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W 009話 異郷にて

193◯年◯◯月◯◯日 『南米ブラジル アマゾン とある日本人入植村』


 アマゾン大密林……それはアンデス山脈を水源とする大河アマゾンを中心とした流域に大きく広がる世界最大の密林である。その広大な面積は約550万平方キロメートルにも及ぶ。

 日本の面積が約37万8000平方キロメートルであるからその軽く14倍以上にも達する。


 今、そのアマゾン大密林に幾つかの日本人入植村ができつつあった。

 ブラジルに日本人の移民が初めてやって来たのは1908年の事である。

 最初の移民の生活は苦しいものだった。

 白人の経営する農園に安い労働力として雇われたからだ。


 だが、後にはブラジルへの移民の仕方にも多様性が出てくる。

 日本の企業が白人経営者から農場を買収したり、政府から土地を買い、移民を募って開拓事業を開始するというケースも増えたのだ。

 特に世界大恐慌が始まった後は、その余波で農場経営に行き詰った白人経営者から農場を買うケースが少なからずあった。


 そうして増え続ける幾つかの日本人村は、閑見商会の子会社が経営していた……


「おおーい、そろそろ昼飯にしようや!」

 村の代表をしている男が作業の手を止めみんなに声をかけた。

 

「わかりました!」

「了解です」

「あぁー疲れた」

「今日の昼飯は何かな?」

「でかネズミをとったっていうから、それじゃないか」

「あれ結構うまいよな。でも実際はネズミじゃないんだろ?」

「猪の亜種じゃないか?」


 会話を交わしながら男達は共同の食堂を目指して歩き出す。

 なおネズミと言っているのはカピバラの事だ。


「代表、そろそろ例のアレが完成しますが、物はいつ頃来る予定なんですか?」

 代表に一人の労働者が近づき小声で話す。

 それに返答する代表もまた小声だ。


「わからん。連絡が来ないからな。何か連絡が来たらすぐにみんなに伝える」

「わかりました」


 閑見商会の子会社が経営する日本人入植村。

 それは表向きの看板に過ぎなかった。

 彼らはある使命を持ちこの地にいる。

 いつか来るその「時」の為に……


 

♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢



 193◯年◯◯月◯◯日 『アメリカ合衆国 バージニア州ポトマック川沿いのとある家』


「どうだい。いい家だろう」

 不動産屋の男が案内した家を見せ、いかにも「今ならお買い得です」という意味を暗に持たせそう言う。


「前の持ち主はどうしたんですか?」

 若い20代の白人の男が家の中を見回しながら訪ねる。


「あぁ病気で亡くなってね。遺族がこの家を売ったんだけど、見ての通り殆ど新築だよ。どうだい、今なら割引するよ」

 不動産屋が「お気の毒に」という感じの後に、更に「お買い得」と言うニュアンスを含めて、そう話す。


「亡くなったって、おかしな病気じゃないでしょうね」

 不動産屋の返答にちょっと不安そうな気配を滲ませて聞く。


「大丈夫だよ。癌と言う話しだから伝染するようなものじゃないよ、それで、どうする?」


「いい具合に川も流れていますし、ここに決めます」


「おぉそうか。それじゃ早速、事務所に戻って契約書を作るよ」


 こうしてポトマック川沿いの一軒家が若い白人男性により買われる事になった。

 

 だが、その若い白人男性がその家を何の為に買ったのか、真の目的を知る者はアメリカ人にはいなかったのである……



♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢



 193◯年◯◯月◯◯日 『北米 カナダ太平洋岸 とある日本人街の酒場にて』


 その夜、日系人経営の酒場で6人の日系人の若者が飲みながら話していた。

「想像以上に差別が酷いな」

「白人優越主義なのは覚悟していたが、ここまでとはな」

「まさかここで生まれた二世が公僕はともかく、弁護士にも教師にも会計士にもなれないとは」

「もっとびっくりなのは日系女性が看護婦にさえなれない事だよ。そこまで差別するのかよこの国は」


 第二次世界大戦前のカナダという国は完全な白人優越主義で公然と差別が行われていた。

 過去を振り返ればどこの白人国家も戦前は似たり寄ったりではあるが、カナダにおける差別は特に酷くホロコースト以前のナチス・ドイツのユダヤ人差別と変わらないとまで言う人もいる。

 

「だが今は我慢だ」

「そうそう時が来るまで耐え忍ぶ」

「今は鮭漁が俺達の仕事だ」

「しかし、やってみると難しいもんだな鮭漁も」

「まったくだ。以外と奥が深い」

「まっこんな短い間で何とか食っていけるだけの鮭を獲れるようになったんだ。まだ、まだこれからさ」

「そうだ、そうだ」


 カナダには鮭漁をしに来た日系人がかなりいる。

 1881年に日系人では関根という人物が初めてフレーザー河で鮭を獲ったと伝わっているが、それ以後、鮭漁で成功し故郷へ錦を飾ろうとした者達がカナダにやって来るようになった。

 1892年にはその人数は約2000人にもなっている。

 カナダへの移民は鮭漁と共に始まったと言っても過言ではない。

 この時代のカナダ太平洋岸は白人漁師が少なかったので、日本から来る漁師が活躍する場があったのだ。

 ただし後には白人漁師も増え日系漁師を目の敵にしだす事になるが。


 カナダ政府はカナダ国籍以外の者が漁をする事を禁じていた為、鮭漁目当てでカナダにやって来た者達は帰化をする。

 だが、帰化した者達は鮭漁をするための方便として便宜上、カナダ国籍になったという者が多かったようだ。

 何せ若者達が先ほど話していたようにカナダ国籍で生まれた二世でさえも就ける職種は制限されている。

 酷い差別に遭えば日本への故郷への愛着もより一層つのろうというものだ。


 それ故か日本人のカナダへの移民は太平洋岸でありながら少ない方だ。

 ブラジルは太平洋に面していないが戦前に約25万人もの日本人が移民として渡航したの対しカナダはその1割以下の約2万4千人でしかない。移民先としていかに人気がなかったかがわかる。

 

 ただし、それでも鮭漁以外の者も移民としてカナダに渡った者もいた。

 鮭漁をする漁師も漁以外の日常生活がある。

 だが、差別が酷く白人から各種商売の相手にして貰えず生活に不便を託つ日系移民は多かった。

 それ故にそうした日系人相手の商売をする為にカナダへとやって来る日本人もいたのだ。

 日系人経営による食糧品店、床屋、雑貨屋、新聞社、下宿屋、飲食店、銀行等ができ、これらのお店は日系人のみをお客にした商売をしていたのである。


 今、若者達が酒を飲んでいるこの酒場もそうした日系人のみを対象としたお店の一軒だ。

 そして若者達も鮭漁をする為に便宜上、カナダ国籍となった者達だった。

 ただしそれは表向きの理由に過ぎなかったが……



♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢


 こうして何かしらの秘めた目的を持った男達がブラジルに、アメリカ合衆国に、カナダにいた。

 だが、それで全部では無かった。 

 ペルー、メキシコ、パナマ、他の幾つかの国も、同じように秘めた目的を持ち一般人として暮らしている男達がいたのである。

 それを各国の政府はまだ知らない……

 


【続く】


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