274. 人魚の長(前)
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ユリが派遣した海竜は『下位竜』に区分される者達であり、そのレベルは大体100~130程度。無論、ユリや『百合帝国』の子達にとっては大して脅威となる存在ではない。
とはいえ―――レベルが『50』前後しかない人魚達にとっての海竜は、実力に絶対的な開きがある頂点捕食者だと言えるだろう。
そんな海竜が、突如として大陸西岸の海に60体以上も出現したことで、海中で安穏と暮らしていた人魚達は大変な恐慌を来したようだ。
人魚達はおそらく、建設中の都市にちょっかいを出していた時には、人族に対して絶対的な優位性を感じていたことだろう。
その優位性とはつまり、自分たちは『地上を侵攻できる』が、人族は『海中へは侵攻できない』という認識だ。
実際には『百合帝国』の子達が使用できる魔術や魔法の中には、海中での活動を可能とするものが幾つかあるため、これは完全な誤認なわけだけれど……。これに彼らが自力で気づける筈もない。
いずれにせよ、その優位性は『百合帝国』が手を出すまでもなく、海竜の派遣という形であっさり崩されることになって。
―――結論から言えば、人魚達が降伏するのは早かった。
海竜を派遣した翌日にはもう、人魚達の長の女性が、海竜の長であるタザールによってユリタニア宮殿へと連行されていた。
ちなみにユリは当初、人魚の長の女性が連行されてきたという話を聞いた時に、彼女から応接室で詳しい話を聞き出そうと思ったのだけれど。これは『撫子』隊長のパルティータによって止められてしまった。
応接室は客を遇する為の部屋であるので、敵性存在を迎え入れるには不適、ということらしい。
なるほど、確かにパルティータの言い分はもっともだろう。
―――仕方なく、ユリは『謁見の間』にて人魚の長と相対することにした。
もちろん『謁見の間』を利用するとなれば、玉座に座るユリの隣には、12名の各部隊長がずらりと並ぶことになるが。
その中でも―――とりわけ『桔梗』隊長のメテオラの瞳に浮かぶ、憎悪は深い。
まあ、当然だろう。彼女の部隊は都市などの『建造』に命を賭けるだけのことはあり、それを邪魔立てする者には容赦を知らない。
今回の海洋都市の建造計画には、人魚達のせいで当初の進捗予定より数日程度の遅延が既に発生している。メテオラが怒るのは至極当然のことだった。
「あ、アトラと申します。人魚部族の長をしております」
このユリタニア宮殿まで連行してきたタザールの隣で、ひとりの女性が床に額を擦りつけながらそう告げた。
人魚部族の長―――と言う割に、下半身には普通に左右の足があり、人魚というよりは普通の人族のように見える。
室内の照明の光を受けて綺麗に煌めく、綺麗な瑠璃色の髪を持っている辺りは、なるほど人魚らしい美しさであるようにも思えるけれど。
「ふむ……。人魚なのね? アトラには足があるようだけれど?」
「あ、こ、これは。そういう装身具を身に付けているからです」
「ほう? 人魚の部族は魔法の装身具を所有しているのね。―――あなたが人魚であることを確認する為に、ちょっと外して貰っても良いかしら?」
「し、承知しましたのじゃ」
ユリの言葉に頷いたアトラが、首元に付けていたネックレスを外す。
すると10秒ほどの時間を掛けて、ゆっくりとアトラの下半身が『人族』のものから、いかにも『人魚』らしい魚のそれへと変化していった。
(これは……『アトロス・オンライン』には無かった装備品ね)
その効果を目の当たりにして、ユリは内心で軽く感嘆する。
とはいえ、初めて見る物なのは当然だ。そもそも『アトロス・オンライン』には『人魚』という種族や魔物自体が存在していなかったのだから。人魚の足を変化させる装備品なんてものが、あのゲーム中に存在していよう筈もないのだ。
「―――ユリ様。その装身具、宜しければ我々に研究させて頂きたく」
玉座の左隣に立つ少女が、期待に満ちた声でそう告げる。
『竜胆』隊長のクローネだ。生産部隊の纏め役である彼女からすると、やはり未知のアイテムには食指を動かされるものがあるのだろう。
「アトラ。その装身具に予備はあるのかしら? そちらが良いようであれば、暫くお借りさせて欲しいのだけれど」
「あ……よ、予備はあります。集落まで戻れば、あと2つあります」
「では1つだけ貸して頂けるかしら。―――クローネ、期間はどの程度必要?」
「3ヶ月も頂ければ充分です」
「結構。では後ほどそのネックレスの予備を、3ヶ月間当国へ貸して頂きたいわ。もちろん相応の礼はさせて頂くから」
「―――借りるなどせずとも、殺して奪い取れば良いのでは無いでしょうか?」
「ひいっ!?」
吐き捨てるように海竜の長タザールが告げた言葉に、アトラが悲鳴を上げる。
彼女の恐怖っぷりは、明らかに尋常のものではない。おそらくユリタニア宮殿に連行されてくるまでの間に、タザールや他の海竜達から、かなりの恐怖を心に刻み込まれているのだろう。
「タザール。私は『国益に利する者は相応に遇する』ことに決めているわ。
何か―――私の方針よりも、あなたの提案を優先する理由があるかしら?」
そう告げながら、ユリは〈支配者の威厳〉スキルをオンにする。
『百合帝国』359名の首として、相応しいだけの威厳を一瞬にして身に纏ったユリに。驚愕したタザールが、慌てて隣のアトラと同じ格好で床に伏した。
「……分を弁えぬ事を申しました。お許し下さい」
「結構。あなたの言葉が、私の為を思ってのものだということは理解しています。今回の件、迅速に事を運んでくれたタザール達には、とても感謝していますよ」
「も、勿体ないお言葉です」
微かに上ずった声で、そう答えるタザール。
その声色が、何だか少し嬉しそうなものに聞こえたのは、何故だろうか。
……もしかしてマゾの気質がある男性なのだろうか。
「ところで、アトラ。私は同時に、『国益に反する者もまた相応に遇する』という方針も持ち合わせているのだけれど。
―――当国の都市建設地を、あなたが長を務めている人魚の部族が襲撃した件。これからじっくりと、詳しく聞かせて貰っても構わないかしら?」
「ひ、ひいぃっ!!」
ユリから睨め付けられて、人魚の女性が恐怖に震え上がる。
〈支配者の威厳〉スキルには、竜であるタザールさえ萎縮させるだけの、強い精神効果がある。それがタザールの半分以下のレベルしかないアトラにとって、より強く作用するものであるのは、考えるまでも無く明らかなことだった。
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