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第7話 封じられた蒸留塔
蒸留塔の鍵は、帳場の古い引き出しの二重底から見つかった。
「前任の管理人が閉めて以来、誰も開けてない」
マルタと一緒に重い扉を押し開けると、錆と古い油の匂いが流れ出た。塔の上階には、本来あるはずの銅製冷却管がごっそり抜かれていた。代わりに残っていたのは、売却伝票の切れ端と、木箱の陰に押し込まれた薄い手帳だった。
手帳を開いた瞬間、私は息をのんだ。
筆跡が母のものだった。
母エリザは、私が十六歳の頃に亡くなった。王都では穏やかな婦人としてしか知られていなかったが、若い頃に北辺蒸留所で学んでいたことは、私しか知らない。
『白百合は雪解け水の温度が一度高いだけで鈍る。北の朝に咲く花は、朝のうちに蒸しなさい』
手帳にはそんな実務的な注意がびっしり書かれていた。
最後の頁には、もっと短い一文があった。
『王宮香房が南区溶媒を混ぜ始めた。記録を残す』
私はその文字を指でなぞる。
母は知っていたのだ。王都香房が偽物に手を出していたことを。
「読めるか」
レオンハルトが背後から問う。
「はい。母の調合帳です。ここに、白百合を戻す方法がある」
「なら、塔を直そう」
その返答に迷いがなかった。
過去の記録が、今の私の手へ戻ってくる。
これ以上ない武器だった。




