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第08話 イクシア発動実習



──時坂廻──



 休日から一夜明けて、今日からこの神代学園での授業が完全開始である。

 朝のホームルームも終わり、俺達は、制服のまま体育館に来ていた。

 俺達、神代学園の一年生と、担任の真壁薫子先生以外にも、あの洗礼の時にいた、マッチョでソフトモヒカンの保険医、磯部恵(いそべめぐみ)先生と、胸は慎ましいけど、腰は豊かな、ちょっと筋肉質で赤毛の髪を無造作にまとめ、ジャージを纏っている体育教師。戦部灯子(いくさべとうこ)先生の二人もいた。

 体育館に整列した一年生の前に、その三人の先生が立ち、俺達を見ている。

 俺達は、なぜ他に先生がいるのか疑問に思っていると、薫子先生が俺達の前に一歩出てきた。

 服装は、いつもと変わらぬパンツルックのスーツで、手には、クリップボードと、それに挟まれた紙の束。

「さて。今日からとうとう、授業が本格的に開始いたしますが、一番最初の授業は、イクシアの発現。発動からです。イーターと戦うにあたって、まずこれが使えなければ、身を守ることさえできません。イーターにはイクシアでしかダメージを与えられませんから、この島において、この授業はなによりも大切な授業になります」

 そう説明しながら、薫子先生は後ろに用意してあったホワイトボードを引っ張り出してきた。

 ペンを手に取り、ホワイトボードに黒い人型の姿を描きながら、説明をはじめる。

「イーターになぜ、イクシアでしかダメージを与えられないのかというと、奴等はイクシアと同じく、世界の法則を無視した存在だからです。人がイクシアの力で空を飛ぶとき、重力の制限など無視できるように、奴等の存在も、様々な世界の法則を無視して存在しています。ですから、奴等に通常の兵器は通用しません」

 ホワイトボードに銃や刀、ミサイルの絵がかき加えられ、バツの字が描かれる。

 俺も、素手で殴りかかったり、鉄パイプで殴りかかって無意味だったのを、思い出した。

「唯一、奴等と対等に戦える手段が、イクシアです。イクシアも、奴等と同じく、世界の法則を超越した力ですから、その力を使ってのみ、奴等へダメージを与え、倒すことが出来ます」

 イクシア。とかかれた矢印が、ホワイトボードの黒い人型に突き刺さる。

「しかし、そのイクシアの力もまた、イーターの命の糧となります。まだ仮説の段階ですが、奴等は、我々のイクシアを食らい、それを糧に生きている可能性があります。ゆえに、奴等はイクシアンを狙う。イーターと戦えるのはイクシアンだけで、イーターもまた、それを狙う。わかりやすい関係ですね」

 だから、食われぬよう、イクシアの力を使いこなせるようにならなければならない。

 薫子先生は言わなかったが、やっぱりここは、隔離施設もかねている。たくさんのイクシア使いを集めれば、そこにイーターが寄ってくるのは必然。

 俺達は、囮であり、ここは、互いに身を守るため作られた一つの避難所でもある……

「さて。簡単なおさらいは、これくらいにしまして。ここからが今日の本題です。君達自身の、イクシアの発現。君達は、イクシアの力を認められて、この島にやってきましたが、ほとんどの人はまだ、自身のイクシアを使ったこともなければ、感じたこともないかと思われます」

 薫子先生の言葉に、一年生はちょっとざわついた。

 そういえば、俺は簡単にイクシアを使える人を何人か知っているけど、それ以外の人達は、その力を使う前にあの洗礼ではバクバク食われていたんだっけ。

「ランク測定で、自分のイクシアが、どんなものである。というのは教えられたかと思いますが、それを形としてはっきり理解できている人は、現状では数名しかいないでしょう」

 薫子先生のその視線は、俺達の方へむけられた。正確に言えば、俺の近くにいる、ゴーリキさん、豊増、はじめちゃんだけど。

 確かにこの三人は、もう普通にイクシア発動している。やっぱりなんだかんだ言っても、ゴーリキさんここじゃエリートなんだな。って、ちょっと失礼か。この考え。

「その、自分のイクシアを感じとること。一人に一つ宿る、無二の力を認識すること。それが今日の主な授業になります。ではみなさん。これを見てください」

 薫子先生が、保険医の磯部先生の方を向くと、トレイになにかを載せ、ホワイトボードの前に集まる俺達の方へとやってきた。

 磯部先生の持つトレイの上には、ストローの先に豆電球がついたような物体が乗っている。

 みんな見たこともないおもちゃのような物に、目を白黒させていると、薫子先生がそれを一つつまみ、持ち上げた。

「これは、イクシアの力をすぐに発現できるかを、簡単に確かめることのできる道具です。これをくわえ……」

 ストローの先の方をくわえ。

「……軽く息を吹きかけますと」

 言葉と共に、薫子先生の口からそのストローに向け、息が吐き出された。

 すると、ストローの先端についている豆電球が、明るく輝きだす。

「おおー」

 と、生徒から歓声の声があがった。

 息がふかれるたびに、光が強く輝き、息が弱まると、光も弱まり消えてゆく。

「このように光る人は、無意識ながらにもすでに、イクシアを発現できている人です。光った人は、私の方へ。光らなかった人は、戦部先生の方へ移動してください。光った人は、私のもとでイクシアの発動に挑戦してもらいます」

 そう言い、薫子先生は、俺達。正確には、豊増、ゴーリキさん、はじめちゃんの方を見た。

 この三人は、すでに発動まで自在に出来ているからだろう。一応、ストローふー。はやらされるみたいだが。

 一年生三十人全員にストローがいきわたり、皆で一斉にそれへ息をふきこむこととなった。

 一斉に息を吸いこみ、ふーっと吹き出す。

 次々と、ストローの先端についた豆電球が、いたるところで光を上げてゆく。

 俺の隣にいた豊増と、はじめちゃん。さらにその近くにいたゴーリキさんの豆電球も、それぞれ色とりどりに美しく輝いた。

 おおー。すげえ。色が違うところを見ると、種類によって輝く色も違うのかな? 単純に光電球の色が決められているだけかな?

 光を見て薫子先生が、「イクシアの種類によって、光る色が変わりますが、今は気にしなくてかまいません」と言っていた。

 やっぱり種類によって色も変わるのか。てことは、光の強さにも意味があるんだな。ランクCである豊増の光が一番強く見えるし。

 一方の、俺はというと……


 ふすー。


 と、いくら吹きかけても、豆電球は一向にうんともすんともぺかりともしなかった。

 まるで空気の抜けた風船を膨らますかのように、いくら息を吹いても、まるで手ごたえはない。

 ……あれー。おかしいな。いや、おかしくもないか。そもそも俺、任意でループできねーもん。

 そう。俺のループは、俺の死をきっかけに、発動する。

 俺が思うに、それって死んだ時をきっかけに、俺の力は覚醒しているんじゃなかろうか。だから、時間が戻れば、その時の俺は覚醒していない状態だし、いくら気合を入れても生きているとループは発動しない。

 これなら、今まったく反応がないのも、納得がいく。

 ある意味納得の結果だけど、なんかこう、おちこぼれたみたいで、ちょっとやな感じであった。くすん。

 はじめちゃんや、豊増が、小さくがっかりしたように見えたのは、きっと気のせいさ!

 同じ組み分けにいけないからって、そんなにがっくりすることねーでしょ。

 ついでに、なんでそんなに驚いた顔してるんですか薫子センセェ! 仲良し四人組で一人だけおちこぼれだからって、悪かったですね!

「つーかお前……」

 俺のストローが反応しないのを見て、ゴーリキさんが驚いた表情を見せた。

「はい?」

「マジで、イクシアなしなんだな」

 ほけっとしたように、口を開いたまま、ゴーリキさんが俺を見ていた。

「そーみたいですね。やっぱ無意識でもちゃんと使えてないみたい」

 ループは無意識。というより、条件発動だからなぁ。発動しても、覚醒前に戻っちゃうからなぁ。

「かー。それであの怪物と互角にやりあったんだから、やっぱお前はすげーな。俺も負けちゃいられねぇってのを、しみじみ思うぜ」

 突然生気のみなぎった顔に戻ったゴーリキさんから、頭をぐりぐりと撫でられた。

 唐突になんなの? 俺、実質使って生き残ったに過ぎないから、全然凄くないっすよアニキぃ!

 と、言っても証明も出来ないから、口には出さないけど。

 なんせストローの電球が光らないのだから、イクシアを使えているよ。なんて主張しても説得力は欠片もない。

「負けちゃいられないって、この場合は出遅れている俺の方が言う言葉じゃないかな?」

「そーか? こまけーことは気にするな! じゃ、俺は先に行くぜ。お前なら、すぐにこっちに来ると、俺は信じてるからな!」

「はーい」

 ……そんなことを言われると、逆にすぐいけないようなフラグが立ったような気がしていやな予感がするじゃないですか。

 いやいや。そんなことはない。俺だってループ能力を持っているんだ。きっとすぐ使えるようになって、任意ループを可能にして、クジとか当たりつきのおまけとかを好きにあたりを引けるようになるに違いないさ!

 ストローの結果も判明し、組み分けで移動することになり、ゴーリキさんは右手をあげて、そっちへ歩いていった。

「そういうわけだから、はじめちゃんと豊増も、ちょっと先に行っていて。すぐに、かどうかはわからないけど、なるべく早く追いつくから」

 心配そうに俺の背中を見ていたはじめちゃんに声をかけ、豊増にも視線を向けた。班が別れちゃうと、はじめちゃんのフォローとか出来ないけど、こんなこともあろうかと豊増と仲良くさせておいたおかげで、きっと大丈夫だろう。

「は、はい。がんばみます!」

 かんだ。

 俺に声をかけられて、あわあわとわざわざ一礼を返すはじめちゃんと、俺に視線を返しただけの豊増の返事が返ってきた。

 豊増は俺を一瞥しただけで、そのまま集合場所へと行ってしまい、一礼をしていたはじめちゃんが、ちょっとだけ遅れた。

 顔をあげたはじめちゃんは、その状態に気づき、豊増を追ってぱたぱたと走り出す。

 あれで転ぶとキャラづけは完璧なんだけど、転ばないのがはじめちゃんなのだった。

 声をかけちゃって悪かったかな。なんて思いつつも、豊増が少し足を止めて待っていたのが見れたので、結果オーライか。


 というわけで、俺は一人、ストローが反応を見せなかった、未発現の人が集まる組へと行くのだった。



────



 ストロー電球による組み分けが終わり、イクシアを無意識ながらも発現できている者と、まだ発現していない者達にわけられた。

 ストローを光らせることが出来なかった未発現者の数は、十七人。

 ストローを光らせることが出来た、イクシアを発現済みの者は、十三人となった。

 未発現の方は戦部灯子。発現済みの者は真壁薫子のもとへと集まる。

 時坂廻も、その未発現者十七人の一人として、赤毛の体育教師、戦部灯子の前に集まっていた。

 ジャージを来た赤毛の教師は、とんとんとクリップボードで肩を叩き、集まった十七人の新入生へ視線を送る。

 ぎらり。なんて音が聞こえてくるほどの迫力だったが、灯子本人の顔は恐ろしいというよりも、可愛い系であるので、雰囲気はともあれ、その姿にあまり迫力はなかった。

「さて。改めて自己紹介をしようか。アタシの名前は、戦部灯子。今日のところは、あんた達の指導を担当する、まあ、学校で言えば体育教師と考えてくれればいい。あんた達は、入島直後のランク測定で、自分の所有イクシアがなにかは認識していると思うが、そのイクシアを、無意識にも使っていないとして分けられたのが、あんた達だ」

 戦部灯子は、トントン肩を叩いていたクリップボードを自分の目の前に出し、それに目を通す。

「とはいえ、それであんたらが、他の生徒に劣っている。なんてことはない。イクシアが使えないのは、普通に生活していれば普通のことだ。むしろ、自分は空を飛べる。なんて認識しているヤツの方がおかしい話さ。イクシアを使えなくて当然というわけだな」

 その言葉に、灯子の前に集まっていた生徒達は、どこか安心したように胸を撫で下ろした。

「それでも、イーターはあんた達を狙ってくることには変わらない。理不尽な話だが、使えもしない力のせいで、命を狙われているということにもなる。だから、その使えない。なんて常識は、今日のうちに捨ててもらう必要がある。お前達には力がある。それを、自認して欲しい!」

 安堵の直後に襲いきたのは、理不尽さを携えた、現実。

 イクシアが使えないのに、イーターには狙われるという、理不尽。

 だが、その理不尽もまた、現実であり、彼等には、その現実に抗う力も、備わっていた。

「というわけで、お前達は才能があっても、その扉が開いていない状態だ。いわば、種の状態だな。むこうにいる発現済みの奴等は、すでにその種から芽がでている状態。それが、あっちとこっちの違い。だからまずは、お前達の中にある種を芽吹かせる。準備はいいか!」

「はい!」

 全員から、元気な声が発せられた。

 彼等が素直に返事を返したのは、先日の洗礼によって、イクシアが使えねば命が危うい。というのを身にしみて理解したからだろう。

 なにより、人知を超えた力であるイクシアを使えるようになりたい。というシンプルな欲求もあった。なにせ、使えるようになれば、常識では考えられないことが可能になる。

「よろしい。いい返事だ。では、全員これをとりにきてくれ!」

 大きくうなずいた灯子は、背後にあった机から、一つの補助器具を取り出した。

 それは、プラスチックかなにかで作られたような、風車(かざぐるま)だった。

 カゴに入ったそれを手に取り、一人ひとり、十七人全員に押しつけて回る。

 全員に風車をわたし、灯子は再び机の前に戻った。

「? 先生。これ、羽根が回りませんよ」

 風車を手渡され、羽根の異常に気づいた誰かが、声をあげた。

「あ、本当だ」

「俺のは回るけど?」

 気づいた誰かの声をきっかけに、場にいるほぼ全員が、風車の羽根を回そうとそれに手を伸ばしたり、息を吹きかけたり、振り回したりする。

 それでも、回らない人は回らないし、回る人は回った。

 それを見て、灯子はにやりと、どこか悪戯を楽しむかのように、笑みを浮かべる。

 カゴの中から、残った風車を一つとりだし。

「こいつは、皆にイクシアを発現させるための補助器具さ。こいつを手に持って、回れと念じるんだ」

 右手に持ち、風車の表を新入生十七人に向けた。

 すると、灯子の手に握られた風車の羽根が、風もないというのに、くるくると回りはじめた。

 息を吹きかけるにしても、かかげられた風車は、肩の外にある。よほど器用でなければ、息を吹きかけることも出来ないし、そもそも灯子は、風車に息など吹きかけてもいない。

「こいつは、イクシアンが念じるだけで、その力を感じ取って自動的に回るものなのさ。お前達には、これからこいつと睨めっこしてもらって、この羽根を回してもらう。ちなみに……」

 灯子は風車を口元に運び、ふっと風車に息を吹きかける。

 するとそれは、たやすくくるくると回った。さらに、手で羽根に触れ、動きを止め、ぴん。とそれを払うと、今度は反対側に羽根が回る。

「このように、羽根を回してもいい。こいつを回せれば、合格だ。そうなったら、薫子先輩の方へ行ってもらう」

 手を振りその反動で風車をくるくると回しながら、灯子は薫子の方を、風車でさした。

(ああ。これ、あの豆電球と同じということか)

 風車を振り回したりして羽根を回す灯子の姿を見て、廻は即座に、これがどういうものなのかを理解した。

 この風車は、物としては、あのストロー電球と同じなのである。イクシアに反応して、羽根が回る。ただ、ストロー豆電球と違うのは、これは息を吹くだけではなく、他にも色々な方法で試せるということ。

 持って念じたり、振り回したり、息を吹きかけたり、手で回したり。各々様々な方法で、それを実行できる。

 イクシアにも、様々な種類がある。ゆえに、その人に適したやり方で、その力を引き出そうという考えなのだ。

 例えば、剛力龍雄。彼ならば、その力で回してもいい。というわけである。

 そのための、この風車。ということなのだろう。

 それを、廻は理解した。

(ここで一発、スパーンと羽根を回せるとかっこいいんだけど……)

 風車を前にした廻は、気合を入れ、大きく息を吸いこみ、ふーっと吹いてみたが、さっぱり動かず、さらに力をこめ、ふん。と回してみようとしたが、全く動かなかった。

(世の中そんなに甘くはないね……)

 残念。と廻は息を吐いた。

「さて。それじゃあ皆、ひとまず好き好きに風車に挑戦してみろ。すでに回せたヤツは、アタシのところへきなさい。では、はじめ!」

 灯子の掛け声と共に、イクシアを発現するための基礎訓練が、はじまった。



────



 ストロー電球によってわけられ、イクシアを無意識ながらも発現出来る者達、十三名は、真壁薫子の待つ場所へとやってきた。

 集まった十三人へ薫子が視線をめぐらせると、彼女は手元のクリップボードに挟まれた書類に視線を落とす。

「まず、天知、遠藤、剛力、鈴木、豊増。この五名は、磯部先生の方へ移動してください」

 その五人の名を、薫子が読み上げながら、少し離れた場所にいる磯部のいる方を指差した。

 指差した先には、手を上げる磯部恵がいる。

「なぜ、僕達は別なんですか?」

 豊増光が、手を上げ質問した。

「ここではこれから、イクシアの発動実習を行います。君達五人はすでに、自分の意思でイクシアを発動させた経験があります。ですから、これからイクシアを発動させる実習は、君達に不要と判断されました。君達にはすでに、個別のカリキュラムが用意されていますから、磯部先生の指導に従い、実習を進めてください」

 豊増は、自分と他の四人の姿を見て、そういうことかと納得し、大人しく従うことにした。

 隣にいて、いきなり注目の視線を集めておろおろする天知はじめを伴い、待つ磯部先生のもとへと歩き出す。

 剛力龍雄も、他より一歩進んだカリキュラムということで、ふふん。と鼻を高くし、気分をよくしながらそちらへ歩き出した。

 残る二人も、薫子の言葉に従い、その場を離れる。

(それにしても、今年は個性豊かですね。毎年、任意発動が可能な子は一人か二人いればいい方ですが、今年は五人も居るなんて。しかし……)

 場を離れる五人の姿を確認し、薫子はさらに、別の方へと視線を向けた。

 視線の先にいるのは、未発現のグループにいる、風車と睨めっこをしている、時坂廻。

(……まさか、彼があのグループにいるとは。意外ですね)

 薫子は、時坂廻は、なんらかの未知のイクシアをもちいて、本土での戦いとトンネルでの戦いを潜り抜けたのだと考えていた。

 イクシアは、時代が進めば進むほど、新しいものが生まれてくる。イクシアとは、その人を凝縮したような力。趣味、嗜好、性格。様々な個が、形になって表れたものと言っていい。

 ゆえに、新たな技術が生まれれば、それに興味を持った者が、新たなイクシアを生み出す。例えば、ネットの世界に意識を没入させるイクシアなんていうのは、ネットが生まれなければ存在しなかったイクシアだ。

 このように、時代や技術が進めば、それに準じた新種のイクシアも増えてゆく。

 ただ、どちらの戦いでも、イクシアの使用反応は観測されていない。新種であるなら、例えわからずとも、それは観測される。

 しかし彼は、暫定ながらもランクSと測定された少年。ならば、まだカテゴライズされていない、新種にして未知のイクシアを使用している可能性がありえた。

 ランクSとは世界さえ変えうる可能性を秘めた領域。その力は、よりランクの低い存在では、観測さえ出来ない可能性も、否定は出来ない。

 そして、なんらかのイクシアが発動していると仮定すれば、ただの少年であった時坂少年が、はじめて出会ったバケモノの攻撃をかわし、さらにトンネル内でランクCの擬似イーターの攻撃を全てかわしきった説明もついた。

 それゆえ薫子は、時坂廻は、なんらかの未知のイクシアを発現していると考えていた。

 だというのに、肝心要の彼は、ストロー電球に、光を灯すことが出来ていない。

 あのストロー電球は、イクシアが使える者なら誰でも灯すことができるという、シンプルなものだ。そこに、ランクの高い低いは関係ない。むしろ、ランクSのイクシアを発現しているなら、目も開けられないほどの光を放っただろう。

 それはつまり、無意識ながらでさえ、イクシアを発現できていないということを意味する。素質があっても、その才能はまだ、埋もれたままなのだ。

 薫子が先ほど、彼に驚きの視線を向けたのは、そういうことであった。

 彼女の考えていた仮説は崩れ、彼は、一番最初の戦いの時も、あのトンネルでの戦いも、イクシアを使わず、素の少年の力だけを使い、生き延びたということになる。

 それは、驚異的と言えた。

 イクシアを発現せずに、あれだけのことをなしたというのなら、イクシアを発現させた彼は、どれほどの高みへと上るのか。

(……銀が彼にいれこむのも、よくわかる気がしますね)

 いち早く、そんな彼に目をつけた薫子の親友、この島の防衛組織の理事長であり、学園の学園長も勤める銀之丞を、彼女は心の中で感心する。

 イーターを倒せる武器さえあれば、ランクCすら倒せる新人。嫌がおうにも、期待が高まるのはしかたのないことだった。

(とはいえ、今はイクシアの発動実習)

 薫子は、視線を廻から、目の前に残る八人の生徒へ向ける。

 彼女の今の役目は、目の前にいる彼等のイクシア発動をサポートし、次なるカリキュラムへ進ませることにある。

 ゆえに、今はまだ目覚めていないランクSなどより、目の前の新人達に生き残る力を与えるのが最優先であった。

「さて。残った君達には、ここで自分のイクシアを発動してもらおうと思います。名前の呼ばれた順に、この円の中に入ってください」

 薫子が、指し示したのは、人一人が乗れる、四角形の台だった。中心には、円が描かれ、高さは、床から五センチもなく、乗り口以外の三方には手すりがついている。

 床からは一本の線が延びて、それはなにやら自爆装置のようなボタンがついたものに繋がっていた。

「これは、イクシアの発動を補助する、補助具です。この上に乗り、ボタンを押すだけで、イクシアが発動できるようになっています」

「おぉ!」

 あまりにお手軽な方法に、その場にいた生徒達がざわめいた。

「これは、発動の感覚が、どのようなものかを感じるためのものです。この時の感覚を忘れないようにしてください。それを任意で引き出せるようになれば、君達はすぐに、自分の意思でイクシアを使えるようになるでしょう」

 ボタンを押せば発動する。と言えばいいことのように聞こえるが、その本質は、イクシアをなかは強制的に発現するという意味でもある。

 なので、気をつけないとイクシアの暴走を招くこともあり、例えば空を飛ぶイクシアの場合など、発動直後すっ飛んで、天井に突き刺さる。などということもありえた。

 もっとも、ボタンから手を離すか、円の上から外れれば、その発動は終わるので、すっ飛んで行ったとしても、天井に届く前にイクシアが消失するのだが。

 それでも、危険があることには変わりなく、だからこそ、障壁のイクシアを使える薫子が、その発動を見守る監督についているというのもある。

 薫子の障壁は、硬い壁だけではなく、柔らかい状態にも変化が可能で、例えすっ飛んでいったとしても、優しく受け止めてくれるだろう。

「君達はすでに、無意識的にイクシアを発動している時もありますから、コツさえつかめば、すぐ任意で発動できるようになるでしょう。例え話になりますが、イクシアの発動は、人が自転車に乗るのと趣が似ています。一度バランスが取れれば、次からはスムーズに乗れるようになるように、イクシアも一度はっきりと発動の手ごたえを感じれば、次からはスムーズに発動できるようになるのです」

 洗礼の際、はじめがみずからの意思でイクシアを発動させたことにより、それ以後スムーズに発動できるようになったのは、そういう理由からである。

 この場にいる生徒達は、自転車に乗り、走り出そうとしている状態と言ってもよかった。

「例え発動の制御に失敗しても、何度でも挑戦できますから、気を落とさないように。では、はじめましょう」

 薫子は名簿に視線を落とし、生徒の名前を呼び、イクシアの発動実習を開始した。

 この一回の発動で、感覚を覚え、任意で発動できるようになれば、次は個別のカリキュラムへと進めるようになる。

 だが、この一回の感覚をつかむのも、個人差がある。

 はじめのように、一度でコツをつかむものもいれば、何度も挑戦して、やっとコツをつかむものもいる。

 これもまた自転車に乗るのと同じで、何度も何度も転び、バランスを学ぶのと似たようなものだろう。

 こうしてはじまった、発動実習は、派手な音をふくみ、進んでゆく。


 ボタン一つで、炎が飛び出し、風が吹く。


 そんな様を、風車へ集中しすぎて熱くなった頭を冷やすため余所見をしていた廻が見て、偶然近づいてきた灯子に声をかけた。

「先生。俺達もあの方法じゃダメなんですか?」

「いい質問だな。疑問に思うのはもっともだ。皆、ちょっと注目してくれ」

 廻の質問に、笑顔を返した灯子は、パンパンと手を叩き、皆の集中を自分へ集めた。

 机の前まで戻り、後ろに置いてあったホワイトボードを引っ張り出してくる。

「確かにあの方法を使えば、お前達も即座にイクシアを発現できるだろう。だがな、話はそう簡単じゃないんだ。そうだな、例えると、お前達は今、蛇口をかたくロックされた状態なんだよ」

 灯子は、引っ張り出したホワイトボードに、一つの蛇口の絵を描いた。

「蛇口をひねれば、水。この場合は、イクシアが出る。それが、あっちの奴等の状態な」

 ペンが走り、ホワイトボードに描かれた蛇口から、じょばーっと水が出た絵に変わる。

 廻が薫子のグループへ視線を向けると、イクシアの発動で突然水があふれ出したのが見えた。

「でも、お前達は、この蛇口がロックされている。その状態で、無理に蛇口を開けようとすると、蛇口が壊れて、イクシアが流れっぱなしになる可能性があるんだよ」

 ホワイトボードに、もう一つ蛇口が描かれ、その取っ手が、ポロリととれ、水が流しっぱなしの状態の絵へと描きかえられた。

 灯子はそこに、水源枯渇。再起不能! と、蛇口の壊れた方へ、書き足した。

「そうなったら、下手すりゃ再起不能だ。このリスクをなくすために、このロックを解除しようとしている。それがお前達ってわけだ。それでもいいなら、やってきてもいいぞ? も一つ例えるなら、足元を固定したまま、地面から逆バンジーするようなもんだが」

「遠慮します!」

 全員一斉に手を横に振り、遠慮しますとお断りを告げ、再び風車への集中を開始するのだった。



────



 未発現者には風車が配られ、未発動者は自動発動の実習が行われようとした時、さらに別に分けられた五人は、磯部恵保険医のもとへとやってきていた。

「さて、こっちに集まってもらった君達は、すでにイクシアを自分の意思で発動できると判断された人達です」

 自分の前にやってきた五人へ、名簿を挟んだクリップボードを持った白衣でソフトモヒカンのマッチョが、優しく丁寧に声をかけた。

「僕もまだ、君達の顔と名前が一致しないから、名前を呼んだら、返事をしてね。あ、その前に、自己紹介が必要か」

 これは失礼。と、断りを入れ、磯部は自己紹介をはじめた。

 磯部恵。神代学園の保険医で、治癒のイクシアを持つ、Cランクのイクシアンである。治癒とは名のまま、傷を癒すイクシアのことである。

 彼の手にかかれば、骨折さえも、数分のうちに癒されてしまうだろう。

 本日はイクシアをはじめて発現させ、制御する者が最も多くなる時間である。それによって、爆発、暴走を引き起こし、怪我をする者が毎年必ず一人や二人は出る。そのため、毎年彼のようなイクシアを使える者が、授業の補佐として立つのが慣わしとなっていた。

 とはいえ、今年は彼だけではなく、障壁のイクシアを持つ真壁薫子もいるので、自爆以外で大きな怪我を負うものも少ない。と磯部は予測している。

 磯部の自己紹介と、一年生五人の点呼も終わり、一年生の中で最もイクシアになれた者達の授業がはじまる。

「はい。では、早速だけど君達には、個別のカリキュラムに入らせてもらうよ。今日は初日だから、全員僕が担当するけど、人によっては別の人が担当することもあるから、注意してね」

「はい」

「はい」

「うーす」

「はーい」

「は、はい!」

 磯部の言葉に、全員バラバラだが、一応返事が返ってきた。

 最初に冷たく返事を返したのが豊増光で、一番生意気な返事を返したのが、剛力龍雄。ラストが天知はじめである。

 彼等が島に来たとき行ったイクシアランク測定の結果と、先日の洗礼の行動結果によって、ある程度の個別カリキュラムは決められていた。

 イクシアは、人によって千差万別の種類を産む力である。なので、最終的には、個人個人にあった指導が必要となるのだ。

「それでは、名前を呼ばれた順に、今日の課題を渡しますから、きてください。まず、天知はじめさん」

「ひゃい! わわしです!」

 かんだ。

 跳ね上がるように手を上げ、一歩前に出る。

 一番最初に呼ばれてしまったゆえ、心構えが出来ていなかったようだ。

 五人に注目され、カチコチと体を動かして、磯部からプリントを受け取る。

「あまりかたくならずとも大丈夫。というのも酷かもしれないけど、落ち着いて。ひとまず君の方は、机の方にもカリキュラム用の道具が用意してあるから、そっちも確認しておいて」

「は、はい!」

 背筋をぴんと伸ばし、ぎこぎこと、指差された磯部の後ろにある机へと向っていった。

「次……」

 次々と、名前が呼ばれ、指導の描かれたプリントが配られる。

 それを元に、彼等は、イクシアを成長させるための訓練がはじまる。


 各々が、個別のカリキュラムをはじめている。

(さて、と。僕も見て回らないとね)

 当然、プリントだけで上達しろというのは酷である。であるから、指導の為に、磯部も動かなければならない。

 ついでにだが、薫子の指導の中で、怪我人が出た場合そちらにも行かなければならないので、彼はちょっと忙しい。

 もっとも、怪我人が出なければ、この個別カリキュラムは現状、一番生徒数が少ないので、楽なのだが……

(ひとまず、指導に向かいましょうかね)

 怪我人は出てから考えればいいとして、磯部の最も近くにいた天知はじめの方へ、彼は歩を進めることにした。

 彼女は、机に座り、用意された教材を前に、一人困惑していた。

 近づいてきた磯部に気づいたはじめは、不安そうにその姿を見上げる。

「あの、これは?」

 手にした一冊の教材となる、本を持ち上げ、なぜこんなものが? と首を傾げた。

 その本は、机の上に所狭しと並べられていた。

 本の背表紙を見ただけでも、内容は多岐にわたる。武器、防具、道具、乗り物。建物。それらの構造や、素材、分解図や設計図、さらには使い方や、その作用、理論などが、図入りで説明されている、様々な解説書から、図鑑、ただの図面までが、彼女の教材としてあったからだ。

「そうだね。コレだけ渡されても、困るよね」

 そのずらりと並べられた教材を見て、苦笑いを浮かべた。

 磯部は、同時に、彼女のデータを記憶の中から引っ張り出す。

 天知はじめ。性別女。年齢十五歳。中学校卒業済。

 身体能力並。状況判断良。製作のイクシアを持つ、Eランクのイクシアン。

 製作のイクシアとは、自分のイメージを元に、無からなにかを生み出すイクシアである。

 イーターとの戦闘を考えれば、生み出される物は主に武器となるが、それ以外。例えば、車などを生み出すことも可能である。

 イクシアによって生み出されたそれは、通常の物体よりも強く、さらにイーターに有効であるため、武器を生み出し前線をサポートしてもよし、移動手段を生み出すもよし、さらにランクが上がれば、巨大な鎧を生み出し、みずから戦うことさえ可能となる、非常に汎用性と実用性の高いイクシアだった。

 その、製作のイクシア。それは、イメージがとても大切な力である。

 様々な物の仕組みや、細かいパーツまでしっかりとイメージできれば、より強固で、より鋭い力を発揮できるものを生み出すことが出来る。

 中身の仕組みを知らず、車を生み出そうとしても、動かない車の置物が生まれるだけなのだ。

 そのために、様々な知識をつけるため、用意されたのがこの本の山なのである。

「説明するとね。君のイクシアは、君のイメージと知識が大切なんだ。頭の中で、それをはっきりとイメージできれば、より正確に、そして、より強力な物を製作することが可能になるんだよ」

「あぁー」

 その説明で、はじめもどこか納得したように、手を叩いた。

 昨日の休日、よく知らない野球道具を生み出そうとして、うまくいかなかったことを思い出したからだ。

「より確固なイメージを作れるように、それらの本は用意されたんだ。より強く、より強固な武器や、その時その時に必要な道具を生み出すために、知識が必要だろう? 君は、直接その体で戦うことはしないかもしれないけど、君のイクシアは、僕達にとって、絶対に必要となる力です。胸を張り、様々なものを観察し、自分の力の一部としてゆきましょう」

「はいっ!」

 ちらりと、遠くで風車に苦戦する少年へ視線を向けた少女は、力強くうなずいた。

 自分のその力が、どのように役立つのか、理解したからだろう。

 彼女はひとまず、近くにあった刀と鎧の図鑑を手に取り、それを片手に、合戦の図解を読みはじめた。

「わわわ。これをつけた時坂君が……」

 などと、小さな呟きが聞こえるが、その集中した瞳にはすでに、磯部の姿は目に入っていないようだった。

 彼は、報告書にあった彼女のデータの、補足の部分を思い出した。

 同じ中学校であった時坂廻に引っ張られる形で動くことが多く、人見知りでおどおどしがちだが、いざという時、自分で判断し、動ける強い意思の力はある。

 そして、その向上心は、非常に高い。

(彼女は、化けるかもしれない)

 その集中の源が、少しだけよこしまな心を磯部は感じたが、それは決して汚いものではないと彼は思った。むしろ、その力は他のなによりも強い力となりえる。

 そう考えたので、磯部は彼女にこれ以上言葉をかけることなく、他の生徒の場所へと移動することにした。


 次に保険医磯部の向ったのは、剛力龍雄のところであった。

 彼も隣に座る、天知はじめと同じように、机につき、ひたすらにその机に向って、作業をしていた。

「くっ、ぐぐぐ……」

 なにやら、苦悶の表情を浮かべている。

 磯部はその机に近づきながら、彼のデータを、手元にあるクリップボードの書類から、拾い出した。

 剛力龍雄。性別男。年齢十八歳。工業高校卒業済。

 身体能力良。状況判断並。豪腕のイクシアを持つ、Eランクイクシアン。

 豪腕のイクシアとは、己の筋肉組織をコントロールし、身体能力を上昇させるというものである。

 この能力は、武器などのサポートをもちいずとも、身一つで最も安定した戦いが出来る、汎用性の高い力である。

 それは、イーターとの戦いだけではなく、災害救助などにおいても役に立ち、さらに、自身の身体能力を底上げするため、様々な状況において、生存の可能性を跳ね上げることが可能なのだ。

 ただし、現状彼の力がおよぶ範囲は、その右腕のみ。

 今後の訓練で、全身どこでも強化できるようになることが課題である。

 それと、現状は見た目を巨大化させているが、それを行わず、一瞬一瞬のみに、質の高い強化を行えるようになれば、燃費と、力の質がもっと安定することだろう。

 その剛力龍雄に与えられた個別カリキュラム。それは、左手で文字を書くこと。だった。

 ちなみに今やっているのは、漢字書き取りのドリルである。ひたすらに、難しい漢字を、左手で書いている。

「うがあぁっぁ! なんで俺がこんなことをー! 臥薪嘗胆意気消沈だー!」

 ついに耐え切れなくなり彼はドリルを投げ捨て、頭をかきむしった。

 左手という、利き腕とは反対側で、ただでさえ綺麗に書けない字だというのに、書かされる漢字は画数も多い、難解漢字ばかり。

 短気な彼が投げ出すのも、無理はなかった。

「うんうん。その気持ちも、わからないでもないなぁ」

 投げ捨てたドリルをひろい、磯部恵はうなずいた。

「お、センセェかよ。なんだよ。つーか、他にないのか? これ」

 後ろに体重をかけ、イスの前足を浮かせる状態にして、龍雄は恵に向き直った。

 ムキムキなさわやかナイスガイと、すでに化石となった金髪リーゼントのツッパリ君との絵ズラは、どこかなにかおかしく見える。

 龍雄は眉に力を入れ、意味もなく恵を威嚇する。

 威嚇された恵は、苦笑しながらも、その視線を楽に受け流した。

「と、言われてもね。君の右腕は、すでに現状では成長するのは難しい。理由は、それ以上のパワーアップをするには、他の部位が君のイクシアについてこれないから。だから、他の場所へもコントロールを伸ばし、同じように強化できるようにしなくてはならない。そうすれば、自然と右腕のパワーも上がってゆく。そのために、まず必要なことは?」

「……左腕のコントロールを身につけること」

 にっこりと微笑みかけた恵に、龍雄はしぶしぶと、答えを返した。これは、手渡された個別カリキュラムのプリントに書いてあったことだ。

「その通り。だからまずは、左腕でも発動できるように訓練を行ってもらいます。それが、このドリルなんです!」

 何故ドリルなのかというと、理由は簡単。左手を、右手。つまり利き手と同じように使えるようになれば、自然と左腕のコントロールも行き届くようになる。ということである。

「利き腕と同じ感覚で使えるのならば、イクシアも同じように発動できるようになるはずだよ。そうなれば、次は足。そして体と、自然と使える範囲も増えていくから、がんばろう!」

 ぽんと、マッスルスマイルで肩を叩き、ドリルを机の上に戻した。

「ああもう、わかったよ。やりゃーいいんだろ、やりゃぁ!」

 あまりにもさわやか過ぎて、毒気を抜かれた龍雄は、再びイスの前足を床に降ろし、左手で鉛筆を持った。

 何故鉛筆なのかというと、鉛筆を削る時も、左手で行うようにするからである。それもまた、訓練訓練。

「それと、コントロールが出来るようになれば、不自然に筋肉を膨張させずとも、イクシアを使えるようにもなるでしょう。限界を超えて力を出そうとする場合は別だろうけど、見栄えも、格段に変わってくるよ」

「俺は別に、あれも気に入っているからいいんだけどよ」

「あまり大きくすると、今度は動きに支障が出るからね。なにごとも、ほどほどが大切だよ」

「そういうもんか?」

「そういうものさ。まあ、そのあたりは、実際に不便になってから考えてもいいと僕は思うね。まずは、コントロールの方をがんばろう。さあ、書き取り一冊。がんばりなさい!」

「へいへい」

 しぶしぶと、龍雄は漢字ドリルを再開した。

 かりかりと、鉛筆のすべる音が小さく響きはじめる。

(彼も、向上心は非常に高いと聞いている。この調子なら、すぐに左腕でもイクシアを発動して、全身強化を完成する日も近いだろうね)

 うんうんと、納得するようにうなずいた恵は、次の生徒のもとへと、移動することにした。


 次に向ったのは、これまた机で作業する、豊増光のところだった。

 個別カリキュラムの最初は、まず基礎を固めることからはじめることが多い。ゆえに、最初は瞑想など、集中力を高めたりすることが大半である。

 そして、この豊増の場合は……

 机に座った豊増光は、ぷるぷると、手を震わせながら、手にしたぬい針に、その手から生まれた光り輝くその刃を、通そうとしていた。

 その顔は真剣だが、どこかいらだっているように見えた。

(あぁ、ここもかぁ)

 三連続の光景に、デジャヴを感じる恵であった。

 机で苦労しているのは、豊増光。性別はこの島を守る機関の最高責任者にして理事長であり、この神代学園の学園長である神代銀之丞と同じく、男と女、両方の性別を持つ。

 年齢は14歳。中学三年生である。

 判断能力良、身体能力良。光刃のイクシアを持つ、Cランクイクシアン。

 光刃のイクシアとは、手で触れた場所から、光の刃を生み出すというイクシアであった。

 先ほどの剛力龍雄とは違い、相手を滅することのみに特化した、ただ攻撃するためだけのイクシアである。

 相手を傷つける、光の刃を生み出す力。イーターという獲物がいなければ、現代社会ではあまり使い道のない力だ。

 しかし、イーターと戦う上では、これ以上ない強力な力だった。

 今はまだ、両の手一回ずつしか光の刃を生み出せないが、修練と経験をつみ、一度に制御できる本数が増えれば、みずから攻撃してよし。他者へのサポートによし。さらには罠として設置してよしと、広い戦い方が可能となる。

 さらに、新入生の段階でランクがCあるのは、とても稀であり、イクシアのコントロールさえ整えば、即座に島の守備隊に抜擢されても不思議はないランクであった。

 ただし、現段階では、まだ未熟であるといわざるを得ない。

 豊増光のランクは、C。その力は、非常に強大であり、威力の予測値だけを見れば、一撃で街が吹き飛ぶ可能性を秘めている。

 だというのに、その両手に生まれるのは、ナイフほどの長さでしかない。

 それはまだ、光がそれ以上のサイズのコントロールが出来ないと、本能的にリミッターをかけているからだ。

 であるから、光に必要なのは、その力のコントロールである。さらに、そのコントロールが進み、精度が上がれば、両手だけではなく、足。指で触れた場所からも、光の刃を生み出すことが可能となるだろう。

 そして、そのための訓練というのが、恵の前で光が行っている、縫い針への光通しなのだ。

 光の刃を縮小するのは、サイズを大きくするよりも、気を使い、難しいという。さらにそれを、狙った場所へ通すことで、より緻密なコントロールも可能にするわけだ。

(……しかし、通すための穴は、徐々に小さくなるよう用意されていたはずだけど、この子はいきなり一番小さな縫い針に挑戦している。向上心が高すぎるのはいいけど、難易度を上げすぎてはいないか……?)

「あ、えーっと……」

 もうちょっと、大きな穴からはじめてはどうだろう? と声をかけようとしたのだが。

「声をかけないでください。わずらわしい」

 すぱっと、視線さえ向けずに、断ち切られてしまった。そしてそのまま、集中を少し乱した光は、すぱりと、縫い針をまっぷたつに断ち切ってしまう。

「……」

 むすっとした顔で、恵を睨む。

 恵の方も、苦笑いを浮かべるしかなかった。

「君のその向上心は尊敬に値するよ。でも、結局その課題は、全部やらなくてはいけないんだ。なら、最初は大きな方からこなしていっても道のりは同じじゃないかな?」

 あはは。と、少し冷や汗を流しながら、恵はアドバイスを送った。

 言われた光も、少しアゴに手をあて考えると、「わずらわしい」と小さくつぶやきつつも、大きな穴の空いた棒を持ち上げ、それから光刃を通しはじめる。

 意外と素直にいうことを聞いてくれたので、恵はほっと、胸を撫で下ろした。

 自分の手元をじっと確認し、光の刃のサイズを変えてゆくその集中力。というか、その背中は、話しかけんな。というオーラをバリバリに出していた。

 ひとまず、カリキュラムを正しくこなしているので、これ以上集中を乱すのもよろしくないと、恵はその場を去ることにした。

(今年は本当に、個性派ぞろいであり、将来が楽しみな子ばかりが来たもんだねぇ)

 三人を見て、恵はそう思った。

 そして、ランクとは関係なく、唐突に理事長に気に入られた、あの台風の目のような子もいる。

 確か、未発現のグループにいったと、記憶していたが、そちらへ視線を向けるわけにもいかなかった。まだ、残り二人の指導もある。

 といっても、一番最初の個別カリキュラムということで、最初の三人同様、他の二人も基礎を学ぶということで、机に座ったり、一人座禅を組むことになったりと、クラス内では最も進んだ彼等であったが、隣で行われているイクシア発動の光景に比べれば、とんでもなく地味な絵面だった。

 特に隣は、発動と共にイクシアがどーんと発動するので、起きていることそのものは、とても派手だった。

(さて次は……)

 そうして恵が次の生徒へ向おうとしたその時。

「磯部先生、怪我人が出ました!」

 タイミング悪く、薫子から保険医としての仕事が入り、指導は一時中断となってしまった。

「はーい。今行きますよー」

 応援を呼ぶ声に、そそくさとそちらへ向う。

 怪我をした生徒は、障壁の中派手にすっ転び、床で額を切ってしまったようだ。

 颯爽と駆けつけ、治療へと入る磯部であった。



──時坂廻──



 イクシアの発動実習がはじまって、けっこうな時間がたった。

 俺も、必死に手にした風車に回れと念を送っているが、一向に動く気配はない。

 そのうち……

「あ、できた!」

「俺も!」

「あたしも!」

 次々と成功の声が上がり、風もないのに風車を回すクラスメイト達が続出した。

 渡された途端あっさりと成功した人もいるし、さっきやっと成功して、大喜びで薫子先生のいるグループへ合流していった人もいる。

 二時限分の時間を三分の二ほど終了し、ほとんどの人は風車を回し、次のイクシア発動の方へと進んでいた。

 残っているのは……


 俺。

 近くでうなり声を上げる、ゴーリキさんの舎弟、小走さん(十七歳)

 このクラスで最年長者となる、三十五歳、男性。


 この三人だけだった。

 というか、もう三人しか残っていなかった。

 なぜだ! 常識にとらわれないを信条とする俺が、なぜできない! ループ能力あるってのに、なぜだ! 自分の力を信じるって、不思議体験しまくった俺が、なぜ風車一つ回せない!

 ひょっとして、そこにリソースとられすぎて他はムシケラというのが俺のチカラなのか!?

 いや、諦めてたまるか。

 何度死んでも諦めないかっこいい俺が、こんなところで諦めるなんて、お天道様に顔向けできないじゃないか!

 祈り、念じて、てりゃー!

 うん。ダメだった。

「だーめだー」

 俺は、観念して体育館の床にひっくり返ることにした。

 すると、俺が諦めたのに反応したのか、小走さんも、三十五歳さんも、同じように腕を投げ出して、床に寝転がった。

「おいおい。ここまできて、ギブアップか?」

 倒れた俺を覗きこむ、灯子先生がいる。ちらりと視線を彼女の顔から、別のところへ動かすが、残念。彼女はジャージだ。

「どこに視線を向けてんだお前は」

「あたっ」

 ぺしっと額を叩かれた。

 しょうがないじゃない。僕若干十五歳の、せいしょうねんなんだから!

 腰の素敵なおねーさんがいたら、うっかりしっかりそっちへ視線を向けてしまうよ!

「まあいいさ。こっちの数が少なくなり、むこうの数が増えて、気がはやるのもわかる。風車が回らず、いらだつ気持ちもな。だが、はっきりと言わせてもらえば、この基礎訓練がイクシアを発現するにおいて、一番難しい。という者も多い。なぜなら、今まで生きてきた常識が邪魔をして、なかなかイクシアを使える。と思えないからだ」

 灯子先生が、視線を薫子先生が監督する発動実習の方へ向ける。

 視線の先では、派手に爆発が起きたりして、「すげー」という声も聞こえる。誰かがイクシアを発動させて、派手な結果を残したのだろう。

「この、常識の壁を打ち破り、種から芽を芽吹かせるというのは、心の中でこんなの出来るわけがない。と、否定し続ける心があると、それだけでイクシアの扉は閉じてしまうこともありえる。特に、かたくなに変わりたくないと、現状維持を望み、頭の固い保守的なヤツほど、その傾向は強くなる」

 と、灯子先生は言うけど、俺は自分自身を否定しているつもりは欠片もないんだよなー。なぜなんだろう?

 あ、なんか他の二人は、心当たりでもあるのか、先生の言葉から、視線をそらした。

「特に年齢が高くなると、今までの常識を否定するのは、大変になるからな。そんなに急がなくてもいい。ゆっくりと使えるようになればいいのさ」

 あ、これ、主に俺達に語られた言葉じゃねーな。一番ダメージ受けてるあの人へ送られた言葉だ。

 でも、先生より年齢の高い人だから、色々複雑みたい。素直に聞けないようで、ぐぬぬって顔してる。がんばって。三十五歳さん! 名前覚えてないけど!

「だが、そう悲観することはない。目の前でイクシアが発動しているというのに、かたくなに否定し続けることの出来るその意志の強さは、目を見張るものがある! この中で最も才能があるのは、お前達かもしれないな!」

「は?」

 誰かが、灯子先生の言葉に、呆然とした声をあげた。

「イクシアとは、体の強さだけではなく、意志の強さにも左右される特別な力だ。特に、ここまできて自身を否定できるという、その強い意志の力は、一度イクシアを使えるようになった時大きな力となる。今までためこんだ否定の意志は逆転現象を起こし、一気にランクを三つ以上上げることもありえる。いいか? お前達は、決しておちこぼれではない。立派な原石だ!」

 おおー。なんか、凄いこと言われた。

 いつの間にか、俺達三人は、パチパチと、灯子先生の演説に、拍手を送ってしまっていた。

 なんか、希望がわいてきた! 心がとっても軽くなってきた気がする!

 よーし、もういっちょやってみっかー。

 と、持ち上げて、全力で念じながら風車を手で回してみた。


「できたぁ!」


 喜びの声が上がる。

 俺の、隣の、小走さんから……

「やった! やったっす! おれっちもついに、あっちにいけるっすよ!」

 絶望が希望に変わり、それが彼に対していい方向に働いたのだろう。灯子先生の激励を聞いて、すぐさま、羽根を回すことに成功した。

 大喜びで飛びあがり、灯子先生に頭をぐりぐりと撫でられている。ああ、俺も成功したら、あんなふうに撫でてもらえるかな? それとも、ハグとかしてもらえるかな!

 あ、ちょっとやる気出てきた。

 もう一回挑戦してみよ。

 まあ、ダメだったけどね。

「もう、ダメー」

 俺は、風車を放り出して、ぐったりとする。明日から。うん。明日からがんばるよ。それで、いいよね。そろそろ二時限目の終わりも近づいてきたし。

 おかしいなー。俺のループ能力は、色々制限とかかかってんのかなー。

 色々心が折れた俺は、とうとう隣になった三十五歳さんと一緒に、諦めのごろごろを開始する。

 一人で取り残されたら色々心がむしられたけど、同類がいると、ちょっと勇気がわいてくるね!

「まぁ。残り時間も少なくなってきたし、今日はそろそろ切り上げるとするか。あんまり根をつめすぎても、しゃーないからな。こういうのは、きっかけだし」

 ですよねー。小走さんみたいに、唐突に出来るようにもなるし、俺みたいに、自称常識破りの男でも、なんでかまったく反応しないなんてのもありますからねー。

 ……はっ、ひょっとすると俺、自分じゃ自覚がなかったけど、超常識人だったりするのか!?

『ないない』

 なんか電波かなにかで否定され気がする。ないちゃうぞ。

「あ、そうだ」

 灯子先生が、ぽんと手を叩いた。

「一つ、いい方法があるぞ。試してみるか?」

「そんなのがあるなら、是非!」

 俺は思わず、飛びついてしまった。

 それに、灯子先生は、にやりと笑った。

 なんというか、三日月形の口と目がよく似合う、してやったりと言ったような笑顔だ。

「お前、剣道経験者なんだよな?」

「え? はい。小学生の頃に」

「じゃあこいつを。ほら、さっさとつけろ!」

 俺はあれよあれよという間に、剣道の防具をつけさせられ、竹刀を持たせられた。

 そして、片付けられたスペースに、同じく防具をつけた灯子先生と、竹刀を構えた俺が、対峙している。

 なぜか、三十五歳さんは、審判だ。赤と白の旗を持って、現状を理解できないまま、ぼーっと突っ立っている。

「あのー」

 ひとまず、なにをするのかは予測はついているのだが、一応聞いてみることにした。

「やっぱ、一番目覚めるのに有効なのは、命の危機だよな! さすがに死にはしねーが、死ぬほどいてーぞ!」

「その方法、すでに二度くらい試したことあるけど、結果でてませんー!」

 予想通りの結果だったー! そして何度も死んでこの結果なんですよ先生ー!

「物は試しさ。さあ、いくぞー!」

 灯子先生が、竹刀を振り上げ、襲い掛かってきた。

 なんかはめられた気がするー!

 突然はじまった剣道の試合に、俺も竹刀を振り上げ、応戦することにした。

 さすがに、無防備そのままに叩かれる趣味はない!



──戦部灯子──



 時坂廻。

 今、島の中でちょっとした注目を集めている、今年度の新入生の一人。

 なぜ注目を集めているのかといえば、なぜかアレ(理事長)のお気に入りでもあるし、その政敵。神代銅次郎まで目をかけているなんて噂もあるから。

 アタシも、誰もが嫌がる洗礼後のアレとお話出来るなんていうご褒美という名のさらし者で、自分からアレと会話しに行ったのを見たから、強く印象に残っている。

 案の定いろんな意味で捕食されそうになったそうだが、薫子先輩が危機一髪のところで助け出したのだそうだ。

 一体なにをすれば、アレ(理事長)とソレ(銅次郎)に気にいられるのかと思っていたが、イクシア発動実習での新入生担当となり、生徒のデータを閲覧して、納得がいった。

 報告によると、この子は洗礼のさい戦った両腕を剣に変える、Cランク相当の近接特化型擬似イーターの攻撃をかわしきったのだとか。

 Cランク相当を相手にして洗礼を生き残ったとか、そりゃ気にもなる。

 感じた印象は、ふつーの男の子。だった。

 とてもじゃないが、Cランクの擬似イーターの攻撃を全てかわしきるなんて芸当が出来るとは思えない。

 ただ、こいつのイクシアのランクは不明。計測中機器の故障により、測定不能となっていて、ゆえに、なんらかの未知のイクシアを発現し、それにより回避を可能にした可能性アリと、書かれていた。

 確かに、未知のイクシアを保有している子なら、全回避も可能かもしれないし、アレもソレも目をつけても不思議はない。

 と、納得していたんだけど……

 新一年生のイクシア発動実習。アタシの担当は、非発現者への基礎発動訓練の監督。

 つまり、まだイクシア発現の扉を開いておらず、芽も出ていない子達にその扉を開かせてやるというグループの担当だ。

 簡単に言えば、まだイクシアを無意識にも発動できていない子達の担当。

 そこに、どういうわけか、その時坂廻が、いる。

 それってつまり、あの子はまだ、イクシアを無意識にも使えていないということ。

 まさか、実力を隠して、劣等生のフリをしている……?

 いやいや。あのストロー豆電球に関しては、イクシアを使える状態の者なら、隠しようがなく光るというものだし、さらに、次の風車も、発現の扉を開いていれば、否応なしに回る代物だ。

 それが二つとも無反応。ということはつまり、あの子はイクシアを欠片も使わずに、Cランク相当のイーターが繰り出す攻撃をかわしきってここにきたということになる。

 ランクBのイクシアンであるアタシでさえ、イクシアなしでCランクイーターと互角に戦うのは、無理な話だ。

 どれくらい凄いって、どこにでもいるただの少年が、吸血鬼を無傷で倒しちゃうくらい凄い。

 アタシ吸血鬼なんて見たこともあったこともないけど。

 一見ただの少年にしか見えないあの子が、そんなことをやりきった。

 ああ。そりゃ、トップ二人が目をつけるわけだわ。

 生身でただの少年が、そんなことをすれば、理事長が目をつけるのもわかるわー。

 当然、アタシも興味を持った。

 その実力を、自分の目で測ってみたい。と、思ってしまったわけだ。

 だから、授業の終わる間際にやってきたチャンスを生かし、ちょいとけしかけて、剣道の試合で戦ってみることに。

 生徒情報の中には、小学生の頃、剣道を習っていたってのがあったからね。

 これなら、痛い目を見て、ちょっとは本気を出してくれるかもしれない。

 なかば強引に防具を着せ、竹刀を持たせて立会いをはじめる。

 まだ戸惑う少年に向け、アタシは初太刀から最高速で面を放ってみた。

 まだ状況もつかめていないところでの、不意打ちに近い一撃。

 身長は、あたしの方が少し低い。それでも、スピードに乗ったその一撃は、あの子の脳天をきっちりとらえると思っていた。

 だというのに、あの子は、それを半身分体を横にひねるという形で、かわして見せた。

 その瞬間。ぞっと、背筋が凍った気がしたわ。

 アタシと少年の体が交錯する。

 そのまま面を打ってがら空きとなった胴を薙がれていたら、アタシの負けだった。

 でも、時坂は、回避に専念していたせいか、攻撃には移らなかった。

 ひょっとすると、びっくしりて避けただけで、他に意図はなかったのかもしれない。

 冷静になった今なら、きっとそうだったのだろう。と思い返せるが、その時のアタシにそれは、余裕の見逃しに感じられた。

 なにせ相手は、バケモノの攻撃をかわしきる男。これくらいの見切りはできて当然と考えていたからね。

 口元が緩み、アタシは頭につけた面の内側で、にやりと笑った。

 いわゆる、面白い。と心の中で思ったわけさ。

 だからそこからアタシは、大人げもなく、本気で竹刀を振るった。フェイントを駆使して、一本をとりに行ってしまった。

 やったことはシンプル。面を打ちにいくと見せかけて、動いたその手に装着された籠手を狙う。

 それがダメなら……と、その後のプランも色々と考えていたけど。


 すぱぁん!


 そのフェイントは見事にはまり、籠手アリ一本が決まった。

 肝心のあの子は、籠手を食らった痛みに、床を転がりまわっている。

 あれー? さっきの動きなら、これくらい捌けると思ったんだけどな。

 この程度のフェイントもかわせないで、Cランクの擬似イーターの攻撃なんて、かわせるはずがない。

 やっぱり、最初のはまぐれで、生死のかからない戦いでは、その真価は見えないということだろうか。洗礼の時の動きは、自分と他人の命がかかった状況から引き出された、火事場の馬鹿力だったのだろう。

 死にたくないから、限界を超えて力を出した。そういうことなのだろう。そこまでするなら、ついでにイクシアに目覚めておけばよかったのに。

 なんて思いながらも、二本目の戦いもはじまった。

 この子、意外に負けず嫌いで、今度は自分で竹刀を握り、アタシにもう一本と言ってきた。

 そういうの、アタシは嫌いじゃないよ!

 次いで二本目は、ちょっと加減をして戦ったけど、結局アタシがもう一本面を決めて、二本先取で試合は終了。

 今時坂は、面を外して大の字に転がって、ぜいぜいと荒い息で必死に酸素を肺にとりこんでいる。

 二本目は時間ギリギリまで、ちょっといじめすぎたかな。

 直接剣を交えてみて、よくわかった。

 身体能力は、並。間合いのとり方はうまく、回避こそ高いといえば高いが、フェイントがかかると、それだけでダメだし、とてもじゃないが、Cランクのイーターの攻撃をかわしきれたとは、とても思えない。

 ただ、学習能力は高く、同じフェイントは、二度目にはきちんと対応してきたのには驚かされた。

 とはいえ、結局はちょっと鋭い程度。これだと、百回以上戦い、相手の癖を見極めなければ、全回避は不可能だろう。

 それだけの数をこなしても、同じパターンで襲ってこない限り、無傷。というのは無理な話だ。

 育てば、凄い戦士になりそうだ。という片鱗は見せたが、現状で、Cランクイーターと戦っても、無傷で勝てるはずもない。

 洗礼時は、火事場の馬鹿力で、無我夢中でやったと考えるにしても、次同じ状況になれば、誰もが口をそろえて、逃げなさいとアドバイスするだろう。

 結論を言えば、肝の据わったことを除けば、あとはどこにでも居る、普通の男の子。だった。

 結局、イクシアには目覚めなかったし、アタシがあの子を痛めつけただけに過ぎなかった。

 Cランクイーターと互角以上にやりあったというのは、火事場の馬鹿力。ラッキーで片付けるしかないようだ。

 それでも、すべてが納得できるとは言い切れないが。

 ……だからこそ、アレもソレも、アタシも興味をひかれるのだろうけど。

 普通の子なのに普通じゃない。

「薫子先輩が、心配枠で気にかけるのも、わかった気がするわ」

「そうですか。私の気持ち、わかってもらえましたか」

「ぴっ!」

 面を外して、キメ顔でそう言ったら、背後で仄暗い闇の中からささやくような、薫子先輩のお声が聞こえてきた。

 そりゃ、そーよね。体育館であんな派手に一年生いじめていたら、気づくわ。

 心配枠の子を床に沈めているのだから、これからアタシ、説教かしらん? 冷たい床に正座させられてお説教タイムかしらん?

 でもその時、天の助けが舞い降りた。


『警戒ランクCを観測しました。繰り返します。警戒ランクCを観測しました。ランク外の者は、速やかに避難してください。繰り返します。ランクCを観測しました。D級以下の者は、速やかに避難してください』


「っ!」

「灯子!」

「はい。ちょっと行ってきます!」

 警報ランクC以上は、基本的にランクBを伴ったCランクイクシアンとの合同で当たることになっている。

 Cランクまでくると、イーター一体で、街ひとつを簡単に滅ぼせるほどの力を持つ。

 同ランク同士なら、互角に戦えるが、確実ではないので、当番のランクBも一人つくことになっているのだ。

 今日の当番。それが、アタシである。

 Bランクイクシアン。火柱の灯子。それが、アタシの二つ名!

 剣道の防具を床に脱ぎ捨て、そのまま体育館の外へと駆け抜けてゆく。

 ジャージの上着から携帯を取り出し、位置を確認する。

 五分以内に直行できない場合は、オババが瞬間移動で連れて行ってくれることになる。今回は、この近くだったので、そのままバイクで急行することになった。

 バイクに火を入れ、アタシはそのまま、現場へ直行した。


「しかし、今月これで、三度目のCランク警報。なにかの前兆じゃなきゃいいけどな……」



──時坂廻──



 あー、酷い目にあった。

 さすがに、ループでの反復学習もなしに、プロの人と戦うなんて、無理だったっちゃ。

 意地になって二本目挑戦したけど、逆にあしらわれて時間一杯までいじめられちまったい。

 ごろりと床に転がっていると、学校からけっこう離れた場所で、巨大な火柱が上がったのが窓から見えた。

 きっとあれが、灯子先生のイクシアなんだろうなあ。

 そんなことを思っていると、警報が解除され、同時に、イクシア発動実習の授業も終わりを告げた。

 結局、今回でイクシアを発現できなかったのは、俺とあの三十五歳さんだけだった。

 うう、ちょっと落ちこぼれた気分だ。でも、一人じゃないのがまだ救いかな。うん。

 ぴょんと寝転がっていたところから立ち上がり、剣道の防具を所定の場所に戻して、ついでに風車も最初にあった場所へ戻した。

 灯子先生はまだ戻ってこないけど、薫子先生の方が集合をかけて授業の終わりを告げ、挨拶を通過して休み時間となった。

 実習の片付けの方は、それをやる専門のスタッフがいるようで、俺達はそのまま自由となった。

 自由になったので、はじめちゃんと一緒にいるゴーリキさん達と合流したけど、ゴーリキさんと豊増の二人は、なんか精神的に疲れてた。

 はじめちゃんは、なんか逆にツヤツヤして、一冊の本を両手で抱えているけど、個別カリキュラムとは、一体なんだったんだろう……?

「あー、だりぃ。なんなんだあの個別カリキュラムってのは。もっとこう、がーんとやらせろよ」

「まったくだね。机に座らされっぱなしで、わずらわしいといったらありゃしない」

 げっそりとしていた二人が、愚痴をこぼしあっている。

 ゴーリキさんは体を伸ばし、ごきごきと、背筋が音を立てていた。

 ホント、どんなカリキュラムだったんだろ。

「あ、そういやめぐる」

「はい?」

「結局お前のイクシア、今日のでわかったのか?」

「んにゃー。まだわからなかったっす」

 ゴーリキさんの問いに、俺はやれやれと、自嘲しながら肩をすくめた。

 ループ能力あるのに、どれだけ吹いてもイクシアの反応欠片もなかったっすよ。おかげで、俺はループ能力があるよ。って余計に声をあげることができなくなっちまいましたよ。

「再測定できれば、はっきりするとは思うんですが、いつになることやら」

「ああ、それについてですが」

 俺達の会話に、薫子先生が加わってきた。

「今、新しい測定器を新調しているところですから、もう少し待ってください」

「え? 予備とかないんですか?」

「予備の機器もありますが、どれも前と同一の物ですから、同じ不具合を発生する可能性がありますからね。ですから、もう少し待っていてください。その時は、知らせますから」

「はーい」

 ずいぶんと、慎重にやるんだな。と思ったけど、また電球が破裂するのも困るだろうからなぁ。

 まあ、今のところ俺の方もイクシア発現できていないから、個別カリキュラムとか考える必要もないしなぁ。

「つーわけで、電球も光らないわ、風車も回らないわで、俺のイクシアが判明するのは、当分先になりそうです」

 トホホ。と、俺は注目してくれた三人に、肩を落とした。

 ホント、ダメなヤツだなー。あはは。と笑って欲しかったけど、なんかすげー同情した目で見られた。その優しさが、逆に僕の心をむしるんだよみんな!

 そう、心の中で叫んだけど、言うともっと惨めになるので、心の中だけにとどめておくことにした。


「あ~ら。それならいい手があるわよーん」


 唐突に、そんな言葉が俺達の背中に響いた。

 体育館の扉をどばーんと開き、アレが姿を現す。

 無駄に紙テープとか紙ふぶきが、開いた扉のところからポン。と俺達の方へ飛んできた。

 相変わらず、無駄に派手なご登場ですね。理事長はん。

「今すぐ自分の力が知りたい。しかも、すぐにその力を顕現させたい! それなら、アテクシがいい方法を知っているわ! かつて行われた、昔ながらの手法。それを使えば、めぐるきゅんの力も判明して、さらには発現することまちがいなしなのよー!」

 くるくる回ってポーズをキメながら、アレは俺達の方へ近づいてくる。

 一見ダンスをしながら近づいてきているように見えるけど、靴音がしないから、空中に浮いているんだろうなあ。アレ。

「さあ、めぐるきゅん。いかがかしら!」

 俺の目の前に来て、右手を胸にあて、左手を俺に向けて差し出した。


(ふふふ。大叔父様がどんな手を使ってめぐるきゅんに取り入ったのかは知らないけど、こうなったら、さっさとSランクと正式に公表して、大叔父様も手が出せない地位に押し上げてしまうわ! コレで彼が、あの人の毒牙にかかることもなくなる。さあ、いらっしゃい!)


「いや、帰れ」

 俺は笑顔で、ばっさり目の前の女男を言葉の刃で叩き切った。

「そんなぁ!」

「だって別に、今急いで自分のイクシアを知りたいとは思っていないし。というかぶっちゃけ、アンタの提案に乗りたくないってのが本音」

「がーん! なんて正直な子なのかしら! みんなは、どう思う!」

「正直、当然の結果かと」

「俺もそうおもう」

「物理的に消えればいいと思う」

「……」

 薫子先生、ゴーリキさん。そして超素直な豊増の言葉が、アレに突き刺さる。ちなみに最後は、オロオロしているはじめちゃんだ。

 うん。みんな俺に賛成のようです。民主主義なら俺達の勝ちですな!

「ちぇっ。ならしょうがないわ。せっかく行けば、発現だけでなく、イクシアのパワーアップも出来るかもしれないのに。一気にワンランクアップしたりとか、ありえるのにね」

 ふん。とすねたように、そっぽを向いた。子供かアンタは。

 だが、俺達はもう決めたのだ。胡散臭い甘言には、のらな……


 がしっ!


 唐突に、俺の両肩が捕まれた。

「行くよ。絶対に」

「行くぜ!」

 つかんだのは、豊増と、ゴーリキさんだった。

 パワーアップという言葉に、興味津々のようだ。

 ああ。この二人、見事な向上心じゃぜ。

 特に豊増は、ランクBを目指しているから、そういうものに興味がありまくりなんだねぇ。胡散臭くとも。

 ここで俺がお断りすると、肩が大変そうなことになりそうなので、仕方なく行くことにした。

 まあ、正直言えば、その昔ながらの方法ってのも、気にならないと言えば嘘になるし。

 これが薫子先生のお誘いなら、安心して行ったんだけどなぁ。

 薫子先生が、ため息をついた。

「銀も、毎度のごとく無茶を言うんですから。放課後なら許可しますが、監督として私もついていきますからね」

「はいはいわかってますよ。カオちゃん相変わらずかたいんだから。かたいのは、股のま……くだだだだだだ!」

 アイアンクローが、決まった。

 浮いてる。イクシア使わずに、アレの体が浮いてる! ぷらーんとしてる!

「さあ、皆さん。続きは放課後ですよ。私はちょっと、コレにお話がありますから」

 にっこりと俺達を微笑んだそれの背後には、白装束を纏った般若の姿が見えた気がした。

 俺達は、その笑顔でこくこくと、素直に無言でうなずくしか出来なかった。

 というわけで放課後、俺達はアレの口車に乗って、その昔ながらの測定方法ってヤツを試しに行くことになりました。


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