、もう少しですね、頑張ってください」
「「はい!」」
「ウィリアムさん、魔力切れの中ここまで弱音も吐かず凄いですね。これ、食べると少しは足しになるようです、どうぞ」
「あ、有難う」
クレアも少し役に立ったようで嬉しかった。
最後の力を振り絞って宿泊施設を目指した。
10時頃に無事到着した。着替えをして1時間後に集合とした。
アルベルは部屋に入って風呂に入って着替えを済ませると、すぐにウルバス達のところへ向かった。アルベルが側に来たことで、ウルバスとキースは交代で着替えに行った。
獣の血は病原菌が付いている場合があるので全部廃棄処分とした。2人とも風呂に入り着替えてアルベルの側にいる。流石に疲れた。3人はまだ集合時間まで時間があるので、アルベルを真ん中に3人で椅子に座り、壁に寄りかかって仮眠をとった。本来は1人が見張りに立つが、今は宿泊施設のロビーで危険が少ないと判断した。護衛は剣を抱いて寝ている、アルベルは腕を組んで寝ている、令嬢はあまり人に寝顔を見せないものだが、気にしないらしい。
5人は部屋で脱力していた。
こんなに大変だと思っていなかった。
風呂に入って着替えようと思っても億劫で袖を通す事もままならない。
「はぁー、本当に無事に帰ってこられたんだな…」
ベッドに倒れ込むと、獣の唸り声や血の匂いが蘇って、恐ろしくて身震いしていた。
今は一人で部屋にいる事が不安でもあった。準備ができると何となくロビーへ向かった。人の雑踏が今は安心できたからだ。
そこで見かけた光景に思わず笑いが込み上げた。
アルベルの寝顔だ。安心しきって平和そうに寝ていた。
最初は自分一人で寝ていたのだが、ウルバスの肩に寄りかかっていた。だけどズルズルと自分の体が落ちて来て寝難いらしい、尺取り虫の用に肩の上に登っていくがズルズル落ちる、また登るを繰り返していた、ウルバスが腕の中に抱えて眠らせるとスヤスヤ安定して眠り始めた。するとアルベルもウルバスの体に腕を巻き付けて眠っている。
令嬢らしからぬはしたない状況だが、微笑ましく感じた。
気づくと目の前に5人がいた。
『あれ? もう時間?』
目を擦りながら時間を確認すると7分前だった。
「時間ですか?」
「いや、まだだよ」
「ふあぁ、ウルバス有難う」
「ん、じゃああっちに行ってるな」
ポンと頭に手を当てる。
「あい」
まだ寝惚けている。
「ごめんね、起こしちゃって」
「いえ、起きる時間でしたし」
「お前はいつも護衛とあんなにべったりくっついて寝るのか?」
素朴な疑問だが誰もが聞きたい疑問だった。
「へ? あー、ベッド以外では、…えっと野営の時とか寄りかかって寝る癖がついちゃって…、無意識に寝やすい場所を探すとあの2人の側に行っちゃうみたいです」
「野営? 何で令嬢が野営とかするの?」
「我が家は辺境伯なので、小さい頃から訓練していました」
「え? 将来の結婚相手が出来ればいい事じゃ無いの?」
「まあ、そうでしょうね。ただ、小さい頃はお前が跡取りだって言われて育って来たので、訓練する事が当たり前で、疑問に思った事がなかったですし、周りは兵士ばかりでよくトレーニングしながら遊んでもらいました」
「ねえ、アルベルさんはマイヤー様と婚約していたわよね? どう…なの?」
「どう、とは何がですか?」
「マイヤー様も野営とかなさっているの?」
「はい、小さい頃から我が家で訓練をしていたので、野営も一緒にしましたよ。馬車の事故に遭ってからは朝から晩まで訓練によく付き合ってくれました」
「まあ、なら尚更アルベルさんが訓練しなくても良かったのでは無い?」
懸命に訓練していることを他人が口出しする事に殿下の護衛たちは苛ついた。アルベルの技能を見れば、ちょっと訓練して成したことではないと分かるから。その無配慮な問いに平常心で答えるアルベルを感心していた。
「はは、そうですね。我が家は幼い時に母を亡くしているので、遊んでくれるのが兵士たちばかりでした。自然と身についたので、無理やりやっているわけでは無いんですよ?」
「野営は昨夜みたいに野犬を殺す事もあったの?」
「おい!」
「そうですね、まあよくある事です」
「よくある事…」
「そうか…、そのお陰で我々は助かったのだね」
「まあ、それより話を纏めましょう」
「ああ、うん そうだね」
チェックポイントで獲得した図柄を合わせてみた。
『精神力』『技術』『体力』『信義』『愛情』パズルのように組み合わせると学園長の似顔絵が出て来た。
「くっだら無い!!」
ウィリアムが腹の底から漏らしてしまった言葉。
死ぬ目に遭った者たちからすると下品な言葉が漏れても仕方ないだろう。
まあ、心技体に信義や信念それに他者を思いやれる愛情が必要と言う事なのだろうが、死ぬ目に遭ってまで得たのが、学園長の似顔絵とかって…苛立ちしかなかった。しかも偽造防止に毎年似顔絵は専門の人間に堀直しさせているらしい。似顔絵が憎らしく感じる。
正式に一枚の紙にして、提出した。
はぁー、これで無事に終わったのだ。
25組中、5つのチェックポイントを達成できたのは僅か4組だけだった。
初日に無謀な計画を立てて帰ってくる事ができず、リタイアした者が大半を占めていた。それから体力がある者と無い者が喧嘩して、体力の無い者が勝手にリタイアしてしまったチーム、怪我で動けなくなったチーム、最後まで回れたのは案外 田舎の領地や苦労人が集まったチームだった。今年4組の成功者は多い方だという。まだ帰ってこないチームもあるので捜索隊が出ている。準備が終わったチームから帰れることになった。
なるほど、チームごとの馬車の乗り合わせはこういう事だったのだと分かった。
馬車の中で5人は爆睡していた。
アルベルは帰りも馬の上で寝ながら帰って行った。
屋敷に着くと安堵感でいっぱいだった。
お風呂に入って着替えて部屋で爆睡した。
誰かが頭を撫でてキスをしている。この匂いは大好きな匂い。
「うぅぅん、クラウ? スーーーー」
「ふふ、ベル? 目が覚めたんじゃ無いの?」
「目…覚める…かもしれない。ぎゅってしてくれれば……スーーーー」
「疲れたんだね、お疲れ様。このままもう少しお休み、ちゅう」
モゾモゾと動いて、ベッドの縁の座っているクラウスの腰にへばりついた。
そしてそのまま寝る。う、動けない。
「もう、困った子」
優しく頭を撫でる。そっと〜手を外そうとすると、ガシッと掴んで離さない。
諦めてクラウスはそのままにした。
30分程すると、またモゾモゾと動き出した。登ってくる。胸に顔を埋めて押し倒した。
抱き枕のようにガッツリとしがみついている。
「はぁぁぁ、ベル? 僕も男なんだよ? こんなに抱きつかれると、その…困ったことになるから、その…離して欲しいな」
「クラウの匂いがする…はぁ、好き」
「駄目だって、そんな事言われると…駄目なんだって…、ここはベッドの上で…、傍には大好きなアルベルが好きって言いながら抱きつく…拷問だよ? 僕も健全な男なんだ、信頼してくれるのは嬉しいけど、そろそろ危機感も持たないと…襲っちゃうかも…やぁう、動かないで!」
アルベルはクラウスの首に顔を埋めてクンクン匂いを嗅いでいる。何気に唇が首筋に当たり、ピチャっと口の音が耳朶に響く。血液が集まっていく感覚がある。
『駄目だ!駄目だ!耐えろ、クラウス! 寝惚けたアルベルに手を出すなんて男じゃ無い! 分かっているだろう!! わっぷ!!』
アルベルが覆い被さり、クラウスの唇を唇で塞いだ。
プツン
クラウスは顔の上にあるアルベルの顔を両手で包み、その唇を奪った。
「悪い子だねアルベル、僕から理性を奪うなんて」
「えへへ、大好きクラウ。ただいま ちゅう」
首筋の匂いを嗅いだあたりから意識は覚醒していた。
わざとくっついて甘えていた。
「お帰り、僕のアルベル ちゅう。会えなくて寂しかったよ」
濃密なキスを交わしたあと、手を繋いでソファに座って校外学習について話して聞かせた。
夕食を摂った後はまたソファに座って手を繋いで話をしていた。いつの間にかクラウスの肩に寄りかかり寝てしまった。ベッドに寝かせようとしたが、手を離したがらないので結局手を繋いだまま同じベッドで眠った。いつも通りの毎日が戻ってきた。




