18、カムトック山へ−5
ラティウス殿下たちは4人で固まって膝を抱えて不安から震えていたが、護衛もいる事でその内、ウトウトと眠ってしまっていた。疲労困憊で『淑女たるもの!』も鳴りを潜め、最初は姿勢正しく座っていたクレアも膝を抱え眠り、ソフィアはそのまま地面に横になって寝ている。ウィリアムは胡座をかいていたが、横に倒れていった。ラティウスはローアンとアルベルを思うと自分たちだけ安全な場所で眠ってていいのか葛藤したが、悶々としながらも眠ってしまっていた。
いつの間にか目の前には薪で火が焚かれていた。
本来は自分たちでやらなければならないが、護衛たちがやってくれていた。
暖かな火の元で安全に護られている事に罪悪感を感じた。
『あれからどの位経っただろうか?』
既に辺りは暗くなっていた。
『ローアンとアルベルは無事だろうか?』
「起きてください!」
「起きて!」
「えっ!?」
「何事だ?」
「野犬です!」
殿下の護衛たちが野犬と向き合う。
「殿下たちはくっついて下さい!」
ヘクターとサイモンが殿下と子供たちを護り、他4人が野犬を殺していく。
野犬は集団で襲ってくるので、1頭を相手にしている間に別の1頭が襲いかかってくる。
女性たちは恐怖に頭を抱えて泣き叫ぶ。ウィリアムも魔術訓練をしていたが、実戦では何の役にも立たなかった。
ソフィアのドレスの裾に1頭が牙を引っ掛けた。ズルズルと引き摺られていく。
「キャーーーーーーーー!! イヤーー助けて! 助けて!!」
「キャーーーーーーーー!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「マルティナ嬢! ヘクター! マルティナ、マルティナ嬢を助けてやってくれ!」
「なりません! 我々は殿下のお側を離れるわけには参りません!」
「だが、それではマルティナ嬢がー!」
「助けて! 王子! 王子殿下!! 死にたくない!!」
地面の草を掴んで這いつくばり必死に抵抗するも引き摺られていく。
他の護衛も目の前の野犬の相手で精一杯だった。
別の野犬が護衛を掻い潜り、ソフィアの足に噛み付いた。
「ギャーーーーーーー! 痛い! 痛い! 助けてー!!」
血の匂いが沸き立つ、野犬が一斉にソフィアを目指して方向転換、絶体絶命だった。
引き摺られていくソフィアにクレアも出した手を引っ込めた。
誰もその場から動くことが出来ない、目の前の護衛も2頭に襲いかかれ片腕を噛みつかれている。何の技能も持たない自分たちには見ているしか出来なかった。暗闇に光る目が怪しく光る、それが増えていく…、アルベルが言った通りここにいる護衛たちは殿下の命を優先し、自分たちの命よりも殿下を優先する、それを正に目の当たりにしていた。
ここはオリエンテーリングルートからは外れ警備兵もいない。
この護衛がいる輪から離れれば真っ先に襲われるのも分かっている。
ウィリアムが小さな威力のファイアボールを放った。少しだけ野犬が怯んだ、ウィリアムは覚えたてのファイアボールを放ち何とかソフィアに噛み付いていた野犬を剥がす事に成功した。だが数発打つともう魔力切れを起こしぐったりとした。
クレアとソフィアはウィリアムの後ろに隠れていたが、それもおしまいだった。闇夜に光る獣の目は5〜6頭分はある。
『何でこんな目に遭うんだ!!』
『何故こんな目に!? ここで死ぬの!?』
殿下の護衛も庇いながら戦うには野犬の数が多かった。
そこにいる誰もが死を覚悟した瞬間、血飛沫と共に野犬の甲高い声が聞こえた。
「キャーーーーーーーーン!!」
それからドサっと何かが落ちた。
ローアンが投げ捨てられた。
アルベルたちが戻ってきたのだ!
ウルバス、キース、アルベルは大した労力も使わず効率よく野犬を仕留めていく。
闇夜に紛れる野犬、40分ほどするとあれだけいた野犬の気配は無くなっていた。
「ご無事ですか?」
「助かりました!」
「すぐに移動します。準備してください。すみませんが、火の始末をお願いします」
「はい」
「ローアン無事だったのか!?」
「あなたのせいで死ぬ目に遭ったじゃない!!」
「そうよ! どこ行ってたのよ!!」
「…すまない」
「すみません、後にしてください。荷物は持ちましたか? ソフィアさんの応急処置だけしたら出発します。それとウィリアムさんを抱えてもらえますか?」
「な、何故? 野犬は皆死んだんじゃないの?」
「ここはエリア外ですので、野犬以外のも獣が出る確率があります。こんな深夜では戻ることもできません、今日は野宿します。であるならば、危険がない所まで移動する必要があります。夜で目が効かないと思いますが、耐えてください、兎に角エリア内の安全な所まで移動します」
「…分かった」
今はアルベルの指示に従うべきだと思った。
そこから40分ほど黙々と歩いた。
闇夜が恐怖心を煽り、ただの梟でも恐ろしく感じる。それに視界が悪いので足元に注意を払わないと滑ったり挫いたり、自然と前にいる人の服を握ってしまう。
「そろそろルートに入ります」
その声にどれ程安堵したことか。それからも少し歩いて30分程してやっと止まった。
「今日はここで野宿となります」
ここはオリエンテーリングエリア内なので遠くに微かに灯りも見える。
また火を起こし、火を囲む。
誰ともなく安堵感から啜り泣く声が聞こえる。
「ぐーーーーーー」
安心したら今度は空腹を感じた。
そう言えば、昼間から食事をする暇もなかった。
アルベルはソフィアの手当てを済ませると、リュックから簡易食を出した。
ドライフルーツとナッツがふんだんに使われたクッキーだ。
護衛たちも呼んでそれを配った。
「何でこんな物持ってるんだ?」
「あなたこの期に及んでまだ文句ばかり付けるの!? だったら食べなければいいじゃない!」
「そうよ! あなたのせいで酷い目に遭ったわ! 私の足…足を犬に噛まれて…うぅぅ、全部あなたのせいよ!!」
「探しに行ったデバール嬢に礼は言ったのか?」
「……、デバール嬢それにみんなにも迷惑をかけてすまなかった。今 生きているのはみんなとデバール嬢のお陰だって身に染みて理解している。この通りだ、許して欲しい」
シーーーーーーン
珍しくローアンが素直に謝罪して拍子抜けしてしまった。
「まずは食べましょう、食べて眠る。反省会はまた後で。取り敢えず私に対する謝罪と感謝は受けとりました。本来は交代で火と危険察知の番をしなければならないのですが、殿下の護衛もいらっしゃるのでお世話になって眠れる時に眠りましょう」
「分かった」
みんな黙々とクッキーを食べ始めた。
正直これだけじゃ腹の足しにならないと思っていたが、食べ終わる頃には満足していた。
6人は食べ終わると火のそばで目を閉じて眠り始めた。
最初は先程の野犬の光景を思い出して眠れないと思っていたが、すぐに寝息を立て始めた。
いつの間にかみんなその場に体を伸ばして眠り始めたが、全然眠れない者がいた。
アルベルだ、寝にくい。みんなが寝ているのを確認するとこっそり抜け出して、キースの股の間に入って寄りかかって眠り始めた。
『うん、これこれ、しっくりくる』
ウルバスもキースも少しだけ呆れながらデレデレだ。親鳥のように雛を守り眠る。
その様子を殿下の護衛たちも見ていた。横目で少しだけ羨ましく思っていた。
デバール辺境伯の兵士の技能の高さは有名だ。まさか令嬢すらあの技能の高さを持つとは、と恐ろしく思ったが、自分の護衛に対する絶対的な信頼、それにあそこにいるウルバスとキースも以前 王宮で見かけた事がある。近衛騎士になれる実力がありながら国境兵士を希望して戻っていった事はちょっと有名な話だった。今なおその実力は健在だった。きっと辺境伯で実力を磨いた結果なのだろう。
明け方の交代の時にこっそりみんなの元へ戻ったが、既に目が覚めて眠れなかった。いや、ウルバスやキースがいればまた眠れたかもしれないが、もう脳が起きてしまった。
アルベルは体を動かして柔軟をし始めた。その様子にウルバスも準備運動をし始めた。キースは仮眠中。
少し離れたところで、アルベルとウルバスは拾った枝で剣術の稽古を始めた。
枝の皮が刺さって痛い。剣を捨てて体術の稽古。ウルバスの後はキースとも体術の稽古をして、近くの小川で顔を洗って、地図を見て今日の計画を立てる。
現在地の把握、頭の中の予想と間違いはないらしい。昨夜ルートに出る際も少しだけ進んでいたのだ。今日は帰る日なので午前中までに集合しなければならない。そろそろ出発したいところだ。
戻ると、皆を起こした。
「午前中までには戻らないといけないのでそろそろ出発します。顔を洗ったり、水筒の補充などをしてください」
「分かった。今日は、このまま宿泊施設に帰るのか?」
「最後のチェックポイントを目指すつもりです。あ! 帰りますか?」
「「「「………………。」」」」
帰りたいか否かと問われれば間違いなく帰りたいと答えるだろう。
だがここへは遊びで来ているわけではない。
「アルベルちゃん…、チェックポイントまではどの位かかる?」
「宿泊施設まではどのくらいですか?」
「んー、チェックポイントまでは休憩挟んで1時間10分、宿泊施設までは休憩挟んで50分ってところでしょうか?」
因みにチェックポイントから宿泊施設までは1時間ほどかかるが聞かれないので言わない。
「そのくらいの違いなら、チェックポイントを目指しましょうか…」
「ああ、そうだね。時間もあるし、ゆっくり行けそうだ」
アルベルは6時前に皆を起こしたので、辺りはまだうっすら暗い状況だ。
「そうだね、じゃあ皆チェックポイントを目指すという事でいい?」
「「「「はい」」」」
「では向かいます」
早速出発したが、お腹が空いて仕方ない。昨日のクッキー以来何も食べていないせいか力が出ない。だけど、どうしようもない事も分かっている。今日の予定は想定外なのだから。
トボトボと地面ばかり見つめる時間。
30分程歩いたところで休憩となった。ここにも水場がある。
「デバール嬢には…やはり水の音が聞こえたの?」
「はい、そうですね」
「凄いな」
「あーーー、腹が空いたな……」
誰かに聞かせる不平不満ではなく、つい漏れてしまった言葉。
「では朝食にしましょう」
その言葉に皆が瞳を輝かせた。贅沢は言わない、今は腹を満たせればよかった。
出された朝食は肉や野菜がたっぷり入ったケーキサクレ、2種類のケークサレは十分腹を満たし気持ち的にも大満足だった。食べられないと思っていた食事、何より空腹が目の前の食事を宮廷料理よりも美味しく感じさせた。今回も護衛の分まである。
「デバール嬢は昨日と今日の食事の分を背負って歩いていたんだね、重かったでしょう? 凄く助かった、有難う」
「本当にあなたは救世主よ!」
「有難う、今も生きているのは君のお陰だ」
「こうなる事が分かっていたのか?」
「いえ、分かるわけないです。ただ、一昨日より皆疲れているので休憩をたくさん挟むと思ったのでオヤツに持ってきていました。でも、こんな風に役に立って良かったです」
「そっか…、デバール嬢、アルベルさんと呼んでもいい?」
「あ、はい」
「アルベルさんのお陰でここまで来れたよ。それに私の護衛たちの分まで有難う」
「はい」
「私もアルベルって呼んでもいいかな?」
こんな爽やかなローアンは初めて見た。
「……………っ………………………………………はい」
「苦渋の決断って感じだね、くっくっくっく」
「お、お前 嫌なのか!?」
「…いえ、別に」
「兎に角! アルベル有難う!」
「はい」




