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 五月二十二日 (月) 午後二十三時


 まだ琴音さんの手術は終わらない。

そして私達はあれから一言も発していなかった。


何も感じない。

寒くも暑くもない。

ただひたすら、時計の秒針の音が聞こえるだけだ。


 いつのまにか、私の膝の上には毛布が。

頭にもタオルを掛けられ、びしょ濡れだったTシャツは乾いていた。

手に着いた血も乾いて固まり、軽く手を動かすと床にポロポロ落ちていく。


「真田……携帯……あるか?」


その時、冬子先生に言われてポケットを探る。

携帯が無い。

あぁ、そうだ。パパさんに救急車を呼んでもらって……


「無いか、私も持って来れば良かったな。琴音の弟の……電話番号とか分かるか?」


分からない……拓也の携帯の番号まで暗記していない。


「あとで……調べてもらうか。それより……何か飲むか? 喉乾いただろ」


あぁ、冬子先生……私を気遣ってくれてるんだな。

私よりショック大きい筈なのに……。


冬子先生は私よりも琴音さんの事を知っているんだ。

私は最近だ、琴音さんと出会ったのは。


「ぁ……私の兄なら……兄の電話番号ならわかります。それで調べて貰って……」


「そうか……なら来て貰え。それでお前はもう帰れ」


え?


嫌だ。そんなの……琴音さんが……可哀想で……。


「お前、酷い顔してるぞ。いいから……ここには私が……」


言いながら立ち上がろうとする冬子先生。

しかしそのまま、私の膝へと倒れこんで来た。


「……先生? 冬子先生……」


冬子先生の体が熱い。

まさか、と思いつつ額に手を当てると、酷い熱がある。


「せ、先生……っ」


冬子先生を抱っこする私。

恐ろしく軽い。怖くなるほどに。


「誰か……誰か……っ」


そのままナースセンターまで走り、助けを求める。

ちょうど開いているベットがあるらしく、そこまで冬子先生を運び寝かせた。


 看護師さんは冬子先生の熱を測ると渋い顔をする。

相当に熱が高いのだろうか。


「貴方も測って」


「え? い、いや、私は……」


「測りなさい……」


半ば無理やり脇へと体温計を差し込まれ、そのまま数分看護師さんに監視されつつ熱を測る。

体温計が電子音を発し、それを回収した看護師さんは


「貴方も熱あるじゃない……服脱いで、下着も。そこに寝て」


「え? いや、私は全然大丈夫なんで……」


立ち上がろうとするが、膝が震えて立ち上がれない。

すると今更のように異常な寒気に襲われた。


寒い……寒い……っ


「ほら、着替えて。すぐに横になりなさい」


「い、いや……私……琴音さんが……」


寒い……寒い……震えが止まらない。


 これは不味い、と本能的に思ったのか、私は看護師さんの言う通りにベットに横になる。

そのまま着替えさせられ、点滴をされ……


「あの、あの……琴音さん……は……」


看護師さんは何も答えない。

淡々と私に毛布と布団を被せ、点滴を調節する。


あぁ、琴音さん……琴音さん……



私の意識はゆっくりと、闇に落ちて行った。




 五月二十三日 (火) 午後一時


何時の間にか寝てしまったようだった。

目が覚めると天井の染みが見える。


あぁ、漫画で良くあるな。病院で天井の染みでも数えてろってセリフ……こういう事か……。


「おはよう」


その時、横から声を掛けて来る人物が。


「おはよう」


再び同じ事を言われ、ゆっくりとその人物に焦点を合わせていく。


「……兄ちゃん……」


「全く……何してんだ。びっくりしたぞ……」


あれ……なんで兄ちゃん……。

私の携帯もないのに、なんで……。

 

「昨日、お前のマンション帰っても誰も居ないし……もしかしたら里桜ちゃんの所かなーっと思って連絡したんだ」


あぁ、なるほど……それで病院に居るって分かったのか。


ふと、隣りのベットを見ると冬子先生の姿が無かった。

思わず起き上がる。冬子先生……どこに……。


「あぁ、隣りに寝てた子か? なんか点滴引きちぎって……看護師さん掻き分けてどっかに……」


「え、えぇ……」


冬子先生の方が酷いのに……。

看護師さん掻き分けて一体どこに……。


「ぁ……琴音さんっ……」


無理やり体を起こし、時間を確認する。もうお昼だ。どんだけ寝てたんだ、私……。


「ダメだ、まだ寝てろ……熱下がってないんだぞ」


「そんな事言ったって……っ」


無理やりに起きようとするが、兄貴にベットへと軽く押し付けられる。

全然力が入らない。


「兄ちゃん……手術……」


「あ? 手術って……晶するの?」


「違う……昨日、救急車で……」


と、兄貴に説明しようとした時、冬子先生が戻って来た。

フラフラになりながらベットに座る。


「冬子先生……琴音さんは……」


「ん? あぁ、無事に手術終わった。でも……心臓も一時止まったらしい。何か障害が残る可能性もあるそうだ」


琴音さん……生きてる?


よかった……でも、障害って……。


「まだ分からん……目も覚ましてないしな。弟君も来てたぞ。お前の事言うと混乱すと思ったから伝えてないけど……ここに呼ぶか?」


「いえ……大丈夫です……」


そうか、拓也と連絡取れたのか。

拓也……大丈夫かな。ショックだろうな……。

誰か、あの子の傍に居るんだろうか。


今すぐ傍に行ってあげたい。

でも私が……どんな顔して行けばいい?

私に何が出来るんだ。

行ったところで……何も……。


 その後、兄貴が購買で買ってきてくれたスポーツドリンクとパンを食べる。

食欲など無かったが、これ以上兄貴に心配を掛けるわけには行かない。


「晶、里桜ちゃんに今日大学休むように伝えたけど……他に何かすることあるか?」


あぁ、里桜に伝えてくれたのか。

別にそれで大丈夫だ。

特別誰かに連絡しなきゃいけない講義も今日は無いし……。


「えっと、冬子先生? でしたっけ。大学の先生ですか?」


兄貴は冬子先生が自分よりも年上だと理解したようだ。

まあ、さっきから態度デカいしな。冬子先生……。


「あぁ、いや……私は瑞穂市で獣医をしていて……ところでお兄さん、仕事は……」


ん? ぁ、そうだ。

今日はド平日、そして今はお昼過ぎ。

本来ならば仕事のはずだ。まさか休んでまで……


「あぁ、実は……会社に隕石が……それで仕事できる状況じゃないので……」


ちょっと待て。

なんだ、その見え見えの噓は。

そんな大事件起きてるなら、今頃この病院も大混乱だぞ。


「そうなのですか……それは大変ですね……」


ぁ、冬子先生……疲れてるのか、そのまま流す事にしたようだ。

しかし兄貴……わざわざ仕事休んでまで……。

まあ、今更か。兄貴はこういう人だ。


「あぁ、それと……里桜ちゃんが子犬は助かったって……良く分からんけど、言えば分かるとか言ってたから。分かるか?」


「……子犬……あぁ、あの子か」


琴音さんの所まで案内してくれた怪我をした子犬。

お腹から血を流して……私が抱っこしていた時は、既に息をしているかどうか分からないくらいだった。

そうか、良かった。

琴音さんの命の恩人は無事か。


 その後、冬子先生は子犬が無事と聞いて安心したのか、ぐっすりと寝てしまった。

時刻は夕方の5時。窓からは夕日が見える。


「琴音さん……大丈夫かな……障害って……」


もしかしたら記憶喪失とか……

 そんな事を考えていたその時、後ろから肩をトントン、と叩かれた。


「……? あれ?」


しかし誰も居ない。

いや、今確かに……誰かが私の肩を……。


ふと、窓を見ると、ガラスに写る二人の男女。

私の背後に立っている。だが、当然ながらそこには誰も居ない。

思わず背筋を凍らせ、固まる私。


なんで……え? 

なにこれ……どうなってるの?


 二人の男女は四十代程の夫婦だろうか。

窓ガラス越しに私と目を合わせてくる。

そして、二人して深々と頭を下げてきた。


「……誰……?」




 

 静かな、真っ暗な病室で目を覚ます。

時計の秒針が聞こえ、空調が効いているのか、少し肌寒いくらいだ。


「夢……?」


恐る恐る窓を見るが、そこには真っ暗な夜の空に、満月が光を放っている光景しか見えない。

何処にも、あの夫婦の姿は無い。


「夢か……なんなんだ……」


焦った。

まさか幽霊を見てしまったのか、とも思ったが、あの二人はなんなんだ。見た事の無い顔だったが。


 冬子先生はまだグッスリと眠っていた。

ベットに備え付けられたデジタルの時計を見ると、時刻は既に22時を回っている。

私の枕元には着替えが入った紙袋が置かれていた。


「兄貴……着替えだけ置いて帰ったのか……悪い事したな……」


いつから眠っていたのかは分からないが、久しぶりに爆睡出来たようだ。

頭がかなりスッキリしている。恐らく熱も引いているだろう。


「明日は大学行かないと……そうだ、ちゃんと勉強しないと……」


そう思うと、なんだか眠気が襲ってくる。

そうだ、眠ろう。


そして明日に備えよう。


もう、後悔しないように。



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