241. 陸運の開始
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百合帝国の神域都市『蓬莱』と、アネカ共和国の悪地にある『ハラキオ』と『サイオン』の都市を繋ぐ交易路は、速やかに『桔梗』の手によって仕上げが行われ、極めて上等な交易路として完成した。
『桔梗』の隊長を努めるメテオラの話によると、雨天時でも馬車の車輪が絶対に滑らない程度の摩擦を確保しつつ、けれど走行する車体を揺らさないよう、路面を可能な限り滑らかに仕上げているそうだ。
また『竜胆』の部隊に所属する〈錬星術師〉のルピアが開発した特別なコーティング剤を塗布することで、路面には損耗への耐性も付与してあるらしい。
このコーティング剤は生産に多少のコストが掛かる上に、大体2~3ヶ月を目処に塗り直さなければ、効果が持続しないらしいけれど。有効な期間中は、鉄の車輪を備え付けた重さ数トンの戦車が激しく往来したとしても、路面が摩耗することはまず無いそうだ。
生産部隊である『竜胆』の子達は、自身が生産した物を決して偽らず、誇張することもない。ルピアがそう言ったなら、実際その言葉通りの効果があるのだろう。
交易路は途中まで一本道だが、国境を越えてアネカ共和国内に入ると同時に2股に分岐し、それぞれの道がハラキオとサイオンの都市へと到達する。
悪地ならではの急峻な地形を『紅薔薇』の破壊魔法で削ったり、『黄薔薇』や『青薔薇』の精霊魔法で埋めたりしながら交易路を敷設したため、均された路面には殆ど起伏が存在していない。
なのでこの交易路を走る馬車は、かなりの速度を出すことができる。
直線だけで道路を敷いたので、交易路上を通行する分には見通しも良い。なのでそうそう事故が起きることは無いだろうけれど……。速度を出しやすいことに調子づいた御者が、もし事故を起こせばかなりの被害が出るだろう。
充分な幅がある道路なので、あとで路面の中央に白線を引いておく方が良いかもしれない。また、交易路を利用する馬車の御者に『左側通行』の周知を徹底するなど、それなりの対策はしておくべきだろうか。
例によって交易路沿いには、10m程度の間隔で骸骨兵も配置してある。
交易路の付近に出現した魔物は、骸骨兵と同等以上のレベルを持たない限り、速やかに処分される。一部の骸骨兵には弓を持たせているので、空を飛ぶ魔物もある程度は対処できる筈だ。
もちろん骸骨兵は、交易路を利用する馬車や徒歩旅客を盗賊から護る役割も果たしてくれる。安全は充分に確立されていると言っても良いだろう。
―――まあ、ユリシスやユリーカの『迷宮地』で鍛えている探索者には、骸骨兵を問題なく倒せてしまう人も少なく無いわけだけれど。
とはいえ、それが可能な実力を有する探索者なら『迷宮地』の稼ぎだけで充分に豊かな暮らしが出来る筈だから。安易に犯罪に手を染めたりはしない筈だ。
「―――ではルベッタ、よろしく頼むわね」
「はい、ユリ陛下。先方の民を、百合帝国の良質な食品の虜にしてみせましょう」
「あら頼もしい。期待しているわ」
その交易路を初めて利用する『ロスティネ商会』の商隊をユリは見送る。
荷馬車の数は4台。途中の分岐路で半数ずつに別れ、ハラキオとサイオンの都市へそれぞれ、2台分ずつの物資が届けられる予定になっていた。
竜を用いた『空輸』は、来月に入るまで行うことができない。
これはアネカ共和国側で百合帝国の竜に危険性が無いことを周知して貰う為に、ある程度の期間が必要となるからだ。
なので今日は、それに先駆けてロスティネ商会が『陸運』を開始する。
フルール総督に相談したところ、ハラキオとサイオンの都市に空いている店舗を用意して貰えたから。ロスティネ商会が今日から毎日食料などを運び込み、現地の店舗で商う手筈になっていた。
ハラキオとサイオンの都市では普段、日持ちする飲食物しか手に入れることができないため、住民には食の楽しみが全く無いのだと聞いている。
けれど―――それは昨日までの話になるだろう。今日からは、百合帝国の食材が毎日のように届くようになる。
当然、あちらに住む人達の食事事情にも大きな変化が生じるだろう。
交易路さえ完成してしまえば、実は蓬莱とハラキオやサイオンの都市との距離は意外に近く、およそ18km程度しか離れていない。
これはユリタニアとユリシスの都市間距離より、1割ほど短いぐらいだ。
途中で分岐が1箇所あることを除けば、道程も綺麗な直線道路なので、荷馬車を充分な速度を出しながら走らせることも容易い。
都市間の『陸運』には、片道あたり2時間も掛からないだろう。
食材が傷むことなく、新鮮なまま目的地まで届けられるのは喜ばしいことだ。
ルベッタが告げた「先方の民を百合帝国の良質な食品の虜にしてみせる」という言葉は。もしかすると誇張でも何でも無く、実際に有り得る話かもしれない。
『陸運』の成果で現地民の信頼を得ておけば、後日アネカ共和国に『転移門』を設置したり『放送』を開始する際にも、色々と円滑に進めやすくなるだろう。
百合帝国のことを良く思う人が増えれば、いずれユリが『放送』を開始した際にも、早期から良い反応を期待することができる筈だ。
効率良く信仰が集まれば、それだけリュディナにも恩を返せることになる。
それはユリにとって、大変望ましいことだ。2国間の友好関係は、今後も様々な形で、継続的に強化を図っていきたい。
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お読み下さりありがとうございました。
ちょっと実生活に余裕が無く、ここ数日に誤字報告機能から頂戴しました指摘の、反映が遅れております。すみません。




