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 五月二十四日 (水)


 今、私は大学で講義を受けている。

隣りには里桜が座り、何やらひたすらスマホを叩いていた。おい、一応講義中ですぞ。


 講義室の教壇に立つのは、花村教授。この大学で一番若い教授で、女子からは黄色い声援が絶えない。

今も講義室の大半は女子、しかもギャルっぽい派手な方々で埋め尽くされている。

 勿論、私と里桜は真面目? に講義を受けに来ているだけだ。

だが今現在、花村教授の話は脱線気味である。


「つまり……僕は幽霊は信じないが宇宙人は絶対に居ると思う。その証拠に、冬子先生は絶対に宇宙人の家計だと思うね」


笑いに包まれる講義室。

確かにそうかもしれない。冬子先生は見た目は小学生、頭脳は大人という……どっかで聞いた事のある設定の人だ。変な組織に変な薬を飲まされたので無いのならば、宇宙人という線も捨てきれない。


 ちなみに、私と冬子先生は一日だけ入院した後、琴音さんの様子を見に行ったが面会謝絶だった。

拓也とは会っていない。あの子は大丈夫だろうか……。今頃泣いているかもしれない。


(やっぱり……拓也と一緒に居てあげたかったな……いや、私が居た所で……)


「では……真田君。君はこれについてどう思う?」


突然指名され、ビビりながら立ち上がる私。

え? な、なんの質問?


「……? 聞いてなかったのかい? 全く、先生の話は聞かないとダメだぞ。メッ」


メッ……って。

貴様、私の事を何歳だと思っている!


「いいかい? 地獄の番犬、ケルベロスは首が三つある。ならば心臓はどうだろう。三つあると思うかい? もし正解したら……僕のサイン付きクリアファイルをプレゼントしよう」


キャーッ! と騒ぐ女子達。

いや、正直いらんわ。しかしギャル達には高く売れるか?


というか……宇宙人の話からケルベロスの話になったのか。

一体どんな話の流れで……むむぅ、そっちの方が気になる。


「で? 真田君の回答は?」


「え、えーっと……首が三つあるんだから……心臓も三つだと思います……」


教授は頷きつつ、顎に手を当てポーズ。

なんかカッコつけてないか。コイツ。


「何故そうだと思う?」


「え? えーっと……脳が三つあるんですから……心臓が一つだけだと、血液が満足に行き渡らないかなーって……」


キリンは長い首の先にある脳に血液を送る為、かなり強靭な心臓をしているらしい。

ならばケルベロスも同じ筈だ! 三つもあるんだから! 一つでは足りな……いや、キリンの考え方で言うと、強靭な心臓一個あればいいんじゃないか?!


「なるほど。興味深いね。正解は真田君の言う通りだ。ケルベロスは心臓を三つ持っていたとギリシャ神話にも示されてるね。それに真田君の考察も素晴らしい。おめでとう、クリアファイルは君の物だ。あとで取りにきたまえ」


あぁ……どうも、と席に座ると女子からの視線を感じる。

やばい、私虐めの対象にならないかしら……。


 そのまま講義は終了し、正直別に欲しくは無いが、クリアファイルを取りに行く私。


「どうぞ。僕のサイン付きだ」


「どうも……」


なんかアイドルっぽいサインが……。

この人自分のサインも練習してるんだろうか。


「ところで真田君。君、冬子先生と仲いいよね」


ん? まあ……良いっちゃ良いが。


「冬子先生……その……彼氏とか居るのかな……」


「……はい?」


「だ、だから……その……冬子先生、彼氏いるのかな……」


すっごい小声で私の耳元で囁く教授。

マジか、この人……冬子先生狙いなのか。ちょっと見直したぞ。

冬子先生はその辺の女より、よっぽど人間が出来た人だ。

ちょっと不愛想で言葉使いが乱暴で、ついでに言うとガサツで人使い荒いけど……


優しい人だ。


「ちょっとリサーチしてくれないかな……お礼は僕のサイン付き下敷きを……」


「要りません。気になるなら本人に聞いてみればいいじゃないですか。ちょっと待っててください」


そのまま問答無用で冬子先生に携帯で連絡を取る私。

ちなみに携帯は今日里桜に返して貰った。パパさんが持ったまま帰ってしまったのだ。


 花村教授が焦る中、電話に冬子先生が出る。


『うーぃ、何だ、どうした?』


「ぁ、冬子先生。花村教授が冬子先生に彼氏居るのか気になるみたい」


うおい! と叫びながら私を黙らせようとしてくる花村教授。

それを躱しつつ会話を続ける。


『あ? なんでアイツが……んなもん貴様に関係ねえって言っとけ』


そのまま切れる電話。

ふむぅ、了解でござる。


「冬子先生が、貴様に関係ねえって言ってました」


「ち、ちみぃ! 何してくれるんだね! クリアファイルあげたのに!」


いや、要らんわ。

というか……


「で? まさか諦めるんですか、花村教授」


「あ、諦めるって……君が余計な事するから……」


ふふぅ、分かってないぜ! 花村教授よ!


「な、なにが分かって無いって?」


「いいですか? 恋愛とはマイナスイメージから始まるんです。ある日……転校生といきなり喧嘩して、でも何か些細な切っ掛けで仲良くなるとか定番じゃないですか!」


または曲がり角でぶつかって喧嘩、その後偶然再会して……とかのパターンもあるが。


「そ、そうなの? な、なるほど。まずは知ってもらうのが大事だと言う事だな」


ぁ、この人恋愛初心者だわ。ちょろい。私も人の事言えんが。


「その通りです。というわけで……これから冬子先生の家に行きましょう。もう講義無いですよね?」


「い、今から!? ちょ……こ、心の準備が……」


んなもん必要ねえ! 男なら当たって砕けろ!


「砕けるの?!」




 その後、面白そう、という理由で里桜も着いてくる事に。

正直、私は冬子先生を元気付けたかっただけだ。

あの人はああ見えて寂しがり屋さんだ。


きっと今も、琴音さんの事で悩んでいるに違いない。


 電車で最寄りの駅で降り、冬子先生が住まう動物病院まで徒歩で移動する。

周辺はひたすら田んぼ道。時折、クワを持ちながら自転車に乗るお爺ちゃんとすれ違う。


「あのお爺ちゃん……何するのかな。もしかしてタケノコ掘りかな」


里桜が通り過ぎたお爺ちゃんに振り返り、羨ましそうに見ていた。

君、タケノコ好きなのか。


「刺身とか美味しくない? ビールで……こう、キュっと……」


おっさんみたいだな。

しかし花村教授も頷きながら同意している。

この二人は馬が合うかもしれない。


 駅から歩いて十分程の所に、冬子先生が住まう動物病院がある。

今は軽自動車が一台停まっているだけだった。


むむ、患者さんか? 忙しいかな、冬子先生……。


 多少遠慮気味に病院の正面扉を開け放つ私。

すると、正面に見慣れた顔の男性がベンチに座っていた。


「ん? 央昌さん……! こんな所で何してるんですか?」


「おや、偶然ですね。こんにちは」


にこやかに挨拶してくる央昌さん。その笑顔に、一瞬たじろぐ私達三人。

すると奥から冬子先生が一匹の子犬を抱いてやってきた。


「ん? お前等……何しにきたんだ……って、花村……なんでお前まで……」


「ご、ごごごきげんよよぅ、冬子先生……」


花村教授はキョドっている!

駄目だ! もっと気合入れろ!


 そんな花村教授の挨拶を無視しつつ、冬子先生は子犬を央昌さんに手渡した。


「じゃあお願いします。すみません、急にお願いしてしまって……」


「いえいえ。困った時はお互い様ですよ。冬子さんには、これから沢山お世話になると思いますし」


ん?! 二人はどんな関係なんだ!

っていうか、その子犬……まさか……。


 私は央昌さんに近づき、子犬を観察。

柴犬の子犬。お腹に傷跡らしき物がある。やっぱり……


「あの……冬子先生、この子犬って……この前の……」


「ん? あぁ、琴音の命の恩人……恩犬だ。知り合いの獣医から今日引き取ってきてな。帰ってくる途中で央昌さんに相談したんだ。そしたら……」


「私の店で看板犬として働いてもらおうと思いまして。あぁ、そうそう。一応真田さんのシフトも組んでみましたので。後で見て下さい。嫌だったら言ってくださいね」


子犬を抱きながらポケットからメモらしき物を出す央昌さん。

四つ折りされた紙には、執事喫茶の勤務表が印刷されていた。私の名前も入っている。


「ありがとうございます……。それで……この子の名前はどうするんですか?」


央昌さんは子犬の頭を撫でつつ


「それなのですが……琴音さんに決めて貰う事は出来ますかね。彼女の恩人……恩犬なので。それに店の常連客でもありますので。彼女を無視する事は出来ません」


なるほど。しかし琴音さんは面会謝絶の状態だ。

今すぐには決めらないだろう。


 冬子先生はそのまま、カートに子犬用のドックフードやゲージなど、飼う為に必要な物を積んで持ってきた。


「あらかた私の病院に有る物なので。央昌さん、申し訳ないですが……そいつお願いします」


「いえいえ、お礼を言うのは私の方ですよ。琴音さんは私にとっても大切な友人ですので。冬子先生があの場に居なければ……」


央昌さんが最後まで言う前に、冬子先生は人差し指を自分の口に当て、「それは秘密で」とジェスチャー。

ん? なんでだ。別に秘密にせんでも……。

 そのまま央昌さんと共に軽自動車へ荷物を載せるのを手伝う私達。

花村教授もせっせと働いている。


「ありがとうございました。では真田さん、また店でお会いしましょう」


「ぁ、はい。子犬の事……お願いします」


会釈しつつ、軽自動車で走り去る央昌さんを見送る一同。

そこで冬子先生は静かに溜息を漏らし……


「で? おい、お前ら何しに来たんだ」


うっ、なんか冬子先生機嫌悪い? 

花村教授連れてきたからか。


「ふ、ふふふふふゆこ先生!」


その時! 花村教授が動いた!

膝を着き、冬子先生と目線を合わせ手を握る花村教授!


う、うぉ……結構積極的に攻めるな、この人。


「な、なんだ? お前……」


「冬子先生! 僕と……け、結婚して下さい!」


ってー! お前何言うてん!

段階があるだろ!

いきなり結婚とか……


「あぁ、いいぞ」


ほらぁ! 断られ……って、ええ?!


ちょ、何言うてん!


「別にいいぞ。結婚してやっても……その代わり、勿論この病院で一緒に働いてくれるんだろうな?」


むむっ、花村教授は当たり前だが教授だ。

その地位を捨てて、ド田舎の獣医として働く覚悟はあるのか?


「も、もちろんです! 僕は……ずっと冬子先生に憧れてて……」


「私は正直、お前の事は好きでも無いし嫌いでも無い。目の端にチラチラ映る女たらしって程度の認識だが……」


う、うわぁ……分かってたけど、ハッキリ言う人だな。

まあ、そこが良い所でもあるんだろうけど。


「そ、そうですか……分かりました……。じゃあこれから僕は……冬子先生に好きになって貰えるように頑張ります! も、もし……冬子先生が僕の事を好きになってくれたら……結婚してください!」


ま、まあそれが普通だよな。

好きでもない相手と結婚するのもどうかと思うし……。


 しかし、そこで今まで黙っていた里桜が待ったをかけた!

むむ、どうした里桜様。


「花村教授……貴方は知らないかもしれないけど、こう見えて冬子先生モテるのよ。うだうだやってると奪われちゃうわよ」


こう見えてって……し、失礼だなチミィ!


「褒め言葉よ。ちなみに私の知る限り、冬子先生はこれまで十数人の男からプロポーズ受けてるわ。でも悉く散って行った筈だけど……なんで花村教授のプロポーズは受けたの? 冬子先生」


むむ、それは気になる。

って、十数人?! ま、マジか。マジでモテるんだな! 冬子先生!


「なんでって……金持ってるから?」


身も蓋もねえ!

しかし里桜はうんうん、と頷いている。


「それは重要よね。というわけで花村教授。ホントに結婚しなくていいの? 別に……夜の営み繰り返してれば好きになってくれるかもしれないわよ?」


夜の営みって……


しかし花村教授はブルブル震えながら……何か決心したように


「あぁ……まだ結婚はしない……。僕は……冬子先生を落してみせる……! 冬子先生の方から結婚したいと言わせてみせる! だ、だから……その……つ、付き合って下さい!」


おお! 三歩いきなり進んで二歩下がった感じだ! 

すこし見直したぞ! 花村教授!


「んー……それはヤダ」


なんで!?


プイっとソッポを向く冬子先生。

花村教授も唖然としている。


「付き合うとかメンドクセエ……ガキじゃねえんだ、男なら決めろ。私を幸せにする自信無いなら、とっとと消えろ」


ぎゃー! 冬子先生……!

な、なんか痺れる! 誰よりも男らしい!


さあ、花村教授……次はアンタが男を見せる番だ!


「っく……僕は恥ずかしい……わかりました……冬子先生……結婚してください!!」


「いいぞ。だが……今は色々と忙しい。落ち着いたらな」



その後、花村教授は突如として大学を辞め、冬子先生の病院で働く事になりました。



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