1-5 「みんな違ってみんないい、の精神で……」
「死にまくりお嬢様をハッピーエンドに導くには」のエピソード「1-1」「1-3」「1-4」を修整しました。
単語の修整ですので、内容に大きな変化はございません。
いや、全てと言うと語弊があった。豪華な天蓋付きのベッドでスオーロが目覚める前の記憶はないままだ。
スオーロが思い出したのはそれよりも以前のこと。
所謂、前世である。
スオーロの前世は、地球という星の日本という国に生を受けた───至って普通の青年だった。
名前は鈴木五郎。大学二年生で専攻は地球環境学。
両親はどちらも多忙だった。父親は海外赴任で年に一度会えるかどうか。母親は大学教授で月に一度会えるかどうか。
だが、五郎は淋しくはなかった。
五郎には四つ子の姉がいたからだ。天気予報士の長女。ベンチャー起業家の次女。理系大学院生の三女。プログラマーの四女。この四人のカルテットシスターズに常に囲まれていたので、五郎には淋しいと思う暇などない。実家は都内で駅近の広い一軒家で両親はよく家を空ける。好条件のため就職した姉たちも家を出ていくことはなかったからだ。
姉たちに囲まれていた五郎だったが、ないがしろにされたり、ハブられたり、肩身が狭かったことはない。
しかし、女性同士のケンカが発生した際は緩衝材としてよく仲裁に駆り出された。
五郎ははじめのうちは火に油を注ぐだけで、よりケンカをヒートアップさせてしまっていたが、次第に人と人の仲の取り持ち方を学んでいき、最終的には優秀な仲裁人になった。
けれども、そんな五郎でも太刀打ちできないカルテットシスターズ全員を巻き込んだ大ゲンカが勃発してしまう。
その名も【私の推しが一番!合戦】である。
それは【アイコエ】という乙女ゲームの推し論争だ。はじめは四女と三女の推しバトルだったが、それに次女、長女も参戦し収拾がつかなくなった。
「みんな違ってみんないい、の精神で……」と五郎が仲裁に入っても誰も聞く耳を持ってくれない。推しへの愛とは偉大である。
カルテットシスターズは自室だけでは飽き足らず、リビングにまで推しのグッズを進出させてきた。【私の推しが一番!合戦】の戦場拡大である。全員が推しのアピールを強化したのだ。そのおかげで五郎は未プレイであってもキャラクターの顔を覚えることができた。親の顔より見た……というやつである。
褐色の爽やかイケメン君。俺様系の仮面男。などと五郎が大まかに攻略対象たちを把握できた頃に、カルテットシスターズから「「「「五郎もプレイして、私の推しが一番だって言って!」」」」とゲームを押し付けられたのだ。
カルテットシスターズ囲まれて育っただけあって、五郎は乙女ゲームをするのにそれほど抵抗はなかった。元々ゲームが好きだったし、よく彼女たちと一緒に少女漫画を読んだり、ラブロマンス映画を見たりしていたからだ。
五郎は軽い気持ちでアイコエをプレイしはじめた。
アイコエの主人公であるヒロインは記憶を失った少女。行き倒れていたヒロインを保護して育ててくれた村がモンスターに襲われるシーンからアイコエはスタートした。
ヒロインは自分を助け面倒を見てくれた村人たちのために奮闘し、魔法の力を覚醒させてモンスターを倒して村を救った。その時にヒロインの瞳が金色に輝いていたことから、村人たちは【金の英雄】の再来だ!と喜んだのだ。
【金の英雄】とは大昔にモンスターが溢れていたこの世界を救った伝説の人物で、王族の祖先である。
ヒロインが「わたしが【金の英雄】のはずがないよ……」と言いつつも「けど、この力が……みんなの、世界の役に立つのなら!」と、世界を救う旅に出る決意をするのがチュートリアル兼プロローグだ。
(これ、RPGでは?)
五郎は驚いた。乙女ゲームは全てノベルゲームだと思っていたので、いい意味で裏切られたのだ。バトルはコマンド形式で戦略を求められ、キャラクターには育成要素もありやりがいがある。
ゲームが好きな五郎はヒロインを最強にする!というゲーマーらしい目標を立てた。
チュートリアルの次は仲間集めである。乙女ゲーム風に言うと、攻略対象と出会うイベントだ。
プレイ画面にマップが出現し、いくつもの街や城や森や山や遺跡などに行けるようになる。ゲームの自由度が上がり五郎のテンションも上がったが、上がったのはそれだけではなかった。
(難易度、高すぎないか!?)
モンスターとのバトルに負けると即ゲームオーバーになった。
序盤から低レベルのヒロインが勝てるわけがないモンスターが大量に出てくる。ヒロインのレベルを上げたいのに強敵ばかりが現れて、一瞬でゲームオーバーになってしまうのだ。
(ゲームバランス悪すぎるだろ……!)
「この辺りのモンスターは強いから危ない」といったお助け情報を教えてくれるNPCはいない。彼らが教えてくれるのは「褐色の爽やかイケメン君は〜~」とか「俺様系の仮面男が〜~」といった攻略対象のことばかりである。
五郎は早々にヒロインのレベル上げを保留にした。弱めのモンスターが出てくるスポットを見つけても、ランダムに強敵が現れてゲームオーバーになってしまうからだ。
最強のヒロインを目指すために、まずは手当たり次第に攻略対象を仲間にすることにした。仲間がいればこちらからの攻撃回数も増えるし、敵からの攻撃を受ける母数も増えるのでバトルで負けにくくなるはずである。ヒロインのレベル上げはそれからすればいい。
五郎はNPCからの情報を頼りに攻略対象たちを探した。彼らは攻略対象の居場所だけでなく、何をしたか、何があったかなど詳しく教えてくれたので、五郎は攻略対象たちを仲間にするのは簡単だと思った。
(────ん、だけどな……!)
五郎の予測に反して攻略対象たちを仲間にするのはとても難しかった。
攻略対象たちは繊細で、一つでも選択肢を間違えると仲間になってくれない。仲間になってくれても、他の攻略対象のイベント中にヒロインが気に食わない選択肢を選ぶと離脱してしまう。方向性の違いを理由にパーティーを抜けていく攻略対象たちは、まるでバンドマンのようだった。
さらに面倒なことに、一度パーティーから離れた攻略対象は二度と出て来ない。
離脱した攻略対象は、別れた(?)ヒロインと会うのが気まずいのだろう。NPCからその攻略対象の話は聞けても、その攻略対象とは二度と会えなくなるのだ。
もちろん、バトル中に死んでしまった攻略対象も二度と出て来ない。バトルに勝利しても生き返ることはなく、某ゲームみたいに教会に行ってお布施をして生き返らせるシステムもない。
五郎は攻略対象たち全員を仲間にして生存させるために何度も何度もやり直した。バトルで誰かが死んだり、バンドマン現象が起こる度にはじめに戻ったのだ。地雷が多い攻略対象と早めに合流すると離脱されやすいので、攻略対象を仲間にする順番も重要だった。
そして五郎はあることに気がついた。
(このゲーム、みんなよく死ぬな……)
言うまでもなくゲームでキャラクターが死ぬことはある。それはバトルだけではない。ストーリーの展開を盛り上げるためと言ってはあけすけだが、物語とはそういうものだ。
アイコエでもバットエンドで攻略対象が死ぬ、というルートが序盤の仲間集め中にも複数あった。攻略対象たちの死亡スチルまで用意されていたので、そういう需要があるのかもしれない。
推しにはハッピーエンドを迎えてほしい派の五郎には未知の世界だった。
だが、それよりも五郎を驚かせたのは攻略対象以外にも死にまくるキャラクターがいることだ。
そのキャラクターは公爵家のご令嬢。初対面で世界を救おうとしているヒロインに「平民にできることではありませんわ!」と偉そうに啖呵を切るキャラクター。
この令嬢が死にまくるのだ。
どうしてこんなにあるんだ?と言いたくなるくらいに、死にまくり令嬢は死に方のバリエーションが多かった。モンスターに殺されたり、公爵家への反乱で殺されたり、溺れて溺死や、火災に巻き込まれて焼死、崩れた建物で圧死、などなど。死にまくり令嬢が出てくるイベント全てに、彼女が死ぬルートがあるといっても過言ではない死にっぷりだ。
五郎は何故かその死にまくり令嬢のことがとても気になった。
(やっぱり、イケメンよりは美少女の方が好きだしな)
死にまくり令嬢はシャンパンゴールドのロングウエーブヘアで、人形と見紛うほどに整った顔立ちをしている。肌は雪みたいに白く透き通り、その頬に影を落とすほどまつ毛も長い。そんな極上な容姿のなかでも、一番目を引くのはルビーの宝石よりも輝く瞳だろう。
死にまくり令嬢の見た目はとにかく五郎のツボだった。けれども死にまくり令嬢のよさはそれだけではない。彼女は内面も魅力的だったのだ。
身分の高いご令嬢らしく偉そうなところはあるが、死にまくり令嬢は人情味あふれる性格だ。綺羅びやかなドレスを着ているのに、平民の子どもが作った花冠を嬉しそうに被ったりもする。
後に、ヒロインと初対面の時に放たれた死にまくり令嬢の厳しいセリフは、彼女もこの世界を救おうとしているからこその発言だとわかる。公爵家の地位や財力を駆使してもできないのだから、平民であるヒロインに無理をしてはいけない、と不器用に伝えていたのだ。
これを知った時、五郎のなかで死にまくり令嬢の株が大きく上がった。
五郎はアイコエが乙女ゲームであることを忘れて、どうにかこの死にまくり令嬢を仲間にできないかと奮闘した。死にまくり令嬢は「公爵令嬢たるもの、これくらいは当然ですわ!」と、世界を救うためにいろいろと行動しているのだ。出会いは微妙であっても、ヒロインと死にまくり令嬢の目的は同じである。協力関係を築けてもおかしくはない。
五郎は死にまくり令嬢が出てくるイベントの全ての選択肢を試して(攻略対象の誰を仲間にしているか、いないかで選択肢が変化、増減する)、彼女の生存ルートを探った。「なんでこんなに死にまくるんだよ」とボヤきながら五郎はアイコエを何度もやり直した。
攻略を見るという手段もあったが五郎はそれをしたくなかった。タイムパフォーマンスは悪いが、まずは自力で攻略するのが五郎のゲームの楽しみ方だからだ。五郎は次はどの選択肢を選ぶか、誰を仲間にしておくか、何処に行くかなどを考える時間も楽しんでいた。
攻略対象たちといい感じになっても、死にまくり令嬢が死んでしまったらはじめからやり直す。存在するかもわからない【死にまくり令嬢の生存ルート】を求めて、五郎はひたすらにアイコエを繰り返したのだ。
そしてようやく死にまくり令嬢がヒロインに向かって「貴方は……幼い頃に亡くなったお母様に似ていますわ」と微笑んでくれたのだ。
「ついに仲間になるのか!?」
五郎は思わずゲーム画面に向かって声をかけてしまった。それほど手応えのあるイベントだった。
死にまくり令嬢が仲間に───!と五郎が期待した途端、とんでもなく強いモンスターが現れて、アイコエの世界が滅んだ。
あまりのショックさで、五郎はただ呆然と画面のゲームオーバーの文字を見ていた。
その際に五郎はあることに気づく。
「……そういえば、ヒロインが死ぬのははじめてじゃないか?」
アイコエはバトルに負けるとゲームオーバーだが【ヒロインの死】という描写はなかった。しかし今、ゲームオーバーの文字の後ろにヒロインが死んでいるスチルがある。そもそも、世界が滅んだのもはじめてだ。
(このゲームオーバーは……何か、違う……?)
五郎はそんなことを考えていたら───────────────死んだ。
突然の大地震だった。
何もできずに崩れて来た裏山と家に押し潰され、五郎は死んだ。
不運ではあったが、両親とカルテットシスターズたちが家に居なかったことは幸運だった。彼らが五郎の分も充実した人生を全うしてくれたら、五郎が他に望むことはない。
そして、五郎は何故か天蓋付きのベッドで目覚めて、スオーロという名を頂戴したのである。
(……そう、俺は鈴木五郎だった)
どうして急に前世のことを思い出したのかというと、その理由はスオーロの目の前にある。
魔黒石武装。
スオーロはこれに見覚えがあった。正確には五郎だった時に見たものだ。
アイコエでバトルに行き詰まり、五郎はカルテットシスターズにアドバイスを求めたことがある。その時に進められたのが課金アイテムだった。その課金アイテムの名前は忘れていたが「モンスターを一撃で倒せるが、使い捨て」ということはバッチリと覚えている。
(買うか悩んで何度もショップページを見に行ったもんな……)
スオーロはしみじみと魔黒石武装を見つめた。魔黒石武装は簡単にいうと大きな車輪のついた移動式の大砲である。アイコエのファンタジー中世ヨーロッパの雰囲気にあった武器だ。
五郎は魔黒石武装を買うか悩んで悩んで悩みまくって、結局購入しなかった。やはりゲーム好きとしては自力でバトルを攻略したかったのだ。
しかし、魔黒石武装を見て前世を思い出したということは、あの時に買ってサクサクプレイをしてエンディングに辿り着きたかった……と後悔があるのだ。何度もはじめからやり直していたため、アイコエの攻略進度は半分くらいだった。ヒロインや攻略対象たち、そして死にまくり令嬢があの後どうなるのかを五郎は知らずに死んでしまったのだ。
懐かしくなったスオーロは前世のアイコエのプレイ状況を振り返ろうとして、あることに思い至る。
(……待て。ってことはオレは今、アイコエの世界にいるのか?)
輪廻や生まれ変わりを信じていたわけではないが、転生して第二の人生を与えられたのであればありがたいことだ。
どうしてアイコエ世界に?どうやって転生した?などの疑問はあるが、考えてもスオーロに答えは出せない。そんなことに時間を割くよりも、スオーロは今世を素直に喜ぶことにした。ローザという素晴らしい人に出会えたことに感謝!
と、能天気に浮かれていたスオーロはヒュッと息を呑む。
スオーロはようやく重要なことに思い至ったのだ。
それは五郎がアイコエをプレイしていた時にひたすらに追い求めた───死にまくり令嬢のこと。
死にまくり令嬢はシャンパンゴールドのロングウエーブヘアで、人形と見紛うほどに整った顔立ちをしている。肌は雪みたいに白く透き通り、その頬に影を落とすほどまつ毛も長い。そんな極上な容姿のなかでも、一番目を引くのはルビーの宝石よりも輝く瞳だろう。
そう、死にまくり令嬢は───ローザに瓜二つなのだ。
(っ!?名前も同じローザ・ルビーノだ!)
スオーロは驚愕した。どうして今まで思い出せなかったのか!
自分の間抜けさにスオーロは言葉を失ったが、ショックを受けている場合ではない。
(おっ、お嬢様のところへ戻ろう!)
ここが本当にアイコエの世界だとすると、ローザはあの死にまくり令嬢で間違いない。それはローザに星の数を超える程の死亡ルートが用意されていることを意味している。
スオーロがカルタに断りを入れてルビーノ公爵城に戻ろうとした時、ドゴォォォ……ン!と地響きのような大きな音が轟いた。
「っ!?」
「な、なんだね!?」
「外に出ましょう!」
スオーロはカルタを連れて小屋の外に出ると、周りの領民たちもスオーロと同じように慌てて外に出てきた。
大きな音がしたのはスオーロたちがいる最下層から一つ上の階層だ。砂ぼこりが蔓延してよく見えないが、建物が崩壊していた。レンガが崩れる音、木材が折れる音、そして人々の叫び声が聞こえてくる。
(地震?いや、一体何が……?)
スオーロは上層を見上げて目を凝らす。すると砂ぼこりの中からどす黒い塊が躍り出た。
「きゃぁぁ!!」「やべぇ!」と叫び慄く人々の中で、スオーロだけは目を逸らさずに黒い塊を見続ける。
黒い塊は大きなオオワシみたいな形をしていた。それは黒い霧を纏って不気味な雰囲気を放っており、羽ばたくたびに黒い風を起こした。その風を受けた建物はまるで砂の城のように呆気なく壊れていく。
「ディザストロだ!」
スオーロは叫ぶ。
アイコエに出てきたモンスター───ディザストロはゲーム画面よりも肉眼で見た方が何倍も禍々しかった。スオーロは恐怖で震えそうになったが、気合で耐える。
(オレはお嬢様の執事だろ!)
スオーロは己に喝を入れた。もしこの場にローザがいたらどう行動するかを考える。
「皆さん!落ち着いて避難してください!ディザストロです!離れた場所に避難してください!すぐに騎士団に連絡します!落ち着いて避難してください!」
周りの領民たちを勇気づけるように、スオーロは強く大きな声を上げた。
「スオーロ!?」
「メカクレツバメならすぐ呼んで来てくれるわ!」
「みんな、避難だ!」
スオーロの声を聞いた領民たちは少し冷静さ取り戻し、避難をはじめる。領民たちが行動するなかカルタだけは一人ずっと上を見続けていた。
「カルタさん!」
「っス、スオーロ君!あ、あれは昨日、私たちを襲って来たディザストロだ!奴め!性懲りもなく!」
スオーロが声をかけるとカルタは怒り出した。
「忌々しく空を飛びやがって!そのせいでどれだけ弾丸を無駄にしたことか!!……っ!、す、すまない。取り乱した。申し訳ないのだが……奴の退治に協力したくても、もう黒石武装の弾がないんだ」
「ありがとうございます。お気持ちだけで十分です」
眉を下げたカルタにスオーロは礼を言って本題に入る。
「お一人で病院まで戻れますか?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
「病院は避難所になりますので、そこでは医療従事者たちの指示に従ってください。では失礼します」
カルタに会釈をしてスオーロは走り出す。スオーロには何にも代えられない最優先があるのだ。
スオーロは駆けながら横目でディザストロの位置を確認し、城へ戻るルートを決める。
(中央通りが通れないとなると、迂回するしかないな)
城下街の街並みは頭に叩き込んであるので、多少の通行止めは問題ない。
スオーロは隣接する建物の隙間を三角飛びで登って行く。そして屋上までたどり着くと、風に乗るツバメのように城下街を登っていった。
◇◇◇◇◇
(お嬢様……!)
スオーロはルビーノ公爵城内を走る。
少し前にルビーノ公爵城に辿り着いたスオーロは、ルビーノ公爵城城壁を守っているルビーノ公爵騎士団にディザストロ出現の旨を伝えた。すると驚くことに騎士団はもうその情報を掴んでおり、すでに先行部隊を派遣したと言う。
しごでき!流石はルビーノ公爵家直属の騎士団!とスオーロは喜んだ。あとは彼らがディザストロを退治してくれるのを信じて待っていればいい。
しかし、スオーロはルビーノ公爵城内を走っていた。
スオーロはアイコエのことを思い出してから、ローザが心配でたまらないのだ。それほどまでにアイコエに出てくる死にまくり令嬢は死にまくっていた。ディザストロの攻撃の余波がルビーノ公爵城に当たり、壁が崩れたところに運悪くローザが通りがかって下敷きに……なんてことがありえるくらいに死亡ルートがあったのだ。
スオーロは気が気でなかった。
一分でも一秒でも早くローザに会って、彼女の無事を確かめたい。そしてローザの執事として側に仕えて身辺警護に務めたい。スオーロの頭の中はこれでいっぱいだ。
今日のローザは両親のルビーノ公爵夫妻と昼食会をし、その後も三人でゆっくりと過ごす予定である。もう昼食会は終わり、今は三人でのんびりしているはずだ。
そう推察したスオーロは大空の間を目指す。そこは彼らがよく団欒で使用している部屋だ。
大空の間には開放的な大きな窓と、そこから繋がる広いバルコニーがある。バルコニーの下には緑豊かなルビーノ公爵城の庭園があり、自然が好きな三人がリラックスするにはもってこいの場所だ。
スオーロが大空の間を目指していると、丁度そこから一人のメイドが出てきた。栗色の髪をギブソンタックにまとめた彼女は───
「メイド長っ!」
大声を上げてスオーロは駆け寄った。
メイド長は身体を小さく跳ねさせてから扉を閉めると、スオーロの方を向いて眉をひそめる。城内を走ったり大声を出すのはマナー違反だからだ。
「スオーロ、執事としてあるまじきおこな───「お嬢様は大空の間にいらっしゃいますか!?」
スオーロはメイド長の言葉を遮り、突進する勢いで近づいた。
メイド長はいつもと違う様子のスオーロに面食らう。普段の信頼関係のおかげかメイド長はこれは異常事態だと判断し、説教するのではなくスオーロの質問に答えてくれた。
「いえ、ローザ様は不在です。先ほどまでは大空の間にいらっしゃいましたが、まだお戻りになっておりません」
「えっ!?」
スオーロは驚愕の表情を浮かべ、メイド長に詰め寄る。
「で、ではどちらに!?」
「わかりません」
「わからないっ!?」
「スオーロ、落ち着きなさい。声をが大きいですよ」
「すみません。でも、それどころじゃ───「何かあったのか?」
突然、第三者が現れた。その声に聞き覚えがあるスオーロとメイド長は扉の前から廊下の隅に寄って頭を下げる。スオーロは動揺しているが、何度も繰り返し身体に染み付いた動きなので所作は完璧だ。
「お騒がせして申し訳ございません」
「申し訳ございません」
メイド長に続きスオーロも謝罪する。
「構わない。楽にしなさい」
そう言いながらスオーロたちに歩み寄るのは貫禄のある男。焦げ茶色の短髪で、白いシャツに深紅のジレを身に纏っていた。
彼の名前はシクレッツァ・ルビーノ。ルビーノ公爵である。
「フフ。スオーロの声が部屋まで聞こえてきて、気になってしまったの」
穏やかに微笑む女性はルビーノ公爵と腕を組み、美しい白茶色の髪を横に流して深紅のドレスを着こなしていた。
彼女の名前はベーネ・ルビーノ。ルビーノ公爵夫人である。
スオーロの大声は扉向こうにまで響いてしまったようだ。反省しつつスオーロは姿勢を戻した。
「それで、何かあったのか?」
改めてルビーノ公爵に問われ、スオーロが答える。
「お嬢様を探しております。どちらにいらっしゃるかご存知でしたら、お教えいただけないでしょうか?」
「ローザ?」
「あら、さっきまでは一緒にいたのだけれど」
ルビーノ公爵夫妻は顔を見合わせる。
「そういえば、ローザは昼食会の時……」
「……!」
スオーロは何か思い出した様子のルビーノ公爵を凝視した。
「君と同じで、あのハーブは得意じゃないみたいだな」
「フフ、そうね。あの子ったら、あまり美味しくないって顔に書いてあったわね」
「いやでも、君と違ってローザは全部食べたのだから偉いよ」
「あら、わたくしのは貴方が食べてくれるからいいのよ。むしろそのためものだもの」
「そのため?」
「フフ、貴方に、あーん、ってするために出してもらっているの。それよりもスイーツの─────
昼食会の感想を話し合うルビーノ公爵夫妻をスオーロはただ黙って見守る。「そういうのはあとにしてくれます!?」と思ってもおくびにも出さない。そう、スオーロは慣れているのだ。ルビーノ公爵夫妻は大変仲睦まじく、よく二人の世界に入ってしまうことに。
(お二人のラブラブっぷりを見て育ったから、お嬢様は恋愛小説がお好きなんだろうな)
ローザに思いを馳せつつ、スオーロはこの場をどう切り抜けるか考える。ルビーノ公爵夫妻は二人の世界に入るとなかなか戻ってきてくれないからだ。スオーロは一刻も早くローザに会いに行きたい。
だが、「では失礼します」とこの場からスオーロが立ち去るのはいかがなものか。スオーロが騒いだせいで、わざわざルビーノ公爵夫妻は部屋から出てきてくれたのだ。その張本人がすぐ居なくなるのは無作法にも程がある。
(いや、でも、こうしている間にお嬢様に何かあったらどうするんだ!?)
スオーロが混乱していると、メイド長から小声で助け舟が出される。
「昼食会のあと、旦那様と奥様とローザ様は大空の間でご歓談されていました。そしてローザ様はバルコニーへ出て双眼鏡をお使いになっていたのです」
「双眼鏡、ですか?」
「ええ。よく使用されています」
スオーロは驚いた。長年、専属執事として仕えてきたがローザが双眼鏡を手にしている記憶は全くない。
「お嬢様にそういった趣味があることを知りませんでした。バードウォッチングですか?」
「…………まぁ、……そうとも言えますね」
言葉を濁すメイド長を不思議に思いつつ、スオーロはメイド長に続きを促す。
「それで、お嬢様は何を見たのですか?」
「ええ。ローザ様は双眼鏡でディザストロを発見されたようで」
「ディザストロっ!?」
スオーロはつい声を荒げる。そして瞬時にローザの行動予測を立てた。
「ということは……お嬢様はディザストロを見つけ、騎士団に報告する際に「騎士団員を呼ぶよりもわたくしが行ったほうが早いですわね!」とドレスを翻しながら大空の間を出たんですね!?」
「え、ええ。そうです」
メイド長はスオーロの洞察力に驚く。実際にローザはスオーロと一言一句違わぬ発言をして大空の間を飛び出したのだ。
イチャイチャしていたルビーノ公爵夫妻もスオーロの大声で二人の世界から戻って来た。「さっきの話し方、似ているな」「フフ、そっくりね」とスオーロの声真似を感心している。
しかし、スオーロは周りの空気に気づかずに想像を続けた。
「まだお嬢様がお戻りになっていない、となると……騎士団に報告に行ったあと「説明するよりもわたくしが一緒に行った方が確実ですわね!」と、騎士団の先行部隊に同行している可能性が高い!!」
スオーロは顔を青くさせた。こんなことになるのなら、城下街を駆け上がって来る時にもっと下を見ておけばよかった。そうしていたらスオーロはローザを見落とさなかっただろう。常に見ているあの姿をスオーロが見逃すわけがないのだ。
「その可能性はあります」
「確かにな」
「だからあの子は戻って来ないのね」
呑気に納得している三人とスオーロの間には大きな温度差があった。
それもそのはず。この三人はアイコエのことを知らない。つまり、ローザが選択肢一つで簡単に死んでしまう運命ということを知らないのだ。
「……っ!失礼します!」
無作法に立ち去るのはよくないと考えていたスオーロだが、配慮している余裕がなかった。スオーロは急いで頭を下げてから走り出そうとすると、メイド長に腕を掴まれる。
「どこに行く気ですか」
「お嬢様をお迎えに参ります!」
「何故?お前の仮説が正しいのなら、ローザ様は今、ディザストロ討伐部隊に同行しているのでしょう?」
「だからですよ!危険すぎます!お嬢様に何かあってからでは遅いんです!」
何を言っているんだとスオーロが返すと、メイド長は呆れたため息をついた。
「お前が行って何になるのですか。騎士団に余計な手間をかけさせるだけです」
「そ、それは……」
確かに、とスオーロは口ごもる。ルビーノ公爵の一存でスオーロは一通りの戦闘訓練は受けているが、実力は素人に毛が生えた程度。そんなレベルのスオーロが戦地に行ってもお荷物になるだけだ。
「ルビーノ公爵騎士団の力はお前もわかっているはずです。そもそもスオーロ、お前は執事です。主人から命を受けていないのであれば、城で待機が正しい行いです」
メイド長は鋭い視線をスオーロに送った。掴んでいたスオーロの腕を離し、メイド長は言外に「わかりましたね?」と告げている。
スオーロもメイド長の言い分はわかる。
けれども、スオーロにとって執事とは、常に主人のことを考え、常に主人にとっての最善をつくし、常に主人の望みを完璧に叶えて、常に主人を支えるものである。
「お側で支えるのが執事ですっ!」
スオーロは三人に頭を下げて廊下を走り出した。
「スオーロ!待ちなさ───「行かせなさい」
メイド長がスオーロを呼び止めようと声を上げると、ルビーノ公爵がそれを制した。足の速いスオーロはとっくに見えなくなっている。
「……よろしいのですか?」
「支えたい、という気概は悪くない。……おや、騎士団からの伝令も来たか」
戸惑うメイド長にルビーノ公爵が微笑むと、スオーロが走り去っていった方向から騎士団員が急ぎ足で向かって来た。ルビーノ公爵はそれに片手を上げて応える。
「でも危険ではなくて?」
「まぁ……安全ではないだろう」
ルビーノ公爵夫人が不安そうにスオーロのことを心配すると、ルビーノ公爵は軽く笑った。
「だが、スオーロにはこれくらい軽く熟してもらわなければ、あの作戦を許可できない」
次回
1-6 「さっきまで一匹だっただろ!?」
2026/11/6に公開予定です。
読んで頂けますと幸甚です。




