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広々とした吹き抜けのエントランスホールを横切り、オートロック式の重厚なドアを通り抜けてエレベータで十二階に上がる。部屋の前で再びポケットから鍵を取りだし、達也はドアを開けて中に入った。
廊下側からガラス戸の向こうを見やると、居間の革張りソファの上に横になっている航平の姿が目に入った。本を読んでいるわけではなく、ただぼんやりとしているようだった。
達也がドアを開けるとすばやく起き上がり、航平はなぜかほっとしたような笑みを見せた。
「駅のコンビニでおにぎり買ってきたんだ」
コンビニのビニール袋をダイニングテーブルの上に、そしてスポーツバッグを椅子の上にそれぞれ置き、腹減ってないか、と言いながら達也はブルゾンジャケットを脱いでバッグを置いた椅子の背にかけた。航平はじっと達也を見つめたまま何も言わない。口元にはかすかな笑みが滲んでいるが、どこか切羽詰ったような、妙な表情だった。
「なんだよ」
苦笑しながら隣に座ると、不意に腕を掴まれて引っ張られた。そして達也の後頭部と頬を両手でまさぐるように抱えながら航平は透かさず唇を押し付けてくる。いきなりの熱い口付けに達也は面食らった。
荒い息のまま航平は呆気にとられている達也をソファの上に押し倒し、再び激しく唇を吸いながらTシャツをめくり上げてくる。
「・・こ、航平、・・どうしたんだよ」
航平の唇が首筋に移ったと同時に何とか声を出したが、彼は無言のまま唐突に身体を起こし、急いた様子で達也のスウェットパンツをブリーフごと一気に引き下げた。
「ちょっ、ちょっと待てよ。・・航平・・」
足をがっしりと掴み上げられる。抵抗する間もなかった。
達也の思考は止まっていた。航平は息を切らしながら達也の上に突っ伏している。脱力した彼の身体の重みをぼんやりと感じていた。
やがて航平の身体がゆっくりと離れていく。圧迫されていた胸に酸素が一気に入り込み、達也は大きく深呼吸をした。
徐々に正気が戻ってくる。と同時に達也の頭は混乱し始めた。
《・・なんだ。・・・なんだったんだ、今のは・・》
何度か瞬きをしてから頭を起こし、答えを求めて航平の表情を窺った。ソファに片足を上げてその上に肘をのせ、彼はその手で額を覆っていた。まだ肩が上下に大きく動いている。
肘で身体を支えるように少し起き上がると、さっと顔を向けてきた。そして荒い息のまま口の両端をかすかに上げる。微笑んだようだった。達也の頭はますます混乱する。
達也が硬い表情をしていたからか、航平は一瞬戸惑いの色を浮かべ、それから顔を背けるようにすばやく正面に目を戻した。
「何か・・」
自分の声が掠れてるのがわかった。軽く咳払いをしてから言い直す。
「何か、あったのか?」
「え?」
航平は驚いたような表情で達也を見たが、すぐに苦笑のような薄い笑みになり、吐息を漏らしながら言った。
「なんでだよ。・・別に何もないよ」
そして前髪をかき上げながら視線を逸らし、溜息をつく。
「ただ、・・この一週間、おまえに会いたくて仕方なかったんだ。・・おまえが欲しくてたまらなかった。・・それだけだ」
腑に落ちない思いのままだるい身体を起こすと、航平は、それだけだ、と小さく繰り返しながら顔を背けた。
「・・そのレイって男と何かあったのか?」
「何もないって言っただろ!」
突然航平が苛立たしげに声を荒らげたので、達也は思わず目を見張った。前屈みになって両手で額を覆っている航平の姿を呆然と見つめていると、ふとある思いが頭を横切り、その瞬間口からこぼれ出ていた。
「そいつに誘惑でもされたのか?」
航平の身体が一瞬強張ったのがわかった。達也が確信するにはそれで十分だった。
「そうか。誘惑され続けてもう少しで落ちそうだったんだ。これ以上拒み続ける自信がなかったんだろ」
無性に腹が立ってきた。
「だから俺をこんなふうに抱いたんだ、たまった性欲のはけ口にするために。そうだろ?!」
航平はキッと睨むような険しい目を向けてきた。だが何も言わず、すぐに顔を背ける。
「図星か」達也は吐き捨てるように言った。
「・・違うよ。・・そうじゃない」
呻くような声で否定したが、航平は達也を見ようとはしない。
「そいつと寝ろよ! こんなことするくらいならさっさとそいつと寝ちまえよ! もうどうでもいいよ!」
スウェットパンツを床から拾い上げ、足を通しながらすっくと立ち上がる。
「帰るよ」
低く唸るように言い捨て、ダイニングからスポーツバッグとジャケットを掴んで足早にガラス戸に向った。
呼び止められるかと思ったが、航平の声は聞こえてこなかった。
自分の部屋に入るなり、乱暴に服を脱ぎ捨てながらまっすぐにシャワーに向った。
《ちくしょー! 馬鹿にしやがって!》
シャワーの壁を拳で激しく叩く。屈辱と悔しさで達也の胸はひきちぎれそうだった。
《ちくしょー! ちくしょー!!》