226. アネカ共和国
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月を3つに分けて考えるなら、そろそろ中旬と言えそうな『春月14日』。
この日、百合帝国の女帝であるユリの元へ、一通の親書が届けられた。
もちろん他国からの正式な親書なので、受け取りは『謁見の間』にて行う。
親書を運んできたのは、ゴトスという名の隊長に率いられた8名程の騎士の一隊だった。受け取った親書の署名は『アネカ共和国』の『フルール・ケチャト総督』となっており、間違いなく他国の国主によって記されたものだと判る。
内容は端的に言うと『アネカ共和国の東部にある都市ハラキオから、百合帝国の国土内を多数の竜が飛行している姿が目撃されているため、事情を当国にも教えて貰いたい』というものだった。
手紙の文面は大変慇懃に記されていて、当国や国主であるユリに対する敬意が、文中の端々から自ずと伝わってくる程だ。
それも当然だろう。アネカ共和国は宗教に篤い国であり、ニムン聖国が古くから同盟を締結している唯一の相手でもある。百合帝国とは『同盟国の同盟国』という関係にあるため、国交こそ無くとも互いに悪くない印象を持ってもいるのだ。
しかもユリは主神の末席に加わっており、アネカ共和国の国教である『八神教』の信仰対象の一柱でもある。百合帝国を下にも置かない、やや過剰気味に礼を尽くした文面も、相手が宗教国家であることを思えば頷けるものだと言えた。
使者の騎士達には返答の親書を持ち帰って貰わなければならないので、数日ほどユリタニア王宮に留まらせる。
その上でユリは本件の返答について相談するため、『撫子』隊長のパルティータと竜の纏め役を任せているリンドヴルムの2人を、執務室に呼び出した。
「パルティータ。現在の百合帝国は、アネカ共和国と国境を接していたわよね?」
「左様です。アネカ共和国はここユリタニアから見て南西にある小国で、ユリーカや蓬莱の都市がある山岳地帯、及び元ヴォルミシア帝国領の一部が、西側に国境を接しております。但し、当国のいずれの都市とも交易路は接続しておりません」
「……うん? 国境は接しているのに、交易路は無いの?」
ユリが訝しく思ってそう問い返すと、パルティータは「はい」と即答する。
「アネカ共和国は国土の東半分には悪地が多く、地形が急峻だったり荒涼としていたりと多様に乱れているため、荷馬車が通れるような道を作れる経路が限られています。
また交易路を設置できる場合でも敷設コストが通常より高くつくため、悪地にある都市や村落では国内の別都市から物資を運び入れるための最低限の交易路しか備えていないことが多く、他国と通ずるような交易路まではとても整備できていない状況ですね」
「土地に恵まれないということは、貧しい国なのかしら?」
「そうですね。国土の西側はそれなりに豊かな土地ですが、西側の実りを東側に分け与えて支えているため、得られた恵みが自国内だけで消化されています。国全体を評するなら、間違いなく『貧しい小国』だと言えるでしょう」
「ふむ……」
現状で百合帝国とアネカ共和国との間に、輸出入を始めとした国交は全く無い。
国境が接していようと、結局は交易路が確立されていないことには荷も人も互いを行き交うことは無く、国交も生じないためだ。
「親書には『ハラキオ』という都市について書かれているけれど、パルティータはこの都市を知っているかしら?」
「把握しております。アネカ共和国の東部、悪地の中にある都市のことですね。都市とはいっても、住民は5000も居なかったと思いますが」
「その『ハラキオ』の都市から『蓬莱』の竜が飛び回っている姿が何度も目撃されているそうなのだけれど。2つの都市は位置関係的に近いのかしら?」
「うーん……それほど近くはありませんね。『蓬莱』の都市上空を竜が飛んでいても『ハラキオ』の都市から視認するのは少し難しそうに思えます。双眼鏡でも使えば別でしょうけれど、肉眼では……」
「なるほど。そういうことらしいのだけれど―――リンドヴルム?」
ユリが話を振ると。リンドヴルムは、申し訳なさそうに眉を落としてみせた。
「……あの竜達には『国境』という認識がありませんから。気ままに空を飛んでいる内に、アネカ共和国との国境に近い場所まで行くこともあったのでしょう。
申し訳ありません、そこまでは気が回っておりませんでした。今後はなるべく、西側に向けては飛行しないよう、各部族に通達しておくことに致します」
「ごめんなさいね、リンドヴルム。西側以外にならある程度自由に飛んで貰っても構わないから、西側だけは配慮してくれるように要請しておいて頂戴」
「はっ、戻り次第すぐに厳命しておきます」
『蓬莱』から見て、北と南は百合帝国の国土であり、東側にはシュレジア公国の国土がある。
自国や同盟国の民には『放送』の際に、ユリが国外から来た竜を受け容れていることを既に周知してあるから、竜の姿を見ても別に騒ぎにはならないだろう。
「パルティータ。悪地の中には、それなりの数の都市があるものなの?」
「一応もうひとつ『サイロン』という都市が御座います。人口は4000程度と、やはりそちらも都市という割に小規模だったと記憶しておりますが」
「ふむ……。フルール総督へ返す親書の中で、その『ハラキオ』と『サイロン』の2つの都市で百合帝国と『空輸』による交易を行ってみないかと、打診してみようと思うのだけれど、どうかしら?」
「なるほど、確かに交易路が無くても『空輸』なら関係ありませんね。
そうですね……。悪地には飛行する魔物が出るそうなので、ロフスドレイクでは不安があります。予め『駆逐』を済ませておく必要がありますかと」
「……そう。やはり簡単にはいかないわね……」
百合帝国の国土が増えすぎたため、現在は『駆逐』に掛かる労力が当初よりも随分と大きなものになっている。
そんな現状にありながら、更に同盟国でさえ無いアネカ共和国の『駆逐』まで請け負うというのは、あまり好ましいことではない。
「ユリ殿。ではロフスドレイクによる『空輸』に護衛を付けられては?」
「護衛を?」
リンドヴルムの言葉に、思わずユリは鸚鵡返しにそう問い返す。
「手が空いている戦闘部隊には『駆逐』を行わせているから、護衛任務を引き受けられる部隊が無さそうに思えるけれど……?」
「飛行戦力なら、いま私の管轄下に幾らでも余っているではないですか」
「ああ―――なるほど、そういうことね」
確かに、リンドヴルムの管理下にある竜の部族は、現状では『人化』を修得させている以外に、特にやらせていることもない。
彼らはラドラグルフの主であるユリに従属を示してくれているので、ユリの要請であれば大抵のことは引き受けてくれるだろう。『下位竜』は基本的にレベルが100以上の個体ばかりなので、護衛戦力としても充分―――というか、少々過剰過ぎるぐらいだ。
『空輸』の護衛として竜が寄り添っている姿を見れば、悪地の都市に住む人達が竜に抱く感情が、軟化することも期待できるだろう。
以前から『同盟国の同盟国』であるアネカ共和国とは、もっと懇意になりたいという思いがユリにはあった。今回のことは、その良い契機となるかもしれない。
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