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魔王の呪い  作者: 斯波@ジゼルの錬金飴③ 10/18発売
番外編 ~シリウス=フラル~
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17.魔王の呪い

 目を覚ましたばかりの俺には、あれから何日か経ったかはわからない。

 けれど、眠りについた時にはなかった紙がベッドサイドに置かれていた。その紙はカトラスの愛用している日めくりカレンダーだった。紙はあの日を合わせて4日分。

 真面目な彼は朝一番で毎日その日の分を置きにきているのだろう。

 つまり俺は、最後の最後で神様から一世一代のチャンスを賜ったのである。


 アリアに告白をするために。


 日はもう高くなっており、まだ彼女が王都に居るのかすらも分からない中、俺は城下を、ただひたすらに愛おしい少女を探して、息をつくことすら忘れて走り回る。


「アリア!」

 群衆の中、見つけたその少女は真っ赤なりんご飴をシャクシャクと美味しそうにかじっていた。

 隣にいるのは彼女の兄だ。パレードの時のように、嫉妬したりはしない。

 ……それどころかアリアの手から紙袋を奪い取って「俺は先、帰ってるから」と告げると、気を使って軽やかな足取りで去っていった彼には感謝があるばかりだ。



「買い物中にすまない。どうしても話したいことがある」

 久しぶりに顔を付き合わせたアリアに頭を下げると、彼女は暗い面持ちで「私も、です」と返した。

 俺の未来は曇天のように、暗いものかもしれない。けれど記憶なんて取り戻さない方が良かったとは思わないだろう。


 立ち話はなんだからと提案して、近くの喫茶店に入った。俺は紅茶を、そしてアリアは同じものをミルク付きでと頼んだ。


 注文をとった店員は俺がアリアを脅して何かをするのではないだろうかと、俺のカップを怯えたようにカチリと音を立てて置いて、逃げるようにして去っていった。

 だがあいにくそんなことはしないのだ。するのはこの歳になって初めてした恋の告白である。

 その予定……なのだが、彼女を前にしていざ告白しようとしても何と切り出していいかがわからずに、カップに口をつけては思いのほか美味しいその紅茶に息を吐く。


「話、とはなんでしょう?」

 その一方で、アリアはまだ湯気の出ているカップに口をつけることはせず、その水面を眺めながらそう切り出した。


「ああ、その……カトラスからアリアが実家に帰るって聞いてな。いい人が見つかったのかと思って」

「いえ特には……」

「そう、か」

「…………シリウスさん、エリアス共々、色々とお世話になりました」

「いや、あれは俺が好きでやっていたことだから気にすんな」


 せっかく彼女が出してくれた細い糸はここで終わりを告げてしまう。ここでもう一本の細い糸を取り出さなければ完全に話は、そして関係は終わってしまうだろう。


 何か、何か話の種を……。

 そう思って探し出した種は、彼女にとって良いものではなかった。


「アリア。アリアは呪いが解けて良かったと思ってるか? 記憶を取り戻してもなお他の女を選んだエリアスを憎んではいないのか? ……門の前で流した涙を忘れることは本当に出来るのか?」

 言ってから、彼女の顔が一層曇ってから、しまったと後悔した。

「エリアスには幸せになってもらいたいんです。エリアスは私の大切な幼馴染ですから。それに涙なら、もう流し切りましたから」

「アリア……」


 その涙をどうしてやることも出来なかったことを悔いて、けれど何と謝るべきなのか模索していると、アリアはパッと気持ちを切り替えたように明るい顔を見せた。


「そうだ、シリウスさん。美味しいお菓子のお店は知りませんか? 甥たちにお土産を持って帰ってあげたくて……」

 その言葉に俺は焦った。

 お土産なんて買ったら彼女は確実にこの場から居なくなってしまうだろうと。


「アリア! アリアの幸せはもう、この王都にはないのか?」

「それは……」

「少しでも迷いがあるのなら、俺はアリアが幸せになるための手伝いをしたい。いや、させてくれ!」

「シリウスさん!!」


 一回りも下の少女に頭を下げる姿はカッコよくはないだろう。けれどそれで良かった。


 彼女の幸せを見ることができるのならば。


「私はあなたに感謝こそすれ、責任を感じていただくことなど一つもないんです。だから、だからどうか私のことは忘れてあなた自身の幸せを掴んでください。……エリアスもカトラスさんもあなたが幸せになることを望んでいるはずです」


 アリアは俺の黒い部分なんて知らずに、好意だけでそう言っているのだと思っているのだろう。彼女はいつだって優しくて無垢だから。

 けれど、違うのだ。


「俺は責任を感じているつもりは全くない。そして助けたつもりも。俺は自分のためにあの呪いを解いた。絶望に落ちた少女に、一目惚れした女の子にただ笑って欲しかったからだ」

「シリウス……さん?」

「なぁ、帰らないでくれと縋ればここに、俺の元にアリアは残ってくれるか? あの日みたいに椅子でもお茶でも用意してやるから、だから俺の隣にいてくれ」


 俺は、俺の隣で笑って、幸せになってほしいのだ。

 ずっと俺の視界の中にいて欲しいのだ。安心できるあの距離にいて欲しい。


「椅子とお茶って……まさかシリウスさんは……あなたはあの日の門番さん、ですか?」


 衝動的に紡いだ言葉にアリアは衝撃な事実を耳にしたとばかりに震えていた。

 その姿に伸ばしたい手をグッと抑えて、もう明かしてしまっても問題はないだろうと、己の気持ちを交えながらあの日の告白をした。


「……あの日、エリアスの元に確認に来たカトラスが『アリア』の名前を口にした時すぐにピンと来た、エリアスの婚約者の名前だと。あいつが散々自慢した少女だと。なのにあいつ、知らないの一点張りだった。だから俺が中継役となるためにカトラスの姿となって門へと行った。そこで初めてお前に出会った。そこにいたのは小さくて可愛くて、守ってやりたくなる女の子だってよくあいつが言ってた通りの子だった。できることなら震える身体を抱きしめてやりたいと思った」

「シリウスさん……」

「2回目に城に来た時、実家に帰るのかって聞いただろ? 覚えてないと言い張るエリアスは何て説得しても聞かなくて俺自身が諦めていたからだ。それなのにお前、いつまで経っても王都から出ていかねぇし、それどころか店ではいつも笑ってて……。いつかエリアスの記憶を取り戻したらあいつをぶん殴ってやろうと思ったのに、はぁ……」


 あの時思い切り殴っておけばよかった、なんて悔いてももう遅い。今さら殴ったところで独り者の僻みにしかなり得ないのだから。


 はぁと一息ついて、玉砕覚悟の一世一代の告白をする。


「好きだ、アリア。エリアスはもう姫さんのもんで、パレードの隣の男は兄さんらしいじゃねぇか。隣が空いてんなら、そこを俺に譲っちゃくれねぇか」

 期待値はそんなに高くない、むしろ地面スレスレだが、まぁヒビくらいは入るのだろうと。

 ――そう、思っていたのに。


「はい……」

 アリアは嬉しそうに笑うのだった。

 ずっと、俺が待ち望んでいた顔で、隣にいてくれるのだと告げる。


 それには言った俺の方が焦ってしまう。


「いいのか!? 俺、お前より7つくらい歳が上なんだが」

「7つくらい気にしませんよ。それよりシリウスさんこそ私でいいんですか? 私、かの有名な勇者様に捨てられてますけど」

「いい女拾ったって自慢してやるよ」


 エリアスもアリアを捨てたなんざ思ってないだろう。ただ小さなキッカケで歩む道が違ってしまっただけ。

 まさか魔王の呪いがキッカケでこんな素晴らしい女をこの腕に抱ける日が来るとは思わなかった。この世から散っていった銀髪の男にほんの少しの感謝を込めて、人の視線すら忘れてアリアを強く抱きしめた。

 周りの連中は初めこそ何があったのかと騒めいていたものの、そこはさすが王都に居るだけあってこの場の雰囲気を読むことには長けている。

 とりあえずはいい雰囲気なのだと掴んだ彼らは見ず知らずの俺たちを祝福する。


 徐々に増えつつある観衆の誰もが、俺が姫さんと共に一時は世間を騒がせた騎士だなんて、アリアがかの有名な勇者様の幼馴染だなんて、想像もしていないのだろう。

 だがそれでいい。

 俺達はただの一般市民に過ぎないのだから。




 それから、真っ先に姫さんの元へと戻って退職届を取り下げて欲しいと頭を下げた。

 この数日間で何があったのかと、しつこく聞いてくる姫さんに何があったのかを伝えるつもりはない。

 今回のことは俺が最終決定したことであり、一時でもアリアの記憶を失くしていたなんて姫さんに打ち明けたら面倒くさくなるだろうことは簡単に予想ができた。

 そして「アリアさんと何かあったのかしら?」と言う問いに対しては恥ずかしさのあまり、視線を逸らすことしか出来なかったのだが、彼女は何かを悟ったようだった。

 そして机の中から一通の、俺が出した退職届を取り出して暖炉の火にくべた。


「もうこれはいらないでしょう?」――と。

 

「幸せになりましょう」


 この国の姫君が悲しそうに笑っていたのはもう過去の話だった。




 あれからいくつもの季節が巡った。

 りんご飴が気に入ったらしい、アリアの兄にはりんごの季節が来るたびに高級りんごと水あめを送り、彼の子どもたちには王都でも有名な砂糖菓子を送った。

 初めて挨拶に行った時にはビクビクと父の後ろに隠れていたものだが、今やすっかりアリアの結婚相手として認めてくれている。

『シリウスおじさん』なんてくすぐったいような気がしてならないその呼び名にももう慣れて、今では会うたびに感極まってタックルをかまして来る彼らを受け止められるほどになった。


 それと、重要なことはもう一つ。

 姫さんとエリアスとの間に、そしてカトラスとセレンの間にはそれぞれ子どもが出来た。

 なぜだか俺もその出産に立ち会って、助産師とそれぞれの父の次に赤子を抱くという権利までももらって、我が子もいないのに子を抱くのは一人前になった。



 そして今日、やっと俺はアリアと結婚する。

 本当は1年ほど前に教会を抑えていたのだが、アリアの姉と姫さんが産気づいたために延期となったのだ。


「結婚式はみんなの前で挙げたいんです」


 それは他ならぬアリアの頼みだった。

 何ともアリアらしいその言葉に、早く家族になりたい気持ちを押さえつけてここまで待った俺は自分でもよくやったと褒めてやりたいくらいだ。


 それだけ待った甲斐があり、今日のアリアは、純白の花嫁衣装に身を包んだアリアはこの世で一番綺麗だった。


 互いに生涯愛し合うことを神に誓いますか?なんて牧師は決まりごとを尋ねる。

 けれど俺が誓うべきは神などではない。


「アリア、幸せになろう」

「はい!」


 他ならぬ目の前の少女に、今日から妻になる女に誓うのだ。



「おめでとう」

 誓いを立てると会場内の誰もが、1人1輪ずつ様々な種類の花を持って、俺達、新郎新婦へと祝福の言葉と共に差し出していく。


 その列の中に一際綺麗な銀色の髪をした少年が佇んでいた。

 彼が差し出したのは青いバラ。

 手に入れることが難しいとされるその花の花言葉は何だっただろうか?


 その花と少年を交互に見比べていると、その少年は人形のような綺麗な笑みを浮かべて去って行った。




 その少年は何も言葉を発することはなかった。

 けれど結婚して何年経った今でも彼の口の動きを、そしてその花の花言葉を忘れることはない。


 青いバラの花言葉は『神の祝福』。

 銀髪の少年が魔王の使い、だなんて考え過ぎなのだろう。

 だが俺とアリアを結んだのは確実に『魔王の呪い』だったのだ。


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