第06話 後始末
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時は、抜き打ちテスト終了の放送が流れる少し前に戻る。
神代島。港区、西公園。
そこは、森を切り開いて出来た、自然豊かな運動公園である。中心によくわからない不細工なオブジェが鎮座し、普段は島民の憩いの場として愛される場所だった。
だが、毎年この日は、趣が変わる。
公園の芝生の上には、白いテントがたてられ、その近くには簡易のテーブルと、少し離れた場所に、ステージのようなものが用意されている。
ここは、抜き打ちテストで生き残ったり、無事シェルターにたどりついたもの。そして、あの黒いバスケットボール型の小型擬似イーターに食われたもの達が最終的に集まる場所だ。
早い話、ここは、逃走のゴールと言える。
森に囲まれたこの公園の外では、逃げ惑う新入生達の悲鳴や怒号が聞こえてきていた。
「……毎年、この時期は心が痛みますね」
はあ。と、席に座ってため息をつくのは、真壁薫子だった。
パンツルックのスーツに、長い髪を頭のてっぺんでまとめ、三角メガネがよく似合いそうな、ちょっときつめな美女である。
「まあまあ。これは、彼等の心構えを作るためにも、必要な儀式みたいなものなんだから」
ため息をつく彼女へ、お茶を差し出す人影が一つ。
彼女の同僚であり、神代学園の保険医である、磯部恵。
誰もが期待する麗しい美人の保険の女先生。ではなく、ソフトモヒカンで、ムキムキの筋肉をそなえた三十二歳のダンディな男である。そう。残念ながら、男だ。
物腰が柔らかく、にこにことしている上、恵という名なので、期待して保健室にやってくる哀れな子羊を絶望に誘いこむ立派な保険医である。
「ついでに、ガトーショコラもあるよ」
薫子へお茶を出すついでに、保険医恵は、ケーキの乗った皿を、彼女の前に置いた。
「ありがとうございます」
ため息をつきながらも、薫子はそれを口に運びはじめた。
黙々と、彼女はそれを味わう。
「かー、うまい! 相変わらず、磯部さんは外見に似合わず、繊細なものを作るねー」
がっはっはと、豪快に笑う女性が、薫子の隣に座り、出されたガトーショコラを口に運んでいる。
彼女の名は、戦部灯子。薫子と同じく、学園の教師で、担当は主に、イクシア発動に関する実技を担当する。
学校の先生で言うなら、体育教師だ。
赤毛で無造作に伸ばした赤髪を頭の後ろで適当にくくり、ジャージを纏っている。
年は、二十六歳。胸は誇れるほどないが、腹から腰にかけては、実に安産型なスタイルである。ちょっと筋肉質ではあるが。
ちなみに、彼女は既婚である。
「外見に似合わずとは、余計だけど、礼だけは言っておくよ。ありがとう」
「おかわり!」
「あとは新入生がそろってから。我慢しなさい」
「ぶーぶー」
やんわりと断る恵に、灯子がぶーたれた。
直後また、「ぎゃー。助けてー!」という悲鳴が、森の外から響いてきた。
ゴール目前で、誰かが捕食されてしまったのだろう。
薫子の手が止まり、悲しそうにはぁ。とまたため息をついた。
悲鳴の中では、美味しい物を食べても、食は進まないようだ。
それを見た灯子が、やれやれと頭を振った。
「薫子先輩ももう割り切った方がいいですよ。毎年のことなんだから」
「理屈や頭では理解しています。ですが、感情や気持ちは、それとは別です。例えば、私は収入も職業も能力も安定していて、一緒になれば安定した生活ができると考えても、誰も結婚してくれないのと一緒です」
「……ソウデスネ」
ひくっと顔を引きつらせた灯子は、薫子から目をそらした。
「なぜ片言になるんですか?」
「イエナンデモアリマセン」
(自虐過ぎて反応返せないんですって先輩!)
心の中で叫びつつ、灯子は恵へ助けを求めるが、恵はもうテーブルにはおらず、白いテントに設置されたキッチンへと逃げてしまっていた。
「ですが、私は思うんです。あなたが結婚できたのだから、私も諦めてはいけないと……!」
(ああ、もう全然関係ない!)
いつの間にかはじまった愚痴に、豪快な性格の灯子も、誰か救世主が現れないかと願いをこめつつ、視線を空へさ迷わせるのだった。
それからしばらくして、この抜き打ちテストの終了を告げる放送が鳴り響くまで、薫子の愚痴は続く。
──時坂廻──
「まるで集団ドッキリだな。腹が立つぜ!」
「まったくだよ。わずらわしい」
ゴーリキさんと豊増。仲の悪い二人が、同じ意見で文句を言っている。
まあ、確かに、たちの悪いドッキリだよな。これ。
その点に関しては大いに同意するよ。
俺達は、放送のあと、ぞろぞろと姿を現した島民と工場の職員などに、集合を指定された港区の公園を教えられ、そこへやってきた。
「はい。お疲れ様でした」
俺達を出迎えた薫子先生が、にっこりと微笑む。
三角メガネがよく似合う、外見はちょっときつめの先生だけど、この人いい人だよなー。
もうちょっとで三十路とか、結婚とかのキーワードを除けばだけど。
俺達の数を数え、さらに振り返り、人数を数える。
「三十。くっ……! これで全員ですね。生き残りは九人。と」
三十という数字に一瞬苦しんで、手にしたクリップつきのボードに、人数を書きこんでいる。
そこまで反応するもんなのか。多分、目前という今が、一番気になるんだろうなー。
きっとその数字を過ぎれば、悟りが開けるんじゃないかと思う。俺まだ若いからそういうのさっぱりわからんけど。
どうやら俺達が、一番最後の到着だったようだ。
まあ、一度は指示とは逆の方へ行っていたわけだから、当然か。
俺達は、ステージのある場所の方へ行くよううながされた。
なんだこれ。今からなにか舞台とかでもやるのか? というような形にステージと長椅子が並んでいた。
立ち上がって踊れるほどに幅の取られた椅子とその足元には、硬めのボールをおさめたカゴが用意されていた。
一番最後に到着した俺達は、最後尾の列に並ばされる。
なんだこれは。と思って足元を見ていると……
「あ、アニキ! アニキは無事だったんすねー!」
そんな、明るい声が俺達の方へ飛んできた。
そちらへ視線を向けると、黒いボールを着た、小柄な五厘頭の人がいた。
上半身が丸々、黒い着ぐるみのようなものを纏っている。
「お前、小走! 無事……だな?」
ゴーリキさんが、喜びの声をあげるが、後半は、首をひねっていた。
大体の状況は、予測がついた。あのバスケットボール大のヤツに捕まると、この場ではああなっているんだな。と。
彼のほかにも、二十人近くの人数が、その黒いボールを着こんでいる。その数だけ、食べられた。ということなのだろう。
「すみませんアニキ。捕まっちまいました。おれっちは、アニキのようにはなれませんでした!」
「なにを言ってんだ。お前が無事だっただけでも、上出来だ。今回のはお前のせいじゃねえ。こいつを仕掛けたヤツが、全面的に悪い!」
うわわーんと、感動の再会をしているが、丸っこい着ぐるみのようなボールが、二人が抱き合うのを邪魔している。
その光景は、けっこう間抜けだった。見ている分には面白いけど。
バラバラバラバラバラ。
上空から、突然そんな音が響いてきた。
何事かと、皆が空を見上げる。
『ほーっほっほっほっほほ。ほーっほっほっほっほっほ』
それと同時に、その音に負けないほどの笑い声が聞こえてきた。
空には、ヘリがいた。
さらに、箱乗りするかのような格好で身を乗り出す人影。
黒いコートに赤いスーツを纏い、金髪に赤と青のメッシュを入れた、ちょっと肩幅の広い美しい女性。
上空に現れたのは、ド派手が信条、この神代島の理事長にして、神代学園の学園長である、神代銀之丞、その人である。
出やがったな。諸悪の権化。
公園の上空へやってきたヘリから、赤い欠片のようなものがここに降り注ぎはじめた。よく見ると、バラの花びらだ。
バラの花びらをばら撒き、笑い声を響かせるヘリは、一度公園の上を通り過ぎる。
ひらりひらりと舞うそれが、地上へ到達しはじめると、ヘリはステージの上へと、旋回して戻ってきた。
「とぅ!」
威勢のいい掛け声が空から響き、バラの花びら舞う空中へ一人の女性がヘリから飛び降りる。
パラシュートもつけずに空中に飛び出したアレは、普通なら重力に従い加速するはずの自然法則に逆らい、ゆっくりとステージへ落下してきた。
ハンディカラオケマイクを、片手に。
どこからともなく。いや、明らかに、あのハンディカラオケから、大音量の曲が流れはじめた。
あんな小さいスピーカーから、耳を押さえたくなるほどの大きさが出るとは思えないが、出ているのだから仕方がないだろう。
バラの花びらが舞い、ステージからは赤や青のライトが光り、無駄にうまい一人デュエットが流れはじめる。
本当に、無駄に、うまい。
男でもあり女でもアリ、それでいて体もでかいおかげで、声量もあって、なおかつ女性的な柔らかさもある。高音低音どちらも歌い分けられて、一瞬騒音公害を発生させるかと身構えた者は、逆に拍子抜けさせてしまううまさだった。
それを見上げる俺達は、あまりのことにただ呆然と、アレがステージに降り立って、歌い終えるのを待つしかなかった。
曲が終わり、アレのキメポーズが決まる。
アレは満足したように、ぐっと力をこめ、俺達へ視線を向け。
「アテクシのワンマンショーへようこそー」
と、のたまわった。
ぱーんと、ステージから煌くラメ入りの紙ふぶきが飛び出す。
状況として出るべき第一声は、この洗礼についてだと誰もが思っていたところで飛び出したのが、この言葉だ。
ゆえに……
ぶちっ。
観客席となった俺達のいる長椅子のところで、そんな音が響いた気がした。
「ふざけんなー!」
「帰れー!」
みんなが一斉に、そう叫んだ。
さっきの音は、皆が一斉にキレた音だ。
あんな目にあわされた挙句、それを企画したと思われる張本人が悪びれもなくそんなことを言うのだから、そりゃキレもする。
理事長を出迎えたのは、紙テープと喝采ではなく、石のように硬いボールと罵声の嵐であった。
足元に用意してあったボールを、みんな力いっぱい、ステージに現れた理事長へ投げつけはじめた。
この一件の鬱憤を晴らすかのようである。
「いやーん。ちょっとやめてー。やめてってばー」
いやんいやんと顔を両手で隠し、可愛い悲鳴をアレがあげる。
ボスボスと、アレの体にボールが当たっているようにも見えるが、よく見るとボールそのものは、アレの体に当たっていない。直前で見えない壁にぶつかり、ステージへ落ちているのがわかった。
だが、頭に血の上ったみんなはそれに気づかず、鬱憤を晴らすように、理事長へボールを投げつけている。
ゴーリキさんも、豊増も、罵声を浴びせながら、ボールを投げている。豊増なんて、ボールに刃をはやして投げてるよ。えげつねぇ。当たらないけど。
唯一投げていないのは、投げても無駄だと悟ってしまった俺と、オロオロと周囲を見回して混乱するはじめちゃんくらいか。
あ、でもこういう無駄だから。って覚めた態度は、なんかノリが悪いな。でもでも、そういう一人すかしてる姿も、高校生って感じがする。俺カッコイイ!
どっちを選ぼうかと少し悩んで、当たらずとも、せっかくおおっぴらにアレに石を投げられる機会なのだから。と、遠慮なく投げておいた。
うん。海に叫ぶのと同じような感覚で、なぜかすっきりするね。
ストレス解消とは、こういうことを言うんだね。
しかし、ワザワザ足元に投げるものを用意して、挑発するって。ガス抜きまでやってくれるのか。
わざわざ理事長がその矢面に立つとは、アレ呼ばわりされても、やっぱり一応一番偉い人なんだな。
「ちょっと、もうやめ。もうやめなさーい」
なかなか終わらないボールに、さすがの理事長もちょっとヘキヘキしてきたようだ。
だが、どれだけやめてと言っても、それはとまらない。むしろ、俺達がやめて助けてと言った時、助けてくれなかっただろ。という心の声が聞こえる気がする。
「やめて、やめ……やめろっつってんだろ!」
べきべきべこっ。
ドスの効いた男のような声が聞こえた直後、俺達の後ろにあった、公園中央にある、不恰好なオブジェ。
それが、ありえない音を立て、別の形にねじれ、全く別の形のオブジェに生まれ変わった。
しーん。
ボールを持ち上げ、投げつけようとしていたみんなの動きが、止まる。
理事長は、無駄に優雅に髪をかきあげ。
「さーて、そろそろ本題に入ろうかしら」
と、のたまった。
マイクから出る声は、どこか空恐ろしいものを感じさせた。
にっこりと笑う理事長だというのに、その微笑みは、全然優しくない。むしろ、恐怖を覚えるような笑みだった。
「この催しと、アテクシの素晴らしい歌で、皆の心も落ち着いて、トラウマも払拭できたことだし!」
なぜか、自信満々にそうも告げた。
(むしろ今ので一つ増えたよ!)
なんて心の声が、みんなから聞こえたような気がする。
「ともかく、今日体験したのは、この後実際に起きる可能性の一つよ。あーた達……」
と、黒いボールを着こんだ状態になっている人達を指差し。
「……今日は死ななかったけど、次は違うわ。あーた達は力を手に入れたけど、その代償として、狙われる立場にもなってしまった。だから、いざという時は、最低限自分の命は守れるようになりなさい」
じっと、今までの理事長とは信じられないくらい、真面目な瞳が、彼等を射抜く。
「勇気を出して、誰かを助けようとしても、必死に逃げても、死んでしまったら同じ。そうなりたくなかったら、必死に努力しなさい。最低でも、五分。それだけ自分の命を守れれば、この島なら、必ず助けに来るわ。今回と、違ってね」
今度は、視線を俺達の外にいる、先生や、島の人達へ向けた。
視線を向けられた島の人達は、それを肯定するかのように、大きくうなずいた。
「だから生きて、この島で死ぬまで暮らしなさい! ここを地獄とするか、楽園とするかは、あなた達の心構えにかかっている。いい。アテクシはここを楽園だと思っているわ! 望めばなんでも手にはいる! あーた達は、どうかしら!」
ぐっと拳を握り、天にかかげた。
それに呼応するかのように、観客席の者達も、拳を握る。
「がんばりなさい。あーた達! そして、無事生き残った子達。せっかくがんばったのだから、ご褒美があってしかるべきよね!」
ざわっ。
場がちょっと、ざわめいた。
確かに、あれだけがんばって、なにもなしってのも、あれかもしれない。
くれるというのなら、是非もらいたい。
俺をふくめ、残った九人は、なにかを期待するように、理事長へ目を向けた。
「生き残ったご褒美。それは、なんと! アテクシと面と向かってお話が出来ます! 最高よね!」
ばーんと両手をあげ、理事長は拍手喝采をしなさいといわんばかりに、天を仰いだ。
(いらねえ)
(いらねー!)
(絶対いらねぇ!)
みんなの心の声が、また聞こえた気がした。
ボールを身につけ、死んだことになっている人達がなぜか安堵の息をはいている。心の底から、ほっとした表情だ。
その上なぜか、俺達の方へ、哀れみさえ感じさせる視線も降り注ぎはじめた。本当に本当にかわいそう。がんばったのに、報われないね。って感じの視線だ。
脇に控えている学園の教職員の人達も、俺達へどこか哀れんだような目で見ているように感じられる。
あれー。おかしいなー。生き残った方が罰ゲームを受けるとか、なにこの割に合わない抜き打ちテスト!
「あー、もちろん辞退してくれてもかまいません」
我等が救世主、薫子先生がマイク片手に、くちばしを挟んできた。
まさに、救いの一声である。
「ですので、辞退しない人は、手を上げてください」
つまり、辞退する人は、そのまま動かなくていい。理事長とお話したい人は、手を上げろということ。
行きませんと声をあげさせるのではなく、行くと声をあげさせることで、断る後ろめたささえ断ち切ってくれるとは、さすがです!
だもんで当然……
しーん。
希望者は、いなかった。一人として、手を動かすものさえいない。
「どうしてっ!」
理事長が、嘆きの声をあげる。
そりゃそうだろう。
アレとお話って、なにされるかわかったもんじゃないってのに、誰が喜ぶんだ。
あのパワーで無理矢理押さえこまれたら、なにも出来ないんだぜ。
でも……
「では、希望者はい……」
希望者はいないと薫子先生が発しようとした瞬間。
ざわっ。
場が、大きくざわめいた。
会場で手を上げるものが居たからだ。
しかも、二人。
手を上げ、皆の注目の視線を受けた一人は、俺。
正直手を上げなくてもよかったけど、やっぱりトンネルのイーターの件が気になったので、直接聞ける今回がよい機会だと思い、勇気を出してあげたのだ。
決して、誰も居ないのはかわいそうかも。なんて仏心ではない。
どうでもいいけど、俺の方を見てにんまり笑うの止めなさい理事長。手を下げたくなるじゃないですか。
そして、もう一人手を上げた人物。
それは、俺の隣にいた。
豊増光。男で娘のこいつも、俺と同時に、手を上げていたのだ。
俺達二人に、皆からの視線が集まる。
手を上げた俺も、隣の豊増を見て驚くほど、予想外だった。
「い、いいのですか君達。アレですよ。アレとお話するんですよ? 色々危険なんです。猛獣の檻にみずから入るなんて、おやめなさい!」
薫子先生が、俺達をたしなめるように言ってくる。
酷い言われようである。でも、正直事実だとも思う。
「カオちゃんアテクシをなんだと思ってるのよ……」
あまりに酷い言われようで、理事長もちょっと凹んでいるように見えた。
正直言うと、猛獣より危険な存在だと思うよ。俺は。
とはいえ、今さら手を下げるわけにもいかないので、俺と豊増の面談は、確定した。
薫子先生が、しぶしぶと了承し、理事長に「絶対変なことしないでくださいよ。絶対ですよ」と、嫌なフラグを立てている。
一応監視として近くについてくるみたいだから、多分大丈夫だろうが。
「おい、廻よぉ」
「ん? なに?」
「なに考えてアレに会いに行くのかはわからねーが、万が一なにかされそうになったら、呼べよ。速攻で助けに行くからよ。俺の、命をかけても、助けてやる!」
なぜかゴーリキさんが拳を突き出してくれた。
なにその決戦に行くような雰囲気。さすがにそんなことはないよ。助けを呼ぶ事態なんて……ない、よ? うん。
「時坂君……」
今度は、俺の隣にいたはじめちゃんが、心配そうな声をかけてきた。
ゴーリキさんは、豊増の隣にいて、声をかけられたら、はじめちゃんに背中を向ける結果になっていたので、そちらを振り向く。
そしたら、なぜか大粒の涙をためていた。
「うえぇ!?」
「ごめんね。ごめんね……」
「えぇ!? なんで謝るの!?」
「わたしにもっと勇気があれば。一緒に、一緒に立ち向かえるのに……」
いやいやはじめちゃん。あなたの中のアレは、どんな怪獣なのさ。
なんだかよくわからんが、とんでもなく心配された上、見捨ててしまったかのような自己嫌悪に陥ってしまっている。
なんだこれ。なんだこれ!?
なんか意味不明な事態に陥ってきたので、とりあえず、頭を撫でておいた。
「あっ……」
ぽすっと手をのせて、ナデナデすると、少しは落ち着いたようだ。
「大丈夫だよはじめちゃん。俺は、必ず帰ってくるから! だから、待っていて!」
「う、うん……!」
なぜか、盛大にうなずかれた。
しかも、周囲からは、誰からともなく、拍手が巻き起こっている。
さも、決死の思いで戦いに赴くような雰囲気だ。
なんだこれ。さっきから、なんだこれ! まるで俺が、帰ってこれないみたいじゃないか!
薫子先生が、俺の肩を、優しくたたいた。
「骨は、拾ってあげますからね」
あれ? なんか、マジで、ヤバイの? みんなの雰囲気から察すると、俺、マジでヤバイの!? やっぱり辞退。辞退させてもらえませんかねー!
だが、遅かった。
俺と豊増は、会場裏にもう一つ設置してあった、特別お話用のテントに、ご招待されてしまったのだった。
なんでみんな、思い思いに合掌してるのー!?
平屋の一軒屋ほどありそうな、十二角形の大きなテント。
その入り口を理事長が開き、俺達を招き入れてくれた。
「さ、どーぞぉ」
招き入れられ、入った途端、俺は、やっぱり来るのやめておけばよかったと、早速後悔する。
「いやいや。いやいやいや」
入り口に立ち、どーぞと奥へ入るよううながされているんだけど、俺は足を止めて、その言葉を連呼するだけで精一杯だった。
だって。テントの中には右手に四人がけの丸テーブル。左手になぜかタンス。そして、真正面には、でっかい、キングサイズのダブルベッドがあったのだから。
当然。アレがうながした先にあるのは、そのベッドだ。
くそう。なんでこの島だと、十六にもなっていない俺は法律で守られないんだ。おかしいだろ!
「さ、めぐるきゅん!」
鼻息が荒い! なんでそんなに荒い! 期待した目で見ても、なにもあげないぞ。お尻を見ても、絶対になにも、やらないんだからな!
「はいはい」
俺は平静を装い、何事もないかのように、歩を進める。
「え? マジなのめぐるきゅん!」
なにか期待を視線が、俺の背中に降り注ぐが、すたすたとテントの中央まで歩くと、かくっと右に直角で曲がり、四人がけテーブルの椅子に座った。
「さて。さっさと話すこと話して、薫子先生に叱ってもらおうか」
両手をテーブルの上で組んで、じろりとアレを見た。
こういう場合、主導権を握られた方が負けだというのを、俺はよく知っている。ゆえに、主導権を握り返す!
「いやぁん。しょうがないわね。じゃあとりあえず、おやつを食べてからにしましょうか」
しょうがないなぁ。てな感じでウインクをした理事長は入り口をしめ、すたすたと、歩き出した。
……ベッドの方に。
そのままとう。と言わんばかりの勢いで、ベッドにダイブし、ふかふかなベッドの上で、黒いコートと赤いスーツの上着をずらし、白いシャツを露出させ、俺の方へウインクしてきた。
カモンと手招きまでしている。
「……あー、このお茶、うめー」
一方俺は、テーブルに用意してあった紅茶を勝手に入れて、飲んでいた。
「いやん。完全無視! いけずぅ!」
つーかおやつを食べるって、お前のおやつはなんなんだよ! 俺かよ。それとも俺のおやつが理事長ってことか? どっちみちお断りだよ!
「でも、この無視も、ちょっと、かい、かんっ……!」
両手で自分の体を抱きしめ、理事長がごろごろと、ベッドで悶える。
くそう。そうやって人をおちょくるのは、どちらかというと俺がやりたいっての! 俺だってボケたいのに! でも、下手にボケるとおいしくいただかれる可能性が高い。ここは、我慢我慢。無視無視。相手にすると喜ばすだけだ。
この攻防は、どちらが自分のペースに持ちこむかという、こうどなしんりせんなのだから!
「……はぁ」
そんなことをしていると、入り口で大きなため息が響いてきた。
薫子先生が来たのかな。とか思ったけど、そうじゃなくて、最初からずっと俺達の攻防を見ていた、豊増だった。
「君達二人そろうと、さらに倍って、ホント、わずらわしい」
大きく呆れられてしまった。
うん。でも、呆れられてもしょうがないね。やってることは、頭の悪い挑発と無視だけだからね。
「理事長。僕はそんな茶番に興味はない。聞きたいことがあるから、それだけに答えて欲しい」
「あらー、そうなの?」
「そうしたら、僕はこのテントから出て行く。あとは彼と好きにすればいいと思うよ」
「はい。すぐなんでも答えるわ。どしどし言ってちょうだいな!」
ぴょん。とベッドで飛びはねて、理事長正座。
わくわくと、俺の方へなにか期待の視線を向けてきた。
じゅるりと、わざとらしくアゴに手をあて、舌なめずりをしている。
Oh。こいつはオイラ、大ピンチじゃないかね? いざとなったら、薫子先生を呼ぶ準備しておくか……
理事長が、質問を聞く準備に入ったのを確認した豊増は、じっと理事長を見つめながら、口を開いた。
その顔は、いつものクールな相貌じゃなく、どこか、焦りと苛立ちをふくんでいるように見えた。
「僕の兄を、豊増総一郎を知っているよね?」
その名が出た瞬間。一瞬理事長の顔色も、変わったように感じた。
「……知っているわ」
返答も、いつものおふざけじみた理事長じゃなく、マジな声色だった。
……いかん。これ、俺聞かないほうがいいんでね? もう遅いけど。
ひとまず俺は、背景の一部であるかのように気配を消して、二人の会話の邪魔をしないよう、石になった。
「なら、話は早いね。彼の。兄さんの死の真相を、教えて欲しい。最初は、海での事故と聞いていた。だから、遺体は発見できなかったし、戻らなかったと聞いた。でも、僕はイクシアの存在を知った。イーターの存在を知った。この島に来て、確信した。お前達は、兄さんの死を、なにか隠している!」
それは、叫びであった。
実際に叫んでいたというわけではない。話す内に、声は大きくなったが、叫びというわけではなかった。でも、豊増の心は、確実に叫んでいた。
神代銀之丞。この島の最高責任者の任につく、理事長にして、ある種の独裁者。
その彼が、知っていると言ったのだから、先ほど豊増の言った真相とやらを、知らないわけはないだろう。
豊増の兄が、この島にいて、イクシア使いとイーターの関係を聞けば、その彼が『なぜ』死んだのか。というのは簡単に想像はつく。
さっきの抜き打ちテストが、テストじゃなかった可能性だ。
豊増も、その可能性には気づいているだろう。それでいて、その『なぜ』の原因を、理事長に聞いている。
豊増の厳しい目つきが、理事長を捕える。
「……」
「……」
二人の視線が絡み合い、火花を散らすように睨みあう。
じっと、豊増は理事長を睨みつけ、一歩も引かない気構えを見せつけた。
これは、話を聞かねば、てこでも動かないだろう。
先に根負けしたのは、理事長の方だった。
小さく息をはき、正座をといて、ベッドのふちに座り、足を組む。
そして、どこか嬉しそうに。でも、もの悲しそうに、笑った。
「頑固なのは、総一郎譲りね。確かに、アテクシはあなたのお兄さんがどうなったのか、よく知っているわ」
「ならっ!」
「でも、今のあなたには教えられない」
一瞬明るく顔を崩しそうになった豊増だったが、理事長の言葉に、表情が曇った。
知れるかもしれないと思った喜び、それを拒絶された悲しみ。戸惑い。それらがまじりあった、なんともいえない表情。
対して、理事長の顔は、マジだった。真面目な、きりっとした顔で、はっきりとノーをつきつけた。
「どうして!?」
「理由は二つあるわ。一つは、まだ言えない。もう一つは、あなたはまだ、弱すぎる。それを知る資格がないわ」
「っ!」
豊増は、自分の手に刃を生み出し、理事長へ飛びかかろうとした。
力ずくででも、聞き出そうとしたのだろう。
だが、一歩踏み出そうとしたところで、体が走り出そうとした格好で、動きがとまる。
「ぐっ……! くっ!」
「おやめなさい。アテクシはこの島、いや、世界ナンバー2のイクシアンよ。昨日今日イクシアを覚えたばかりの小娘に、勝ち目があるわけないでしょう」
理事長は、豊増にむけ、指をさしているだけだった。
それだけで、豊増の体は金縛りにあったかのように、動かない。念力によって、全身を固められてしまったからだ。
ぎりぎりと、念力で体を締め付けられた豊増は、それでも理事長を睨むのだけは、止めない。
「ついに、ついに兄さんの死の真相を知るヤツにあったんだ! なのに、まだ知る資格がないだって! 僕は、あの人の弟だぞ! 知る資格なら、それで十分じゃないか!」
「……弟だからこそ、知るべきではないのよ」
ぼそりと、小さな声が俺の耳に響いてきた。それはまるで、理事長が自分自身に言い聞かせているような言葉だった。
「アテクシのこの念力も振りほどけない実力じゃ、まだまだ弱すぎるわ。出直してらっしゃい。ランクがBになったら、考えてあげなくもなくてよ?」
豊増の眼光は、さらに鋭くなる。
わずらわしい以外で、ここまで豊増が感情をあらわにするなんて、はじめて見た気がする。それはつまり、それほどそのお兄さんのことが大切だったということだろう。
だが、睨みつけられた理事長は、その視線を苦もなく受け流す。さすが、お仲間からアレと呼ばれても平然としているだけはある。メンタルがなんとお強いことか。
「だからまずは、強くおなりなさい。でなければ、お兄さんの背中に追いつくことさえ出来ないわよ」
「……っ!」
そう言われた豊増は、力を脱力させ、手から刃を消し、ただ、じっと理事長を見つめるだけだ。
理事長も、その視線からは逃げず、じっと豊増を見返す。
「……わかった。ランクBだね? そこまで強くなれば、兄さんの真相を教えてくれる。そういうこと?」
「ええ。そういうことよ。なに。あなたならすぐよ。現状でもすでにCもあるんだもの。お兄さんより早く、Bに上り詰めるわ。あなたには、それだけの才能がある」
「わかった。なら、もういい」
言った直後、豊増を封じていた力がとかれ、彼女は自由になった。
豊増はそのまま、きびすを返し、テントから出てゆく。
「あら。もういいの?」
「これ以上いると、また殴りかかりそうになるから」
「あらまー。好戦的ね」
豊増はそれに答えを返さず、テントの外へ歩き出した。
「約束は、必ず守ってもらうからね」
「もちろんよー」
そう、捨て台詞を残そうとして……
「あ、豊増、ストップ!」
……いなくなるところで、俺がストップをかけた。
実にいいところでくちばしを挟んだので、理事長と二人して、ちょっと体を滑らせた。
いやー、すまないすまない。でも、このまま行かせるわけにはいかなかったんだ。
「なんだよ!」
ばつが悪そうに、振り返り、俺を怒鳴る。うん。カッコよく去ろうとしたところに水を差されれば、そうなるのもわかる。謝る。
「俺まだコレと話すことがあるから、外に出たなら、はじめちゃんに声をかけてあげて。はじめちゃんまだこの島で知り合い、俺とさっきのテストで知り合った人しかいないから、不安になってるかもだから。お願い」
はじめちゃんは人見知りだから、まだ誰か緩衝材が居ないと、人とマトモに話せないから。
もうちょっと島に慣れてからなら、一人でがんばってもらおう。とか考えるけど、今はまだ、島に来たばかりで、なにもかもがゼロの状態だ。だからまずは俺以外に友達を作るべきだと思う。
ずうずうしいお願いだが、豊増はせっかく知り合えた上、はじめちゃんとも知り合いという絶好の人選なので、このタイミングで無理にでもお願いした。
そんなこと言ったら、ため息をつかれちまったい。
「君は、ずっと他人の心配をしてばかりだね」
「いやいや。そんなことないよ。ちゃんと自分の心配をしてるよ。今日、これからどう切り抜けるかとか。その上で、はじめちゃんも心配してる。君のもね」
にっと。豊増を見て、俺は笑った。
「……わずらわしいね」
「その代わり、俺もおにーさんの真相聞きだすの、手伝うからさ。これで、おあいこだ」
「……」
小さくなにかを考えた豊増だったが、無言で俺の言葉にうなずいてくれた。
そしてそのまま、今度こそテントの外へ、歩いてゆく。
「オッケー。契約成立。頼んだぜー」
ぶんぶんと、テントから消えゆく背中へ、手を振った。
はじめちゃんに、俺以外の友達が必要だけど、お前にも、友達は必要だと思うんだ。
だから、とりあえずは俺の頼みとして、はじめちゃんと仲良くなっておくれ。
なんだかんだで義理堅いから、きっとやってくれるだろ?
豊増がいなくなり、テントの入り口が閉まると、理事長がくすりと笑った。
「他人を気にかけさせることで、雰囲気が少し和らいだわね。それが狙い?」
「いえいえ。単なる自己欺瞞です。あの子がはじめちゃんと仲良くなれば、はじめちゃんがちょっと手がかからなくなって、俺が楽になる。あの子とはじめちゃんが仲良くなれば、同室の俺が、気を使わなくてもよくなる。などなどの私欲まみれからくる行動なんです」
「まあ素敵。アテクシそういう自分勝手な行動大好き!」
ぴょん。とベッドから降りて、俺の正面にある椅子へ座った。
「ま、そのあたりはいいとして。本題に入りましょうか」
「ですねー」
理事長はにこりと微笑んで、テーブルに肘をついて、手の上にアゴを乗せた。
そもそもの本題。
トンネルで戦ったあのイーターが、抜き打ちテストだってのに、俺達を殺しにきていたということだ。
流石の理事長も、この話題に差し掛かると、ふざけた態度は、顔から消えた。
「あれ、アンタの仕業?」
俺が聞くと、理事長は手からあごを外し、組んだ手をテーブルにのせてから目をつぶり、ふー。と長く息をはいた。
「やっぱりあなただけは、気づいてたのね。信じてもらえるかはわからないけど、答えはノーよ」
「了解。信じますよ」
「へ?」
なんか、びっくりした声をあげられちまった。
「どうしたんです?」
「いえ。いくらなんでも、あっさり過ぎない? 信じるの」
「アンタとは何回か話してるけど、おふざけの仮面の下には、ちゃんと島の人を守ろうって意志が感じられるからね。俺は、そのへんの勘を信じるよ」
「め、めぐるきゅん……!」
ぶわっと、大粒の涙が理事長から溢れ出した。
「うわっ、なに!? なんなの!?」
「アテクシ、嬉しい! これはもう、アテクシが結婚してあげるしかないわね!」
「あ、それはノーセンキューです」
「ひどいっ!」
速攻断りいれたら、また泣かれた。すぐ泣き止んだけど。
「一応、理由は教えてもらえます?」
「ええ。あなたにはそれくらいの権利はあるわね。なにせあなたのおかげで、大事には至らなかったのだから。さっきのあれは、アテクシの失脚を狙っての騒動なの。あの洗礼はもう三十余年以上続いているけど、やっぱり評判が悪いのよ。必要でもね」
「あー」
まあ、確かに、タチの悪い、盛大なドッキリだもんな。やられて嬉しいもんじゃない。
そしてもう一つ。理事長失脚させるって、こんな狭い島にも、権力闘争ってあるんだなあ。
「今まで死者は出ないよう細心の注意を払ってきたんだけど、今回はシステムにあの擬似イーターを紛れこまされて、危うく死者がでそうだったのよ。めぐるきゅんのおかげで、助かっちゃった!」
「へー。そいつはよかった。で、それを仕掛けた人は当然、捕まえてくれたんでしょ?」
「いいえ。そう簡単には行かないわ。だって、アレ不正に出てきたんじゃなく、正式に紛れこませていた一品なの。死人を出せば、アテクシが失脚。でも、こうして何事もないと、そんな危険な策略があったことさえ、存在しないのよ」
「どゆこと?」
「だから、めぐるきゅん達があっさり普通に倒しちゃったから、事件は起きなかったの。起きなかった事件を起きたことにして騒いでも、こちら側にもやぶへびが返ってくるわ。ここは、普通に抜き打ちテストが終わったとして、痛みわけにするしかないの」
「マジですか?」
「マジなのよ。下手に騒ぎだすと、共倒れになって島が大変なことになるわ。こんなところで権力闘争なんてやるものじゃないのにねぇ」
理事長はやれやれと肩をすくめて、小さくため息をついた。
まったくだよ。島の安全を守るための組織が、島の安全を脅かすって、なんだよそれ。
「なら、しょうがないですねー」
「ついでに言えば、この次そういうことはないだろうから、安心なさい」
「え? そうなんですか?」
そういうことがなくなる手でも打ったということかな?
今回の一件で、裏を取ったとか。
「ええ。だってそれを仕掛けたヤツ、めぐるきゅんのことを気に入ったみたいだから、ちょっかいかけてくるとしたら、あなたにだけだもの」
「……は?」
突然出たとんでもないセリフに、俺の思考は、一時停止する。
理事長は、なにかを思い出したのか、プンスカと頬を膨らませる。
「あのトンネル内のめぐるきゅんの戦いを見て、一目ぼれしちゃったんだって。もう、先にアテクシが目をつけたっていうのに。失礼しちゃうわね!」
「ひ、一目ぼれ。ってことは、女性?」
思考停止しかけたお頭脳をなんとか総動員して、思い浮かぶことを羅列し、最も重要なことを聞いた。
さらに、権力闘争で、理事長を蹴落とそうとするのだから、それなりの地位の人なのだろう。ならばむしろ、そっちの人についていった方が、これより美味しい思いが出来るんじゃないか!?
なんてちょっとした下心が芽生えてしまった。
のに……
「当然。男よ」
「……」
……その答えを聞いた俺は、頭を真っ白にして両手を組み、肘をテーブルの上に乗せ、オデコの前に持ってきて沈黙するしかなかった。
なぜ、なぜだ……この島に来て、仲良くなった人の八割が、お股に恵方巻きがついているって、どういうことだ……?
俺、なにか悪いことしたのかなあ?
「アテクシお大叔父に当たる、神代銅次郎って人なんだけど、これが昔っからアテクシと相性悪いワリに、趣味が一緒でね。そいつがめぐるきゅんをゲットしたいって、騒ぎ出したのよ。だから、めぐるきゅんを手に入れるまで、権力闘争は起きないわ」
え? なにそれ。それってつまり、俺が狙われている限り、島は平和ってこと? 島の平和は、俺にかかってるってこと?
それって、島の平和のかわりに……
「俺の、平和は?」
「アテクシが守ってさしあげれば万事解決よ! お尻で」
「いや、なにその最後の語尾。なにそれ。お尻がどうなの!?」
「あ、いっけない。なんでもないわ。全然なんでもないわ。お尻なんて全然言ってないから。お尻。じゅるり」
「俺のお尻が狙われているー!?」
視線が露骨にそっちを見た。野獣が獲物を見るように、そこを見たよ!
ずざざと椅子ごと後ずさりするしかないあるヨ!
趣味が一緒って、それってむこうに行っても同じあつかい受けるような気がしてならないよ!
「もてる男は辛いわねぇ」
「こんなのにもてたくありません!」
「でも大丈夫。アイツはめぐるきゅんを掠め取ったら、あなたを後継者にして、アテクシを蹴落とそうと考えてるから。もし怖くなったら、むこうにつけばいいわ。アテクシの、敵になりたいなら、ね」
理事長が、にやり。と笑った。
うわぁ。敵に回したら、容赦しないって顔してる。俺のことは逃さないって顔してる!
でもな……!
「へぇ。それも悪くない話でかもですね。なにより、その後継者ってヤツになって、アンタと敵対するのも、面白い」
にやりと笑った理事長へ、俺はにやり返しを敢行した。
実際のところ、つくならまだ理事長の方がいいだろう。その人の後継者になったところで、ループ能力しかない俺では、なんにも出来ず、その人の傀儡になるしかないのだから。
それに、その人にあってみないとなんとも言えないが、理事長は少なくとも、この島のことを考えて動いてはいる。
だから、権力闘争を再開させるために、その人の元に行こうとは、今のところ考えていない。
でも、はい。大人しく理事長の下にいます。というのも、気に入らない。
理事長の話が本当なら、俺があっちに行くのは、この人にとっても好ましくない事態だ。なら、下手に力で従わせるという手は悪手。俺を味方に引き入れるべく、俺となるべく対等でいるべきだと、判断するはず。
そう考え、俺はあえて、挑発返しをした!
じっと、俺と理事長の視線がぶつかりあう。
すると、理事長が、ぷっ。と笑い声を上げた。
「くく。あーたやっぱり最高だわ! アテクシの眼力を受けて、それでそんな返しが出来るなんて、カオちゃんと総一郎以来よ。そうね。好きに選びなさい。アテクシを選ぼうが、もう一方を選ぼうが、めぐるきゅんの自由でいいわ。でも、一つだけ。どちらを選んでも、この島の人達のことを、一番に考えて欲しいの」
「……」
「それなら、アテクシはどうなろうと、本望だから」
そう、銀之丞理事長は、とても優しく、慈しみの表情を浮かべた笑みを浮かべた。
やっぱりこの人、表はどうであれ、心の底では、島が一番大切なんだな……
「わかりました。そっちの人が常識人なら、きっとそっちにつきます」
「ここまできてそのお答えって、アテクシへの愛はないの!?」
俺の答えに、ズガーンという効果音が聞えるほど驚いた。ここまでして、まさかああ言われるとは予測していなかったらしい。
「ぶっちゃけかなり低い?」
残念だが理事長。俺はそう簡単にデレたりしないのだ。むしろ、マイナスがやっとゼロになったレベルだ!
「いやーん。ふふ。でも甘いわ。あーたはきっと、アテクシの方がマシだったと、思う日が必ずくるから! 覚えてらっしゃい!」
ずびしっと指を指された。
アンタ以上の変人て、どんだけ変人なんだよ。むしろアンタを超える変人がこの島にいる可能性なんて考えたくないんだけど。
「……てかさ、なんで俺、そんなに気に入られてんの? どこに一目ぼれしたわけ?」
今さらながらだが、そんな疑問が浮かび上がった。
一目ぼれなんていわれたけど、本当にそうなのか、正直疑問だ。むしろ、この流れだと、……尻? 自分で考えた予測に、頭がくらくらしてしまった。
「おしえませーん」
ぷいっと、そっぽを向かれてしまった。
ツンを強く出したのが失敗だったか。
まいっか。こいつらの好みの感覚、俺には理解できないからなぁ。うん。趣味は似てるけど、好みは全然あわないから。ぜんぜん。まったく。
「でも、そうやってフラフラとアテクシの心を惑わすのなら、アテクシにはいい考えがあるわ!」
「あ、すっごい嫌な予感」
うん。なんというか、アレの背後に、実力行使と書いて、既成事実って文字が見える。
「それ、一番ダメ! そんなのされたら、俺確実にアンタと敵対するから! 絶対するから!」
「ぬっふっふ。そんなことできないように、アテクシの虜にしてさしあげるから、だぁいじょうぶよ。この島、今から十六歳でも結婚可能にしておくから」
「俺まだ十五! 誕生日もう少し先!」
「なら十五から!」
じり。じりと、回りこむように。ベッドへ追い詰めるように、アレが迫ったくる。
いかん。ちょっと油断してお話しすぎた。
このままじゃ、色々大変な絵図が完成してしまう!
「ですから、そういうのは控えろと、言ったでしょう」
じりじりと、俺がベッドへ追い詰められているということは、当然アレは、入り口に背を向けているということである。
その入り口から、ある人物。まあ、薫子先生なんだけど。彼女がするっと入ってきて、アレの後頭部をハリセンで叩いてくれた。
「い、いたい……なにするのカオちゃん。これからいいところだってのに!」
「これから? なにがですか?」
ゆらりと、背筋を伸ばした薫子先生の目は、どこか据わっていて、なぜか目の周りは闇に隠れて、よく見えなかった。
「あひゃっ。これは、マジでやばいわ」
理事長が、変な声をあげて、額に脂汗を浮かべた。
「さっき、結婚とか聞こえたんですけど、まさか銀。そんな子供と結婚する気なんですか?」
理事長の脂汗が、さらに酷くなる。これはもう、理事長の油で商売できるようなレベルの汗だ。
どうやら、さっきの結婚発言が、二十九歳独身の逆鱗に触れてしまったようだ。
片手に持ったハリセンを、ぺしぺしと、残った手に叩きつけながら、背後に般若の面をつけた白装束の幻影を浮かび上がらせる薫子先生。
「いいですか銀!」
「は、はい!」
パワー的には負けてないはずなのに、一発叱責されただけで、アレの動きが止まった。
背筋をピンと伸ばし、直立して薫子先生を見る。
ちなみに、理事長こと銀之丞の身長は百八十センチ。薫子先生は、百七十センチだそうだ。ついでに言うと、俺はただ今百七十センチくらい。
びゅん。とハリセンを一閃し、空気を切り裂き、その先端が、理事長へむけられる。
「そんなことをするなら、私に譲りなさい!!」
くわっと、生身の般若が現れた。
「……あ、すみません」
「ホント、すみません」
なぜか俺達二人は、薫子先生に頭を下げた。
角度は四十五度をこえ、九十度近い、誠心誠意の謝罪であった。
こうして俺は、色々な危機から、救われたのである。
「ところで銀。十五から結婚を可能にするって、本当ですか……?」
「え? いや、それはね、カオちゃん……」
救われてなかった。
俺は、速攻でテントから逃げ出した。
さすがに回りこまれなかった。
背後では理事長のヘルプという声が聞こえた気がするけど、俺今難聴だから聞こえないや。
──豊増光──
外に出たら、テントの入り口近くでうろうろしている天知はじめを見つけた。
そんなに中の時坂が心配なら、乗りこんでしまえばいいのに。と思うが、さすがに酷か。と自分でも思う。
アレも時坂も、同じくらいの曲者だから。
一瞬無視してしまおうかと思ったけど、なぜか時坂の顔が浮かんだ。
だから、わずらわしいけど仕方なく、彼女の相手をしてあげることにした。
「天知」
「ひゃっ、ひゃい!」
かんだね。
テントの側面に立ち、隙間がないかを探している彼女の後ろから、声をかけたらとんでもなく驚かれた。
「どうしてこんなところに?」
「と、時坂君が心配だし……それに、わた、わたし、他に友達、いないから」
びくびくと、両手を胸に抱え、僕から距離をとる。
視線も合わせず、おどおどと体を震わせている。確かにこれは、人によってはわずらわしいと感じるだろう。
「中のアレを注意したいのは、確かにわかる。でも、時坂がアレに劣っているとは、僕は思わない。だから、信じて待っていてはだめなのかな?」
確かに、アレ(理事長)はバケモノだ。Aランクのイクシアは、大陸さえ揺り動かすなんていわれているし、実際あの無茶苦茶な姿を見ると、納得してしまう。
でも僕は、その無茶苦茶さ加減で言えば、時坂廻も負けてはいないと思う。
だから、時坂は、アレに素直に泣かされるなんてことは、ないと確信していた。
「……」
はっとしたような顔で、彼女は僕を見返してきた。
正面から見た彼女の瞳は、とても澄んでいて、綺麗に見えた。
「ふゆぅうう……」
でもなぜかその直後、瞳に涙をため、ぐすぐすと、泣きはじめてしまった。
なんでだ!
「い、いきなりなに? 泣かれると、とてもわずらわしいんだけど」
僕はなにか泣かせるようなことをしてしまっただろうか。だから人と関わるのは嫌なんだ。兄さんのこと以外に、集中できなくなる。
彼女は、ごしごしと目をこすり、涙を抑えた。
どうやら、すぐにとまったようだ。
「ううん。自分が情けなくて。でも、もう平気でしゅ!」
そして、かんだ。
「時坂君がとっても強いこと知っているのに、信じてませんでした。でも、わたし信じようと思います。ありがとう、豊増さん!」
ぱぁっと明るくなった彼女が、僕に微笑む。
なんだろう。ちょっと紅潮した頬に、澄み切ったその瞳。
彼女を見ていると、時坂を見ているのと同じように、不思議な気持ちが湧き上がってくる気がする。
「べ、別に感謝されるようなことはしてないよ。それに、時坂に君のことを頼まれたからね」
「時坂君に?」
「一人で不安そうにしているから、相手してやれって言われた。事実だったね」
「うぅ……」
僕の指摘と、時坂が言ったままの状況に、彼女は真っ赤になってうつむいてしまった。
……ああ。なんというか、わずらわしいというより、もっと別の感情がわいてきたのにも気づいた。
こう、弄り回したいというか、小動物をわしわしするような、あの感覚。
ここに来るまで、兄さん以外で唯一の友達と言えた、動物達を愛でるような気持ち。
子供の頃、僕がよく兄さんに頭をわしわしと、撫でられたよう、アレを、彼女にしたいと感じる欲求。
不思議な感覚だ。
彼女のおどおどした雰囲気は、わずらわしいと感じるのに。それゆえに、放っておけない気になる。時坂が、彼女を心配するのは、こういうことなんだろうか。
「時坂君……嬉しいけど、わたしだって、一人で……一人で……でき、あうぅ……」
なにかがんばろうとして、僕をちらちら見たりして、諦めたり、勇気を出そうとしたりしているのが見える。
ここは、見守ってあげるべきなのかな。
そんなことを思いながら、しばらく彼女を観察することにした。
本当に、わずらわしいね。
僕は、口元が緩んでいるのにも気づかず、そう思った。
──時坂廻──
脱出成功。
理事長を薫子先生に任せて、俺は無事テントの外へ出ることが出来た。ああ。外の空気、美味しいなあ。
ひとまず、この島の闇を垣間見てしまったけど、俺はこれから大丈夫なんだろうか? 貞操的な意味で。
深く考えるのはいいとしても、それで深く悩まないのが俺のいいところ。気を取り直して、公園を見回す。
芝生の生えた公園に、いつの間にかテーブルが用意されて、食事が振舞われていた。
最初にあったテントから、バイキング形式でみんな思い思いのものを食べているようだ。
お肉を焼くいい匂いが漂ってくる。まさか、豚の丸焼きを生で見る日が来るとは思わなかったぜ。
匂いに釣られて料理を作るテントの方へふらふらと行ったら、無事理事長のところから出てきたということで料理していた人に驚かれた。
ギリギリでしたけどね! いろんな意味で。
丸焼きの豚の肉と、ヤキソバ。あと寿司をさらに乗せてもらって、俺は再び公園の中へ足を向けた。
きょろきょろと見回すと、中央近くのテーブルで、はじめちゃんと豊増が一緒に話をしながら食事をしているのを確認。
まだはじめちゃんおどおどしているけど、一緒に死線を潜り抜けたおかげなのか、笑顔が見えた。
はじめちゃんはやっぱり、笑うと可愛いなあ。豊増もいつも気を張っているみたいだけど、今はちょっとだけ肩の力が抜けているみたいだ。
うむ。よきかなよきかな。
ここはもうしばらく、お二人で仲を育んでもらうことにして、俺は別の人とお友達になろうかしらー。
再びキョロキョロとテーブル置かれた公園内を見回すと、隅っこの方で黄昏ているゴーリキさんが目に入った。
なんか森の方を向いて、寂しそうにもそもそとご飯を食べてる。
いつもあの子分の人である小走さんと一緒にいたってのにどうしたんだろう。と思い、興味も引かれたので、そっちへ行くことにした。
「ゴーリキさーん。そんなところでどうしたんです?」
ひょこっと後ろから回りこんで顔を出し、隣に座った。
ゴーリキさんは、しょんぼりとした顔で、俺を見上げる。
「……ああ。めぐるか。聞いてくれ。小走が、とられた……」
どこか寂しそうな顔で、視線を横へと向ける。
その動きは、どれをとっても力はない。ゴーリキさんを象徴する金髪リーゼントも、どこかしょんぼり垂れ下がっているように見えた。
俺も、その視線の先を追う。
すると、わいわいと盛り上がるテーブルが目に入った。
なにやら、元OLのようなお姉さんが、件のゴーリキさんの舎弟。小走さんに、あーんしている姿が見える。
仲むつまじく、きゃっきゃ。という効果音まで聞こえてきそうだ。
少年男子の心を持つ者なら、思わず憧れてしまうような、素敵シチュエーションである。
「あっ……」
それを見て、俺は、察した。
見事に鼻の下を伸ばした五厘頭の小走さんと、熱っぽい目で見る、お姉さん。戦場で芽生えた、恋というヤツだろうか……
きっと、あの人は、守られるだけではなく、守るべき人を見つけて、新しい一歩を踏み出したのだ……!
だが、その代償として、アニキと舎弟の関係に、ひびが入ってしまった。これは、悲しいけど、仕方のないことだ。
俺は、ぽんとゴーリキさんの背中を叩いて。
「祝福してあげましょうよ。それが、一番です」
「ああ。わかってるんだ。どうやらよ。逃げ惑っている最中に、あの女を命がけで助けたんだってよ。カッコイイじゃねえかよ。お前に命を救ってもらった俺とは、エライ違いだよ。ははっ。なぜだろうな。小走が俺を超えていったってのに、素直に、祝福できねえんだ。俺は、こんなに小さな男だったのかよ! 俺はそれが、なさけねえ!」
テーブルに、コーラの入ったコップをだぁんと打ち付ける。
テーブルに飛び散った水滴が、まるで彼の涙の後のように見えた。
うん。わからなくもないよ。人間だもの。すべてがすべてを祝福できるとは限らない。
「でも、祝福は、してあげないとね。悔しくて、愚痴をこぼすのは、誰にも見ていないところでやるのが、漢ってもんだもんね」
「ああ。そのとおりだぜ」
ぐすっ。鼻声が、聞こえる。
「さあ。飲んでよ。ゴーリキさん。今日は、俺のおごりだよ」
ビンコーラのセンをあけ、彼のコップに並々と注いで上げる。おっと、泡がこぼれちまいそうだ。
でもこいつは、ゴーリキさんの、涙ってやつさ。
コップで泣いて、俺達の口では、祝福してあげるってもんだよ。
「ああ。小走。幸せにな!」
「お幸せに!」
俺達は肩を組み、コップを天高く掲げ、乾杯をして、一気に喉へそれを流しこんだ。
炭酸が、キツイ。だからちょっと、涙が出た。しょうがないよね。炭酸だもん! 羨ましくなんか、ないもん!
「……あの二人は、なぜコーラで酔っ払いのようなコントをやっているんでしょうね」
「アタシに聞かれても、困るってもんだよ」
遠くからコーラでくだを巻く二人を見て、神代学園の保険医と体育教師は、そんなことをつぶやいた。
──豊増光──
夜。寮に戻ってきた。
夕食も終わり、後は寝るだけ。
……今日は、いろいろあった。
今日のアレは、抜き打ちのテストと言っていたけど、あのトンネルの一戦は、本当に死ぬかと思ったほどだ。
それほどの恐怖とプレッシャーを感じたのは初めてだ。あれが、兄さんの味わってきた空気だと考えると、少し憂鬱になる。
兄さんの死の真相を知るまでは、死ぬわけにはいかないと思っていたけど、場合によっては今日、僕は、死んでいたかもしれない。
そういう意味では、今日僕は、彼に救われたと言ってもいい。
不思議なヤツだ。
あんなに自分勝手に生きているのに、他人のために、あれほど身を粉にして働ける。
僕をあれほど気にかけてきたのは、兄さん以来かもしれない。
口ではわずらわしいと言っているけど、それを嬉しく思わないわけじゃない。
こんな体の僕を疎ましいとも思わず、笑顔で声をかけてくるのに、慣れないだけだ。
それに、彼にはなんの得もないというのに、兄さんの死の真相を聞くための手伝いをしてくれると言った。
なんの得もないのに、他人と僕を結び付けようとした。
本当に、不思議な子だ。
だから。というわけじゃないけど、彼ともう少し歩み寄ってみようと思う。
とりあえず、寮の自動販売機で売っていた、あのココアと、抹茶炭酸を買って、二人で飲むことにしよう。
助けられたことも、なにかで相殺しないといけないしね。
わずらわしいけど、僕も少し、歩み寄ってみよう……
ドアを開け、僕達の部屋へ入る。
「どわあぁぁぁ! アニキ、またやられるっす。助けてー」
「任せろ。そのままこっちへ引き寄せれば、俺が叩く!」
「そのままどーんとおねがーい」
「よっしゃ、倒した!」
「さすがアニキっす! おれっちのアニキは、やっぱアニキしかいないっす!」
「おうよ! 暇な時は、俺について来い小走!」
「はいっす!」
「うんうん。そう簡単に男の子の友情もなくならないよね。寮には女の人いないし」
「……」
部屋に入った僕は、思わず動きを止めてしまった。
部屋には、時坂以外に、あのリーゼントと五厘頭がいた。
三人は、持ち寄った携帯ゲームを使い、モンスターを狩るゲームをしているようだ。
「あ、おかえりー。もう一人参化出来るんだけど、やる?」
時坂が、僕に気づき、手を上げた。
どうやら時坂は、もう一つその携帯ゲームを持っているらしい。それを、貸してくれると言っている。
でも、そんなことは、今問題じゃなかった。
「なんで、君達はここにいる!」
「あぁん? ダチのいるところに遊びに来て、なにが悪いってんだよ。つーかなんでお前がここにいる! 女子寮に帰れ!」
「バカなことを言うな! ここは僕の部屋でもある! 帰るのなら、君こそ部屋に帰れ!」
「はぁ!? なに言ってやがんだ! なんでお前がめぐると同じ部屋なんだよ!」
「そうっすよ! なんで女がここにいるっす! ここは、男子寮っすよ! だからおれっちもアニキといるってのに!」
ぎゃーぎゃーと、リーゼントが僕に噛み付いてきた。
時坂は、あははと、僕達が口論しているのを笑ってみている。
彼は、この口論が、仲のよい口げんかのようにでも見えているのだろうか。
僕は、時坂と色々話がしたかったのに!
なんでこういう時だけ、察しが悪いんだ君は!
ああもう、本当にわずらわしい!
──ちなみに、女子寮の方では、はじめが平和にぐっすりとお休みしていた。
「えへへぇ」
夢の中で、廻に頭を撫でてもらう夢を見て、幸せな笑みを浮かべて。
こうして、激動の授業初日は、終わりを告げた。