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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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276. 版図は陸を超えて

 


     [4]



 元々は、人魚達の集落はもっと今よりも沖側に―――ほぼ『外洋』と言って差し支えないような辺りに存在していたらしい。

 そこから現在の位置へ集落を移転させたのは、およそ1年前だそうだ。


「なぜ集落を移転させたのか、理由を訊いても?」


 ユリタニア宮殿の応接室へと場所を移して。ユリとは対面側のソファに腰掛けるアトラに、そう問いかける。

 静かに頷いてから、アトラは事情を説明してくれた。


「外洋にシーサーペントが時折出没するようになりまして。なるべく刺激せぬよう心掛けながら生活していたのじゃが……それでも時折、住人や集落に被害が出るようになり。お恥ずかしながら、逃げて来たのじゃ……」

「なるほど……」


 シーサーペントは、巨大なウミヘビの魔物だ。

 姿自体は海竜も似たようなものだけれど。海竜が翼はなくとも歴とした『竜』であるのに対し、シーサーペントは竜ではない。


 当然、その脅威は海竜に較べると数段落ちるものとなる。

 ―――もっとも、ユリが有する知識は『アトロス・オンライン』のゲーム内情報がベースになっているので、この世界では全く異なる可能性も大いにあるが。


「シーサーペントは、どの程度の強さなのかしら?」


 だからユリは、確認の為にその脅威性についてアトラに訊ねる。


「100名以上の人魚で当たれば倒すこと自体は可能……なのじゃが、それなりの被害は覚悟しなければなりませぬ。無論、我等は殺されても時間が経てば復活できますが、それは相手も同じことゆえ、やや不毛なところがあります……」

「ふむ……」


 話を聞いて、ユリは暫し黙考する。

 つまり―――レベル50程度の人魚でも、束になれば勝てる相手というわけだ。

 それなら、互いのレベル差は小さくは無いにしても、大きくも無いと考えて良いだろう。推測だが、シーサーペントのレベルは80前後といったところか。


「ユリ陛下、必要であれば我々で対処致しますが」


 ユリが座るソファの後ろに控える、タザールがそう申し出てくれた。

 忠誠に厚い彼は、率先して労を請け負うことを厭わない。何とも有難いことだ。


「そうね。あなた達に任せれば、何の問題も無いでしょうけれど……」


 海竜のレベルが100~130程度であることを考えると、彼らに任せればシーサーペント程度なら、労せず駆逐できるだろう。


「アトラ、そのシーサーペントは対処した方が良い相手なのかしら? それとも、集落を移転した今では、それほど目障りでは無いのかしら」

「そう、ですな……。現在の集落の辺りまで来ることはまずありませんので、別に対処せずとも問題無い相手ではあります。但し、もしシーサーペントを討伐できるようであれば、その方がより広い範囲から魚介を採集できるのも事実です」


 それならば、駆逐する意味は充分にあるというわけだ。


「アトラ。あなたが希望するなら、タザールにお願いして毎月の月初めに海竜達を派遣し、シーサーペントを駆逐しても構わないわ」

「ほ、本当ですか!」

「但し、人魚は私の従属下にあるわけではなく、あくまでも『同盟』の関係でしか無いわけだから。当然、力を貸す対価を用意して貰わなければならない。

 あなた達が集めた魚介の一部を―――そうね、2割で構わないから、対価として百合帝国に納めるということでどうかしら?」

「その程度でしたら何の問題もありませんが……。私達には、人族が欲する魚介とそうでない魚介との、判別が付きかねるのじゃが」

「とりあえずは全てについて2割を納めてくれれば構わないわ。あとは取引を続けて行くうちに、品目を互いに交渉し合って変更していくことにしましょう」


 『アトロス・オンライン』のゲーム内に登場していなかった以上、ユリは人魚達の生態についても、あるいは保有している能力や技術についても、何一つ知識を持ち合わせてはいない。

 だから、彼らが『採集』する物品がどういったものなのかについても、当て推量で考えることしかできないのだ。


 人間が好む魚介を予め伝えて、それだけ納品して貰うのでも、構わないと言えば構わないのだけれど―――。

 どうせなら、最初は彼らが収集できる物品を一通り受け取ってみて、百合帝国に有益なものが含まれていないかどうかを精査してみたい。


「判りました。……ですが、本当に2割で良いのですか? シーサーペントの勢力圏にある魚介に手を出せるなら、採集の効率は倍以上にまで上がります。納品量を3~4割程度までなら増やして頂いても、こちらとしては旨味がありますが」

「最大で3割までなら受け取りましょう。但し、私の国では支配下の都市や村落に一律で『3割』の税を課しているから。それ以上は絶対に受け取れないわ。

 それと―――もしあなた達が3割を納品してくれる場合には、私の支配下にある集落と全く同等の庇護を、人魚達の集落にも与えるわよ」

「3割だけで構わぬとは、貴国の税は随分と良心的なのじゃな。正直驚いたぞ。

 ……っと、あ、いや、驚きました(・・・)」

「別に言葉を改める必要は無いから、アトラが話しやすい口調で構わないわよ? 私は自らの友が砕けた口調で話すのを良しとせぬほど、狭量ではないつもり」

「そ、そうか……。すまぬ、では少し気安く話させて貰う」

「ええ、どうぞ」


 タザールのように、主であるユリに対し忠誠を尽くそうという心意気から、礼節を言葉に示したいというのであれば、拒否する理由も無いが。

 少なくとも、話し辛いのを無理させてまで、礼節を強要するつもりはない。


「同等の庇護、とは一体どのようなものじゃろう?」

「例えば、あなた達の集落に結界を張り、外敵が一切入れないように出来るわね」

「―――! その結界は、百合帝国の支配下に入れば、頼めば既に放棄した集落の側にも張って貰うことはできるじゃろうか!?」

「え? ええ、勿論そのぐらいは構わないけれど……」


 外敵の侵入を防ぐ【障壁結界】の展開に必要な素材は、現在ある『迷宮地』から産出する素材だけで、全て賄うことができる。

 なので複数の【障壁結界】を展開しても、大した負担ではない。


「既に放棄している集落に、何か護るべきものがあるのかしら?」

「うむ。あの地には―――祖先を供養する、霊園があるのじゃ」

「……なるほど。それは大事にすべきものね」


 魔物は死んでも生き返るものだと思っていたが―――霊園があるということは、もしかすると寿命で死んだ個体は、生き返ることができないのだろうか。

 ―――何にしても、祖先を大切にしたいという気持ちは、人族にも良く理解できるものだ。その為に【障壁結界】を利用したいのなら、断る理由は無い。


「我々の集落と祖先の霊園。その2つに確かな庇護を与えてくれるのなら、我々は百合帝国の支配下に組み込まれるのも、吝かでは無い」

「ふむ……。魔物と共生する国を営んでみるというのも、何だか楽しそうね」


 ユリの側から差し出した手を、人魚の長であるアトラが力強く握り締める。

 これが―――百合帝国の版図が大陸の枠を超える、最初の一歩となった。



 

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