悪魔の周波数
意気込んで臙脂がそう言ったのはいいが、怪火の止め方はそう簡単には見つからず、4人は頭を抱えてひたすらに唸っていた。怪火を止めるにしても自分たちは消防士などではない。ワイルドファイアファイターズなどと名乗っているが消火活動自体したこともない。精々言えば、予知された物件に何度も立ち入って、向こう側が気味悪がっていなくなったころにそこで火事が起き、結果的に住人は救われたというくらい。とどのつまりは、予知はできても沈火などできたことがないのだ。
「やはり、詐欺師は詐欺師のままか」
「ヒーローになんかなれやしない」
「おとなしくお縄に捕まりにでも行くか」
「そう簡単に諦めないでください」
皆が皆諦めモードの中、臙脂だけはやけに必死だった。その温度差からか、3人は彼のことをうっとうしくさえ感じていた。
「何を熱くなっているんだ」
「だいたい策はあるのか」
「そ、それは……」
言葉に詰まってしまう臙脂。もとよりただの詐欺師の集まりに、消防士でさえ消し止められないと言われる怪火。策など練れるわけもない。臙脂は我に帰ったように胸の前で握りしめていた拳、だらりと腕を垂らしてほどく。
「…もう一度、才華の予知夢を見てみましょう」
それが臙脂が思いついた唯一の策だった。とにかく行動を起こせば何か起こるかもしれない。起こさなければ何も起こることはない。そう思ったのだろう。いかにも渋々と言った様子で眉間にしわを寄せながらパソコンのデスクトップから解析プログラムを起動させる夢野。脳波を検出し、波形を映すウィンドウと夢で見ている映像を直接再生するウィンドウを開く。今朝方解析していた予知夢の映像は過去のデータに保存されており、才華本人がいなくとも取り出すことができる。
映ったのは、少し郊外にあるビルの隣にある住宅に囲まれてオフィスビルが乱立する街の風景。ひときわ横方向にだだっ広い豪邸があるのが、先程尋ねて冷たくあしらわれてしまった高杉の家だ。
「ちっ、また見たくない家が映ってやがる」
よっぽど高杉のことが気に入らないのか、堅井はいちいち苦言を漏らす。そう言った瞬間に家が燃え盛る火災現場の映像となると、堅井はひっそりとほくそ笑む。
「おい、いくらあいつがいけ好かないからといって他人の不幸を喜ぶな」
「待ってください、今のところ」
ちょうど家が燃え始めたところで、臙脂がある奇妙なことに気づく。そして映像を巻き戻すよう夢野に訴えかける。臙脂が気づいた奇妙なこと。それは炎の広がり方だった。高杉の家は屋根から火が出ており、天井から炎が壁を伝って下へ下へと駆け降りるようにと広がっている。この様子を3人は特に気にもせずに見ていたが、臙脂だけは違った。彼はもともと舞台経験のある役者の側面も持っている。何年も前の話になるが火事をテーマに取り扱った作品に携わったときに、火事の際の炎の燃え広がり方について教わった。
「…炎は下にはいかず、上にしかいかないはずです」
「これは怪火だ、燃え広がり方が奇妙な例なんていくらでもある」
臙脂が言うのは普通の火事と怪火を比べたときの差異であり、とるに足らないものだと鷺沼は反論する。だが、ここで夢野がさらにある疑問に思い当たる。高杉の家が燃えたのは屋根からであったということだ。少し怪訝に思いながら映像を見ていると、驚くべきことに気づく。
「…ここだ!」
「なにかあったか?」
「…おい、これを見ろ…」
夢野が指さしたのは、燃え盛る高杉の家の背後から奇妙に伸びる火柱だ。最初は炎が上に噴き上がったものに過ぎないと思っていたが、よくよく目を凝らしてみるとそんなものではない。そこに映っていたのは炎に包まれた高層ビルだったのだ。
「こ、これは…」
「まさにタワーリング・インフェルノだな」
才華が予知していたのは高杉の家の火事ではない。彼が手がけた超高層ビルが燃え盛る炎の搭となり、そこから毒ガスとともに火の雨が降り注ぎ、街全体が炎に包まれるという阿鼻叫喚の大火だったのだ。それを理解した途端、4人の口の中には苦い生唾がじわりと湧いてくる。
「こいつはヤバいな……」
「ああ、実際に起きてしまえばここでも避難勧告が出るくらいの事態だ」
「夢野教授、これが発生する時刻はわかりますか」
「詳しい時間はわからない、時計の映像があればいいのだが…
窓の外の様子を見る限り、夜であることは確実だ」
太陽は西に傾き始めている。
もし、この大火が今夜の出来事だとすればあまり時間がない。才華が予知していたものが、憎き高杉の家の被害だけにとどまらないとなれば、堅井もいよいよ怪火を消しとめる方法は何かないかと食い入るように画面を見つめる。堅井は乱暴に夢野からキーボードとマウスを奪い、画像解析プログラムを開いて再生されているビデオに含まれている光の波長を解析し始める。堅井が昔、心霊写真から霊体を検出する際に使っていたもので、可視光や紫外線・赤外線にとどまらず、ラジオ波などの電波も解析することが可能な代物だ。画像に含まれている光や電磁波のパターンは、映像とは別ウィンドウの波形グラフに映し出される。
「何をしているんだ?」
「心霊物理学を執筆する際のネタとして、幽霊の出す周波数を検出する実験を
したことがある」
「どういうことだ?」
「人間の思考が微弱な電磁波を出しているというのは聞いたことがあるだろう
思念波とも呼ばれ、オーラとして検出されたり、
テレパシーの際の媒体ともなるものだ。
霊体は肉体のないエネルギー体と解釈ができる。つまりは思念波が作り出した
エネルギーの塊なんだ。私はその波の周波数を解析しようと
名高い心霊スポットで頭にパラボラアンテナをかぶって実験をしていた。
その際に突き詰めた波が21ヘルツという低い周波数の電磁波で分類では
ELFと称される領域のものだ。軍事用途でしか使われないものだから、
民間地で検出されることは通常ない。そして、驚くことに、
この周波数は魂の質量-21gと絶対値が一致している…」
だが画像解析を通しても21ヘルツの電磁波にシャープなパターンは見られない。得られるのは和音の端にある様なブロードなパターンだけだ。堅井の話によれば霊体の強い反応がある場合は、21ヘルツのシャープなのピークが検出されるそう。だが、今回の火事の映像からはそれが出てこない。懐疑的な眼差しで皆が堅井を見つめる中、ある周波数にシャープなピークが存在することに気づく。何気なく画面をスクロールしてみたときに発見した非常に鋭く強いパターンだ。
「…666ヘルツ…」
それはまさに悪魔の周波数だった。
*****
陽が傾き始める中、才華は宿を探していた。だが彼女が訪ねるホテルは軒並み満室であり、彼女の宿泊は軒並み断られてしまったのだ。長い期間住むことを考えれば、ホテルよりも不動産をあたった方がいいのだが、彼女は不動産ではかなり風当たりが悪い。その原因は彼女が見る予知夢のせい。予知夢により、怪火を予知するはずが、彼女自体が怪火を呼び寄せるものと勘違いされてしまっており、彼女自体が不吉な人間と捉えられているのだ。恐らくはホテルが満室であったのも、疫病神扱いされている彼女を避けるための建前に過ぎないのだろう。半ば深夜営業をしている店に匿ってもらおうと諦めかけていたところだった。
このホテルでダメだったら…もう諦めようかな…
ため息混じりにホテルの回転ドアをくぐる。最後に尋ねたのは、バベルオリエンタルプライズホテル。ほんの一週間前に建設の完了した超高層ビルに入っているリーズナブルな値段の中で可能な限りのハイクオリティを目指すという方向性のホテルだ。通常であれば、1泊1万円を越えてしまうようなクオリティを7000円以内で提供しようという宣伝文句の宿だ。しかも、今はオープニングキャンペーンで宿泊料金が割安になっている。
このまたとない機会に空き室などないはずなのだが、最後の洒落にというわけで、このホテルを才華は訪ねてみたのであった。しかし、彼女の頭の中の筋書きとは裏腹に、あっさりとホテルの中に案内されてしまう。おまけに、食事つきの記念式典の招待券まで渡されてしまった。気味が悪いとは思いつつも、ここを断ってしまえば今夜の宿がないことも分かっていたため、才華はここに宿泊することにしたのだった。
渡された招待券とホテルのルームキーを交互に見やりながら廊下を歩くと、ふと不気味な足音が背後から追いかけてくることに気づく。だが、振り返っても人影は見当たらない。ホテルに空き室があった時点で薄気味悪かったのが、ここまで来ると自分は何か不吉なものに誘われているのではないか。眉をしかめながら客室のドアを開ける。あたり前のことだが部屋の中には誰もいない。だが何かの気配がし、やけにうすら寒い。腕を胸の前で交差して屈みこむようにして奥に進んでいくと、窓が開いており、外から風が吹き込んでカーテンがそよいでいた。
客室の窓を開けたままにするなんて、雨でも入ってきたらどうするのよ。
心の中で不平を言いながら窓枠に手をかけたそのとき、不意に外気とは明らかに温度の違う生暖かい風が吹き込んで来た。それも何か塊のようなものを感じさせる質感だ。ますます気味が悪いと呟きながら窓を閉めると、今度はその生暖かい塊が背中を臀部から首の裏をなぞるようにして駆け上がって来た。思わず背筋が伸びて肩がこわばり、よろけて壁に手をついてしまう。振り返るが、やはり部屋には誰もいない。だが、この部屋に入って来たときよりも強く感じる。
自分以外に見えない『何か』がいるという気配を。
部屋を変えてもらおう。
心の中で呟いた瞬間に、全身の筋肉から力が抜けてその場にへたり込んでしまった。身体が何かに抑えつけられているかのように重たく感じられ、床にうつ伏せに倒れたまま、もがくことすらできない。背中に冷や汗がじわりと湧き上がるのを感じつつ、心の中でひたすら苦痛にあえいでいると、そんな無様な自分を笑う声が頭の中に響いてくる。心の中の話ではない、直接聴覚を通してガラガラに涸れた低い男の声が聞こえてくるのだ。それとともにあの生暖かい塊が今度は手首をひっつかんで来た。助けて。誰か助けてと声を上げようとするが、唇も舌も一寸たりとも動かせない。
……こ、殺される……
心の中でつぶやいた途端に意識がぷつんと途切れ、目の前が真っ暗になった。




