220. 会頭との夜(前)
*
国内の都市全てを【空間把握】の魔法で監視しているユリには、都市内に存在する人物であれば、誰がどの場所に居るのかを常に把握することができる。
だからユリはちょうど日没した頃合いを見計らって、ユリタニアの都市内にある一軒のレストランを訪ねた。
共通語で書かれた看板によると、店名は『ルペラ』というらしい。どういう意味の単語かまでは、生憎と判らなかった。
初めて来たので、どういう料理を振る舞う場所かも判らないけれど。この店舗の二階にルベッタが居ることだけは、正確に把握できている。
「いらっしゃいませ、何名様で―――ユリ陛下!?」
店の中に入ると。応対に出て来た女性店員が、来店したユリの姿を見確かめるのと同時に、驚きを露わにしてみせた。
ユリの姿は毎日の『放送』で幾らでも見る機会があるから、自国や同盟国に住まう人達にはよく知られているのだけれど。とはいえ、百合帝国の首都ユリタニアに住まう人達であっても、ユリと直接相対した経験がある人というのは案外少ない。
だからユリと初めて会う人達の中にはこんな風に、まるでテレビでよく見かける芸能人にでも会ったかのようなリアクションを返す人も多かった。
「突然の来店、ごめんなさいね。もしかして、ここは『ロスティネ商会』が経営するレストランなのかしら?」
「あっ―――は、はい。左様です」
「なるほど、道理で趣味が良い内装をしているわけね。ルベッタの店と言うことであれば、きっと振る舞われる料理も美味しいのでしょう……。
今日は所用で立ち寄っただけなので、すぐ失礼させて頂くかもしれないけれど。また近いうちに是非、改めてお邪魔させて貰うわね」
「は、はい! お待ちしております!」
ユリの言葉に、女性店員が嬉しそうにそう答えた。
決して華美では無いのに、少しだけ特別な気分になれそうな―――そんな設いが徹底された店内の佇まいは、レストランとして理想的であるように思える。
ここはきっと良い店なのだろう、と。店内を軽く見回すだけでも、客が無条件の信頼を持つことが出来るような、そんな心地良い雰囲気が感じられた。
「ところで、こちらに『ロスティネ商会』会頭のルベッタが来ていると思うのだけれど、お会いすることは出来るかしら? もしまだ忙しいようであれば、待たせて貰うけれど」
「えっと―――確認して参りますので、少々お待ち頂けますか」
「ええ」
ユリが頷くと、女性店員が小走り気味に店の奥へ駆けていった。
店舗の入口で応対をしていたのだから、ルベッタが来ているかどうか程度は、女性店員も当然把握しているのだろうけれど。『確認して来ます』と回答した辺り、よく訓練されていると感心するほか無い。
所在の事実を認めてしまえば、いち商会の会頭が国主からの面会希望を拒絶できる筈も無い。だから女性店員はルベッタの判断次第で、幾つかの選択肢から対応を選べるよう、敢えて安易に『居る』とは答えなかったのだろう。
「―――ユリ陛下。わざわざ来て下さったのですね」
女性店員に連れられて姿を見せたルベッタが、ユリの姿を確かめて、僅かに驚いた表情をしてみせた。
同時に―――ユリもまた、少なからず驚かされてしまう。
2日前に会った時よりも明らかに、ルベッタの外見が少し若返っていたからだ。
「こんばんは、ルベッタ。待ちきれなくて迎えに来てしまったのだけれど、迷惑では無かったかしら?」
「驚きはしましたが、迷惑などということは全く。……ただ申し訳ありませんが、今少しだけお待ち頂いても構いませんでしょうか?」
「もちろん。約束も無く急に押しかけてしまったのだから、全く構わないわ」
少し申し訳なさそうに口にするルベッタに、ユリは快く頷く。
大商会の会頭であるルベッタが忙しいことぐらいは、始めから判っている。待つつもりもないのに押しかけるほど、礼儀知らずではないつもりだ。
「宜しければお待ちになっている間にでも是非、当店自慢の料理をご賞味下さい。優れた調理手を迎えることができましたので、なかなか自信がありまして」
「あら、素敵ね。そういうことなら堪能させて頂くわ」
一礼をして立ち去っていくルベッタの背中を見送っていると、先程の女性店員がユリの方へ近寄ってきた。
「それでは、席へご案内させて頂きますね」
「ええ、お願いするわ。先程は『また改めて』と言ってしまったけれど……すぐにお邪魔させて頂くことになってしまったわね?」
「ふふ。ユリ陛下をお迎えできますなんて、大変光栄なことです」
女性店員は嬉しそうにそう答えながら、店内を先導してくれた。
ざっと見渡す限りだと、店内にはそれほど客の数が多くないように見えた。
いや、客席の8割ぐらいは埋まっているのだけれど。年始の今日は『飲食無料』を通達しているから、その割には客の入りが少ないように思える。
手頃な高級感がありつつも入りにくい程ではない―――という、絶妙なラインのこの店が無料で利用できるとなれば、かなり客が来そうにも思えるのだけれど。
客の中にはユリの姿に気付く人も多く、その誰もが驚いた顔をしていた。
そうした人達に向けて、ユリは笑顔で軽く手を振って見せる。
ここが『ユリが懇意にしている店』であることをアピールするためだ。
実際には初めて来た店なわけだけれど……今日来店している客を介し、口コミでそのことが広まれば、きっと経営するルベッタは喜ぶだろうから。
「申し訳ありません。当店には個室のご用意がありませんので、こちらのテーブルでもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん。案内ありがとう」
広いフロアの壁際にある2人掛けのテーブルに案内され、席に腰を下ろす。
「こちらがメニューになります」
すぐに女性店員が、A4サイズぐらいの用紙を1枚差し出してきた。
献立の一覧が記されたその用紙に、共通語だけでなく『日本語』も併記されていることに気づき、ユリは少し嬉しい気持ちになる。
「……あら。この店は一品料理だけなのね?」
「はい。どうぞお好きな物をご注文下さいませ」
ある程度の風格あるレストランともなると、この世界では料理を選んで注文することが出来ない場合が多い。
店に入って席に着いた時点で、勝手に一連の料理が運ばれてくるのだ。『選択の自由が無いコース料理制』とでも言えば判りやすいだろうか。
だからこの店のようにメニューが置かれていて、客が自由に献立を選べる形式になっているのは、なかなか嬉しい贅沢だ。
いかにもルベッタの経営下らしい、好ましい店だと思う。
「ああ、グラタンいいわね……。この茄子のグラタンを頂けるかしら」
「承知致しました。お飲み物はいかがなさいますか?」
「適当に合いそうな酒を。あまり酒精が強くないものでお願いするわ」
「畏まりました。少々お待ち下さいませ」
優雅に一礼をして、女性店員がユリの前から立ち去っていく。
店員のひとりひとりに至るまで、なかなか洗練された所作である様子が窺える。
ロスティネ商会による教育が、充分に行き届いている証左だろう。
-
お読み下さりありがとうございました。




