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10.騎手

 9月のある日、1か月後にレースデビューを控えた私と調教助手の小松さんとで一緒に訓練をしているときだった。あ、そうそう。私のデビュー戦は10月に決まりました!

 思ってたようにやっぱりこっちの夏が暑すぎて、7月の途中からちょっと夏バテ気味だったのよね。そんな私の体調を考慮して、金森さんが10月ごろにしようと提案してくれたみたい。

 そんなわけで、レースのための訓練が追い込みに入った今日この頃。私は頑張ってきつい日課をクリアしていく。小松さんや遠藤さんがめちゃめちゃ私のことを褒めてくれるので、毎日の辛い訓練も全然苦じゃない。やはり私は褒められて伸びる子。

 運動量も増えたことに合わせて、少しずつ私のスタミナ量やタイムが伸びてきて、全速力の馬の走り方も体に馴染んできた。人間のときとは比べ物にならないくらい体が大きいから、速度が上がるにつれて自分の体なのに上手く自分の動きを制御できず戸惑うというなんとも不思議な経験をしたけど、今ではだいぶコツがつかめてきた。筋肉がついてきたからかも。

 体が重いということは加速するときや、止まるときなど人間よりも色々と労力が余計にかかるのだということがよ~く分かった。これが慣性の法則!遠心力!なんちゃって。

 体のバネを上手く使った走り、力の流れを止めない走り、地面の反発を活かす走りなどなど、まだまだ研究の途上だけど、顧問の先生に教わったことを私なりに実践できている。ありがとう先生!ぐちぐち嫌味ったらしいとことか性根の悪さは嫌いだったけど、あなたの教えは生まれ変わっても私の中で生きています!


 というようなことを色々考えながら、私は日々練習に励んでいるので、なんだかんだで毎日すっごい頭を使う。もう知恵熱でそうなくらいよ。

 そんな感じなので、周りのことを気にする余裕がほとんどない私は、いつの間にか知らない人がじっと私たちの様子を見ていることに、小松さんが教えてくれるまで全く気付いてなかった。

 先に気付いていたらしい小松さんがあぁと小さく声をだすのが聞こえて、その視線の先にその人がいたのだ。誰だろ~と思っていたら、小松さんが区切りの良いところで訓練をストップし、私をその人のほうへ誘導する。

 どうやら知り合いだったようで、その人がこっちに、正確には小松さんにだけど、小さく頭を下げた。それを見て、小松さんも挨拶を返した。

 小松さんが上に乗ったまま、私を柵の方へ寄せる。見たことのない若い小柄な男性が柵に寄り掛かるように立っていた。ちょっとチャラそう、というのが私の第一印象。

「おはようございます。いらしてたんですね」

「ええ、まぁ。自分の馬ですから」

 うん?

「それじゃあ、乗ることにしたんですか?」

「ええ。騎手ですから。色んな馬に乗ってできるだけ経験を積む方がいいだろうと思い直しまして。だから、一応どんなもんか見ておかないといけないかなぁ、と」

 しゃべり方が少し気だるげだ。

「実際にご覧になってどうですか?」

「うーん。まずまずじゃないですか?よく訓練されてそうだ。ま、所詮白毛なんであんまり走りそうじゃないですけどね。思ったより悪くなさそうかなって感じでほっとしてます。変な馬に乗りたくはないですから」

 えぇ?それって私のことだったりする?

「この子は良い馬ですよ。賢くて訓練も嫌がらないからどんどん良くなってきてます。乗ってもないのに白毛だからと決めつけるのはあまり感心しません。第一印象が裏切る馬なんてたくさんいますし、思い込みがレースに悪影響を及ぼすこともありますよ。馬の特性を読み間違えて上手く息を合わせられず、勝てる馬を勝たせられないなんてことになったら悲惨じゃないですか」

 小松さんがキツイ言い方をしている。私にはわかる。普段とはちょっと違うぞ。私のために怒ってくれてる?いい人だな~。それに比べてこの人は……。ちょっと嫌なやつ。

 それに私のことを思ったより悪くなさそうって、酷くない?なんで上から目線なの。乗ってもないのに何が分かるの!

「馬の特性を掴んで俺らに教えてくれるのがそっちの仕事じゃん。普段べったりなんだからさ。レースに忙しい俺らをサポートするのも君の仕事でしょ」

 ちょっと小松さんの言い方に、この人もかちんとしたらしい。

「まぁいいや。今日はちょっとどんなもんか乗せてもらおうと思って来たんだ。代わってよ」

「……まだ、デビュー前なので、慎重に扱ってくださいよ」

「オッケーオッケー。大丈夫。うちの姫を手荒には扱ったりしないよ。そこは安心して」

 また言った。うちのって、どういうこと?私は笹森牧場と小早川さんの馬なんですけどー?

 とりあえず、乗りやすいようにしてあげる。

「お、気が利くじゃん。訓練が行き届いてるぅ」

 よっ、と言いながら私の背に跨る。乗り方はスムーズだ。良かった。

「それじゃちょっと借りるよ」

「あんまり無茶な乗り方はしないでくださいよ」

「わかってるって。軽く一周してくるだけ」

 ちょっと嫌だなぁ、この人乗せるの。

「はぁ。じいちゃんもばあちゃんも、もっといい馬買ってきてくれればよかったのに。白い馬なんてなぁ~。こんな外れの馬買わされちゃってさ。ほら、歩け」

 そういいながら私の胴を両脚で挟んで歩くよう促す。

 なんですと!?待って!今それどころじゃないの!聞き捨てならないセリフが聞こえてきて、めっちゃ混乱してるの!

 じいちゃんばあちゃん???じいちゃんばあちゃんって誰の事?まさか小早川さん?うっそ~。

「ん?どうした?ほら歩け。ほら」

「ちょ、小早川さん!もう少し優しく!初めて見る相手なんですから、この子だって警戒してるんですよ!すんなり乗せてくれたのだって、イバラヒメが良い子だからですよ!」

「えー人好きの馬だって聞いてるよー?そんなカリカリしないで」

 衝撃が脳天を直撃した。まさか、この人ってあの人のよさそうな小早川さんのお孫さん?こんなクソ男が?ひぇー。

 小松さんが私のために、この小早川とかいう男を諫めてくれている間にやっと衝撃から快復して、ゆっくりと脚を動かす。

 ホント?私、これからさきずっとこの人乗せて走らないといけない?一回だけだよね?ずっとは無理だよー……。

 私の小早川孫の第一印象はもう地に堕ちている。

「お。動いた。良し良し。俺の言うことには従うんだぞー?俺がお前をレースに勝たせてやるからな~」

 いや、あなたに勝たせてもらおうと思ってないし……。てか、すごい自信。そんなすごい騎手なのかな。

「てか、俺に一声かけてくれればよかったのに。馬のことなーんも知らないくせに勝手なことして。どうせ素人だからって、変なの柄まされたんだろうなぁ。田舎の零細牧場にわざわざ行って、外れくじひかされるなんて。こんな馬じゃ勝てるもんも勝てねーよ。ま、逆に言えば、どうせ勝てるわけないんだから、何回か乗ってやって、その後で別の馬買うよう頼むかな。あぁそれがいいかも」

 は?????

 かっちーん、てきたよ!

 何なのコイツ!大っ嫌い!!!ほんとサイテー!ぷんすか!


 その後の訓練は、振り落としてやりたいイライラを抑えるので精いっぱいだったけど、なんとかやり切った私を褒めて欲しい。

 小早川孫が去った後、小松さんが私を労う。

「ご苦労様。あとでりんご食べような。てか、あの人が乗るなんてお前は運がないな……。心配になってきた。来月はなんとか頑張って走ってくれよ」

 え、どういうこと……?もうちょっと詳しく教えて!

 という私の疑問に小松さんが答えてくれるはずもなく、私はもんもんとしたまま厩舎に帰ることになった。体を綺麗にしてもらって、ごはんをもりもり食べて、小松さんからおやつのりんごをもらったらもうさっきのことはどこ吹く風。私はすっかり小早川孫のことを忘れ去っていた。

 しかも、その後しばらくあの人が現れなかったので、私ったらまーじであの人の存在を忘れちゃってた。

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