263. 第五側室(1)
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「凄いわ。街が水の上にある……」
あまりの景観の見事さに、思わずメルファルーデは驚かされる。
―――ここは過去にも幾度となく『転移門』で訪れた、ユリシスの都市だ。
但し今回は、見慣れた『迷宮区画』ではなく、都市北部にある『観光区画』の方へ来ていた。
背の高い建物が密集しており、また人出も多いため、何かと『混雑』した印象を受けがちな『迷宮区画』とは違い。何と『観光区画』は、その区域の建物や街路の全てが湖の上に造られているという、極めて異彩を放つ場所になっている。
おそらく【浄化結界】の効果によるものだろう。透き通るような清浄さが保たれている湖では、沢山の人達が水着を身に付けて泳ぎを楽しんでいた。
「す、凄いわね……。私達もここで泳ぐの?」
「はい。折角水着を買ったのですから、泳いじゃいましょう」
メルファルーデの言葉に答えるのは、今日このユリシスの『観光区画』を案内してくれている、ユリ陛下の『第五側室』であるユベル・レイピアという少女だ。
彼女は百合帝国のずっと西にある『レイピア王国』という国家の王女らしい。
百合帝国とレイピア王国とは、同盟を締結している。この2国間はかなり距離が離れているらしいのだけれど、ユリ陛下が設置した『転移門』さえあれば全く問題とはならないため、国交は密に交わされているそうだ。
メルファルーデは先程『観光区画』に入る前に、『迷宮区画』にある衣料店で、ユベルに勧められて水着を購入している。
これは着用したままでも泳ぎに支障を来さない専用の衣服で、この『観光区画』の湖で泳ぎを楽しむ人は、必ず着用することになっているらしい。
ちなみに裸で泳いだりすると、速攻で捕まるそうだ。
「着替える場所が必要でしょうから、私が普段滞在している宿所へ行きましょう。荷物なども預けておくことが出来ますので」
「それは有難いわね。泳ぎを楽しむなら、荷物を持ち歩きたくはないわ」
ユベルに案内されながら『観光区画』の街並みを歩く。
この区画は全てが湖上にあるため、街路なども木造の橋を連結したような構造になっている。こんなに水気が多い場所で木材を多用して、腐食しないのだろうか。
「この木製の遊歩道は『ボードウォーク』と言います。錬金術で作成した、水をはじく特殊な塗料を予め全ての木材に塗布しているため、水を被っても耐久性に問題が生じたりはしないそうですよ」
「へえ、そんな塗料があるのね。道理で……」
メルファルーデの疑問を見透かしたように、ユベルがそう教えてくれた。
木造の遊歩道は、普通の街路とは異なる独特の歩き心地が感じられて、不思議な楽しさがあった。一歩ごとに硬い靴がコツコツと音を立てるのも何だか面白い。
また、都市内のどこを歩いていても綺麗で涼しげな湖を眺めていられるのには、ちょっとした贅沢感も伴った。
「ちなみにこの区画は元々、同盟国の貴族や富豪といったお金持ちの人達が好んで利用してくれるように、景観を重視して造ったそうですよ。
だからこの区画へ入る時には、それなりの額の『入場料』を徴収していますし、また区画内に用意された宿所なども料金が高めに設定されているとか」
「そうなんだ? だったら、いま湖で泳いでいる人は全員お金持ちなのかしら?」
「いえ、それが―――。百合帝国も同盟国も、この2年ほどで随分と豊かな国になりまして。全ての民の所得が増えて生活に余裕も出来たことから、現在は庶民でもちょっと贅沢すれば利用できる程度の場所になったそうです」
「あら、素敵な話ね。みんなの生活が揃って豊かだなんて、理想的だわ」
ユベルの言葉を受けて、メルファルーデは静かに感心する。
おそらく、民の生活が安定して豊かなのは『迷宮地』があるお陰なのだろう。
特別な知識や技術を必要とせず、誰でも安全にお金を稼げる―――そんな場所があれば、きっとそれだけで百合帝国や同盟国からは貧民が激減するはずだ。
しかも『迷宮地』へ通ってさえいれば確実にレベルが成長していくので、収入も必ず右肩上がりに増えていくことになる。
最初は生活を維持するだけで手一杯の収入しか得られなくとも、探索者としての活動を続けてさえいれば、それだけで生活の余裕が手堅く増えていくのだ。
それこそ―――この『観光区画』のようなちょっと贅沢な場所も、誰でも努力を続けていれば利用できるようになれるというのは、何とも夢のある話だと思えた。
「あ、見えてきましたね。私は普段ユリタニア宮殿か、もしくはあの『ユリシス・バタフライ』というホテルに滞在しています」
そう告げながらユベルが指差した先には、大変に目を引く建物があった。
高さ的にはそれほどでもない。おそらく10~12階ぐらいはあるのだろうが、ユリシスの『迷宮区画』には高層の建物が沢山建っているので、それに較べて特別高い建物というわけではない。
但し、何と言うか―――『ユリシス・バタフライ』はこの『観光区画』の中で、間違いなく最も高級な宿所なのだと。ひと目見ただけで強い確信が持てるような、それほどに立派であり豪奢でもある、美しい建物だった。
一生に一度だけでも良いから、ここに泊まってみたいと。思わずそんなことを考えてしまいそうになる、そんな素敵で秀逸な外観をした建物なのだ。
「……1泊あたり幾らぐらいするのかしら?」
思わずメルファルーデがそんな言葉を口にすると。
その言葉を聞いたユベルは、やや苦笑混じりに微笑んでみせた。
「メルファルーデさんが思っておられる程の額ではないと思います。
そうですね、例えば探索者なら―――おそらくレベル60程度の腕前があれば、日頃の稼ぎだけで、無理なく泊まれる程度でしょうか」
「へえ……。それなら、私が予想していたよりはずっと安そうだわ」
現在メルファルーデのレベルは〔狩人〕が『98』に、〈精霊使い〉が『26』にまで上がっている。
平均すればレベル60程度の腕前はあるだろうから。やろうと思えば、メルファルーデの稼ぎでも充分に泊まれそうというのは、嬉しい話だ。
「但し、その場合に泊まれるのは通常の部屋だけです。『スイートルーム』などの特別な部屋に泊まる場合には、その何倍かの稼ぎが必要になると思います」
「ああ、なるほど……。同じ宿所内にも、部屋によって『格』があるのね」
「はい。高い『格』の部屋を借りる場合には、料金も文字通り格が違いますので」
「……具体的な金額は訊かないでおくわ。怖いから」
こんな高級な宿の中でも、とりわけ格が高い部屋ともなれば。それこそ目が飛び出るような額を請求されても、何らおかしくは無いように思えた。
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