100. 属国関係
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テオドール公を伴い、ユリは転移魔法を行使して聖都ファルラタへと飛ぶ。
別にユリが連れて行かなくとも『転移門』の使用許可さえ発行すれば、テオドール公ひとりで神都ユリタニアからユリシスへと飛び、そこから更に聖都ファルラタへと飛ぶことは可能だろうけれど。何となく、テオドール公とアルトリウス教皇の話し合いの場には、ユリも同席したほうが良いように思えたのだ。
ユリが同行するのなら、魔法で一緒に聖都ファルラタの宮殿前まで飛んでしまうほうが手っ取り早い。
約束は取り付けていないものの、宮殿の門衛にアルトリウス教皇との面会を希望すると、すぐ中へ通して貰うことができた。
いつもの迎賓室で教皇と相対した後は、ユリは傍観者に徹する。
『破門』の件に関しては、本当にユリは関わっていないから。彼らの交渉に口を挟む必要性がユリには感じられない。
20分ほどの会談の後に、『破門』の解除を望むテオドール公にアルトリウス教皇が出した条件は、極めて明快なものだった。
「ドラポンド公の家門を公国の系譜から排除するなら、ご要望に応じましょう」
つまり―――アルトリウス教皇は、今回の一件についてグランツ・ドラポンド公本人に限らず、その身内全員を咎あるものとして処罰せよと要求したわけだ。
そして『公国の系譜から排除』と言うぐらいだから、その処罰には当然『死』を求めていることになる。要は一族郎党を皆殺しにせよ、ということだ。
この要求は、ユリからすると予想外なものだった。
誰かが冒した罪が家族にまで及ぶという考え方は、現代人の感覚を持つユリからすると、受け容れ難くさえ感じられる。それを当然のように要求するアルトリウス教皇の姿が、一瞬だけユリには悪者に見えた。
ところが―――話を聞いてみると、別にそういうわけでは無いらしい。
ドラポンド公が百合帝国に対して当初から好戦的だったことには、どうも公の家族が大きく関与していたようなのだ。
ドラポンド公の嫡男は、ユリからの親書を届けた覇竜ラドラグルフの姿を見て、一目でそれを『欲しい』と思ったそうだ。そして百合帝国を征服すれば、彼の竜を自分の物にできる―――と、そう考えたらしい。
またドラポンド公の妻妾や娘も、メキア大陸中央部の物流中心地である要衝都市ニルデアを、予てより『欲しい』と思っていたそうだ。ニルデアには流行の衣服や装飾品が各地より持ち込まれるため、ニルデアに拠点を置く商会ごと都市を押さえてしまえば、それらの全てを恣にして、夜会や茶会の際に他の貴婦人へ自慢できると考えていたらしい。
そしてドラポンド公は公国の軍部を担う公爵家であり、世辞にも内政に秀でた君主ではなかった。
何かにつけて諫言を述べてくるテオドール公やオーグロット公、公国の官僚などをドラポンド公は疎ましく思い、代わりに自身を常に褒めそやしてくれる、家族にばかり甘い一面を持っていたそうだ。
ドラポンド公の妻妾や娘は、要衝都市ニルデアを支配した百合帝国の女帝ユリを『蛮族の女』と罵り、無学な女に支配されるニルデアの民が憐れであるから、彼の地を征服するようにドラポンド公へ強く促したという。
また、百合帝国の女帝は賤民上がりの小娘であるから、軽く脅せばすぐに都市を明け渡すだろうし、僅かばかりの小銭でも与えてやれば、文句のひとつも言わないだろうと助言したらしい。
ところが戦争や魔物の討伐に関して様々な武勲を持つドラポンド公は、竜のように大空を飛び、巨体を持つ魔物を討伐する難しさを知悉していた。
いかに王国の国土の一部のみを奪い、建国を宣言した小国が相手とは言え、竜を擁している国家を攻めるとなれば相応の被害は免れない。
だからドラポンド公は、百合帝国に敵対すること自体に乗り気ではなかった。
これを説得したのがドラポンド公の嫡男で、彼は父親に『百合帝国は竜を支配できる魔導具を有しており、それを用いてたまたま発見した弱り果てた竜を支配し、利用しているだけに過ぎない』と説明した。
二言目には『首尾良く百合帝国を落とせたら、自分が竜の次の支配者となれる。竜の力を得られれば公国の未来は安泰だ』と、父親に豪語してみせたらしい。
言うまでも無く嫡男の言葉は全て出鱈目であり、ユリは魔導具によって覇竜ラドラグルフを自身の使役獣にしているわけではない。
だが―――なまじ自身があまり賢くないという自覚を持っていただけに、ドラポンド公は嫡男の言葉を鵜呑みにしてしまったそうだ。
その顛末が―――嘗てドラポンド公よりユリの元へと届けられた、親書の文面というわけだ。
つまりアルトリウス教皇は別に、ドラポンド公の罪が彼の家族にまで及ぶべきと考えているわけではない。
単に、公の家族にもまた、相応の罪科があると言っているだけなのだ。
そのことを理解したユリは、先程アルトリウス教皇のことを一瞬だけでも悪人と思ってしまった自身のことを恥じた。
教皇がそういう人でないことぐらいは、疾うに理解していた筈なのに。
「……聖王は、随分と公国の内情に明るくていらっしゃるご様子。シュレジア公国へ、密偵でも送り込んでいらっしゃるのですか?」
「私はそのようなことは致しませんが。軍部の貴族―――つまりドラポンド公に近しい立場にある貴族の方には、リュディナ様への信仰が厚い方が多くいらっしゃいますからね。大聖堂を通じて私の元まで噂話が届くということはよくあります」
癒しの女神であるリュディナの信徒には、やはり軍人や掃討者のような、怪我を負う機会が多くある人達が多い。
そして大聖堂などの宗教施設は告解の場でもあるため、情報が集まりやすいのだろう。軍部の貴族が高司祭へ事情を漏らせば、その情報は八神教のネットワークを介してアルトリウス教皇の元へも届くわけだ。
なので密偵など送り込まなくとも、他国の情報がアルトリウス教皇の元へは自然と集まってくるらしい。何とも羨ましいことだ。
「……ご要求の通りに致します。ドラポンド公の身内の方々については、同じ罪科あるものとして処罰致しましょう。
但し、未だ成年に達していない子供については、例外とさせて頂きたい。いずれかの家門の養子として預け、以後ドラポンドの姓は名乗らせないよう徹底致しますので、何卒ご寛恕頂きたく」
「それで結構です。では『破門』についてはドラポンド公爵家の途絶を確認後に、速やかに解かせて頂くことに致しましょう」
「―――ちょっと良いかしら?」
話が纏まり掛けたところに口を挟むことは、少しだけ躊躇われたけれど。敢えてユリは二人の会話に割って入る。
そのユリの言葉を受けて、テオドール公が「何でしょう?」と、やや怪訝そうな表情をしながら問いかけた。
「ドラポンド公の妻妾や娘というのは、それなりの教育を受けた人達よね?」
「ええ、まあ……。特に細君はオーグロット公の娘ですので、公爵家レベルの教育を受けているかと思われますが……」
「処断するのは当人と嫡男だけで充分でしょう。ドラポンド公の妻妾や娘は、処断するぐらいなら百合帝国に貰えないかしら? 人材不足で困っているのよ」
テオドール公の娘であるソフィアという良質な人材が転がり込んできたのを良いことに、新設した『探索者ギルドのギルドマスター』という重役に即抜擢しなければならない程に、百合帝国の人材不足は深刻だった。
いや―――もちろん『百合帝国』の子達やその従者を起用すれば、人材不足など幾らでも解決できるのだけれど。自身の嫁や従者達は、なるべく特定の役職に縛り付けず、いつでもユリの好きに連れ回せるようにしておきたいのだ。
「引き渡すこと自体は構いませんが―――ほぼ間違いなく彼女達は、百合帝国に対して明確な敵意を抱いていると思いますよ?」
「それは全く構わないわ」
喩え、ユリや百合帝国に対して敵意を持つ相手でも、それが女性であるならば。『黒百合』の子達に預けて然るべき調教を施させれば、百合帝国に忠実な者へ躾け直すことなど造作もない。
充分な教育を受けた素体が無償で手に入るのなら、幾許かの手間を掛けてでも、国家の手駒として便利に活用できるものへ生まれ変わらせる価値がある。
「聖王が構わないようでしたら、公国としては異存はありませんが」
「ユリ様が直接赦しを与えられるのでしたら、それもまた宜しいかと」
「決まりね。では有難く、こちらで頂戴するわ。引き渡しが可能になったら、連絡して貰えれば公国まで転移魔法で引き取りに伺うわ」
「承知致しました」
とりあえず1~2ヶ月も『黒百合』の子達に任せておけば、百合帝国に対する敵意など、欠片も抱けない女性へと生まれ変わることだろう。
代わりに、二度と男性相手の睦事では、悦楽を得られない身体にされてしまうかもしれないが。そんなことは、ユリにとっては些細な問題だ。
「ところで―――これは『要求』ではなく、あくまでも『提案』なのですが。
現状から判断しますに、公国は一度、百合帝国の『属国』になるのが宜しいかと思うのですが、いかがでしょうか」
唐突に、アルトリウス教皇はそんなことを口にしてみせた。
何でも無いことのように口にする割に―――随分な発言だと、ユリには思える。
「……公国が、百合帝国の属国に? それは、穏やかではありませんね」
アルトリウス教皇の言葉を受けて、テオドール公が露骨に顔を顰めた。
無理もない。公国は敗戦国として、戦勝国である百合帝国に屈服せよ―――と。アルトリウス教皇の言葉は即ち、そう言っていることと同義であるようにしか聞こえないからだ。
「シュレジア公国の首都から近い都市・村落の、耕作地に於ける今年の収穫量は、以前の『大雪』による被害で全滅に近い状態にあると聞いています。
―――暦はもう『冬月』に入っておりますが、公国では今年の冬に必要な食料の確保は既にお済みなのでしょうか?」
「それは……」
「また、ドラポンド公は人格にこそ問題がありましたが、少なくとも武については本物の御仁でした。今までヴォルミシア帝国が、国境を接するシュレジア公国へは侵略活動を一切行わなかったのも、偏にドラポンド公の武を怖れてのものです。
公国はその寄る辺を失うことになりますが、今後ヴォルミシア帝国から一気に強まることが予想される圧力に対して、何か抵抗する術をお持ちでしょうか?」
「………」
アルトリウス教皇の言葉を受けて、テオドール公は言葉を失う。
その沈黙が、アルトリウス教皇の指摘が真に的を射たものであることを、雄弁に物語っていた。
「ところで、百合帝国では食料が潤沢に余っておられましたよね」
「……まあ、余っているわね」
今年一杯の無税を宣言しているにも拘わらず、農家の人達はかなりの量の農作物を国に収めてくれている。
また『駆逐』で得た魔物の肉がかなり大量にあり、更にはユリシスの『迷宮地』で狩られた魔物から得られる魔物の肉も、一部は手数料として国が接収している。
公国の国土は百合帝国の何倍も広いけれど。それでも現在の百合帝国にある備蓄の半分でも譲り渡せば、公国全土の民が食料に窮する心配はまず無くなるだろう。
「そしてユリ様の庇護があれば、ヴォルミシア帝国など些かも脅威ではない」
「そうだろうけれど……」
ヴォルミシア帝国の軍がどれほど精強かは知らないけれど。『百合帝国』の戦力は間違いなく、その遙かに上を行くだろう。
百合帝国が援軍を出すならば。仮にヴォルミシア帝国が全軍を率いて公国に攻め込んできたとしても、公国の民に1人の犠牲さえ出さず、侵攻軍を全滅させることさえ難しくは無いが。
「……確かに、悪い考えでは無いかもしれません」
暫しの間、沈思黙考していたテオドール公が、やがてそう言葉を吐き出す。
正直、ユリとしてはあまり気乗りしない提案なのだけれど。
―――結局、テオドール公が正式に属国関係を願い出てきたことで、ユリはそれを受け容れた。
別に公国に義理を感じるわけではないので、断っても良いのだけれど―――。
公国に『大雪』を降らせて作物を死滅させたのは、他ならぬユリの行いによるものだ。それが原因で公国内に大量の餓死者が出ることになれば、リュディナの不興を買うことは目に見えている。
ヴォルミシア帝国から侵攻され、より民が苦しむことになれば尚更だ。
言うまでも無く、それはリュディナに対して大恩を感じているユリからすると、決して本意のことではない。
それを思うと―――公国の為にではなく、ただリュディナから嫌われない為に。百合帝国としてはシュレジア公国との属国関係を、呑まざるを得なかったのだ。
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100話!ヾ(゜ω゜)ノ゛
いつもお読み下さり、ありがとうございます。
毎回好き勝手に書き散らしているだけの文章ではありますが、少しでも楽しめる物になっていましたら幸いです。




