145. 依頼と報酬
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先日、ユベル王女の暗殺を行おうとユリシスの都市へ潜入して来た『毒鎖』は、ヴォルミシア帝国を拠点に活動する非合法の組織だ。
潜入した5名は既に捕縛(うち2名は処理済)しているものの、この組織の構成員は全部で28名だと報告を受けている。なので、あと23名がヴォルミシア帝国内の拠点に残っている筈だ。
別にヴォルミシア帝国の国内に非合法組織が在ろうが在るまいが、ユリにとってはどうでも良い事ではあるけれど。この『毒鎖』の構成員は暗殺や諜報の活動経験を有する者達なので、『黒百合』のカシアが言うには『それなりに使い出がある』人材とのことらしい。
『黒百合』は身内に対しては甘いけれど、それ以外に対しては非常に厳しい子達の部隊だ。その隊長のカシアが有用と言うのであれば、その評価は充分に信頼できるものだと思えた。
だからユリは諜報活動を得意とする『撫子』に、ヴォルミシア帝国内に潜入して『毒鎖』の構成員を確保するよう命じていた。
―――但し、確保するのは女性の構成員だけだ。
手駒に変えるためには『黒百合』の子達の手で『調教』を施し、百合帝国に忠誠を誓う者達へと洗脳する必要がある。
『黒百合』の子達が行う『調教』とは、つまり彼女達が有する嗜虐者としての性分を活かした性的行為のことなので、それを男性相手に行わせることは不可能なのだ。
『毒鎖』なる組織の処理を、『撫子』の子達は僅か4日で完遂してみせた。
殺さずに確保した構成員は全部で9名。もちろん、その全てが女性になる。
速やかにユリタニア地下の収監施設に移動し、あとは『黒百合』の子達に任せることにした。暫く経てば、百合帝国に忠実な諜報員へと生まれ変わることだろう。
『毒鎖』の1件が無事に済んだ―――かと思えば、お代わりがやってきた。
ユリシスの都市へと『転移門』を利用して11名の暗殺者が来訪して来たのは、その翌日の『夏月9日』のこと。例によって、犯罪歴を有する者が侵入したことが【空間把握】の魔法により検知され、ユリは即座にその事態を把握する。
『百合帝国』の子達に命じて、10分と掛けずに11名全員を捕縛。8名の男性は『黒百合』の子達の養分に変え、残り3名の女性は収監した。
『黒百合』の子達の『調教』により情報を吐かせたところ、この暗殺者達は『影の祭壇』という、シュレジア公国を拠点に活動する非合法組織であることが発覚。
シュレジア公国の君主であるカダイン・テオドールに連絡を取り『公国に蔓延る非合法組織を無償で処理するから、代わりに人材として当国で貰って構わないか』を問い合わせると、即座に了承されたので『撫子』の子達を派遣。
『転移門』を利用出来るため、移動時間がほぼ掛からなかったこともあり、僅か2日で『影の祭壇』なる組織は殲滅された。
全部で65名もの構成員を誇る、なかなかの規模の非合法組織であったものの。残念ながら男性が大半で、追加で確保できた女性構成員は8名だけだった。
もちろん女性はユリタニアの地下に収監し、あとは『黒百合』の子達に委ねる。
『影の祭壇』の1件が済んだ―――ら、更に追加の替え玉もやってくる。
ユリシスの都市へ18名の盗賊が侵入して来たのは『夏月13日』のこと。今回は暗殺者ではなく盗賊だったが、犯罪歴を持つ者達であることは変わらない。
【空間把握】で察知したユリが捕縛を命じ、10分と掛からずに全員を捕縛。
暗殺の経験は無いものの盗賊としての腕前はまずまずのようなので、例によって男性11名は『黒百合』の養分に変え、女性7名は収監した。
『黒百合』の子達の『調教』で情報を吐かせて、この盗賊達が『鮮血の凶刃』という、ヴォルミシア帝国を拠点に活動する非合法組織であることが発覚。
再びヴォルミシア帝国に『撫子』を派遣して組織を処理。女性の構成員が55名も確保できてしまったので、これはユリが転移魔法で百合帝国まで押送した。
これでユリタニアの地下に収監されたのは、暗殺者が20名に、盗賊が55名。
久しぶりに沢山の玩具が収監されたことで、『黒百合』の子達は楽しそうだ。
嘗て王国から送り込まれた諜報員達は、現在はユリシスの『探索者ギルド』で、ソフィアの手駒としてよく働いてくれている。新しく収監した者達も『調教』が完了した後には、百合帝国の国益に寄与する人的資源として活用したい。
―――余談だが、一連の報告を『撫子』隊長のパルティータから受けたあと、ユリが真っ先に抱いた感想は(……非合法な組織は、中二病な組織名を付けなければならないルールでもあるのかしら?)ということだった。
「『毒鎖』の件と同じで、『影の祭壇』と『鮮血の凶刃』に接触して、前金を払い依頼したのは。やはり『オラン・ストルガ』なるレイピア王国の騎士らしいわ」
「そう、ですか……」
本日は『夏月20日』。2週間ぶりに『ユリシス・バタフライ』のホテルを訪ねて、ユベルが泊まっている部屋で事の顛末を報告すると。一通りの話を聞き終えたユベルは、何とも申し訳なさそうな表情をしてみせた。
そのユベルの背後では、ヘネスを始めとした護衛の騎士達もまた、何とも複雑そうな表情をしていた。仕える主が異なるとはいえ、犯罪行為を平然と実行している騎士が居る事実に、色々と思う所があるのだろう。
「ユリ陛下には色々とご迷惑をお掛けしたようで……」
「いいえ、それについては気にしないで頂戴。手頃な人材が向こうからやって来てくれるのだから、むしろ国としては利益があることだもの。ユベルとしては複雑でしょうけれど、個人的には騎士オランには感謝したいぐらいね」
裏仕事に長ける人材というのは、都合しようと思ってもそう簡単にできるものではない。だから、それが効率良く手に入っている現状は、ユリにとって大変望ましい状況であるとさえ言うことができた。
また、3つの非合法組織を『撫子』の子達に処理させた際に、ついでに結構な量の金貨や宝石、武具や魔導具などが手に入っていることも考えると、充分な国益も得られていたりする。
なのでユリ個人としては虚飾無しに、今後も騎士オランが暗躍することで、非合法な組織がどんどんユリシスに派遣されてくれれば良いとさえ思っていた。
とはいえ―――それを、ユベルが望まないようであれば。いつでも終止符を打つ用意はもちろんある。
「ユベルとしては、どうしたいかしら?」
「………? 私としては、ですか?」
「ええ。私の愛する臣下が適切に処理しているとはいえ、あなたの命を狙って行動している者が居るというのは、気分の良いものではないでしょう?
もしユベルが望むなら、私の方で『オラン・ストルガ』なる騎士を処理、または捕縛しても構わない。あるいはユベルがそれ以上を望むのなら、全ての元凶であるラザール第二王子を、私の手で始末しても構わないけれど?」
他国の第二王子を始末する―――というのは、かなりの大事ではあるのだが。
『撫子』の子達の力を借りれば造作もないことだ。おそらくレイピア王国の誰にも露見することなく、王子の1人ぐらい容易く処理してくれるだろう。
「………」
ユリの言葉を受けて、ユベルは悩んでいる様子だった。
ユベルはユリシスの都市に滞在して、もうすぐ1ヶ月になる。だから彼女はユリが毎晩『放送』を行っていることや、数多の『迷宮地』を運営していることを既に知っているし、ユリの臣下が張った結界がユリシスを『魔物の脅威から護る』だけでなく、都市を『一定の気温で保ち』、更には『絶対に死なない都市』にしている事実も把握している。
ユリやその臣下が持つ異能が、通常では有り得ないレベルに達している事実を、既にユベルは正しく理解しているわけだ。
なればこそ、ユリが告げた提案が本当に『実行可能』だと判るだけに、ユベルは真剣に頭を悩ませるのだろう。
「私としては……別に私自身が命を狙われること自体は構わないのです。ユリ陛下が護って下さっておりますし、このユリシスの都市に居る限りは安全ですから」
「ええ、そうね。私の国に滞在する限りは、ユベルのことは必ず護ってみせるし。ユリシスに展開されている結界もまた、ユベルの命を確実に護るでしょう」
「……ですので、私は構わないのですが。ただ、私を殺せないと判断したラザールの殺意が、レクマー兄様に向かわないかが少々心配ではあります……」
第1位の王位継承権を持つレクマー王子を守護する警護は厚い筈だが、それでも百合帝国に滞在しているユベル王女を狙うよりは、ずっと難易度が低いだろう。
その事実に騎士オランが、もしくはラザール王子が気付いたなら。凶刃の向かう先がレクマー第一王子へ変更されるというのは、充分に有り得る話だ。
「お父さまは結構な年齢ではありますが、まだまだ壮健でいらっしゃいます。なので王位の継承というのは随分先の話になるはずですが―――ラザールには、そして私にも、王位を継ぐのに相応しき資質というものは全くありません。それを有しているのはレクマー兄様だけなのです。
ですから……もしもレクマー兄様に何かあったなら、レイピア王国の未来は間違いなく暗きものとなるでしょう。……万が一にもあってはならぬことです」
「それで、ユベルはどうしたいのかしら?」
「私がラザールの凶行をお父さまやレクマー兄様に訴え出たところで、証拠は何もありませんから、ラザールに否定されれば追求は難しいでしょう。また仮に証拠を用意できたとしても、全ての凶行が近衛騎士オランの独断によるものだと主張されれば、ラザールにあまり重い責は問えないでしょう。
それを思うと―――ユリ陛下のお言葉は、強引ではありますが、とても魅力的な提案にも思えます。お力を縋ってしまっても、よろしいのでしょうか?」
「ええ。ユベルが望むなら、私が力になりましょう」
同性愛者であるユリは、女性を助けることを厭わない。ましてやそれがユベルのように美人で、何くれとなく助けてあげたくなる病弱な女性であれば尚更だ。
もっとも、ユリが渡した指輪を身に付けている限り、ユベルが病弱な身体に苦しめられることはもう無いだろうけれど。
「私に動かせる財産は少なく、充分な謝礼がユリ陛下に出来るとも思えませんが。せめて……私にできることがありましたら、何でもさせて下さいませ」
「あら、では遠慮なく頂戴するわ」
ユベルが報酬を求めて良いと言うのなら、ユリとしても遠慮するつもりはない。
一切躊躇することなく、ユリはユベルの唇を奪う。それも、ヘネスを始めとした護衛を務める騎士達が周囲で見ているにも拘わらずに。
乙女の貴重な口吻けが貰えるなら―――。
それは一国の女帝を動かす報酬として、充分過ぎるぐらいだ。
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