やんちゃんの朝~始業前。
目の前の彼、神野悠は、私の恋人。もちろん両想いで、私は親しみを込めてゆう君と呼んでいる。ゆう君は私の愛がちょっぴり重いことも知っていてなお好きでいてくれる聖人。低血圧気味だというのに今日も眠そうな目で私を優しく見つめてくれている。
見つめあいながら、だんだんと自分の胸のドキドキが増していくのを感じる。ああ、ゆう君はどうしてこんなにかっこいいんだろう。ついさっきカメラで見ていた本人を目の当たりにすると、いくら寝癖がついていようと、中学の時のジャージを寝間着にしていようと、ちょっとだけ髭がのびてきていようと、気にならないどころかそれさえもむしろゆう君の魅力の一部になってしまう。しばらく微笑みあっていると、ゆう君がぎゅっと目を瞑った。あくびの前兆。ふぁぁ…と間の抜けた声で息を吐ききった辺りでゆう君のお姉さまが後ろからにゅっと現れた。
「おはよー、雛ちゃん!今日も可愛いね~
はるか、あんたはさっさと準備してきな!雛ちゃん待たせてるでしょ!」
朝から威勢のいいお姉さまの声を耳元で聞いているはずのゆう君は、眠そうな目を何度も開けたり閉じたりしながら、ゆっくりと私からお姉さまに顔の向きを変え、また私の方に頭ごと今度は近づけて、「準備、してくるね」と言ってふらふらしながら洗面所の方へ消えていった。一方のお姉さまは、ゆう君が私の視界から消えきる前に私の手をとり、軽く引っ張った。「ココア作ったよ、一緒に飲も?」どことなくゆう君に似ているお姉さまに見とれつつ、はい喜んでと返事をした。小さくおじゃましますと言いながら靴を脱ぎ、揃えて振り返るといつの間にか手が離れているどころかお姉さまはキッチンのある扉の方に向かっていて、私は少し急いでその後を追った。
ゆう君を毎朝迎えに行くことになってからというもの、仕事場も自宅だというお姉さんとは必然的に顔を合わせることになり、結果的に仲良くなった。お姉さまはよく私を可愛がってくれ、今ではココアを一杯戴く習慣まで付き、私はゆう君の家族になった気分に浸れるので、ゆう君を待つ間でもとても楽しいひと時である。お姉さまが私の分と自分の分のココアをテーブルに置いた。
「ありがとうございます、いつも」「いいのよ、こっちだってはるかを起こしてってくれるし。いやあ、あいつは昔からほんっとに朝が苦手でね…」毎日する会話は大抵ゆう君の話。とても仲が良くて、ちょっと嫉妬しちゃうっていうか、こんなにお姉さまと仲良くなる前はしてたっていうか。
ゆう君の朝起きられない伝説が小学校高学年まできたころ、当の本人が準備を終えてキッチンの扉を開けた。「お待たせ、行こう、雛」ああ、ブレザーを羽織ったゆう君から後光が見える。「うん、いこっか。お姉さま、お邪魔しました」お姉さまに向かって一礼すると、お姉さまは笑顔で手を振ってくれた。「行ってらっしゃい、はるか、雛ちゃん」
外に出ると先ほど来たときよりも日は出て暖かかった。でも私は、口元に両手を持ってきて拝むように合わせ、息を吐く。それを見たゆう君が、私の手をとり自分のポケットに入れた。顔を向けあって微笑む私たち。無言のまま、でも穏やかに、学校への道を歩み始めた。