(13)
最近、雨が降り続けている。
自室から窓の外を見ると風も相当に強いようで、まるで外にティラノサウルスが居るかの如く激しい音を立てながら振り続けている。
私の部屋からは岐阜駅へ向かう大通りの様子もかろうじて見る事が出来た。今そこを歩く人は居ない。
まるで台風でも来たのか、と思う程の豪雨だった。
だが今は五月。台風の季節とは微妙にズレている。
「まあ、休日で良かった」
テレビを付け、天気予報にチャンネルを合わせると、一匹のシロクマが断崖絶壁で傘をさしてリポートしていた。傘は既にブチ壊れ、シロクマは半ギレ状態。
『あぁー! チクショウ! ディレクター! マジで覚えてろよ!』
気の毒に、と思いながらチャンネルを変えていく。
今は得に面白い番組はやっていない。時間が中途半端なのかもしれない。
現在の時刻は午前10時半。再放送のバラエティーくらいしか無いか、と流し見ていると携帯が鳴った。
「ん……誰だろ……って、拓也か。もしもーし」
『ぁ、もしもし、こんにちは。晶さん、今暇ですか?』
「あー、まあ、暇っちゃ暇だけど……」
『じゃあ……バイトしません? うちで』
ああん? 執事喫茶でバイト……。
いや、いいんだけど……私は春日さんの事もあってか、央昌さんと会うのが少し怖い。
春日さんと蓮君は私の家に一か月程泊まり、その後二人一緒に自宅へと帰っていった。つまり、元々央昌さんの所に居た蓮君は、春日さんの方に行ってしまったのだ。
そんなこんなで……なんか私、央昌さんから子供を奪ったみたいじゃね? となんとも言えない後ろめたさを感じていた。
『晶さん? どうしました?』
「あぁ、いや、うん……央昌さんは? 居る?」
『当然じゃないですか。というか央昌さんの指名なんですよ……晶さんに是非、うちで働いてほしいって……』
え、なにそれ怖い。もしかして私……央昌さんに虐められるのでは!
『もしOKなら……大雨振ってますし、バイトさんが迎えに行ってくれるみたいですけど……どうします?』
う、うーん……どうしよう。
まあ、いつかはバイトしたかったし、央昌さんにも一度会って話したかったし……
「分かった、じゃあ……お願いしまふ……」
『はーい。じゃあ迎えに行って貰いますねっ。たぶん晶さんビックリすると……ふふ……』
な、なんだ? 何をする気だ。
拓也との電話を終え、とりあえず準備しなければとパジャマから着替える私。
シャワーは朝浴びたし……洗顔して軽く化粧する。ぁ、一応メイド服持っていくか。
央昌さんからプレゼントされたメイド服を紙袋に入れて……と。
しかし執事喫茶でバイトか。客商売とか大丈夫かな……。
準備が終わり玄関先で靴を履いて待っていると、インターホンが鳴った。おおぅ、来たかな……と覗き穴から確認すると……
「あーけーてー。私よー」
覗き穴からはゴッツイおっさんが……そしてこの声……まさか……
「デビルマツダ……! な、なにしてんの?」
「何って……バイトしてんのよ。ほら、行くわよ」
行くわよって……なんかカッコイイ燕尾服着てるし!
いいないいなー! 私もそれ着たい!
「ダメよ、あんたは大人しくメイド服着てなさい。それはそうと……あんた拓也君になんて写真撮らせてるのよ。この変態女」
え、何それ。私が拓也に写真撮らせたって……何を?
「覚えてないの? あぁ、酔ってたらしいわね」
酔ってた……ってあの時か。春日さんとワイン飲んでた時の……。
いや、でも拓也に写真とらせてたなんて全然思いだせぬ……。
マンションのエレベーターにデビルマツダを共に乗る私。
それにしてもなんでデビルマツダが……。
「ネイルの仕事は? クビ?」
「クビってわけじゃないけど……試しに女性スタッフだけにしてみたのよ。そしたらお客さん増えてね……」
あぁ、そういう事か。確かに普通の女の子はデビルマツダを恐れおののくだろう。
何と言ってもゴツイ。ネイルをやる前はフランスの傭兵だったと前に聞いた事がある。
「それで……女性スタッフに店奪われたのか。可哀想に……よちよち」
「どーも。でもいいのよ。たまたま受けた面接先で拓也君に会えたんだから。いいわね、彼。アンタには勿体ないわ」
え、なにそれ。
まさかデビルマツダ! 拓也君を襲おうと?!
「違うわよ! 趣味が合うって意味でよ。アンタと最高のパートナーじゃない」
「んー。どうかなぁ……」
確かに初めて拓也が男の娘って分かった時はテンション上がったけど……。
なんだか、ご両親が居なくて……お姉さんと二人暮らしって所で引っかかってるんだよな。
この前は勢いで下着買っちゃったけど、この道に拓也君を引きずり込んで良い物か……。
「アンタ、それは余計な御世話って奴よ。元々他人にどうこう言われて止めれるもんじゃ無いわ。この手の趣味は。アンタが一番分かってるんじゃない?」
「そりゃ……そうかもしれないけど……」
チーン、とエレベーターが一階で止まる。
扉が開き、正面入り口の自動ドアの前は凄まじい事になっていた。
竜巻のように風が吹き荒れ、まるで伝説のドラゴン、ファーブニルが外で暴れているかの如く豪雨。簡単にいえばマジで台風なんじゃね? みたいな雨。
あれ、そういえばデビルマツダはどうやって私の部屋まで来たの?
ID入れないと入れないと思うんだけども。
「そんなの簡単よ。この程度のセキュリティーなら一般に市販されてる携帯のスペックでも余裕で潜りこめるわ」
犯罪者! おまわりさーん! こっちです!
「冗談よ。拓也君にID聞いたに決まってるでしょ? 私てっきり、アンタが許可しないと入れないと思ってたけど……このマンション不用心ね。とりあえず入れちゃうなんて」
「あぁ、それは……宅配ボックスとかも内側にあるから。宅急便のお兄さん困るっしょ?」
「それが不用心だって言ってるのよ、あんた気を付けなさいよ? 一応女子なんだから」
なんだ、一応って……。
そういえば忘れてたけど……央昌さんと初めて会った時、私に興味以上の視線を送って来た男が居たんだっけ。あの人結局あの後どうなったんだろ。
「あ、デビルマツダ。車で来たんだよね?」
「当たり前じゃない、こんな雨の中……自転車で来るバカは居ないわ。ほら、正面にあるでしょ?」
ん……? 正面……。
いや、なんか普通に一般道走ったらアウト判定くらいそうな軍用車……いや、装甲車が。
「アレ私の車よ。燃費悪くて困るのよねー」
いや、燃費以上に他に問題あるだろ。日本で……いや、一般道ではデカすぎないか!?
「何言ってんのアンタ。リムジンだって普通に走ってるじゃない。あれよりは運転しやすいわよ」
そ、そうなのか? 乗った事ないから分からんが……。
「じゃあ外出たらダッシュしなさい。一瞬でびしょ濡れになるわよ」
「あぁ、うん。了解……」
メイド服の入った紙袋を抱えるようにしながら、私とデビルマツダは自動ドアから外に出た。
ぎゃぁぁぁ! 凄い! 凄い雨が……痛い! もう痛い! 凄く痛い!
しかしバスケ部の脚力舐めんな! とデビルマツダの車までダッシュ!
異常に重いドアを開け、中に飛び込む私。うへぁ、びしょ濡れや。
「まだまだね、晶。修行が足らないわ」
ああん? 何言って……って、デビルマツダ、なんで服濡れてないの?
「ダッシュしたからよ」
いや、それでも濡れるだろ、普通。
「アンタとは違うのよ、ほら……ブラ透けてるわよ」
タオルを手渡してくれるデビルマツダ。
「あぁ、ありがと……って、デビルマツダのえっち……!」
「ハイハイ。何アンタ。襲って欲しいの?」
「あ、いえ……冗談ッス」
手渡されたタオルで頭を拭きつつ……って、服マジでびしょ濡れだな。
「スグに着くわ。仕事着は無事でしょ?」
仕事着って……メイド服か。うむ、無事……じゃない!
うっわ、紙袋からして破れそうなくらいビショ濡れに!
「何してんのよ! 全く……たしかアンタに合うサイズ、それしか無いって央昌言ってたような……」
「マジか……どうしよう……」
折角指名してもらったのに……仕事出来ません、なんて央昌さんに言ったら……。
ただでさえ蓮君の事があるのに、この上……折角の央昌さんのご厚意を無駄にしたら……
『真田さん、良い度胸してますね。この私から蓮を奪っておいて……その上さらに私の店では仕事が出来ないと?』
ひぃぃぃ! ごめんなさい、ごめんなさい!
あぁぅぅ! 助けて! デビルマツダ!
「何をよ。ほら、着いたわよ」
執事喫茶の裏口駐車場に車を止めるデビルマツダ。
再び豪雨に晒されながら、なんとか裏口から中に入る私達。
デビルマツダは相も変わらず濡れていない。なんでだ……。
「真田さん」
その時……頭上から央昌さんの声が……。
ひ、ひぃ! か、顔上げられぬ……ど、どうしよう……怒ってない? 央昌さん怒ってない?
「色々と……御迷惑おかけしました。この度は本当に感謝してもしきれません」
しかし予想外な言葉が……って、え、なんで?
「い、いや! あの、私こそ……なんだか央昌さんから……その……蓮君……」
奪っちゃったみたいで……とは口に出来ない私。
しかし央昌さんは、私が言わんとしている事を察してくれたのか
「いえ、今回の事は本当に感謝しています。真田さんが居たからこそ、私は蓮を春日に託す事が出来たんです」
「いや、あの……私は何もしてないですかラックショーィ!!」
盛大にクシャミする私。ひぃ! さ、さむいでござる!
「ぁ、と、とりあえずまたお風呂入ってください、着替えは……あぁ、メイド服もダメみたいですね。仕方ありません。デビルマツダさん、例の物を用意してください」
央昌さんにもデビルマツダで通ってるのか。
むむ、例の物だと……それはまさか! 執事さんの服か!
心の中で小踊りする私。
ひゃっはー! ついに……ついにこの時がきたで!
しかし、私は思いもしなかった。
まさかこんな事になるなんて……。




